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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
最終章 祈りの歌が響くから
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5 過去の呼び声

 

 クリスたちの足音が遠ざかったのを確認して、テオは真っ直ぐ前を見据えた。

 ……アンジェリカの姿をした何者かは、儚げな笑みを浮かべてテオを見つめている。


『あら、生きてたんだ』


 違う、目の前の存在はアンジェリカではない。


『考えなさい。あなたが傷つけた大地を、人の事を。あなたが奪った命のことを』


 そうわかっていても、その姿を目にすると今も色あせない記憶が蘇る。


『あなたの名前は……テオ! 古代の英雄の名前なの。かっこいいでしょ?』


 まるで昨日のことのように鮮明に思い出せる。

 その、記憶に焼きついた「紅」だけは。


『私はアンジェリカ。そして、今日からあなたはテオよ!』


 記憶の中の姿と、目の前の存在が重なる。


「アンジェリカ……」


 知らず知らずのうちに、テオはその名を呼んでいた。

 だが、目の前のアンジェリカはその名前には反応せず、あいかわらずじっとテオの方を見ている。

 そして、彼女はそっと首をかしげた。


「……あなたは、だれ?」


 その言葉に、思わず息を飲んでいた。


 ……惑わされるな、こいつはアンジェリカではない。

 アンジェリカはクリスに生まれ変わった。今はレーテとイリスと共に大聖堂の奥へと向かっている。

 だから、目の前の存在がアンジェリカであるはずがない……!


「オレは、テオだ……初めまして、だな」


 自分に言い聞かせるように、テオはそう口にする。

 クリスは、目の前のアンジェリカをホムンクルスだと言っていた。リルカのような魂の宿ったホムンクルスと違い、通常のホムンクルスは会話能力等はなかったはずだ。

 アンジェリカはテオの言った事を理解できないだろう。

 だが、目の前のアンジェリカは小さく口を開くと、信じられないような言葉を口にした。


「テオ…………知ってるわ」

「なっ!?」


 テオは思わず目を見日開いた。

 相変わらず、アンジェリカはじっとテオを見つめている。


「森で……宿で……あなたに、会ったわ」

「おまえ、まさか……」


 テオは信じられない思いでアンジェリカを凝視した。

 目の前の存在がただのアンジェリカを模した人形なら、そんな事を知るはずがないからだ。


 百年ほど前、アンジェリカと初めて出会ったのは森だった。

 地上を攻撃しようとしたドラゴンのテオをアンジェリカは一撃で撃ち落とし、人になる呪いをかけたのだ。

 その時に交わした約束は、今もテオの原動力となっている。


 クリスと初めて出会ったのは、宿屋でのことだった。

 宿屋の一室でのん気に寝ていたテオは、クリスによる人違いの襲撃を受けたのだ。


『もしかして、どっかで会った事、ある?』


 クリスはすぐにテオにそう問いかけた。その時テオは、初対面だと返したはずだ。

 確かに、「クリス」とは初対面だった。

 助けたのはきまぐれだ。たった一人で宿屋へ襲撃を仕掛けるその根性を気にいったというのもある。

 だが、確かにその存在に奇妙なひっかかりを覚えたのも事実だ。

 ……今思えば、心のどこかでクリスに何かを感じていたのかもしれない。アンジェリカに繋がる、何かを。


 だから、放っておけなかった。


 クリスはアンジェリカと同じく、神聖魔法の使い手となった。

 段々と成長していくクリスの使う神聖魔法にどこか懐かしさを感じながら、テオは少しずつ不思議な既視感を覚え始めた。


 クリスが、アンジェリカに近づきつつある。


 はっきりと疑いを持ったのは、アムラント大学への襲撃の中でだ。

 クリスは今まで使った事のない魔法を使い、大学を襲っていた瘴気の塊を殲滅した。

 ……アンジェリカが使っていたのと、同じ魔法で。


 時間があればゆっくり話を聞こうと思っていた。だが、そんな暇もなくクリスはテオの目の前から消え、次に再会した直後に瀕死の状態に陥った。

 テオは必死にクリスを助けようとした。

 クリスの事は大切な仲間だと思っていた。失いたくなかった。ずっとその成長を見守りたいと思っていた。

 そんなテオの目の前で、クリスは立ち上がった。

 ……アンジェリカに、よく似た目をして。


『もう気づいていると思うけど、あなた、人になったから。元に戻せるのは私だけよ』


 クリスが自分にかけられた呪いを解いた時、テオは悟った。

 アンジェリカはテオの呪いを解けるのはアンジェリカ自身だけだと言ったのだ。

 実際、百年の時を経てもテオがドラゴンに戻ることは一度もなかった。

 だが、そんな強固な呪いをクリスは解いて見せた。


 それは、クリスがアンジェリカと同じ存在――生まれ変わりだという証明に他ならない。


 だが、次に目を覚ました時クリスはその記憶をさっぱり失っていた。

 テオは真実を告げなかった。

 無理に告げてもクリスを混乱させるだけだとわかっていたし、テオ自身、どうすればいいのかわからなかったのだ。

 もしクリスが自分がアンジェリカの生まれ変わりだという事実を思い出したら、どうなるのか想像がつかなかった。

 今までと何も変わらないのか、一人の体に二人が共存することになるのか、それとも……アンジェリカにクリスが塗りつぶされるのか。


 ……クリスを失いたくなかった。例え、引き換えにアンジェリカが帰ってくるかもしれないとしても。


 クリス、ヴォルフ、リルカ……アンジェリカの守った世界で生まれた子供たちは、テオにとっての希望そのものだった。

 三人と共に過ごす時間は楽しくて仕方なかった。過去に犯した罪を忘れそうになるくらいに。

 三人は、テオの正体を、犯した罪を知ってなお、テオの事を仲間だと受け入れてくれた。

 それがどれだけテオにとって救いになったか、きっと三人は知らないだろう。

 彼らになら、テオの意志を、この世界を託せると思った。

 だから、自らが処刑されることになっても、テオは抵抗はしなかった。


 元々、いつかは裁かれるべきだと思っていた。

 自分のしたことは許されることではない。この世界の人間には、テオを裁く権利がある。

 これ以上三人の成長を見守れないのが少し心残りだったが、テオは信じていた。

 きっと三人なら、この世界を救えると。

 そう信じていたからこそ、テオは自らの運命を受け入れた……つもりだった。


 だが様々な思惑の糸が絡み合い、テオはまたしても生き延びたのだ。


 だったらもう一度、アンジェリカとの約束を守る為、何よりも大切な仲間の為に、戦うだけだ。

 ……その為には、目の前のアンジェリカの姿をした何かを倒さなければならない。


「あなたは、テオ…………わたしは……誰、だったの……?」


 アンジェリカはそう言うと、悲しげに目を伏せた。

 ……違う、あれはアンジェリカではない。そう自分に言い聞かせないと、錯覚しそうになる。


 ――アンジェリカが、蘇ったのだと。


「……誰であろうが関係ない。オレがおまえを倒すだけだ」


 鼓舞するようにそう口にすると、どこか不安そうだったアンジェリカの表情が突如変貌した。


「そう……あなたもそうなのね……!」


 アンジェリカは殺意すら感じる目で、ぎりぎりとテオを睨み付けている。

 テオが思わず息を飲んだ瞬間だった。


「みんな、みんな……燃えてしまえ!!!」


 アンジェリカがそう叫んだ途端、テオ達のいる空間が一気に燃え上がった。


「……うぐぅっ!!」


 凄まじい熱風が襲い掛かる。

 視界が赤く染まる。だがそんな中でも、アンジェリカの高笑いが響いている。

 テオはなんとか襲いくる熱さに耐えていた。


 やがて空間ごと焼き尽くすような炎が収まると、どこか不思議そうな顔をしたアンジェリカと目が合った。


「まだ、動いてる……?」

「……あぁ、あいにく体だけは頑丈なんだ」


 元々テオは炎竜フレイムドラゴンと呼ばれる種族だ。

 熱に強い体を持っており、並大抵の炎ではテオを焼くことはできないだろう。

 クリスたちを先に行かせてよかったな……とテオは安堵した。

 おそらく、彼らはこの熱には耐えられなかっただろう。


 アンジェリカが再びテオを睨み付ける。

 テオも負けじと睨み返す。


 先に行かせたクリスたちが心配だ。

 だから、こんな所で立ち止まる訳にはいかない。


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