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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
最終章 祈りの歌が響くから
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11 懐かしい歌

ここから先は1話1話が少し長くなります。

 俺とイリスも慌てて抱きかかえられたティレーネちゃんに近づく。

 不思議な事に、レーテの轟雷を真正面から受けたというのにティレーネちゃんには目立った怪我はなかった。


「ティレーネ、しっかりしろ!!」


 レーテが焦ったように何度か呼びかけると、彼女はゆっくりとまぶたを震わせ、目を開いた。


「ク、リス様…………?」


 彼女の視線が彷徨い、レーテを捕える。やがてその視線が俺とイリスに移ると、彼女は泣きそうに顔を歪めた。


「私は、負けたんですね……」

「……あぁ、そうだ」


 レーテの答えを聞いて、ティレーネちゃんは静かにすすり泣き始めた。

 俺は何て言っていいのかわからずに、ただ黙って彼女を見つめる事しかできなかった。


「……私は……どこかで、間違えたんでしょうか……」


 虚ろな目をしてティレーネちゃんがそう呟く。


 ……違う。彼女はいつも一生懸命だった。

 結果から見ればニコラウスの悪事に手を貸していたのは間違いないけど、彼女はニコラウスが正しい行いを、世界の為に善行を働いていると信じ切っていたんだ。

 俺には、その思いを間違っているなんて言えない。


「……正しいも、間違いもないよ。俺たちはただお互いに自分の思いをぶつけあって、たまたま勝ったのが俺たちだっただけだ」


 そう告げると、ティレーネちゃんは少しだけ驚いた顔をした。そして、俺、イリス、レーテの顔を順番に見て、そっと息をつく。


「クリス様……いいえ、レーテさん」


 彼女はしっかりとレーテと視線を合わせると、優しく微笑む。


「私……あなたが好きでした」


 その言葉に、俺もイリスも、当事者のレーテも息を飲んだ。

 そんな俺たちの反応を見てくすりと笑うと、彼女はどこか夢見るような表情で口を開いた。


「あなたは本当に伝説の中の勇者様みたいで……あなたといると、私はいつも嫌な事を忘れられた。まるで、自分が普通の女の子みたいに思えたんです」


 以前ラヴィーナの街にドラゴンが襲撃してきた時は、ティレーネちゃんは明らかにレーテに心酔している様子だった。……俺を牽制してくるくらいだったし。

 きっと、彼女は本気でレーテの事が好きだったんだ。


「だから……どうしても許せなかったんです。あなたが、嘘をついて私を……周囲を騙していたことが」


 レーテが悔しそうに唇を噛む。

 ……ティレーネちゃんの好きになった「勇者クリス」は虚構の存在だった。レーテは自分が本当は女であること、勇者なんかじゃないことをティレーネちゃんに隠し通そうとしていた。

 それが、彼女には許せなかったんだろう。

 きっとその反動で、彼女はますますニコラウスの掲げる「新世界」に傾倒していったんだ。


「酷いこと……たくさん言いました。私、いつも自分のことばかりで……!」

「君は何も悪くないよ」


 レーテがそっとティレーネちゃんの手を握る。


「君の言う通り、ボクはどうしようもない屑だ。妹を見捨てて、たまたま出会った人間を騙して体を乗っ取って……最低だよな……」


 イリスがぎゅっと俺の手を握る。

 大丈夫だ、と伝えるために、俺はしっかりとその手を握り返す。


「本当の事を話すのが怖かったんだ。君に……見捨てられるんじゃないかと思って……。どうしても君に……君にだけは本当の自分を知ってほしくなかった。君の憧れる『勇者クリス』でいたかったんだ……!」


 レーテはぐっと拳を握りしめると、ティレーネちゃんを強く抱きしめた。


「ボクも、ボクも君のことが……」


 レーテが次の言葉を伝えようとした瞬間だった。


 まるで空気が鉛になったかのような、経験したことのない重圧感が俺たちを襲う。


「ぐっ……」

「なに……!?」


 うろたえる俺たちに、レーテの腕の中からティレーネちゃんが叫ぶ。


「これは……いけませんっ! ルディスが……ルディスがこの世界へと降りてきていますっ!!」

「えぇっ!?」


 何かとてつもなく恐ろしいものがここへと近づいてきている。それははっきりと俺にもわかった。

 思わず逃げ出したくなる。でも……ここで逃げるわけにはいかない。


「……やるぞ!」


 気合を入れるためにそう口にすると、イリスがぎゅっと俺の手を握りしめてきた。

 レーテは優しくティレーネちゃんを寝かせると、俺たちの元へとやってくる。



 そして、至聖所の天井を通り抜けるようにして、それは姿を現した。



 黒い靄に包まれて、はっきりとした姿は見えない。

 でも、それが現れた途端感じていた重圧感が耐えられないほどのものになる。

 息が苦しい、体が動かない。


 至聖所全体が黒い靄に包まれる。傍にいたはずのレーテもイリスも、見えなくなってしまった。全身を真綿で閉められているような、嫌な感覚が消えない。

 さっきまでの威勢は一瞬で消え失せて、俺はどうしようもない絶望感に捕らわれていた。


 だって、あれは神様だ。

 あんなのに、勝てるわけないじゃないか……!


 思わずその場に崩れ落ちてしまう。

 涙が止まらない。体が震えて動かせない。

 駄目だ、俺もみんなもここで死ぬ。この世界も、もう終わっちゃうんだ……!


 そんな絶望で一杯になった時、不意に暗闇の中から歌が聞こえた。


 思わず顔を上げる。そこには、イリスがいた。

 イリスはルディスの重圧など気にも留めていないように、小さな声で歌を歌っていた。



 何故だか、その歌を懐かしく感じた。



 ◇◇◇



 《アルエスタ東部・エラフの里》



「えぇっと……世界が平和になりますように! みんなが笑って暮らせますように! あと猪鍋食べたい!」

「馬鹿シーリン! てめぇの個人的な願い事なんてどうでもいいんだよ!!」

「えー?」


 振り返ると、小さなドワーフの親友――メーラが頬を膨らませていた。

 シーリンは思わず笑ってしまう。


「変な顔~」

「馬鹿! そんな事言ってる場合じゃねぇだろが! 私たちが祈りを捧げないと世界が大変なことになるんだぞ!?」


 そういえばそうだった、とシーリンはやっと思い出す。

 シーリンたち猫族ケットシーの集落――エラフの里に北のフリジア王国の姫の使いだと名乗る者がやってきたのはほんの数時間前のことだ。

 訝しむシーリン達に、その者はとにかく今は大地の危機なので、祈りを捧げろと告げた。

 皆馬鹿馬鹿しいと笑ったが、シーリンは笑わなかった。

 その話に、聞き覚えのある名前を見つけたからだ。


 ――勇者テオとその仲間たちが邪神との戦いに赴いている。


 姫の使いは、確かにそう言った。

 かつてシーリンと共に戦った友人たちが、今はこの大地を守る為に戦っている。

 それを聞いていてもたってもいられなくなったシーリンは、集落の者達とたまたま遊びに来ていたメーラを説得して、こうして祈りを捧げている最中だったのだ。


 やっと本来の目的を思い出したシーリンはそっと祈る。


 大地に、女神に、そして……今も戦い続けている友人たちに。



 ◇◇◇



 《ユグランス帝国中央部・イービスガルト》



「ほらっ、ヴィルヘルム様! 皆が待っています!!」


 オリヴィアは渾身の力を込めて、物陰に隠れた幼馴染――第三皇子ヴィルヘルムを引っ張り出そうとした。


 目の前の広場にはたくさんの人が集まっている。もう時間もないと言うのに、ヴィルヘルムはこうして物陰に隠れて出てこようとしないのだ。


「困りますよ殿下。みな殿下の有難いお言葉を待っているのに!」

「うわああぁぁぁ! プレッシャーをかけるな、ジークベルト!!」


 オリヴィアともう一人、ヴィルヘルムを引っ張り出そうとしていた男――ヴァイセンベルク家のジークベルトがにやつきながらそう口にする。その途端、既に半泣きのヴィルヘルムが振り返った。


「せ、せめて仮面をつけて……」

「駄目ですよ殿下! そんなものつけたらただの変質者です。変質者の話なんて誰も聞かないどころか下手したら衛兵にしょっ引かれますよ!!」

「うぅ……」


 ジークベルトはそう言うと、片手で仮面を握りつぶした。

 頼みの仮面を粉砕され、ヴィルヘルムは涙目でオリヴィアを振り返る。


「……やっぱり駄目だ! 私は、こんなに大勢の人の前で話すことなんてできるはずがない……!」


 オリヴィアは内心でため息をつく。

 ヴィルヘルムの最大の弱点……それは、極度のあがり症だった。

 あの悪趣味な仮面や恰好は、本当の自分を覆い隠すためのヴィルヘルムなりの戦装束だったらしい。

 一対一や少人数での会話ならまだしも、大勢の前での演説などヴィルヘルムにとっては闇の勢力との戦いよりもよほど恐ろしい物であったのだ。


「大丈夫、誰も殿下のことなんて見てませんよ」

「じゃあこんなに大勢の人々は何のために集まったんだ! 見え透いた嘘をつくな!!」

「……ジークベルト様、冗談はそのくらいにしてくださいませ」


 そう釘をさすと、ジークベルトはやれやれとでも言いたげに肩を竦めた。

 ……以前オリヴィアを助けてくれた彼の弟は随分と生真面目な性格に見えたが、この兄ときたら、こんな危機的な状況にもかかわらずヴィルヘルムをからかって遊んでいるときた。


「……でも本当に、早くしないと私の弟が大陸の南半分を凍りつかせるかもしれないんですよ」

「はあぁぁ!?」

「いやー、許してやってください。あいつ好きな子の前だと周りが見えなくなるから!」

「まったく、ヴァイセンベルク家の奴はいつもいつも……!」


 ひとしきり呪詛を吐くと、ヴィルヘルムは身に着けていた派手なマントを脱ぎ捨て立ち上がった。


「わかった、やればいいんだろやれば!!」

「さすがはヴィルヘルム様ですわ!!」


 多少大げさにおだてると、ヴィルヘルムは恨めしげな目をオリヴィアに向けてきた。だが、ふっと笑うと彼はしっかりと告げた。


「見ていてくれオリヴィア。私も……私にできることを精一杯やりとげてみせるさ」

「……はい!」


 そのままヴィルヘルムはオリヴィアへ背を向け、集まっていた観衆の前に姿を現す。


「誇り高き帝国市民よっ!!」


 現れたヴィルヘルムに、その言葉に、観衆は一斉に歓喜の声を上げた。


 やればできるんだから……と内心で呆れつつ、オリヴィアは空を見上げる。

 この空の下で、かつてオリヴィアを救った勇者たちが戦っている。

 隣国フリジアの姫からの伝達によると、オリヴィア達の祈りも彼らの力になるということらしい。

 その為にオリヴィアとヴィルヘルム、それに偶然居合わせたジークべルトはこうしてできるだけ多くの者に祈りを捧げてもらおうと人々を広場に集めたという訳だ。


 空には暗雲が立ち込め、まるで世界の終りのような様相を示している。

 でも、きっと大丈夫だ。


「この世界もそう捨てたものじゃない。……そうは思いませんか?」


 そっと傍らのジークベルトに呼びかけると、彼は珍しく真面目な顔をして空を仰いだ。


「そうですね……。まだ、黄昏を呼ぶには早すぎるか……」


 ヴィルヘルムの演説は続いている。

 私の思いも、彼らに届きますようにと、オリヴィアはそっと目を閉じた。



 ◇◇◇



 《フリジア王国東部・アムラント島》



「いい? とにかく祈りなさい! 全力で!! 力尽きるまで!!」

「イエス、ユアハイネス!!」


 各地へ使いを送り、最後の仕上げにとフィオナは声を張り上げる。

 邪神ルディスを追い払うには、神に立ち向かえるほどの強大な力が必要だ。あのイリスと言う少女を介して、フィオナ達この大地に生きる者達の祈りが力となり、ルディスを追い払うことができる。

 ……確証はない。でも、今は信じるしかない……!


 居並ぶ多くの魔術師たちの前で、フィオナは精一杯声を張り上げる。

 一人でも多く、強く、彼らに祈りの力を届けられますように、と。


 勇者テオとその仲間たち。

 彼らを戦地に送り出したのはフィオナだ。

 だったら、何が何でも後方支援としての責任を果たさなければ……!


 各地へ送った使いたちはうまくやれただろうか。

 不安は尽きないが、今は祈る事しかできない。


「絶対、無事に帰ってこなきゃ許さないんだから……!」



 ◇◇◇



 イリスの歌声を聴いていると、不思議と恐怖が、絶望が薄れていく。

 何故だろう。その懐かしい歌が、俺に力をくれる。



『また現れたのか、哀れな聖女よ』



 靄に包まれたルディスが、男にも女にも、老人にも子供のようにも聞こえる不思議な声を発した。

 さっきまでの俺だったらその声に震え上がっていただろうけど、今は怖くない。


「久しぶりだな、ルディス」


 この世界に、お前はいらない。


「レーテ、イリス!」


 呼びかけると、すぐ横に気配を感じた。見れば、レーテがじっとルディスを睨み付けている。


『二度も同じ手は通用せぬぞ』


 ルディスを取り巻く闇が一気に濃くなる。

 押し潰されそうになるけど、耐えずに聞こえてくる歌が俺の正気を繋ぎとめていた。


 その歌を聞くと、不思議と力が湧いてくる。

 これはきっとイリスの……それに、この大地に生きる人たちの力だ。


 そっとレーテの手を握る。

 今から俺たち二人で、こいつを倒すんだ。


『滅びよ人間! 闇に還るがいい!!』


 ルディスの纏う闇が俺たちを取り込もうとこちらに溢れ出してくる。


「滅びるのはお前だよ、ばぁーか!」

「何度も何度もしつこいんだよ!!」


 俺とレーテが罵倒すると、ルディスから怒気のようなオーラを感じた。

 なんだこいつ、神様の癖に沸点低すぎだな!!


「……まさか、君とこんなことをするとは思いもしなかったよ」

「…………俺もだよ」


 ずっと憧れていた勇者になる直前で、俺は全てを失った。

 ……最初はお前を恨んだよ、レーテ。

 でも、そのおかげで大切な人と出会えた。守りたいものが増えた。

 その全てを、ここで終わりになんてできるわけがない!!


 この世界は広い。

 ティレーネちゃんのように、この世界を壊したい人もいるかもしれない。

 でも、俺はそうしたくない。

 まだまだやりたいことだっていっぱいあるし、もう一度会いたい人だってたくさんいるんだ。

 きっと……そう思ってくれている人も、たくさんいるはずだ……!


 イリスの歌が闇の中に響き渡る。

 今までに感じたことが無いほどに、暖かくて強い力を感じる。

 きっとこれは、この大地を思うみんなの想いだ。

 

 受け取れルディス。

 これが、お前が壊そうとしたこの大地の――俺達の力だ……!!

 

 自分の持つすべての力をぶつける。

 ルディスが放つ闇と、俺たちがイリスから受け取った力が激突する。


 苦しい……気を抜けばすぐにでもルディスの放つ闇に取り込まれてしまいそうになる。

 それでも、イリスの歌と、レーテと繋いだ手のおかげで俺は留まる事が出来た。



 不意にイリスの歌に誰かの声が混じる。

 その途端、ルディスの様子が一変した。


『まさか……我を謀ったのか!? 小癪な……!』


 ルディスの纏う闇が薄くなる。最後の力を振り絞って、俺たちはルディスに全力をぶつけた。


「この世界から……出てけよ!!」


 そして、何かを突き破ったような感覚がした。


 次の瞬間まるで何百人の人の絶叫を集めたような、悲惨な悲鳴が至聖所の中に響き渡る。


『……さぬ、許さぬぞ人間! 一度ならずも二度までも!!』


 ルディスの放つ闇が俺に、俺をだけを狙って襲い掛かる。

 一気に視界が真っ黒になり、何も見えなくなった。

 そして、耳元で全てを呪うかのような声が聞こえた。



『覚えておけ! いずれ必ず、貴様を煉獄へ引きずり落としてやる!!……忘れるな、傲慢な聖女よ!!』



 一瞬だけ、何かに強く絡みつかれたような感覚がした。

 次の瞬間断末魔のような声を上げて、ルディスがゆっくりと遠ざかっていくのを感じた。

 だが、その直後自分の存在そのものを黒く塗りつぶされるような強烈な感覚に襲われる。


「ああぁぁぁ!!」

「クリス!!」


 誰かに腕を掴まれる。目を開けると、そこには必死な様子で俺の腕を掴むイリスがいた。


「ルディスは!?」

「いなくなった……でも、これはヤバいな……!」


 珍しくレーテの声が震えている。その理由は俺にもすぐにわかった。

 純白の至聖所を塗りつぶそうとするかのように、あちこちから濃厚な闇が溢れだしていたのだ。

 ……一度あれに飲み込まれてしまえば、もう自分の存在など保てるはずがない。


 あれは、人間では太刀打ちのできないモノだ。

 直感的にそうわかった。


「早く逃げっ……!」


 振り向いて俺は言葉を失った。至聖所の入口は、すでに漆黒の闇に飲まれていたのだ。

 きっとこれは、ルディスの最後の反撃なんだろう。

 俺達だけでも、ここで消そうという訳か……!


「レーテ、さん……ク、リスさん……!」


 その時、小さな声が聞こえた。慌てて振り返ると、ティレーネちゃんが必死に体を起こそうとしているのが見えた。

 ティレーネちゃんが苦しげに俺たちに呼びかける。俺たちは慌てて彼女へと近づいた。


「ティレーネ、大丈夫か!?」

「えぇ、それより……あれを何とかしないと……!」


 レーテに支えられてティレーネちゃんが立ち上がる。その背後からも、彼女を取り込もうとするかのようにどろりとした闇が迫っていた。


「……レーテさん、クリスさん、手を」


 ティレーネちゃんは静かにそう言った。その言葉には、何故だか従わざるを得ない力があった。

 俺もレーテも、そっと彼女に向かって手を差し出す。

 彼女はそっと俺たちの手を握ると、優しく微笑んだ。


「あなた方の力…………いただきますね」

「ぇ…………?」


 その意味を聞き返す間もなく、急激に何かを吸い取られるような感覚に襲われ、俺は思わず地面に膝をついてしまう。

 体に力が入らない。何とか顔を上げると、何かを決意したような顔のティレーネちゃんと目があった。


「ティレーネ、何をっ……!?」

「……忘れないでください。私のような者が、確かに存在したことを」


 何だよそれ、意味が分かんないよ。

 そして、引き留める暇もなくティレーネちゃんは走り出した。


「ティレーネ!」


 レーテが這うようにして彼女を追いかけようとする。そのレーテの傍に、慌てたようにイリスが近づく。

 そして、そのイリスを捕まえようとするかのように、闇が触手を伸ばしていた。


「イリスっ!!」


 とっさにできたのは、その場からイリスを突き飛ばすことだけだった。

 次の瞬間、俺はどろりとした闇の中に引きずり込まれた。

 

 心と体がばらばらになるような、強烈な感覚に襲われる。

 自分自身の存在すら砕かれそうになった瞬間、誰かに腕を引かれたような気がした。


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