表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
289/340

迷子の心(7)

 

「なんで、あんたがここに……」


 その男の姿を見ると、何故か胸がざわつく。

 会ったのだって数回のはずなのに、不思議な懐かしさに胸を締め付けられるような気がした。


 俺達の目の前までやって来ると、ラザラスは小さく礼をする。

 未だにヴォルフの腕にしがみついたままだったことに気が付いて、俺は慌てて腕を離した。


「あなたがわざわざここに来たという事は、何か事件でもあったんですか」


 一歩前に出たヴォルフがどこか訝しむようにそう問いかける。

 ラザラスはその言葉に小さく頷いた。


「少し、困った事態になりまして……」

「困った事態?」


 ラザラスは周囲を見回し俺たち以外に誰もいないのを確認すると、声を潜めて告げる。


「実は、現在ティエラ教会内で『勇者クリス』を王都に召喚せよと話が出ております。どうやら、ルディスを撃退した際に姿を見たものがいたようで……」


 思ってもみなかった言葉に、俺はしばらく固まった。

 だが、やがて事態が飲みこめてきた。


「『勇者クリス』って……レーテのことだろ? でもあいつはフリジアに行っちゃったし、そもそもあいつってそういうの嫌いそうじゃん」


 レーテはそこまで「勇者」という立場にこだわってるわけじゃなさそうだし、ティレーネちゃんを匿っている今だとそんな話には応じないだろう。

 あいつが勇者として名乗り出るとは思えない。

 俺の言葉に、ラザラスも同意するように頷いた。


「ええ、レーテ様が王都へ向かうとは思えません。その場合、『勇者クリス』を探しに、教会の関係者がこの村の、あなたの所へやって来ることが考えられます」

「えっ……?」


 まさかそんな……と思ったが、考えてみれば何もおかしくはない。

 元々俺が勇者に選ばれた時も、リグリア村のクリス・ビアンキ宛てに手紙が届いたんだった。

 つまり、この場所のことは教会に把握されてるという事だ……!


「で、でもレーテはいないんだし教会の人もすぐに帰って……」

「そうだと良いのですが……中には、あなたの両親を人質のようにして、『勇者クリス』を呼び出そうとする輩がいないとも限りません。それに……」


 ラザラスはそこで一度言葉を区切ると、真剣な目で俺を見据えた。


「現在ビアンキ家にいるあなたの存在も、当然探られることでしょう。その場合、不都合な事態に発展しないとも限りません」


 ラザラスははっきりとは明言しなかったが、頭の中をいくつもの嫌なイメージが駆け抜けた。


 もし、何か俺の秘密を探られて……アンジェリカのように、なってしまったら――


「クリスさんっ!」


 ヴォルフに肩を叩かれて、はっと我に返った。


 心臓がバクバク嫌な音を立てている。

 大丈夫、そんなはずはない、と自分に言い聞かせても嫌な想像がぬぐえない。

 炎のイメージが脳裏に焼き付いたようだった。


「どうしよう……」


 きっとこのままだと、遅かれ早かれここに教会の人が「勇者クリス」を探しに来てしまうだろう。

 その前に逃げるか? 

 でも、父さんと母さんは?


 焦る俺をどう思ったのか、ラザラスがまた一歩近づいてきた。

 そして、まるで騎士のように……いや、こいつは本物の騎士だっけ。とにかく、主君に忠誠を誓う騎士のように俺の前に跪いたのだ。


「……あなたさえよろしければ、私にあなたを守らせてください」


「…………ふぁ!?」


 びっくりしすぎて変な声が出てしまった。

 だが、そんな風に動揺したのは俺だけではなかったのだ。


「何言ってるんですか。あなたは神殿騎士で、教会の人間なのに! クリスさんを守るって言っても、逆に危険に近づけるだけじゃ――」


 憤慨したように食って掛かったヴォルフにちらりと視線をやると、ラザラスは深く息を吸って顔を上げた。


「あなたの為なら、今の地位など捨てても構わない」


 ラザラスは真っ直ぐに俺を見つめていた。嘘やでまかせでないことは、疑いようがない。

 その射抜くような瞳に、心の……魂の奥底がざわめく。


 俺は……何も言えなかった。

 何でラザラスはほとんど面識もない俺にそんな事を言うんだろう、という思いもあったけど、何故かすとん、とその言葉が胸に落ちるような気がした。

 こいつと初めて会ったのは、ラヴィーナの街がドラゴンの襲撃を受けた時のはずだ。


 でも、何故かもっと、懐かしいような……俺はこいつのことをよく知っているような……


 だが、何かを掴みかけたその時ヴォルフが俺とラザラスの間に割って入って来た。


「クリスさんとそのご家族は、即時ヴァイセンベルクが保護します」


 ヴォルフは、ラザラスを見据えて……というか睨み付ける勢いでそう告げたのだ。

 俺は呆気にとられて、ヴォルフの言葉を聞いている事しかできなかった。


「まずは一時的に彼らの身柄を預かります。教会が気づいて圧力をかけたとしても、ヴァイセンベルクなら対抗できます。あなた一人で無理をするよりも確実かと」


 ヴォルフはどこか威圧的にそう告げる。対するラザラスは、感情の読めない顔でじっとヴォルフを見ていた。

 ……どこか緊迫した空気が漂い始めた気がする。

 ラザラスはじっとヴォルフを見つめたまま、口を開いた。


「君に、彼女が守れますか? これから先何があっても、守り通すと誓えますか?」


 口調は優しいが、ラザラスがそう口に出した途端びりびりと空気が張り詰めた。

 まるで、裁きを下す審判の時のように。

 

 ……どうしよう、このままじゃよくない気がする……!

 俺は何か言おうと一歩前へ進み出ようとしたが、すぐにヴォルフに制止される。

 ヴォルフはちらりと俺の方を振り返ると、またラザラスに視線を戻した。そして、迷いのない口調で告げる。


「……そんなの、あんたに言われるまでもない。あんたがいようがいまいが、相手が教会だろうが邪神だろうが僕がクリスさんを守り続けるのは変わらない」


 ラザラスは相変わらずじっとヴォルフを見ている。

 俺は何か言おうと思ったが、どうしても胸が詰まったかのように言葉が出なかった。


「悪い事は言わない。少しでも迷いがあるのなら、彼女のことは俺に任せてほしい。どんな手を使ってでも守り通すと誓おう」


 ラザラスがそんな事を言いだして、俺はますます混乱した。

 思わずラザラスに視線をやると、不意に目が合う。

 その強い、何か強烈な意志を含んだ視線に、ますます胸がざわめいた。

 だが、次の瞬間ヴォルフが強く俺の手を掴んだ。


「……必要ない。クリスさんは僕が守る。…………絶対に……!」  

 

 ヴォルフの少し後ろにいる俺の位置からは、ヴォルフがどんな顔をしているのかはわからなかった。

 ただ、手を握りしめる力の強さだけが、ヴォルフの本気を伝えてくるようだった。


「…………ラザラス、ありがとう。でも、俺はヴォルフと一緒にいたい」


 そっとヴォルフの手を握り返す。そして、俺はラザラスに向かってはっきりとそう告げた。

 これから先、どんなことが起こるのかはわからない。

 迷惑をかけるかもしれない。俺のせいで危険に巻き込まれるかもしれない。

 ……それでも一緒にいたい。自分の気持ちに嘘はつけなかった。


 ラザラスはその言葉に小さく息を吐いて……にっこりと笑った。


「そうか、では頼むよ!」


 今までの重苦しい空気を振り払うようなさわやかな笑みを浮かべて、ラザラスは軽い口調でそう言ったのだ。


「……は?」

「ユグランスの大貴族が後ろ盾につくなら安心だね。頼むよ。俺はさっそく王都に戻って裏工作に励むとするか」


 うんうん、と何かに納得したように頷いて、ラザラスはさらっと恐ろしい事を言った。


「えっと、あの……」

「そうと決まれば行動は早い方がいい。早ければ数日中にも教会の使者がやってくることだろう」


 やばい、展開が速すぎて頭がついて行かない。

 えっと、ティエラ教会が「勇者クリス」を探していて、教会の使者がここにやって来るかもしれなくて、俺はヴァイセンベルクの保護下に入る……?

 ラザラスは混乱する俺を見てくすりと笑うと、そっと屈んで視線を合わせてきた。

 そして、何か大切なものを見るような表情で、柔らかく微笑んだ。


「今度は幸せに。………………リカ」


 その瞬間、俺の心の一部が大きく揺らめいたのが分かった。


 ラザラスはそのまま俺たちに軽く手を振るとその場から立ち去ろうとした。

 すぐに王都に戻るとか言ってたし、このまま帰るつもりなんだろう。


「っ……ラザラス!!」


 気が付いたらその背中に向けて思いっきり叫んでいた。

 ラザラスが振り返る。

 自分でも何を言いたいのかわからないまま、俺は口を開いていた。


「あのっ……俺の家の裏に、ちっさい納屋があって……そこに、地下室があるんだ!! 見えないけど、そこにあるから……だから、覚えといてくれ!!」


 ラザラスは俺の言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに爽やかな笑みを浮かべた。


「えぇ、覚えておきます」


 そのまま、ラザラスは村の中央部の方へ去って行った。

 その姿が完全に見えなくなると、ヴォルフは大きく息を吐いた。


「一応、忠告してくれたことは感謝するべきでしょうね」

「うん……」


 ラザラスの姿が見えなくなっても、俺はその方向から目を離すことができなかった。

 ヴォルフが呼び戻すかのように、軽く俺の腕を引く。


「それよりも、あの人の言う事が本当ならできるだけ急いだ方がいい」

「そ、そうだよな! ここを離れるなら父さんと母さんも説得しないと……!!」


 俺だけでなく、むしろ俺以上に「勇者クリス」の親である父さんと母さんにも教会の手が及ぶはずだ。

 とにかく、説得してここを離れさせないといけない。


「あの、さっきの話だけど……そのヴァイセンベルクにって……」

「取りあえず一時的にユグランス領に避難した方がいいでしょう。ミルターナを離れればティエラ教会の影響力も弱まるはずです。その後は、あらためてここに戻るか他の場所に腰を落ち着けるか考えることができる」


 とんでもない話だけど、今はその提案がありがたい。

 たぶん俺たち家族だけだったら、急にどこかに身を隠すなんて難しいだろうから。

 俺はともかく、昔からずっとここに住んでいた父さんと母さんはここを離れるのに抵抗があるかもしれない。

 でも、取りあえず今だけでもここを離れないといけない。

 ……何としてでも、二人を説得しないとな!

 だから、今はヴォルフの厚意に甘えておこう。


「……ありがとう」


 小さく礼を言うと、ヴォルフはそっと俺の手を握った。


「今は、いろいろ考えるよりも行動を起こすべきだと思います。だから、行きましょう」


 そうして、俺たちは慌てて家へと向かう。

 こうして、故郷に戻ってきた後の俺の平穏な生活は、あっという間に幕を閉じてしまったのだ。


やっと引っ越しパートに入ります!

「迷子の心」も次回で完結予定です!

ラザラスはあっさり引きましたが、もうちょっとライバルらしくしてもよかったかもしれない……と今更思いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ