27 甘いご褒美
「また会えたね!クリスティーナちゃ……いてててて」
「やーん、また来てくれたんですかぁ、クリスティーナ嬉しいぃぃ!!」
「ははは、いつもながら手厳しいね……」
客の男は席について早々俺の尻を触って来たので、思いっきり手の甲をつねりあげてやった。この店ではこうやってセクハラしてくる客に対して、それなりの対処をすることについては何故か何も言われない。あくまで店の備品を破壊しない限りについては、だが。
最初は練習したとおりにかかと落としをお見舞いしてやったこともあるが、あれはいけなかった。このミニスカメイド服だと足を高く上げると店中にパンツ(下着も女性用に変えさせられた)を晒す羽目になるのだ。さすがに恥ずかしい。
そんな感じでこの店で働きだして数日か経った。テオが作った借金も少しずつ返せているがまだまだ先は長そうだ。
「クリスティーナ、休憩に入って」
「はーい」
「時間オーバーしちゃってるし、ちょっと長めにとってもいいわよ」
「マジで!? やった!!」
俺はメイド服から普通の服へ着替えて店の外へと飛び出した。ずっと同じ場所にいると息が詰まる。新鮮な空気を吸ってリフレッシュしたかった。
「アイスでも食べるかなー……ん?」
何を食べようかとあたりの店を眺めていると、俺の視界を鮮やかな桃色がよこぎった。
「あれって……」
桃色の髪をした小さな女の子。間違いない。数日前にテオが誘拐未遂を起こした少女、リルカだ。
リルカは何かを探しているようで、きょろきょろとあたりを見回しながら歩いている。前を見ないと危ないぞ、と声を掛ける前に、彼女は前から歩いてきた人に勢いよくぶつかってしまった。
「あっぶねえな、ちゃんと前見て歩けよ!!」
ぶつかった人はそう言い捨てると、衝撃で転んだままのリルカを放置して去って行った。自分にも非はあるくせに、倒れた子供を放置するなんてなんて奴だ!
追いかけて文句を言ってやりたかったが、今はリルカを助けるのが先だ。俺はリルカを助け起こすと、これ以上通行人の邪魔にならないように道の端へ連れていった。
「大丈夫か、リルカ。まったくひどい奴だな! ……って、俺の事を覚えてる?」
「……うん……クリス、さん」
よかった。どうやらリルカは数日前に一度会っただけの俺の事を覚えてくれていたようだ。手を貸してやると、素直にその手を取ってリルカは立ち上がった。相変わらず彼女の表情が動くことはない。だが、顔に出さないだけで内心ではものすごくショックを受けているのかもしれない。見ず知らずの人にぶつかって転んで更には罵声を浴びさせられるなんて、子供からしたらきっと怖かっただろう。かわいそうに。
「……そうだ! リルカ、アイス食べようアイス!」
「……あいす……?」
「そうそう、それで嫌な事なんて忘れちゃえよ!!」
俺はリルカの手を引いて露店へ向かった。アイスを二つ購入して、リルカに一つ手渡す。ヴォルフが見たらまた節約しろだのなんだの言われるかもしれないが、いたいけな少女を励ますためだ。あいつもわかってくれるだろう、たぶん。
ところが俺がアイスを食べ始めても、リルカは手に持ったアイスをじっと見つめるだけで食べようとはしなかった。
「どうした? 早く食べないと溶けちゃうぞ?」
「これ、食べ物……?」
「んん?」
リルカはじっとアイスを見つめたままだ。その様子は、どこか困惑しているように見えた。
「もしかして、アイス食べたことない……?」
そう聞くと、リルカはこくりと頷いた。
俺は驚いた。故郷のリグリア村は超が付くほどのド田舎だが、そこで育った俺でもアイスを食べたことはある。この前の様子だとリルカはここの近辺に住んでいて、今日みたいにフレーメルの街にも来ることがあるみたいなのに、アイスを食べたことがないなんて。よっぽど家が厳しい教育方針なんだろうか。
まあ、でも今日くらいはアイスを食べてもいいんじゃないか。ここで俺に会った事は黙っておけばたぶん家族にもばれないだろう。
「これはアイスって言ってな、食べると冷たくておいしいんだぞ! ほら」
リルカの手の上から俺の手を重ねて、口元にアイスを持っていってってやる。リルカはおそるおそるといった感じで、一口アイスをかじった。
「…………あまい」
「な、おいしいだろ」
リルカはまた首を振ってうなずいた。相変わらず表情は読めないが、若干嬉しそうに見えたのは俺の気のせいじゃないだろう。
そのまま二口、三口とアイスをかじって、ついにリルカはアイスを完食した。
「あの……ありがとう、ございました……」
「気にすんなよ! このテオが無理やり連れてきちゃったみたいだし、そのお詫びってことで! あ、でも家の人には内緒な!」
「うん……」
「そういえば、今日はどうしてここに来たんだ? 家族のお使い?」
そう聞くと、リルカはまた頷いて、小さな紙を俺に見せてくれた。それは買い物リストのようで、品物の名前がいくつか並んでいた。
「ふーん、星の砂に月の粉に蛇の抜け殻……」
そんなのどこに売ってるんだ、というか何に使うんだよ、と言いたくなるような物ばかり並んでいたが、驚くことにリルカはもうそのほとんどを揃えていた。後足りないのは、俺でも売っている店を知っている薬草だったので、一緒に行くことにした。
無事に薬草を買い終えて、前と同じようにリルカを送って行こうとしたが、リルカはやっぱり大丈夫だと言い張った。
「じゃあ街の門の所まで! それならいいだろ?」
「うん……」
そこまでは断られなかったので街の門までリルカについて行き、そこで俺たちは別れた。俺がリルカに向かって手を振ると、彼女はちょこんと頭を下げた。小さいのに礼儀正しい子だ。アイスも食べたことがないくらい厳しい家なら、きっちりそうしつけられているのかもしれない。
それにしても、あの買った物は何に使うんだろう。俺が知らないだけで新しい農法とかが流行っているんだろうか。
そんなことに頭を悩ませていた俺は、今が仕事の休憩時間だという事をしっかり忘れてしまい、戻った時にはリオネラに盛大に怒られることになるのだった。
◇◇◇
「うーん、やっと半分って所ですね……」
「えー! まだそんなにあるのかよ」
「クリス、そんな文句を言うな」
「いやいや、元はと言えばお前のせいだからな!?」
テオが作った借金もやっと半分ほど返すところまで来た。本当に長い道のりだった。まだあと半分もあるとか考えたくはない。
俺は大きくため息をついてテーブルに突っ伏した。今日の閉店作業は俺たちが担当することになっていたが、もう面倒くさくてやる気が起こらなかった。
「ああ、君達。丁度良かったよ」
「あれ、オーナー。どうしたんですか?」
もう他の店員はみな帰ったはずだが、何故かオーナーが残っていたようだ。オーナーは俺たちに気づくと、困ったような顔で近づいてきた。
「確か、テオ君は勇者だったと言っていたね?」
「そうですよ、世界を救うはずの勇者がこんなところで足止めされてるんです」
「いやいや、私も商売としてやっているからね!? 仕方がない事だからね!? それで、話があるんだが……」
オーナーの話では、このフレーメルの街の周辺にはいくつかの集落が点在しているらしい。最近、その集落の周辺でどうもやっかいな魔物が出現しているという事だった。
「やっかいな魔物って?」
「私も話を聞いただけなんだけどね、人々には大鴉と呼ばれているらしい。どうにも、人間ほどの大きさの非常に大きい鳥なんだそうだ。畑が荒らされたり、人が襲われて怪我をしたりと、いろいろと悪い事が起こっているそうだよ」
「へぇー、そんなのがいるんですね」
「それでだね、君たちが本当に勇者ならぜひその大鴉を退治してほしいのだが……」
本当に勇者なら……ってことは俺たちは勇者だと信じられてないって事か。
まあ、メイドに絡み過ぎて借金作ってる奴が勇者なんて信じたくない気持ちはわかるけど。
「でも、俺たちにはここでの仕事がありますし」
「オーナー、オレ達も力になりたいのはやまやまだが……」
「ああ、わかってるよ。大鴉を退治してくれたらテオ君のツケは帳消しにしよう」
「はいはい! やります! やらせていただきます!!」
これは即決だ。あと半分もミニスカメイド姿で客からセクハラを受ける生活なんて耐えられない。この仕事から解放されるなら魔物なんて十匹でも百匹でも退治してやるよ!!
◇◇◇
そして翌日、俺たちは仕事を休んでフレーメルの周辺の見回りを開始した。噂ではその大鴉が出るのは夜間に限られるらしい。その噂通り、昼間の見回りでは大鴉はまったく姿を見せなかった。
そして夜が来た。
何度目かの見回りで、フレーメルの周囲の農場の一つが無事なのを確認したその時だった。
バサッバサッと大きな羽ばたきが聞こえ、遠くに宙を舞う黒い影が見えた。
「あれが大鴉!?」
「いくぞ!!」
俺たちは一斉に大鴉が見えた方向へ走り出した。
大鴉は農場の中の一つの畑を荒らしているようだ。俺たちが近づこうとすると、大鴉はまた大きく羽を振るわせて飛び立とうとした。
「喰らえっ!!」
ヴォルフが大鴉に向かって勢いよくボールの様な物を投げつけた。確かにそれは大鴉に命中したが、奴は少し体勢を崩しただけでそのまま飛び立ってしまった。
「おい、逃げられたぞ!?」
「まさか、よく見てください」
ヴォルフは大鴉が飛んで行った方向の地面を指差した。よく見ると、そこには金色に光る粉が点々と落ちているのが見えた。
「あれは光の粉といって、魔法道具の一種で暗い場所で魔物の追跡を行う時などに使用するものです。これで奴の住処を探せますよ」
「おお、すごいじゃん。行こうぜ!!」
光の粉は農場を通り過ぎ、近くの森の中へと続いていた。そのまま粉をたどっていくと、森の中に古めかしい小屋が建っているのが見えた。
俺たちがその小屋へ近づこうとしたその時、バサリ、と大きな羽ばたきの音が聞こえた。
「侵入者発見。排除を開始します」
闇夜からはっきりとした声が聞こえる。
俺は信じられない思いでその声の方へ振り向いた。
だって、そんなはずはない。だが、俺にはその声に聞き覚えがあった。
「……リルカ……?」
大きな黒い羽をはためかせて、見覚えのある少女――リルカが空中から感情の読めない瞳で俺たちを見下ろしていた。
 




