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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
最終章 祈りの歌が響くから
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4 灰になれ

 

 振り返らずに大聖堂を走り抜ける。

 外に残してきたヴォルフとリルカ、それにミラージュが心配だ。

 でも、戻っている暇はない。

 一刻も早くルディスを倒して、三人の加勢に向かわないと……!


 大聖堂の中には教団の兵士だと思われる人が何人も詰めていたが、あっという間にテオとレーテに昏倒させられていく。

 おかげで、俺とイリスは特に何の危険もなく二人の後をついて行くことができた。


「大聖堂としか聞いていないが……ルディスがやって来る場所はわかっているのか?」

「おそらく……最奥の至聖所!」


 テオの問いかけに、走りながらレーテが答える。


「ボクも勇者に任命された時しか入ったことはないけど……明らかに他とは空気が違った」


 勇者に任命……か。

 俺が、なりたくてなりたくて仕方がなかった勇者。

 でも、今思えばあのまま勇者になってティエラ教会と関わっていたら、どこかであの枢機卿に見つかる可能性だってあったんだ。

 その時はテオもヴォルフもリルカも傍にいないし、ティレーネちゃんは枢機卿の味方。

 そうなっていたら、きっと俺は俺じゃなくなっていた。

 そう思えば、レーテと入れ替わったのもある意味救いだったのかもしれない。

 ……本人にはあんまり言いたくはないけど。


 奥へ奥へと進んでいくうちに、だんだんと教団兵の数も減って来た。

 ……おかしい。普通、重要な所を大人数で守らないか?

 そう思った瞬間、前を走っていたテオとレーテが立ち止まる。


「なになに、どうしたの?」


 怪訝な声を出したイリスに、堅い顔をしたレーテが振り返る。


「……イリス、目を閉じろ」

「えっ?」

「いいから」


 有無言わせないレーテの言葉に、イリスも何かを悟ったのかすぐに目を瞑った。

 そんなイリスの手を引いて、堅い表情のままレーテが先へ進んでいく。

 一体なんでそんなことを……と考えた次の瞬間、俺はすぐにその理由を悟った。


 俺達のいる場所の少し前方に、何人もの真っ黒な人が倒れていた。

 ……ピクリとも動かない。きっと死んでいるんだろう。

 レーテは、イリスに悲惨な状態の死体を見せたくなかったんだ。


「な、なんだよこれ……」

「……焼死体だな。装備から見て、教団の兵士のようだが……」


 テオも怪訝そうに真っ黒焦げの死体を見下ろしている。

 確かに、倒れている焼死体は教団の兵士のもののように思える。でも、なんでこんな所で死んでるんだ?

 ここは教団の支配下にあるはずだろ?


「俺たちの前に、誰かがルディスを倒しに来たとか?」

「その可能性はあるが……油断するなよ。この状態は尋常じゃない」


 テオはどこか緊張感をにじませて、眼下の死体を見ている。

 俺も、目の前の惨状に思わず目を逸らしたくなってしまう。

 教団は俺達の敵だ。教団の兵士と戦って、時には殺すことだってある。

 でも……こんなに誰だかわからなくなるほど焼くと言うのは少し異常に思えた。

 教団の兵士は重なり合うようにして狭い範囲に倒れている。逃げる暇すらなかったようだ。


「……くれぐれも気を抜くなよ。これをやった奴がオレたちの味方だという保証はないんだ」

「うん……」


 俺達と同じく、教団と敵対する存在だったらまだいい。でも、どんな奴かわからない以上油断はできないだろう。


「おい、早くしろ!」


 先に行っていたレーテがイラついたように俺たちを呼んだ。

 俺は慌てて焼死体に背を向け、レーテの元へと急ぐ。

 教団の奴らだけではなく、あの焼死体を作り上げた何者かにも警戒しなければならない。

 気合を入れなおして、俺たちは聖堂の奥へと進んでいった。



 ◇◇◇



 ふと耳慣れない音が聞こえて、俺は思わず足を止めてしまった。


「どうした?」

「何かが……聞こえる…………」


 小さくそう呟くと、三人がぴたりと立ち止まる。周囲から物音が消えて、よりいっそう謎の音が鮮明に聞こえるようになった。


「これって……」

「歌……?」


 レーテとイリスが不思議そうに顔を見合わせている。

 どこかから、かすかに歌声が聞こえたのだ。

 おそらくは女性の声だろう。高く、どこか夢見るような歌声だ。


 ……何でだろう。

 俺はその声を、知っているような気がした。


「まさか…………」


 傍らのテオが何かぽつりと呟いた。その顔は、若干青褪めているように見える。

 少しずつ、歌声がこちらに近づいてくる。それでも俺は、まるで床に縫いとめられたようにその場から動けなかった。


「おいっ、何やってんだよ!」


 レーテが焦ったようにわめいていたが、俺はただじっとその歌声が聞こえた方を見つめる事しかできなかった。でも、おかしいのは俺だけじゃなかったようだ。

 テオも、俺と同じようにじっとその場に立ちすくんでいる。

 そして、その歌声の主の姿が、回廊の向こうに見え始める。


「なん、で……」


 その姿を見た瞬間、心臓がどくんと跳ねた。

 違う、だってそんなはずがない。


 その人物は、歌いながらどんどんとこちらへ近づいてくる。


 真紅の髪、翡翠の瞳。

 シンプルな修道服に身を包んだその姿は、何度か夢で、心の中で邂逅を果たした俺の前世――アンジェリカのものだったのだ。


ムゲット霞草ジプソフィーラ紫陽花オルテンシア…………」


 どこか楽しそうに、アンジェリカは小さな声で歌いながら歩いている。

 あの歌は俺も知ってる。ティエラ教徒なら誰でも知ってる、種蒔き歌だ。


「なんだあいつ、頭おかしいのか」


 レーテが警戒したようにバチバチと電撃を発生させる。

 ……そうか、レーテは過去のアンジェリカの姿を知らないんだ。レーテからすれば、いきなり謎の女が歌いながら歩いてきたというわけのわからない状況なんだろう。


「待ってくれ! あいつは……」

「いたぞ、こっちだ!!」


 レーテにあれはアンジェリカだと説明しようとした途端、何人もの声が響く。

 すぐに慌ただしい足音と共に、数人の教団の兵士が姿を現した。


「侵入者だ、殺せ!!」


 教団の兵士は俺達の姿を見つけると、それぞれに武器を構えてこっちへと走ってくる。


「ひゃあ!」

「ちっ、しつこい……!」


 怯えたイリスを背にかばい、レーテが迎撃態勢に入る。

 教団の兵士たちはアンジェリカの後ろからこちらへと向かって来ていた。


「邪魔だ! どけ!!」


 ただの修道女だとでも思ったのか、教団の兵士はふらふらと歩いていたアンジェリカを突き飛ばした。

 次の瞬間だった。


 いきなり教団の兵士たちが、紅蓮の炎に包まれたのだ。


 美しい回廊に断末魔が響き渡り、火だるまになった教団の兵士たちが床を転げまわっている。

 イリスが悲鳴を上げ、姉の背中に縋りつく。常に強気なレーテでさえも、青褪めた表情でその光景を凝視していた。

 俺は近づくこともできず、思わずその悲惨な光景から目を逸らしてしまった。

 そして、気が付いた。


 突き飛ばされて地面に座り込んだアンジェリカが、はっきりと笑みを浮かべてのた打ち回る教団兵を見ていたのだ。


 やがて教団の兵士たちは動かなくなり、回廊の床には先ほど見たのと同じように黒焦げの死体が転がるのみとなった。

 ……おそらく、先ほどの死体を作り上げたのも、あのアンジェリカだったんだろう。


「…………みんな、みんな……燃えてしまえばいいのよ……!」


 声は俺の知っているアンジェリカのものだった。

 でも、違う。

 アンジェリカは俺と一つになった。今も俺の中にいるはずだ。

 だから、目の前のこいつがアンジェリカであるはずがない……!


 そこまで考えて、俺はやっと思い出した。

 かつて枢機卿に捕えられ俺がアンジェリカの生まれ変わりだと告げられたあの時、枢機卿は俺の魂をこの体から引き剥がし、アンジェリカの姿を模したホムンクルスへと移そうと考えていた。

 もしかして、目の前のアンジェリカは……あの時のホムンクルスか!?


 アンジェリカはくすりと微笑むと、固まる俺達の方を振り返る。

 ……今までに戦ったホムンクルスと雰囲気は違うけど、きっと彼女も魂を持たないホムンクルスのはずだ。

 きっと枢機卿が俺たちを攪乱しようとして、ここに投入したんだろう。


 アンジェリカは挑発的な笑みを浮かべて俺たちを見ている。

 いきなり教団の兵士を燃やすような危ない奴だ。

 俺はいつでも魔法障壁を張れるように杖を握りしめた。

 そんな俺の前で、テオが一歩前へ進み出た。


「……お前たちは先に行け」


 アンジェリカから目を離さないまま、テオは低い声でそう告げた。

 まさか、ここで足止めをするつもりなのか!?


「でもっ……」

「いいから行け! 間に合わなくなるぞ!!」


 テオの声に、俺はぐっと唇を噛みしめる。

 確かにもうほとんど日が沈んでいる。ミトロスが予告していた、新月の夜だ。

 もういつルディスが降臨してもおかしくない状態なんだ……!


 あのアンジェリカは危険そうだし、テオが足止めしている間に俺たちだけでも進むのが合理的だろう。

 でも、心配だった。


「テオ、たぶんこいつはホムンクルスで、本物のアンジェリカじゃ――」

「あぁ、わかってるさ」


 思ったよりもテオの声はしっかりしていた。

 それを聞いて俺は安心した。アンジェリカの姿にテオが惑わされないかどうかが心配だったが、きっと今のテオはちゃんとわかってくれているだろう。

 こいつはアンジェリカじゃない。アンジェリカは、今も俺の中にいるんだって。


「……行こう!」


 テオとアンジェリカが対峙している間に、俺たちは聖堂の奥へと走り抜ける。

 最後に一度振り返ると、緩く笑みを浮かべて真っ直ぐにテオを見つめるアンジェリカが見えた。

 その姿に、少しだけ心がざわめく。


「……今は戻れない」


 レーテにそう言われ、俺は迷いを振り切って再び走り出す。


 ……きっと、テオなら大丈夫だと信じて。


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