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リルカ、ホムンクルスの未来に思いを馳せる(後)

 人を模した人形――ホムンクルス。

 使い方を誤れば恐ろしい兵器にもなりえる代物だ。

 実際に魔術師ベルファスはホムンクルスを操り各地を混乱に陥れ、リルカ自身も彼に操られ町を襲っていたことがあった。


 ベルファスはホムンクルスは戦うための道具であると言っていた。

 リルカは、そうは思いたくない。

 もっと……何か、できることがあるはずだ。

 だから、一度創造主である彼にホムンクルスを生み出した意義を問うてみたかったのだ。


 ルカはじっとリルカを見据えている。

 リルカもぐっと拳を握りしめてルカを見返した。


 数秒、そのまま時間が過ぎた。

 クロムたちの騒ぐ声だけが、しんと静まり返った家の中でこれが現実であるという事を教えてくれるようだった。


「…………来い」


 しばらく経ちルカは小さくため息をつくと、そう言い放ってリルカの返事も聞かずに背中を向ける。

 そのまま歩き出したルカの背中を、リルカは緊張した足取りで追って行った。


 やって来たのは、ルカの研究室の前だ。


 ルカは何かに集中するときはたいていこの研究室にこもっている。

 リルカもゼフィのボレアも、そういう時は決して邪魔してはいけないとクロムに言い聞かせられていた。

 リルカはもちろん、ゼフィやボレアもその言いつけだけは守っていたはずだ。


 ルカは扉を開け、研究室の中へと進んでいく。「来い」と言っていたからにはきっとリルカも入っていいという事なんだろう。

 緊張しつつ、リルカはぎこちない足取りで部屋の中へと足を進めた。


「たしかこの辺りに……これだな」


 ルカは部屋の片隅のたくさんのものが積み重なったスペースをごそごそとあさり、そこから何かを取り出した。そして、ずい、とリルカの目の前へ差し出す。



 ――少し汚れた、木でできた箒を



「……」

「…………」

「……何ですか、これ」


 ホムンクルス誕生の秘密という事で何かとんでもないものが出てくるのではないかとドキドキしていた分、思わず間抜けな声が出てしまった。

 この薄汚い箒が、何だというのだろうか。

 何かを探す間に、リルカに掃除でもしろと言いたいのだろうか。


「魔力を込めて命令してみろ」

「命令?」


 ルカが頷いたので、リルカは半信半疑で箒を手に取る。

 箒に命令することと言えば……


「えぇと……掃除を、してくれるかな?」


 自分は何をやっているんだろう。

 そう虚無感を覚えつつ箒に語りかけると、とたんに箒がぶるりと震えた。


「えっ?」


 次の瞬間、箒は勝手にリルカの手を飛び出し、地面へと落ちた。

 いや……「着地」したのだ。


「え……」


 リルカは呆気にとられてその光景を見ていた。

 器用に床に降り立った箒は、そのまままるで誰かが動かしているかのようにさっさと床を掃きはじめたのだ。

 ルカが魔法で操っているのかと思ったが、彼は壁に背を持たれかけとても箒を操っているようには見えない。


「こういうことだ」

「すみません、全然わかりません」


 勝手に動き出した箒を見て「こういうことだ」とか言われても、リルカには何の事だかさっぱりわからなかった。

 混乱するリルカを見てルカは大きくため息をつくと、箒に向かって口を開く。


「止まれ」


 その途端、ひとりでに動いていた箒はその動きを止め、ぱたりと床に倒れてしまう。

 ルカは箒を拾い上げると、再びリルカの方へと差し出してきた。


「これは、お前の先輩だ」


「…………えぇ!?」


 リルカは箒を手に取ってあちこちいじくり回してみたが、ぱっと見る限りは普通の箒にしか見えない。


「箒の使用目的はなんだ」

「えっと……お掃除をするため、ですか?」


 ありふれた、つまらない回答だ。

 だが、ルカは納得したように大きく頷いた。


「そうだ、これはプロトタイプ。お前はこれの後継機に当たる」

「…………!!??!?!!!???」


 リルカは必死に混乱する頭を整理しようとした。

 この箒はルカが作ったもの。その用途は普通に掃除をするため。

 そして、リルカ――ホムンクルスはこの箒の後継機?

 ということは……


「私たちを、生み出した意味って……」

「掃除をするためだな」


 何でもないことのように、ルカはそう言った。


 箒が力の抜けたリルカの手をすり抜け、からんと音を立てて床に落ちる。

 リルカはただ呆然としたまま、錬金術師ルカを見つめる事しかできなかった。


「クロムの奴が『先生はいつも汚してばっかじゃないですか! 少しは掃除す僕の身にもなってくださいよ~』とか言いやがるから」


 意外とモノマネが似てるな、とリルカはどうでも良いことを考えた。


「まずは自動的に清掃を行う箒を作った。だが箒が掃くのは床だけだ。しかも床に障害物がある限りは誤作動を起こす事がしばしばあった。その為、まずは床の障害物を取り除く必要がある。箒はその形状に適していない」


 ルカは床に落ちた箒を拾い上げると、再びリルカに手渡す。そして、レポートでも読み上げるかのようにすらすらと言葉をならべていった。


「箒に腕をつけようかとも思ったが、そもそも箒である必要がないことに気が付いた。そこで創ったのが――」

「人を模した、ホムンクルス……」


 リルカは呆然と自らの体を見やった。

 人と同じ動きをするホムンクルス。確かに、掃除も料理も戦闘も、慣れれば人と同じようにできるものだ。

 自分たちは、ルカが汚した自分の家を掃除する為に造られた……?


「で、でもっ……掃除だけをするためならなんであんな殺傷能力を……」

「でかいもん持ち上げるにはそれなりの力がいるだろ。それに……途中から、どれだけ機能を詰め込めるか試してみたくなった」


 錬金術師ルカはばつが悪そうにそう告げた。

 リルカはもうそれ以上追及するのをやめておいた。

 常人には理解ができないが、きっと彼には彼なりの信条があるのだろう。


「そう、なんですか……」


 なんだかどっと力が抜けた。

 ホムンクルスは戦いのための人を傷つける道具……ではなかったが、まさか箒と同じカテゴリに属するものだったとは。

 少しだけ、手の中の箒に仲間意識が湧いてきた様な気がする。


「……リルカ」


 不意に呼びかけられ顔を上げると、ルカは思いのほか真剣な目でリルカを見つめていた。


「俺がホムンクルスを作った理由は今言った通りだ。ベルファスの奴が何を考えてたのかは知らんが、そんなのはどうでもいい。重要なのは……これから先、お前らがどう『生きるか』だ」


 リルカは思わず息を飲む。箒を握りしめる手に力がこもる。


「お前はお前のやりたいようにやれ。俺の考えに縛られる必要はない。……わかるな?」

「…………はい!」


 リルカはしっかりと頷いた。


 ルカは掃除道具としてホムンクルスを生み出した。

 だが、彼だって理由を知ったからには家の掃除をしろ、と言いたいわけではないのだろう。

 リルカがそれに縛られる必要はない。


「その箒はお前にやる。俺には役に立たない掃除道具だが、お前なら他の活用方法を見つけられるかもしれん」

「ありがとうございます!!」


 リルカがぴょこんと頭を下げると、ルカは小さく笑う。

 その時、玄関の方から騒がしい声が聞こえてきた。


「ルカ―、ただいまー!!」

「お腹すきましたね」

「はいはい、今から作るからちょっと待っててね」


 クロムたちが戻ってきたようだ。

 ルカはその声を聞いて、呆れたように息を吐いた。


「まったく、いつもいつもやかましい……」


 呆れたような声色に、どこか優しさが滲んでいるような気がする。


「ルカ先生」


 小さく呼びかけると、ルカが振り向く。

 そのまま、リルカはそっと口を開いた。


「リルカのこと、作ってくれてありがとう」


 精霊のままだったら、きっとクリスたちに出会う事はなかった。

 彼が体を与えてくれたからこそ、今のリルカはここにいる。


「…………フン」


 ルカはそっぽを向いてしまった。

 いつもだったら機嫌を損ねてしまっただろうかと焦ったかもしれないが、今のリルカには怖くなかった。

 きっとルカは、照れているのだろうから。


「リルカ、いないのですか?」

「今行くよー!」


 ボレアがリルカを呼んでいる。

 クロムが何か作るなら、きっと手伝った方がいいだろう。

 薄汚れた箒を手に取って、リルカは研究室を飛び出した。

魔法少女に箒を持たせたかっただけのくだらない話でした!

来週はバレンタインっぽい話を更新予定です!

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