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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
最終章 祈りの歌が響くから
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9 ティレーネの願い

 

「ティレーネ……!」


 この場へやって来たティレーネちゃんの姿を見つけて、枢機卿は歓喜の声を上げた。


「あぁ、やはり君こそが私の忠実な部下だ……! さぁ、もう少しで君の望む新しい世界の到来だ。その為にも、アンジェリカをこちらへ……!」


 ティレーネちゃんは何も言わない。俺たちには目もくれず、ゆっくりとニコラウスに近づいてくる、

 俺とレーテは、じっと警戒したまま彼女の動向を追っていた。

 彼女はニコラウスのすぐ目の前まで辿り着いた。


「さぁティレーネ。早く邪魔者を排除しアンジェリカをわが手に……っ!?」


 言葉の途中でティレーネちゃんは剣を抜き、思いっきりニコラウスに向かって斬りつけた。


「一体何を……ぅぐっ……!」


 俺はただ固まって、その光景を見ていることしかできなかった。


 ティレーネちゃんは仰向けに倒れたニコラウスの胸に剣を突き刺し、くぐもった声と共にニコラウスの動きが止まる。


 ――死んだんだ


 何人もの体を乗り換えつづけ、人を惑わし、世界を滅茶苦茶にしながら百年以上もの間生きながらえていた男は、今……その長い生を終えたんだ。


「……呆気ないものですね」


 ティレーネちゃんがゆっくりと俺たちを振り返る。

 修道服が返り血で赤黒く染まっていた。


 ――これはルディスじゃない。俺達の知ってる、ティレーネちゃんだ……!


「……何のつもりだ?」


 目の前の光景が信じられず俺は絶句していたが、いち早く我に返ったらしいレーテがゆっくりと彼女にそう問いかけた。

 ティレーネちゃんは動かないニコラウスの体に目をやり、不快そうに顔をしかめた。


「この男は百年もの間、クリスさん……奇跡の聖女――アンジェリカ様を求めていました」

「うん……」


 それは俺も知っている。

 理解はできない。でも、事実としては知っていた。


「彼は死したアンジェリカの魂がいずれこの地に帰ってくると考え、秘密裏にティエラ教会内で『聖女計画』なるものを推し進めていたのです」

「聖女計画……?」


 聞いたことのない言葉だ。

 でもあのニコラウスが関わっている以上、まともなものではないのだろう。

 俺のつぶやきに小さく頷くと、ティレーネちゃんはぎゅっと拳を握った。


「『聖女計画』とは、世界を救う力を持つ奇跡の聖女を再びこの時に蘇らせるものです。この男は、その為には聖女の魂と器、その両方が必要と考えていました」

「器……」


 かつて俺が目にして、今はテオが相手をしているはずのアンジェリカを模したホムンクルスのことだろうか。

 ティレーネちゃんはゆっくりと息を吐くと、床に視線を落とした。


「初めにこの男は聖女と呼ばれるにふさわしい少女を育て、その身にアンジェリカ様の魂を入れこもうと考えていたのです」


 思わず息を飲む。そんな事実は初めて聞いた。


「ですが、彼の望むような少女は現れませんでした。アンジェリカ様は稀代の天才。世界を動かすほどの力を持つ者など、そうそう生まれるものではありません」


 夢で、記憶で視たアンジェリカは確かに凄まじい力を持っていた。

 大地の力を解き放ってなお生き延びたぐらいだし、きっと想像もつかないくらいの才能を、力を秘めていたんだろう。


「私も……聖女を目指した一人でした。もちろんこの男の望むような成果は得られませんでしたが」

「ティレーネも……?」


 レーテが驚いたように目を見開く。

 ニコラウスは、ティレーネちゃんもアンジェリカの器の候補に考えていたという事か……?


「アンジェリカ様の死から百年ほどが過ぎ、遂にしびれを切らしたこの男は、更なる禁忌に手を染めました。……修道女たちを、人体実験の道具に使い始めたのです」

「なっ?」

「そんな……」


 レーテとイリスが驚いたように声を上げる。

 でも、俺は驚かなかった。


 以前ラファリスと共にルディスに見せられたティレーネちゃんの過去。

 オルキデア修道院にいた何人もの少女たちが、人体実験の被検体として連れて行かれたのを見ていたからだ。

 真っ黒に干からびた少女の姿が蘇る。


 あれを主導していたのがニコラウスだった。ティレーネちゃんを助けたのも、自作自演という訳か。

 でもあれだけの犠牲を払った人体実験は……うまくいかなかったんだろう。


「そのうちにこの男はホムンクルスの技術を知り、あっさりとそちらへと乗り換え、聖女の魂にふさわしいアンジェリカ様の器を作り上げました。……無駄だったんですよ、みんなの犠牲はっ!!」


 ティレーネちゃんはそこで初めて激高したように叫んだ。


「君がそれを知ったのは……?」

「ほんの、少し前です」

「そうか……」


 気遣うようなレーテの問いかけに、ティレーネちゃんは押し殺した声で答えた。


 ティレーネちゃんはニコラウスのうそぶく「新しい世界」を、彼が真に人々の為を思って行動を起こしていると信じていたのだろう。

 だが、真実は違った。

 ニコラウスは人々のことなど考えていない。ただアンジェリカを手中におさめ、自分に都合の良い世界を作り上げようとしていただけだ。

 ティレーネちゃんは、それが許せなかったんだろう。


「それじゃあ、死んでいった仲間たちの仇討ちってことかい?」

「そうとも言えますね」


 ティレーネちゃんはニコラウスのしたことを、多くの修道女たちを傷つけ、殺したことが許せなかったんだろう。

 だから、敵討ちに彼を殺した。


「……じゃあもうおしまいだ。黒幕だったその男は死んだ。後はルディスの降臨を阻止するだけだ。君とボク達が争う理由はない!!」


 レーテが言い聞かせるようにそう呼びかける。

 ティレーネちゃんはじっとレーテを見ていたが、静かに首を横に振った。


「それは……できません」

「何でだよ!」


 信じられないとでも言いたげなレーテの叫びに、ティレーネちゃんは小さく笑った。


「あなた方は今のこの世界を救おうとしている。……違いますか?」

「……ううん、間違ってないよ」


 俺がはっきりとそう答えると、ティレーネちゃんは真っ直ぐに俺たちを見つめ返していた。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「私は……今のこの世界を壊したい、いいえ、壊さないといけないのです」

「なっ!?」


 俺達は絶句した。彼女は……何を言っているんだ!?


「何のつもりだ、ティレーネ」

「クリス様……いいえ、レーテさん。あなたにもわかるでしょう?」


 ティレーネちゃんは悲しげな笑みを浮かべている。見ているこっちまで胸がつぶれそうになる。


「今の世界は腐敗が進み、なんの罪もない人々が虐げられ、踏みつけられています。……あなたと、私のように」


 ティレーネちゃん達修道女は預けられた修道院で道具のように扱われ、レーテは妹を人質に取られ悪質な魔術結社で悪事に手を染めさせられていた。

 ……本人たちの意志とは無関係に。


「そんな世界は、もう終わらせないといけないのです。そして私は……誰も苦しまない、新しい世界を作る!! 一度、この世界を壊した後に!!」


 ティレーネちゃんははっきりとそう宣言した。


 この世界を、壊すだって……?


「何言ってるんだよ、ティレーネちゃん!」

「あなた方が邪神を倒した所で一体何が変わると言うんですか!? 本当の敵は悪意を持ち、不条理を強いる人たちなのに! いくらこの世界へやってくる脅威を潰したって、身近にいる悪を一層なんてできやしない!! 見かけだけは平和になっても、その影に虐げられる人々はいるんですから!!」


 彼女の渾身の叫びに、俺は何も言い返せなかった。


 俺は、この世界が好きだ。

 優しい両親の元に生まれて、いきなりレーテと体を入れ変えられるなんてとんでも無い経験をしたけど、テオ、ヴォルフ、リルカ……たくさんの人たちに助けられてここまで来た。

 でも、この世界にはそんな暖かな場所だけじゃない、影の部分がある事も知っている。

 正しく生きている人が、理不尽に傷つけられ、殺されることだってあるんだ。


 アンジェリカが無実の罪で殺されたように、レーテがイリスを人質に取られ、悪事に加担させられていたように。ティレーネちゃん達修道女を襲った悲劇だって、ニコラウス以外にも腐っていた奴はいたんだ。

 ルディスの関わらない所でも、虐げられ、傷つけられる人はいる。

 それだけは、例えここでルディスを倒したってどうにもならないだろう。


 光があれば、影の部分も生まれるのだから。


「だから、一度綺麗に洗い流し、新たな世界を作るんです。皆が光の元に生きて、誰も傷つけられたり悲しんだりしないそんな世界をね……!」

「そんなのは無理だ」


 ティレーネちゃんの叫びに、レーテは冷静に言い返した。


「君はただの人間じゃないか。そんなことができるはずがない」

「……えぇ、私にはそんな力はない。……今はね。でも、もうすぐやって来るルディスを内に取り込み、私は神にも等しい力を得る……!」


 彼女がそう叫んだ瞬間、空気が変わった。

 俺もレーテもイリスも凍りついたようにその場から動けなかった。


「私はルディスをこの身に呼び込み、様々な事を知りました。今のルディスは降臨の準備の為にこの体からは離れています。だから、今度こそは完全にルディスを取り込み、その力を物にするの。そして、みんなが幸せに暮らせる世界を作るのよ!! この世界を破壊して!!」

「何で、何でそうなるんだよ……!」


 俺達もティレーネちゃんも、願うのはみんなが幸せに暮らせる世界。

 それは変わらないのに、なんでうまくいかないんだよ……!


「……クリスさん、皆があなたのように優しい心を持っていたら、きっとあんな悲劇は起こらないんでしょうね……でも、現実はそうではないのです」


 ティレーネちゃんは優しい微笑みを浮かべて俺を見ている。なんだかやるせなくて、俺はまた泣きそうになった。


「世界を壊したら、みんな死んじゃうの……?」


 レーテの後ろに隠れていたイリスが、震えながらそう声を絞り出した。

 ティレーネちゃんはイリスに優しく微笑むと、残酷な答えを告げた。


「……えぇ、ですが悲しむことはありません。皆新世界に蘇り、そこで幸福に暮らすことができるのですから」

「で、でもっ……それは別人だよ!! 私は、今のみんなと一緒に生きていきたいもん!」


 イリスのその言葉に、ティレーネちゃんは悲しげに眉を寄せた。


「……耐えてください。少しだけ悲しみを我慢すれば、幸福な未来が訪れるのですから」


 ……そんなのは詭弁だ。

 アンジェリカは非業の死を遂げて、俺に生まれかわった。でも、彼女が経験した悲しみ、憎悪、怒りを無かったことになんてできない。彼女は理不尽に仲間と引き離され、絶望の中で死んでいった。

 それを、なかったことに……新しく生まれ変われたからよかったなんて言えるはずがない……!


「……俺は、君のやることに賛同はできない。俺が守りたいのは、今のこの世界だから」


 理不尽な事、嫌な事だってたくさんある。でも、俺は今のこの世界でみんなと一緒に生きていきたいんだ。


「ティレーネ。残念だけどボクは君にそこまでの力があるとは思ってない。君の計画を実行したとしても、どうせ出来上がるのは今と大差ない世界だよ。……そんなものを、許容はできない」


 レーテの冷たい言葉に、ティレーネちゃんはぎゅっと唇を噛みしめた。


「元より、受け入れられるとは思っていませんでした。だったら、力ずくでやってみせるだけ……!」


 ティレーネちゃんを取り巻く空気が変わる。彼女は俺達と戦う気だ。

 俺達もすぐさま迎撃態勢に入る。


 次の瞬間、あたりの景色が変わった。


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