22 テオとクリス
テオは俺がアンジェリカの生まれ変わりだってことに気がついてた……?
何でだよ! 俺だって知らなかったのに!!
「そう思ってたって、なんで……」
「まあ…………時折おまえからアンジェリカの片鱗を感じなくもなかったからな。はっきり確信したのは、おまえがオレの人化の呪いを解いてからだが……」
一つ一つ思い出そうとするかのように、テオはゆっくりとそう告げた。
どのくらい前からなのかはわからない。テオは俺がアンジェリカの生まれ変わりだって疑ってたって事なんだ。
でも、アンジェリカの片鱗ってなんだろう。
アンジェリカはルディスを追い払ったり、ドラゴンだったテオを倒したりしたすごい女性だ。そんな人の生まれ変わりが、俺みたいな奴だと思うんだろうか。
「……俺とアンジェリカ、似てないだろ」
「そうか?」
「だって……アンジェリカはすごい人だったのに、俺は全然アンジェリカみたいにはできないし……」
話に聞くアンジェリカは、多くの人に影響を与えた偉大な女性だ。
でも、俺はアンジェリカみたいにはなれない。うまくいかないことばっかりだ。
少し落ち込んだ俺に、テオは大きくため息をついた。
「……おまえがどんな話を聞いたのかは知らんが……心配するな。アンジェリカも結構なアホだったぞ」
「…………は?」
「オレもあいつと長く過ごしたわけではないが……それでもあいつのヤバさは十分にわかったな。クリス、少なくとも料理の腕前はお前の方が上だ。アンジェリカの作る料理はほぼ炭だった」
呆然とする俺の前で、テオはつらつらとアンジェリカの欠点をあげた。
……アンジェリカのそんな一面は知らなかった。なんていうかもっと完璧で、いかにも聖女って感じの人かと思っていたのに。
「……それにな、クリス」
テオはぽん、と俺の頭に手を置くと、そのままぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でてきた。
やめろ! 髪の毛がぐしゃぐしゃになるだろ!!
「何すんだよ!」
「……クリス。無理にアンジェリカのようになろうとする必要はない。アンジェリカにはアンジェリカの、お前にはお前のいい所があるんだ」
優しくそう言われ、俺は思わず息を飲む。
「今のお前はクリスだ。他の誰でもない。見た目が男であろうと女であろうと、前世が誰であろうと、お前はお前だ。それを忘れるなよ」
顔を上げると、テオは優しげな目で俺を見ていた。
その顔に、なんだか悔しくなってしまう。
……まだ再会してそんなに時間は経ってないのに、俺の懸念はテオにはお見通しだったようだ。
アンジェリカの存在は、ある意味俺にプレッシャーを与えていた。
誰かにアンジェリカの話を聞くたびに、その凄さを思い知るたびに、俺は焦った。
アンジェリカはすごい人だったのに、俺はその生まれ変わりとしての役目をちゃんと果たせているのか、いつも心の底では心配になっていた。
今のテオの言葉は、そんな俺の心配を和らげてくれるようだった。
無意識のうちに、俺はアンジェリカのようにならなければいけないと思い込んでいたんだ。
でもやっぱり俺はアンジェリカのようにはなれない。でも、無理にアンジェリカを目指す必要なんてなかったんだ。
テオは、大事な事を教えてくれた。
結局、俺は俺でしかない。だったら、俺なりの方法で精一杯やってみるだけだ!
「話はもういいのか?」
「……うん。ちょっとアンジェリカの事、聞いときたかっただけだから」
「そうか。ならば戻るぞ。ミラージュが食事に何か仕込んでいるかもしれん」
恐ろしい事を呟きながら、テオは大学へと続く森の中へと入ろうとしていた。
そんなテオに、俺はそっと呼びかける。
「……テオ」
「なんだ?」
テオが振り返る。
本当はこんなことを言っていいのかわからなかったけど、一つだけ言っておきたかったんだ。
「……アンジェリカとの約束、守ってくれてありがとう」
そう言うと、テオは少しだけ驚いたような顔をした。
テオは百年前にアンジェリカと出会い、そこで彼女に言われた「償いにこの世界を救え」という言葉のとおり、今までずっと戦ってきたんだ。
本当は俺じゃなくてアンジェリカが言うべきことだったのかもしれない。
でも、今の俺とアンジェリカは一つなんだ。だから俺が伝えても問題はないはずだ……と無理やり自分を納得させる。
「……礼を言うのは俺の方だ。きっとアンジェリカに出会わなければ、俺は大事なことに気付かずにいただろうからな」
どこか遠くを見るようにして、テオはそう呟いた。
大事なこと、か……。
「ほら、気が済んだなら早く戻るぞ。久しぶりにこの島の料理を食べたい気分なんだ」
「食い意地張ってんのは相変わらずだな……」
いつものテオに戻ったことで、少しだけ安心する。
俺が俺でしかないように、やっぱりテオはテオなんだな、とあらためてそう思えたから。
◇◇◇
大学に戻った俺たちを出迎えたのは、幽霊でも見たかのようなフィオナさんの悲鳴だった。
「なっ、あんた……処刑されたはずじゃ!!?」
「悪いな、こうして生きてる」
フィオナさんはテオを凝視して目を白黒させた後、大きなため息をついた。
「……わかったわ。事情は明日ゆっくり聞くことにするから、今日はゆっくり休みなさい」
「あの、市街地の方は……」
教団と魔術結社の蜂起で、この島の市街地の一部が占拠されていたはずだ。
そこは大丈夫なんだろうか。
「小規模な戦闘は続行中……でも、夜明けまでには何とかなりそうよ。そっちの方は兵士たちに任せて、あんたたちはもう寝なさい、特にリルカ!」
フィオナさんにびしっと指をさされると、気だるげに壁に背を預けていたリルカがぴしっとたたずまいを直した。
「寝なさい。これは王族命令よ!」
「……はいぃ!」
フィオナさんの気迫に、リルカは慌てたように何度も頷いた。
俺もリルカには早く休んでほしい。でも、きっとリルカは俺たちを置いて自分だけ休むなんてことは嫌がるだろう。だったら、俺たちもフィオナさんの言葉に甘えて今日はゆっくりと休もう。
それぞれフィオナさんに部屋を割り当てられて、俺たちはだらだらと歩き出した。
ちなみにミラージュはテオと一緒に寝たいと駄々をこねていたが、鬱陶しそうにあしらわれていた。
ちょっとひどくないか? と俺は心配になったが、振り払われたミラージュさんが何故か嬉しそうだったので、たぶん……あの二人はそれでいいのかもしれない。
リルカ、テオ、ミラージュがそれぞれの部屋に引っ込んだのを見届けた直後、俺はヴォルフに遠慮がちに呼び止められた。
「テオさんと話はできたんですか」
「うん。……ありがと、時間作ってくれて」
ヴォルフに言われなかったら、俺はアンジェリカの事を話すタイミングを見失って、もしかしたら伝えられないままだったかもしれない。
そう思って礼を言うと、ヴォルフは怖いほど真剣な顔で俺を見ていた。
「それで……ちゃんと取り返せましたか」
「え?」
急によくわからない事を言われて、思わず頭をひねってしまった。
取り返すって何だろう。俺は何かテオに貸していただろうか。なにしろもう一年以上も前のことなので、残念ながら俺の記憶にはなかった。
「取り返すって、なんかあったっけ」
「……わからないんですか」
ヴォルフは何故か苛立ったように、軽く俺を睨み付けてきた。
まったく心当たりのない俺は、思わずちょっとびびってしまう。
ヴォルフは俺の変化を見てはっとしたような表情を浮かべると、大きくため息をついた。
「……すみません。別にあなたを責めてるわけじゃないんです。その、取り返すっていうのはテオさんのことで……」
「テオから何を取り返すんだよ」
そう聞き返すと、ヴォルフはまた俺を睨み付け、いきなり声を荒げた
「……だから、テオさんから取り返すんじゃなくて、テオさんを取り返すんですよ! ミラージュさんから!!」
「えっ……?」
悪いけど、さっぱり意味が分からなかった。
「なんなら僕も一緒に行きますよ! 相手が魔族だからってクリスさんが尻込みする必要なんてない! 今からでも討ち入りを――」
「おいおいちょっと待て! ほんとに何の話だ!?」
討ち入りって何だ! お前は何をしようとしてるんだ!!
慌ててそう問いかけると、ヴォルフは我を忘れたようにとんでもない事を叫んだ。
「テオさんの事好きなくせに、あんなぽっと出の女に横取りされてもいいんですか!?」
「…………はぁぁぁ!!?」
やばい、なんかとんでもない勘違いをされてる……!?




