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欲望渦巻く聖恋祭!(お迎え編)

バレンタイン(っぽい)話になります。

全四話で14日まで一日一話更新予定です!

「ん……」


 誰かの気配がする、でも、嫌な感じはしない。

 ……まだ眠い、目を開けたくない。

 誰かが俺の頭を、髪を、優しく撫でている。

 心地よさにぼんやりしながら、目を瞑ったままそっと手を伸ばした。


 こんな事をする相手は一人しか思いつかない。


「ヴォルフ…………?」


 温もりを求めて腕を伸ばすと、てのひらを優しく握られる。

 そして……



「おはよう。ねぼすけな子猫ちゃん」



 想像していたのとは違う声に、俺の意識は一気に覚醒した。


「ふあぁ!?」


 慌てて飛び起きると、俺に覆いかぶさるようにしていた人物と目が合う。


「なにやってんだよ! ミラージュ!!」


 藤色の髪に、ちょっと目を逸らしたくなるくらいの魅惑的なプロポーション。

 こんな寒冷地にもかかわらず、いつも通りの下着のような恰好をしたミラージュがそこにいた。


「クリスってああいう風に甘えるのね。かわいいじゃない」

「……! あああれは別にそういう訳じゃなくて……!!」


 にやにや笑いながらミラージュがそう告げる。

 寝ぼけてうっかりヴォルフのことを呼んでしまったのを思い出して、いっきに恥ずかしくなった。

 いたたまれなくなって毛布の中に頭を突っ込むと、呆れたようなミラージュに引っ張り出されてしまう。


「もう、いい加減起きなさいよ! とっくに日は昇ってるのよ!!」


 背後からミラージュがぎゅうっと抱き着いてくる。

 まっ、まさかこの背中に当たるたわわな感触は……!


「あの、たぶん胸が当たってると思うんですけど……!」

「あててんのよ」

「あてんなよ!!」


 慌ててミラージュから距離を取る。

 いくら今は女同士と言えど、あのメロン級の破壊力はヤバい。

 感触を思い出しただけでかっと顔が熱くなるのが分かった。


「ほらほら、起きたならさっさと着替えなさい。用意しといたから」


 ミラージュが服を手渡してきた。

 とりあえず服を着替えようとして……


「なんだよこれ!」

「私のおすすめよ」


 ミラージュが手渡してきたのは、今ミラージュが身につけている物ほどではないにしろ、かなり露出度が高い服だった。

 もちろん俺はこんな服は持っていない。まさかミラージュが用意したのか?

 危ない危ない、うっかり流されて着てしまう所だった。


「こんなん着れるわけないだろ!!」

「なによぉ、せっかくあなたの為に用意したのに」

「ここの気候考えて!!」


 こんな露出度の高い服は恥ずかしいというのもあるが、ここは極寒の地ヴァイセンベルクだ。まず第一に寒い。

 うっかりこんな服を着て外を歩いていたら、風邪を引くか最悪凍死だ。

 取りあえずミラージュが用意した服は横に置いといて、いつものあったかい服を着用する。

 最低限身だしなみを整えて居間へ行くと、テオが母さんと談笑していた。


「よう、邪魔してるぞ!」

「……うん。まあ、ミラージュがいた時点で予想はできてたけど……」


 やっぱりテオも一緒に来てたのか。

 せめてミラージュが俺を起こしに来るのを止めて欲しかったよ……。

 お前の彼女だろ、何とかしろよ。


「それで、何かあったの?」


 ただ単に遊びに来たという可能性も考えられるが、さすがにこんな朝っぱらから人の家に押しかけるのはどうなんだろう。


「ふむ。ミラージュがお前に用があると言うのでな」

「え?」


 一緒に居間まで来たミラージュを振り返ると、彼女は見惚れそうになるほど妖艶に笑った。



「いざ往かん。魔術師の島へ!!」



 ◇◇◇



「あー、クリスだ!」

「くーちゃん、久しぶりだね!!」

「うん、久しぶり……」


 あの後、俺は問答無用にミラージュに拉致されるような形でドラゴン形態のテオの背中に乗せられ、ここアムラント大学まで連れてこられてしまった。

 頼みの綱の母さんは「いってらっしゃ~い」なんてのんきに手を振ってたし。まったく誰か俺の意志を尊重してくれよ!

 ちなみになんでここに連れてこられたのかはよくわからない。

 大学に着くとすぐに、イリスとリルカが嬉しそうに走って来た。


「準備は?」

「ティレーネさんがばっちり進めてるよ!」

「ティレーネちゃん?」


 ミラージュとイリスは何か目配せし合っている。

 この二人の企みというと嫌な予感しかしないが、そこにティレーネちゃんが絡んできているのが意外だった。


「ティレーネちゃんがどうかしたのか? ていうか俺なんで連れてこられたの?」

「あれ? 聞いてないの?」


 一人で首をひねっていると、リルカが不思議そうな顔をした。


「あら、言ってなかったかしら」

「聞いてないよ! いきなりテオの背中に乗せられて寒かった!!」


 飛行中は寒いしうっかりしゃべると舌をかみそうなくらいの速さで飛んでいたので、とてもミラージュを問いただすことはできなかった。

 まったく、何で俺はいきなりこんなところに連れてこられたんだ!

 ……まあ、久しぶりにリルカやイリスに会えたのは嬉しいけど。


「何か思い当たることは?」

「え? 別にないけど……」


 そろそろリルカたちに会いに行きたいなーとは思っていたけど、まだ約束も何もしていない。

 なんだろう。前にこっそりレーテの魔術書に落書きしたのがばれたんだろうか。

 内心の動揺を悟られないように腕を組んだ俺に、イリスはビシッと指を突き付けてきた。


「ヒントはこの季節!」

「めっちゃ寒い。みんなで雪合戦とか?」

「それ、楽しそう!……じゃなくて!!」


 イリスは憤慨したようにぴょんぴょん跳ねている。


「あら、まさかとぼけたふりしてるの?」

「……ミラージュ。こいつがそういう行事に機敏だとは思えん」


 今まで黙って成り行きを見守っていたテオが呆れたようにため息をつく。


「行事……?」

「もぉー、鈍いんだから!!」


 イリスは俺の目の前までやって来ると、ぎゅーっと頬をつねって来た。


「この時期って言ったら聖恋祭に決まってんじゃん!!」

「いたたた……聖恋祭?」


 逆にイリスの頬をつねり返しながら、俺は馴染みのない言葉を反芻した。

 聖恋祭……なんか聞いたことある様な…………。


「まさか知らないの?」

「聖恋祭は大陸北部で広まってる行事だから、リグリア村ではあんまり有名じゃないんじゃないかな……」


 訝しげなか表情を浮かべたミラージュに、リルカがそっと助け舟を出していた。

 そこまで聞いて、俺はやっとその言葉について思い出すことができた。


「そっか『聖恋祭』って……なんかのお祭りだっけ」


 昔教会学校でマグノリア先生にそんなような話を聞いた気がする。

 確かあんまり有名じゃない愛の女神を称える祭とかなんかだった気がする。

 残念ながらリグリア村周辺ではそんな行事を知っている人も先生くらいしかいなかったので、俺はいまだにその聖恋祭とやらがどんなものなのかはよくわかっていない。


「あのね、聖恋祭っていうのはね、愛の女神メイリア様を称える行事なんだよ」


 リルカが優しくそう教えてくれた。

 なるほど、俺の曖昧な記憶も間違っていなかったようだ。


「具体的には! 恋人にチョコを贈る日です!!」


 得意げに胸を張ってイリスがそう告げた。

 ふーん、チョコかぁ……。


「……女神関係なくない?」

「聖恋祭にチョコを贈って受け取ってもらえると、メイリア様の加護のおかげで二人は永遠の愛で結ばれるらしいよ!」

「まぁ実際は破局するカップルもいるみたいだけどね」


 誇らしげなイリスとは対照的に、ミラージュは世知辛いことを呟いてる。

 なるほど、聖恋祭のだいたいの概要はわかった。

 でも……


「何で俺連れてこられたの?」

「一緒にチョコ作ろうよぉ」

「パス。どうせなら贈るより貰う方がいいし」


 それに俺みたいな素人が作るよりも、普通に買った方がいいだろう。

 そう答えると、イリスが甘えたように腕にしがみついてきた。


「あれぇ、いいのかな~?」

「……なにが」

「聖恋祭は大陸北部で広まってる祭りだって言ったよね。具体的には?」

「……フリジアとユグランス」


 さすがに大陸北部がどこを指すのかくらいは俺にもわかる。

 俺の答えを聞くと、イリスはにやりといたずらっぽく笑った。


「さてここで問題です。ヴォルフの出身地は?」

「っ……!」


 その言葉を聞いてやっと、俺はイリスが何を言いたいのかに気が付いた。

 羞恥心で一気に体温が上がる。


「……余計なお世話だよ! あいつってあんまりそういう行事に騒ぐタイプじゃないし!!」

「えー、でも本心では期待してると思うよ? クリスはどんなチョコくれるのかなーって。ユグランスでは必須行事だって聞いたし」

「じゃ、じゃあ普通に買えば……」

「買えるチョコなんてクリスが買わなくても自分で手に入るじゃん。貴族だしその辺に売ってるチョコなんてあげてもがっかりされるかもよ?」

「うぅ……」


 イリスは巧みに俺を追い詰めてくる。

 なんかそう言われると……そんな気もしてくるじゃないか!!


「ずっと楽しみにしてたのに聖恋祭にクリスから何ももらえなかったら……落ち込むだろうなー」

「クリス。相手の好意にあぐらかいてちゃダメよ。ここぞとばかりにアピールして、こっちに釘付けにしとかないと!」


 ミラージュも加わって、二人はじりじりと俺を包囲してきている。


「ねぇ、作ろうよ!」

「世界で一つだけの」

「「愛情たっぷりのチョコを!!」」



 聖恋祭、チョコ、ヴォルフ、愛情、チョコ、手作り、愛情、永遠の愛……



「…………わかったわかった! 作ればいいんだろ!!」


 やけになってそう叫ぶと、二人はぱっと顔を輝かせた。


「やったぁ!! じゃあ早くいこっ! ティレーネさん準備してるはずだから!!」

「あっ、ダーリンはここまでよ。ここから先は男子禁制だもの」

「……頼まれても立ち入りたくはないな」


 イリスに引っ張られながらちらりと振り返ると、テオは力なくひらひらと手を振っていた。

 くそっ、一人だけ楽しやがって……!


 こうして、俺は半ば強制的にチョコ作りに参加させられることになったのであった……。


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