25 決意と旅立ち
「血を分けた体を持つ者と、魂の奥底で深く引きあう者。君たち二人が揃えば、効率よく集めた力をぶつけることができるだろう」
なるほど、そう言われれば確かに今の俺の体は元のレーテの……イリスの姉の物だ。繋がりがあると言えばあるんだろうな。
「……正直、不確定要素が多すぎて必ず成功するとは断言できないわ。途中で命を落とす可能性だってないとは言えない。今のミルターナの王都なんて教団の巣窟で、危険極まりない場所だもの」
フィオナさんは何かを耐えるようにそう告げると、俯いていた顔を上げた。
「……それでも、今の私たちにはそんな手しか残されていないの。強制はできません。もしも降りたいと言われれば止める権利もありません。でも、お願い……」
フィオナさんはぐっと唇を噛むと、深く深く頭を下げた。
「あなた達も力が必要なの。……お願い、この大地を守って」
俺は何も言えずに、フィオナさんが小さな体を折り曲げるようにして頭を下げるのを見ていることしかできなかった
「……任せろ。必ずやこの世界を脅かす邪神を討ち取って見せよう!」
部屋の沈黙を切り裂くようにして力強くそう言ったのはテオだった。
その声を聞いて、すっと緊張が解けたような気がした。
……そうだ、俺は一人じゃない。
俺一人が全部背負った気になっていたけど、全然そんな事は無かったんだ。
「フィオナさん、俺も行きます!!」
勢いよくそう言うと、フィオナさんは驚いたように顔を上げた。少し目の縁が赤くなっていたが、俺は気づかない振りをした。
「……まぁ、クリスさんが行くなら僕も」
「リ、リルカも行くよ……!」
俺に続くように、ヴォルフもリルカもそう告げた。
心がじんわりと温かくなる。二人が来てくれるなら、こんなに心強い事はない。
「もちろんダーリンが行くなら私も行くわ!」
「まぁ……定員オーバーにならなければ好きにしろ……」
ミラージュがまた嬉しそうにテオの腕に抱き着いた。テオは呆れたようにため息をついたが、彼女を拒絶はしなかった。
「……君たちはどうなんだ?」
アコルドは黙ったままだったレーテとイリスに声を掛ける。
レーテは目を伏せたまま何も言わなかったが、イリスは少し迷った後に口を開いた。
「…………私も行く。この世界を、めちゃくちゃにされたくないから」
幼いが、しっかりとした声だった。
妹の決意を悟ったのか、レーテもため息をつきつつアコルドへと視線を合わせた。
「はぁ、わかったよ。行けばいいんだろ行けば!! まったくどいつもこいつも……」
ぶつぶつ文句は言っていたが、レーテも一緒に来てくれるようだ。
あいつとはいろいろあったけど、やっぱり来てくれるのは頼もしい。
レーテは強い。それだけは、俺も認めていた。
「……ありがとう、あなた方の勇気ある決断に感謝いたします」
フィオナさんはまた深く頭を下げた。
「全員参加か、喜ばしい事だ」
アコルドは俺たちを見まわして、満足そうに頷いている。
「あんたも来るのか?」
「いや、俺には他にやることがある。影ながら支援させてもらおう」
どうやらアコルドは俺たちと一緒には来ないらしい。
まぁあいつは大人の男で体もでかいし、来ると言った所でテオの背中には乗れなかったかもしれないしな。
「……アリアの為にも、むざむざこの世界を奴に渡す気はない」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、アコルドはそう呟いた。
……こいつとラファリスがどんな関係だったのか、俺は今でもよくわからないままだ。
でも、アコルドはわざわざ危険極まりない地下遺跡にラファリスを探しに来たくらいだし、きっとそれなりに仲が良かったんだろう。
ラファリスの意志を無駄にしたくないと思っているのは、俺たちだけじゃなく彼も同じはずだ。
「……あまりゆっくりしている時間はないな。皆、準備ができたらすぐに出発するぞ!」
テオのその声を合図に、俺たちは一時解散することになった。
何が起こるかわからないんだ、できるだけの備えはしておきたい。
緊張をほぐすように大きく息を吸って、部屋を出て歩き出した。
「おい、ふざけてんのか。ボクたちはピクニックに行くんじゃないんだぞ」
「だってぇ……」
テオに準備しろ、と言われたとおり、俺は街に出て決戦に備えた準備を始めようとしていた。
一時は教団や魔道結社の奴らに占拠されていた市街地だが、もうほとんど元通りになっているようだ。ぽつぽつと店が開いているのが見える。
そこまで来て、俺は気が付いた。
……準備って、具体的に何をすればいいんだろう。
迷っているうちにもどんどん時間は過ぎていく。
結局俺は欲望のままにお菓子を買いあさっている所をたまたま近くに来ていたレーテに見つかり、しこたま怒られる羽目になったのだ。
◇◇◇
レーテに引きずられるようにして先ほどの部屋へと戻ると、もうみんな集合していた。俺たちが最後のようだ。
「……よし、それでは出発するか」
テオがそう告げると、イリスが一緒に来ていたディオール教授に抱き着いた。
「それじゃあ先生……いってくるね!」
「みなさんの言う事をよく聞いて、無理をしてはいけませんよ。……皆様、イリスを頼みます」
ディオール教授が俺たちに向かって深く頭を下げたので、俺も慌てて頭を下げる。
きっとディオール教授からして見れば、いくら世界のためとはいえ可愛がっているイリスを危険地に送るなんて心配でたまらないはずだ。
彼女の為にも、イリスだけは何があっても守らなくてはいけない。
固くそう決意した。
テオがドラゴンの姿になる為に人気のない中庭へ移動する。
俺たち以外に人がいないことを確認して、テオはドラゴンの姿へと戻る。
あらためて見るとやっぱりでかい。なるほど、これなら何人も背中に乗れそうだな。
「……よし、乗ってくれ」
テオに促され、俺たちはおそるおそるごつごつした背中へと順番に乗って行った。
前に乗った時は俺一人だったけど、これだけ人がいるとさすがに狭い。体の小さいリルカやイリスは真ん中の方へ入れて、なんとか俺たちはテオの背中に収まることができた。
「なんとか行けそうね」
フィオナさんは俺たちの様子を見て、大きく頷いた。
「あなた達だけを危険な地へ送る事、どれだけ責められても文句は言えないわ。私たちもできる限りは全力を尽くすつもりよ。……すべての責任は、私が取るわ。どうか許して頂戴」
そう言ってまた深く頭を下げたフィオナさんに声を掛けたのは、へらへらと笑ったレーテだった。
「そんなに気負う事も無いんじゃないの。ピクニック気分の奴もいるみたいだし」
「馬鹿、ばらすなよ!!」
レーテが軽く肩を叩いてきたので、俺は慌ててレーテを制した。
世界の命運を決める戦いの前に、のん気にお菓子を選んでたなんて知られたら、なんて言われるかわかったもんじゃない!
「……まぁいいわ。とにかく頼むわよ」
フィオナさんも肩の力を抜いたように、大きく息を吐くとひらひらと手を振った。
「忘れるなよ、次の新月の夜だぞ」
「……矛盾しているようだけど、世界の為とはいえ軽く命を捨てないで。……あぁもう! なんていったらいいのかわからないわ!!」
ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回して、フィオナさんはぎりっと俺たちを睨み付けた。
「いいこと! 絶対、生きて戻ってきなさい! これは命令よ!!」
「あぁ、一人も欠けることなく帰ってくると約束しよう」
そう宣言したテオの言葉に、フィオナさんは泣きそうに顔を歪めた。
……俺たちに何かあったら、きっとフィオナさんは自分を責めるだろう。そうならないためにも、絶対みんなで帰ってこないとな!
「それじゃあ、行ってきます!!」
何人分もの重量をものともせず、テオの巨体は空へと飛びあがった。
こうして、俺たちはフィオナさん、アコルド、ディオール教授に見送られて湖上の島を飛び立った。
目的地はミルターナ聖王国王都、ラミルタの大聖堂だ。
王都ラミルタ……ティレーネちゃんと知り合い、レーテに騙され、テオと出会った思い出深い場所だ。
ルディスが降臨するとなれば、きっとニコラウス――ジェルミ枢機卿やティレーネちゃんも出てくるだろう。
彼らとも、決着をつけなければならない。
ルディスを打ち倒し、この世界から追い払う。
そうすれば、きっとこの世界は良い方向へ変わるはずだ。
かつて、アンジェリカは大地の力を解き放ちルディスを倒した。
俺はアンジェリカのようにはなれない。でも、一緒に戦ってくれる仲間がいる。
今この大地に生きている人たち、もういなくなってしまった人たち。
みんなの為にも、絶対負けるわけにはいかない。
「安心しなよ。イリスが集めた力でボクがルディスをボコればいいんだろ。君は後ろでぴーぴー泣いててもいいよ」
「お、お前ばっかりに活躍はさせないからな!!」
馬鹿にしたようにそう言うレーテに、俺は慌てて言い返す。
そうやって軽口を叩きあっていると、なんだか気分が晴れてきた。
……レーテのこういう所は、素直にすごいと思う。
眼下ではどんどん景色が流れていく。
みんなが生きてる大地。ラファリスが守ろうとしていた大地。
……この景色を、失う訳にはいかない。
そう決意して、俺は前を見据えた。
これで8章が終わり、次はいよいよ最終章です!
ラストダンジョン(王都)に殴り込みます!!
最終章は他の章に比べると短くサクサク進みます。
あと少し、見届けていただけると嬉しいです!!




