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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第八章 蛇の甘言、竜の影
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23 大切な人

 

「大声出すなよ! とりえあえず中入れ!!」


 ちょうど俺たちがいたのは俺に割り当てられた部屋の真ん前だったので、慌ててヴォルフを部屋の中へ引っ張り込んだ。

 こいつに勘違いされてるだけならまだしも、誰かに聞かれて広まったりしたら大変だ!


 ばたん、と勢いよく扉を閉め大きくため息をつく。

 ヴォルフはそんな俺をじっと見ていた。


「……まったく、誰かに聞かれたらどうすんだよ」

「別にいいじゃないですか。むしろ、周囲を味方につけてテオさんを奪い返すべきです」

「だーかーらー、何でそうなるんだよ!」


 さっきの問題発言からして、たぶんヴォルフがとんでもない誤解をしているという事はわかった。

 こいつは、俺がテオの事を好きだと思ってるんだ。……恋愛感情として。


「あのさ、お前は勘違いしてるんだよ。別に俺は……テオと恋人になりたいとか思ってないから」


 はっきりとそう説明したが、ヴォルフは納得していないような顔で眉をしかめていた。


「そうやって無理しなくてもいいんですよ。確かにミラージュさんは強敵かもしれないですけど、今ならまだつけ入る隙はあるはずです」

「……いいから話を聞け! なんで俺がテオのこと好きだなんて思ったんだよ!!」


 確かに好きか嫌いかで聞かれたら好きな方だが、断じてあいつに恋い焦がれているとかミラージュと張り合いたいとかそんな思いはない。


「……だって、ずっと引きずってたじゃないですか、テオさんのこと。いつも『テオがいたら』とか『テオだったら』とか言ってたじゃないですか」

「…………ぇ?」


 正直、そんな自覚はなかった。俺はそんなにテオテオ言ってたんだろうか。

 ヤバい、ちょっと恥ずかしい……。

 でも、よく考えたら確かに俺はよくテオの事を口に出していたような気もする。


「あの、それはさ……テオが好きとかじゃなくて、あいつは……俺の憧れだったんだ」


 幼いころから俺は勇者に憧れていた。

 晴れて勇者になれるという時になってレーテに騙されて、どん底だった俺を助けてくれたのがテオだった。

 欠点は多いけど、あいつはいつも真剣に世界を、人を救おうとしていた。

 その強さに、志に、俺はひそかに憧れていたんだ。


 あいつこそが、伝承に残るアウグストにも負けない真の勇者だって。


「だから、テオがいなくなった後、テオみたいにならなきゃいけないと思って……でも、うまくいかなくて……」


 テオの志を継いで、テオが守ろうとした世界を救いたい。そう思って今まで必死にやって来た。

 ……結果は、あまりうまくいっているとは言えないけれど。


「俺にとってあいつは、憧れで、指標で、絶対あいつの望みを叶えなくちゃいけないと思ってた」


 一度死にかけて気力を失っていた時、俺を再び奮い立たせたのも「テオの意志を継がなきゃいけない」という思いだった。

 きっとそう思わなきゃ、俺は立ち直れなかっただろう。


「だから! 俺はあいつを取り返したいとか思ってないし、テオとミラージュがくっつくなら普通に応援する!!」


 ミラージュがまだミランダさんの振りをしていた頃は、テオは折に触れて彼女の事を褒めていた。

 あそこまで押しの強い性格はお気に召さないのかもしれないが、俺からすれば何だかんだで仲が良さそうに見える。


「でも、お似合いだと思ってたんです。ずっと……」


 ヴォルフは俺から視線を逸らすと。ぽつりとそう零した。


「初めて会った時から、テオさんとクリスさんは本当に息がぴったりで、これ以上はないんじゃないかと思うくらいお似合いの二人だと思ってたんです」

「えっ?」


 ……どこをどうみたらそう思えるんだ。

 一回医者に診てもらった方がいいんじゃないかとか、お前はあいつのしつこいくらいの巨乳好きアピールを何だと思ってたんだ、という言葉を何とか俺は飲みこんだ。

 なんか、そんな空気じゃなかったからだ。


 …………というかお前、俺の事好きなんじゃなかったのか……。


「テオさんがいなくなってからは、せめてあなただけは何があっても守らなきゃいけないと思ってて……テオさんの為にも。だから、本当は自分の気持ちも伝えるつもりはなかったんです」


 真剣な目で見つめられてそう言われ、思わずどきりとした。

 ……誰かをそう言う意味で好きになるって、俺にはまだよくわからない。


「あの、俺……今まで、そんな風に誰かを好きになった事ってなくて、だから……」


 どうしよう、なんて言えばいいんだろう。

 つっかえながらもそう告げると、ヴォルフは小さくため息をついた。


「……わかってます。何となくそんな気はしてましたから」

「……だから、テオの事ももちろん大事に思ってるけど、たぶんお前が考えてるようなのとは違う」

「そうですか……」


 はっきりとそう告げると、ヴォルフは納得したのかしていないのかよくわからない表情を浮かべた。


「……じゃあ、まだあなたの事、好きでいてもいいですか」


 真剣な顔でそう問いかけられて、思わず息が詰まった。


「…………それを決めるのは俺じゃなくて、お前だろ」


 卑怯な逃げ方だったのかもしれない。

 でも、他になんて言っていいのかわからなかったんだ。

 誰を好きになるのもその人の自由だ。その思いを他人がどうにかすることはできない。

 ……まぁ、アンジェリカを追い回すニコラウスみたいなのは勘弁して欲しいけどな。

 そう告げると、何故かヴォルフは呆れたように大きくため息をついた。


「……そういう事ばっかり言ってるから、付け入られるんですよ」


 何故か俺が悪いような事を言いながら、ヴォルフがゆっくりと顔を近づけてくる。

 どうしていいかわからなくて、俺はただ固まる事しかできなかった。鼻先が触れ合う程の距離になって、ヴォルフはまたため息をついた。


「……何で抵抗しないんですか」

「ぇ、だって……」


 逃げるほど嫌なわけじゃないし……と口の中でもごもご言っていると、ヴォルフはまたため息をついて少し俺から距離を置いた。

 そのまま、軽く睨み付けられる。


「もっと危機感を持ってくださいよ……相手が誰でもこうなんだから……」

「はぁ? 俺にこんなことしようとするのなんてお前くらいだって!!」


 あえて言うならあの枢機卿――ニコラウスがいるが、あいつが好きなのは俺ではなくアンジェリカだ。俺の体を引き裂いてホムンクルスに魂を定着させようとしていたくらいだし、俺自身には興味はないんだろう。

 そう告げると、ヴォルフは何故か怒り出した。


「はあぁ!? 解放軍にいた頃僕がどれだけあなたに近づこうとする男を排除するのに苦労してたのかわかってないんですか!?」

「知るかよ! そんな覚えはない!!」


 そんな風に言われても、俺にはまったく心当たりはない。

 あの頃の俺はいろいろ必死で、そんな色恋沙汰にうつつを抜かす暇はなかった。俺に近づこうとする男……といってもあそこは男が多かったし、怪我の治療や業務連絡で接触が多くなるのも当然だ。

 まさか、そんなことで怒っているんだろうか。


「『かわいい女の子に回復してもらえると嬉しいな~』とかよく言われてたじゃないですか!」

「そんなの社交辞令だろ!」

「あなたに治癒魔法かけてもらうためにわざと怪我する奴もいたんですよ!?」

「そいつの頭がおかしいだけだろ!!」


 そんな危ない奴の奇行を俺のせいにされてもどうしようもない。

 ……というか、お前人のことばっかり言うけど、自分はどうなんだよ!!


「お前こそ女の子たちにキャーキャー言われていい気になってたくせに!」

「はぁ? 別にいい気になんてなって――」

「嘘だ! 何だかんだで嬉しそうだったじゃん! 俺はちゃんと見てたんだからな!!」


 そう言うと、何故かヴォルフは驚いたように俺の方を凝視してきた。


「……見てたんですか、僕のこと」

「見てたら悪いのかよ!!」


 そりゃあ嬉しいよな。あんなに女の子にちやほやされて、キャーキャー言われて。

 なんだか思い出すとイライラしてくる。

 思いっきり睨み付けると、ヴォルフは何故か嬉しそうな様子で口を開いた。


「…………もしかして、嫉妬……してたんですか」

「……え?」


 思ってもみなかった事を言われて、俺の思考は停止した。

 嫉妬? 俺は、嫉妬してたのか……!?


「ま、ちがっ……!」


 急に頬が熱くなる。

 ヤバい、恥ずかしい。今すぐこの場から逃げ出したい!


 俺は、ヴォルフが女の子に囲まれててむかつくのは、単に同じ男としてモテるのが羨ましいんだと思っていた。

 でも、ヴォルフが女の子の傍を離れて俺の方へやって来るとひどく安心した。

 まさかそれは、あの子たちに嫉妬していたという事なんだろうか……!?


 羞恥心のあまり手で顔を覆ったが、手首を掴まれて引き剥がされ、無理やり赤く染まっているであろう顔を覗かれる。


「……性格悪い!」

「可愛い」

「はぁっ!?」

「クリスさんでも嫉妬とかするんですね」

「だ、だからそうじゃなくてっ……!」


 言葉の途中で、そっと両頬に触れられる。

 そのままヴォルフの顔が近づいてきたので、反射的に目を瞑ってしまった。

 そして、そっと口付けられる。


 ゆっくりと互いの温もりを分け合うような、穏やかで優しいキスだった。


 さっきまで怒っていた事とか焦っていた事とか、荒ぶっていた感情が凪いでいく。

 それと同時に体の輪郭をなぞるようにゆっくりと撫でられて、甘い痺れが全身を駆け巡る。


「ぁ……ま、まって…………」

「待てない」


 俺の制止も聞かずに、頬に、首筋に口づけられる。

 体から力が抜けた瞬間、待ち構えていたように牙を差し込まれた。


「ひゃぅっ…………」


 血を吸われているのに、痛いはずなのに、心地よい充足感が体を支配する。

 まるでふわふわとどこかに飛んでいってしまいそうな気がして、必死にヴォルフの服を握りしめた。

 

「んっ……」

 

 少しずつ、何かが変わろうとしている。

 その変化が少し怖い。気づかないふりをしてしまいたくなる。

 でも……心のどこかでは待ち望んでいるのかもしれない。


 ゆっくりと牙を抜かれ、力の抜けた体を支えるように抱きしめられる。


「……覚えておいてください。僕が、あなたの事を誰よりも一番大切に思ってるってこと」

「………………うん」


 小さくそう返すと、ヴォルフはやっと満足したのか体を離す。そのまま「おやすみなさい」と告げられ、部屋を出ていこうとしたヴォルフを俺はそっと引き留めた。


「ヴォルフ、あのさ……」


 ヴォルフはゆっくりと振り返った。


「あの……もうちょっと、ちょっとだけ……待っててくれる……? もう少しで、わかる気がするから」


 このくすぐったいような、暖かい感覚の名前が、もうすぐわかりそうな気がする。

 でも、今はルディスの事に集中しないといけない。

 それで、全部終わったら……もう一度はっきり向き合いたいんだ。


「……期待してます」


 ヴォルフは小さく笑うと、軽く俺の頬に口づけてから今度こそ部屋を出て行った。

 扉が閉まった瞬間、猛烈な羞恥心に襲われる。


 待て、なんだ今のは……!

 どさくさにまぎれて俺も何言っちゃったんだよ!!

 

 遠ざかっていく足音を聞きながら、思いっきりベッドにダイブする。そのまま枕に顔をうずめてバタバタと暴れる。


 ヤバい、恥ずかしい。恥ずかしさで死にそうだ……!

 なんであいつは普通にあんなことできるんだ! 俺の方が年上なのに!!


 一番大切に思ってる。

 その言葉が、胸の中をぐるぐるとまわっている。

 消えたいほど恥ずかしくて、思い出すと顔が熱くなる。でも……心の隙間が満たされて、俺の中に潜む黒い感情が消えていく。

 そんな気もした。



 まだまだ先行きは不透明だけど、テオが帰って来てくれた。

 それに、ヴォルフもリルカも、他のみんなのも傍にいてくれる。

 それだけで、心が明るくなるような気がしたんだ。



 ◇◇◇



 翌朝、俺を起こしに来たのはリルカだった。

 慌てて着替えて昨日フィオナさんがいた部屋へ行くと、もう既に皆集合していた。

 ヤバい、何か俺が遅刻したみたいじゃないか……。


「やっと起きたのか」


 部屋にはアコルドもいた。

 部屋の隅にいるレーテはあちこちに包帯を巻いていたが、しゃんと背筋を伸ばして立っている。傍らにはイリスが寄り添っているのが見える。

 後は俺とリルカとヴォルフ、それにテオとミラージュもいた。


「揃ったようね……」


 司令官のように部屋の前方に陣取ったフィオナさんは、ぐるりと俺たちの顔を見まわすとそう呟いた。


「あの、ルカ先生とクロムさんが……」

「いいわ。あいつらには別の役目があるから。後で私から伝えるわ」


 遠慮がちに口を開いたリルカに、フィオナさんははっきりとそう伝えた。

 役目……役目ってなんだろう。

 俺たちにも、何か役目があるんだろうか。


「まずはじめに、昨日はこの島の防衛に協力してくれて感謝いたします。それで、本題はここからよ」


 少しだけ緊張した面持ちで、フィオナさんはまた俺たちへと視線を走らせた。


「リルカが得た情報。それと、この男の話を総合して、私はもはや一刻の猶予もないと判断しました」


 フィオナさんにじりじりとした視線を浴びせられても、アコルドはふっと笑うだけだった。

 フィオナさんの言った「この男」というのがアコルドのことなんだろう。俺にはよくわからないけど、フィオナさんが一刻の猶予もない、と断言するくらいなら、また何か大変な事でも起こったんだろうか。


「今日ここに集まってもらったのは、あなた達に頼みたいことがあるからなの」


 俺は緊張しつつ次の言葉を待った。

 フィオナさんは大きく息を吸うと、ゆっくりと口を開く。


「この世界に降臨するルディスを、あなた達の手で葬ってもらいたい」


 フィオナさんは、はっきりとそう告げた。


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