26 誘拐は犯罪です
「かえしてこいとは何だ。おまえが女の子の仲間が欲しいとうるさいから連れて来たというのに」
「確かに言ったけどな、何でいきなり幼女誘拐になるんだよ!? ぶっとびすぎだろ!!」
「ヴォルフをつれてく時は何も言わなかっただろう」
「あれはちゃんとキアラさんに許可取ったから!! いいか、保護者の同意なしに子供を連れてくのは誘拐なの! 立派な犯罪なんだよ!!」
俺が一気にそうまくしたてても、テオはいまいちよくわかって無さそうな顔をしている。
そう、こいつにはたまにこういった常識を考えろ! と言いたくなるような行動をすることがあるのだ。
今までは特に大きな問題にはなってなかったものの、今回は言い逃れはできない。このままこの少女を俺たちが連れて行ったりしたら、間違いなく誘拐になってしまう。勇者だろうと何だろうと牢獄行きはまぬがれないだろう。
回避する方法は一つ。ばれないうちにこの少女を家に帰してしまうしかない。
「リルカ……だったよな? ごめんな、変なことに巻き込んじゃって。こいつの言う事は全然気にしなくいいから! すぐに家に送ってってやるから大丈夫だぞ!!」
俺が慌ててそう説明すると、リルカも表情を動かさないままにこくり、と頷いた。
よかった、何とかやり過ごせそうだ。リルカに家の場所がわかるかどうか尋ねると、また頷いたので俺たちはリルカに案内してもらうことにした。
部屋を出る途中、ヴォルフが俺にそっと耳打ちした。
「できるだけ急いだ方がいいですよ。もしあの子の親に事が露見したら絶対怪しまれます」
まったくもってその通りである。こんな物騒な世の中では多くの人、特に小さな子供を持つ親なんかは常にピリピリしているものだ。早く家に帰すに越したことはない。
俺たちは急ぎ足で少女の案内するままに街を歩き出した。
◇◇◇
フルーメルの街の門を出ると、目の前には川が流れている。橋を渡ると農場が広がり、その奥の林の近くに農家と思わしき家が数件集まって建っているのが見えた。
橋を渡って農場に差し掛かったところでリルカはぴたりと足を止めた。
「あの……この辺りで、大丈夫」
この辺の農家の子なんだろうか。いや、家まで送るよ、と俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。
もう家はすぐそこだ。それならどう見ても怪しい三人組がついて行くよりも、リルカが一人で帰った方が家族も安心するだろう。
ここはリルカの言葉に甘えて俺たちは撤収することにしよう。昨日の変な店の仕事もあるし。
「そっか、わかった! ほんと変なこと言って悪かったな」
「リルカ、世界を救いたいという思いがあるならいつでもオレの所へ来い」
「せかい……?」
「いや、こいつのいう事は全然気にしなくていいから! じゃあな!!」
テオがまた変なことを口走る前に、俺たちはテオを引っ張って街まで戻った。誰にも見られていなかったと信じたい。
まったく、本当にこいつは目を離すとロクな事をしないな!
◇◇◇
開店に間に合うように来いと言われていたので、昼の少し前に俺たちは昨日の店に向かった。あんな詐欺まがいの店で働くのは嫌だったが、テオが浪費した分は返さなければならないので仕方がない。
店に行くと、昨日はいなかった店のオーナーがいた。どんなエロ親父かと思っていたが、意外と紳士的なおじさま、といった感じの男だった。
「この店の女の子の恰好ってオーナーが考えたんですか?」
「そうだとも! 昔、ラガール大陸に行った時に出会った獣人たちに感銘を受けてね。本当に猫耳は素晴らしい!!」
俺の質問はオーナーの変なスイッチを押してしまったようで、彼は猫耳の良さについて熱く語り始めてしまった。メイド服についても聞こうかと思ったが、それについてまた語られ始めても困るのでやめておいた。
オーナーはひとしきり猫耳の良さについて語り終えると、ホールから一人の店員を呼びよせた。
「リオネラ、後の事は君に頼んでもいいかな?」
「ええ、お任せください」
やって来たのは、昨日俺とヴォルフを呼びに来た茶髪の女性だった。どうやら俺たちは彼女の下で働くことになるらしい。
「男二人はキッチンで。あんたはホール担当よ」
「えー、俺もキッチンがいい」
「文句言わない! 人が足りないんだから! ほら、服のサイズ合わせるからこっちに来て」
「えっ?」
リオネラは俺の腕を引っ張って控室に連れて行こうとしている。ちょっと待て、服って何だ。今リオネラが着ているやたらすその短いメイド服じゃないだろうな!?
「まさか……俺もその服、着るの?」
「当たり前じゃない。ここを何の店だと思ってるのよ」
「やだ、絶対やだ!!」
俺は精一杯抵抗してみたが、結果はリオネラを怒らせただけだった。挙句の果てにはテオとヴォルフにもわがまま言ってないで早く着替えろ、なんて言われてしまった。
ヴォルフはともかくテオ、元はと言えば全部お前のせいだろ!! という文句もむなしく、俺はリオネラの手によって強制的に猫耳メイドへと変身させられてしまったのである。
◇◇◇
「あれ、見ない顔だねぇ。新人?」
「は、はい。クリスティーナです……!」
そして現在、俺は抵抗の甲斐なく猫耳メイドとしてここにいる。
いくら体が女になったからといって、今までは男の時と同じような恰好をしていたので、スカートなんて履くのはこれが初めてだ。足がスースーして何となく落ち着かない。頭上の白い猫耳がついたカチューシャも何となく違和感がある。
ちなみに、クリスティーナというのはこの店で働くときの名前だ。別に本名でもいいと言われたが、そうすると何か大事なものを失いそうなので偽名にさせてもらった。クリスとクリスティーナなんてそう変わらないとリオネラには言われたが、俺の気分的には大分違うのだ。
「へぇ、クリスティーナちゃんかぁ。かわいいね、君みたいな可愛い子が入ってくれて嬉しいなー」
「ど、どうも……」
客の男はでれでれ顔を緩めながらと俺の容姿を褒め称えた。。
だが、俺は別にこの顔を褒められても嬉しくもなんともない。確かにこの顔はかわいいと思うが、この顔の本当の持ち主なんていきなり人に雷を落とすようなヤバい奴だ。俺はあれ以来この容姿を褒められるとどうにも顔が引きつってしまう。誰かこの微妙な気持ちを察してほしい。
「ご、ご注文はお決まりでしょうか?」
「このセットお願い」
「かしこまりました……!」
注文を取って、足早に客から離れ、俺はほっと息を吐いた。
やっぱり俺は男なんだ。こうしてミニスカメイドになってかわいいかわいい言われるのは落ち着かない。ああ、早く元の体に戻りたい。
その後も、俺は仕事を続けて何とか閉店まで持ちこたえた。途中、尻を触ってきた客に思わず手に持っていたパンケーキを顔面に投げつけてしまったのが失敗と言えば失敗だが、どちらかと言えば不可抗力だ、仕方がない。
それにしても慣れないことをすると疲れる。脱力する俺たちにリオネラが何かを書いた紙を持ってきた。
「じゃあ、これ。今日の給料と残りのツケの内訳よ」
「どれどれ……って何だよこれ! 昨日より増えてんじゃん!!」
「あんたが客に投げつけて駄目にした料理と、テオがつまみ食いした分よ」
「おい、テオ! 何やってんだよ!!」
「腹が減ったのだから仕方がないだろう」
「……二人とも、話があります……」
リルカを連れて来たみたいにまた問題を起こされても困るので、今日はテオも宿屋に泊まることになった。
宿屋に戻ると、待ってましたとばかりにヴォルフのお説教タイムが始まった。
「まったく。こんなんじゃいつまでたってもあの店から抜け出せないですよ!」
「だが腹が減るんだ」
「店の物は食べないでください! 休憩時間につまめるものを用意しますから! 次はクリスさん」
「俺は悪くない。尻を触った奴が悪い!」
「そうですけど、店の料理を投げつけるのはやめてください! その場でかかと落としでも決めてください、たぶんサービスだと思ってくれますよ」
そんな馬鹿な、と思ったが、あの店の客層からするとあり得ない話でもないかもしれない。
もしものために、その晩俺はベッド相手にかかと落としの練習を繰り返した。そして、宿屋の人にうるさいと怒られたのであった。




