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迷子の心(3)

 

 それから数日、俺は自由にだらだらしたり、たまに父さんや母さんの仕事を手伝ったりして過ごしていた。

 村の復興は少しずつ進んでいるようだ。

 あの巨大な花みたいな化け物が家屋を壊す場に俺も遭遇したけど、無茶苦茶になったリグリア村も段々と元の姿を取り戻しつつある。喜ばしいことだな。

 そんなこんなで退屈で平穏な日々が続いていたある日、家の玄関から一歩出て俺は仰天した。


 俺の家の前に、何故か待ち構えるようにミゲルが立っていたのだ。


「よぉ、これから出かけるのか?」


 ミゲルは随分と気安く声を掛けてきた。


「な、な……」


 俺は慌てたが、すぐに思い直して気を落ち着かせるように大きく息を吸う。

 きっとこいつはただ単にここを通りかかっただけなんだ。

 変に動揺したり無視したりする方が怪しいだろう……。


「えぇ、隣町まで少し買い物に出かけるんです。ミゲルさんは……」


 お仕事頑張ってくださいね、と続けようとした時、急に接近してきたミゲルに腕を掴まれる。

 ひっと息を飲んだ俺の事など気にせずに、ミゲルはそのまま至近距離で告げた。


「やっぱりな、俺が連れてってやるよ」

「え、あの……」


 突然の展開に戸惑う俺の事など気にせずに、ミゲルはどんどんと俺の手を引いて歩き出す


「あのっ……本当に大丈夫ですから!」

「遠慮すんなって」


 してねーよ!!

 なんなんだよお前は!!!


「だって、お仕事は……」

「一日くらいサボってもいいだろ」


 よくねーよ!

 ずっとだらだらしてる俺が言えたことじゃないけど……家壊された人の気持ちになって見ろ!

 俺が言えたことじゃないけど……!!


「おっ、デートか? 若いねぇ……」


 通りがかった近所のおっさんがにやにやしながらそう冷かしてきた。

 くそっ、色ボケジジイめ……これのどこがデートに見えるんだよ!

 どっちかっていうと拉致だ。俺の嫌そうな顔が見えないのか!!


「ミゲルさんっ……本当に一人で大丈夫ですから……!」

「ミゲルでいい」


 話を聞けー!!

 結局、抵抗むなしく俺はミゲルに連行されるようにして隣町まで連れて行かれたのであった。



 ◇◇◇



「何を買うんだ?」

「えーっと……」


 隣町まで連れてこられてしまったので、もう仕方ない。

 観念して母さんが持たせてくれたメモを取り出す。


「あぁ、それはあそこの店だな」


 ミゲルは横からメモを覗き込んできて、一つ一つこの品物はあそこの店だと丁寧に説明してくれた。

 ……随分と優しいんだな。やっぱり、今の俺がかわいいから下心でもあるんだろうか。

 でも騙されてはいけない。こいつは、俺の机にカエルを仕込むなどという極悪非道な行為を平然とやってのける奴なんだ……!!

 気を抜かないように、できるだけミゲルの存在を気にしないようにして、なんとか母さんに頼まれた買い物を済ませていく。


「おっ、ミゲル! 新しい女か?」


 その途中、唐突に声を掛けられて俺は思わず固まった。

 最悪な気分で振り返ると、そこには俺やミゲルと同じぐらいの年ごろの、いかにも柄の悪いチンピラとでもいうような男が二人ほど、にやにやといやらしい笑みを浮かべて立っていたのだ。


「へぇー、すっげぇ美人じゃん! どこで見つけたんだよ!」

「こんな田舎にはもったいねぇなぁ……」


 二人はじろじろと俺の顔を覗き込んできた。

 思わず一歩後ずさると、ミゲルが俺を庇うように前へ出る。


「やめろよ、怖がってるだろ」


 言ってることはまともだったが、その言い方はあきらかにへらへらとした感じだった。

 ……やっぱり、こいつも目の前の二人と同類だな!


「ずりぃーな、俺達とも遊んでくれよ」

「だからやめろって。こいつは……」


 ……今だっ!

 ミゲルの注意が逸れた隙に、俺は全速力でダッシュして逃げ出した。


「おい、クー!!」


 背後から慌てたような声が聞こえたが、もちろん止まってやるわけがない。

 俺は逃げ足だけには自信がある。

 そのまま捕まることなく、何とかリグリア村まで戻ることができた。

 一応母さんに頼まれた買い物は済ませてある。もう用は済んだ。さっさと家に帰るに限るな!!


 まったく、散々な目に遭った。

 ミゲルの奴も、村の復興を手伝うのはいいんだが、できれば早く帰ってくれないかな……。

 そんな事を考えながら、俺は無事に家まで帰りついた。



 ◇◇◇



 そして翌日。


「よぉ、昨日は悪かったな」


 …………また出たー!!


 家の扉を開けたらミゲルがいた。

 本当に、何なんだよこいつは……!


「今日も町に行くのか? だったら俺も……」

「いいえ、結・構・です!!」


 昨日はうっかり動揺して最初にあいまいな態度を取ってしまった。だから、あんな目に遭ったのだ。

 だったら、今日はきっぱりと断ってやる!


「ミゲルにも仕事があるんでしょう」

「別に一日二日くらい問題ない」


 その後もミゲルはひたすらべらべらと話しかけてきたが、俺は徹底的に無視した。

 さすがにこれだけ冷たくすれば飽きるだろう。そんな事を考えながら歩き続けて、人気のない道まで来た時だった。


「……なぁ、クー」


 思ったよりも至近距離で声がして、驚いて足を止めてしまう。

 次の瞬間腕を強く掴まれたかと思うと、一瞬で建物の陰まで引きずり込まれた。


「……見た目の割に肝が据わってんな、あんた」


 そのまま、体全体で閉じ込められるようにして、壁に押し付けられる。


「っ……!」

「あそこまでガン無視とか……いい度胸してんじゃねぇか」


 至近距離にミゲルの顔が見える。

 明らかにイラついたようなその表情に、思わず体が竦んだ。


「そんなに怖がるなよ……。別に、あんたをひどい目に遭わせようってわけじゃねぇよ……」


 猫なで声でそう言うと、ミゲルはするりと俺の髪を撫でた。


「や、やめっ……」


 何とか逃げようと身をよじるが、逃がさないとでも言うように抑え込まれて動けない。

 そんな俺の怯えを楽しむかのように、ミゲルは意地の悪い笑みを浮かべていた。


「……なぁ、聞いたぜ? あんたのこと」


 囁くようにミゲルがそう口にする。


「クリスの奴、ヘタレ野郎のくせしてあんた以外にも女がいんだろ」

「…………え?」


 ……一体何を言ってるんだこいつは。

 そんな困惑をどう勘違いしたのか、ミゲルは俺の肩に手を置くと労わるように口を開いた。


「クリスは何人もの女連れて帰ってきて、また女連れて出てったんだってな」


 一瞬、言われた意味が分からなかった。

 少し考えて、やっと理解した。

 「女」って……リルカやミラージュやティレーネちゃんのことか……!


 確かに俺たちは大人数でリグリア村に帰ってきて、男の「クリス」であるレーテはティレーネちゃん、リルカ、イリスを連れてアムラント島へと旅立っていった。

 女連れで帰ってきてまた出て行ったように見えなくもない……かもしれない。

 誰がミゲルにそんな事を話したのかは知らないが、そいつにはテオやヴォルフの事は見えていなかったんだろうか。

 ……どうせ、ミラージュに鼻の下伸ばしてた近所のスケベ親父だろうな…………。

 そんな事を想像していると、ミゲルがくつくつと笑った。


「可哀想になぁ、クー……」


 ミゲルが顔を近づけてくる。

 思わず固まると、彼は至近距離で囁く。



「クリスは女連れて出てって、あんたは置いて行かれた。……捨てられたんだよ、あんた」



 酷く愉快そうに、ミゲルはそう告げたのだ。


 ……こいつの言ってることは飛んだ的外れだ。

 頭ではそうわかっていた。


 でも、その言葉は確かに俺の胸の中の、必死に気づかない振りをしていた部分を突き刺したんだ。


 ――置いて行かれた。

 ――捨てられた。


 ミゲルが思っているのとは相手が違うけど、確かにその言葉は……俺の状況を的確に表していたのだから。


「っ……」


 反論しようと思った。何馬鹿なこと言ってるんだって笑い飛ばしてやろうと思った。

 でも、胸が詰まったような感覚がして、何も言葉が出てこない。

 込み上げてくる何かを、押さえるので精一杯だ。


「こんな田舎に置き去りなんて可哀想になぁ……本当に酷い奴だ」


 ミゲルが労わるように髪を撫でてくる。

 もう、その手を振り払う事もできなかった。


「だから、そんな奴よりも俺と……」

「……るさい! うるさいうるさい! 黙れっ!!」


 ミゲルはまだ何か言おうとしていたが、もう聞きたくなかった。

 渾身の力でミゲルを突き飛ばす。


「っ……ふぅ……!」


 ミゲルがよろけた隙に、そのまま、後ろも振り返らずに駆け出す。

 胸が、喉がじぃんと熱くなって、遂に耐え切れずに嗚咽が漏れだす。



 脇目もふらずに走り続けて、村の裏手の森の中まで来てしまった。

 ……ここなら、きっと誰にも見つからないだろう。

 そう思ったら、もう止まらなかった。


「……うぇ……ひぅっ…………!」


 涙が後から後から溢れてくる。


 ……気にしないようにしていた。仕方ないことなんだって、必死に自分に言い聞かせていた。

 でもやっぱり、悲しいし、寂しいよ……。


『……この人に何したんだ、あんた』

『……だから、油断するなって言ったじゃないですか』

『…………あなただけでも、生きていてくれて良かった』

『あなたのことが好きです。たった一人の相手として、あなたを愛してる』

『……覚えておいてください。僕が、あなたの事を誰よりも一番大切に思ってるってこと』



「ヴォルフっ……!」


 ――会いたい

 その思いが、どんどん膨れ上がっていく。


 会いたい。もう一度、抱きしめて欲しい。

 ……離れてやっと思い知った。

 俺の中で、お前の存在がどれだけ大きくなっていたかって……!


 でも、ヴォルフにはヴォルフの人生がある。これから輝かしい未来が待っているはずだ。

 俺は……あいつの重荷にはなりたくはない。

 元々、住む世界が違ったんだ。

 

 必死に腕に爪を立てて感情を押し殺す。

 大丈夫、きっと大丈夫だ。いつかきっと、この悲しみや寂しさも癒えていくはずだから。


 だから……今だけは思いっきり泣いてしまおう。


 行き場のない思いを抱えたまま、暗い森の中で俺はずっと泣き続けた。


雲行きが怪しくなってまいりました。

今年中にあと一話投稿予定です!

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