21 暴露
「気配が違ったから、すぐにダーリンがドラゴンだって事には気が付いたわ。そうしたら、もう……抑えられなくなって……」
「は、はぁ……」
弱冠引き気味な俺たちのことなど気にせずに、ミラージュは紅潮した顔でうっとりとテオの方を見つめている。
熱烈な視線に見つめられたテオの方は、何故か少し顔をひきつらせて目を逸らしている。
「だって、空の覇者たるドラゴンを跪かせるなんて素敵だと思わない!? 私って、屈服させる相手が強ければ強いほど燃えるの。ダーリンはまさに難攻不落ってオーラが素敵だったわ……!」
難攻不落……?
俺は思わずミラージュとテオを交互に見てしまった。
巨乳美人のミラージュはどう見てもテオの好みにぴったりだし、ちょっと押せばすぐに落ちそうな気もするんだが、そう簡単な問題じゃないんだろうか……。
「その場で仕掛けようとも思ったけど、ルディスの配下もいたしやめておいたの。ずっと機会をうかがって……そして、教団のクーデターに乗じて遂に私は愛の鎖でダーリンを捕まえることに正解したのよ!!」
愛の鎖、とかよくわからない言い回しのせいでいまいちぴんと来なかったが、きっと彼女が言っているのは、テオが処刑されたあの時のことなんだろう。
「じゃあテオが教団に連行された後、ミラージュが手を回して……」
「そうそう、教団の人たちは私がダーリンを拉致したことにも気づかずに、いいように幻影に騙されてくれて助かったわ」
無数の槍がドラゴンの体に突き刺さる光景。
今でも信じられないが、あれが幻だったというのか……?
テオは処刑されてなかった。
だから、今目の前にいるテオは本物なんだ……!
「……だったら! 今まで何やってたんだよっ!! 今すっごい大変な事になってるんだぞ!!」
また泣きそうになったのをごまかすように、俺はテオへと怒りをぶつけた。
テオが生きていてくれたことは信じられないくらい嬉しい。
でも、なんでもっと早く戻って来てくれなかったんだよ……!
テオがいたなら、もっと多くの人を助けられたかも知らないのに!
理不尽なやつあたりだっていうのはわかってる。でも、抑えられなかった。
「あぁん、ダーリンを責めないで! 全部私が悪いのよ!!」
「いい、ミラージュ。オレが説明しよう」
一歩俺の方へと近づいたミラージュを軽く押さえ、テオは真剣な顔で俺たちに向き直る。
そして、こほん、と軽く咳払いをするとゆっくりと口を開いた。
「さっきミラージュが言った通り、オレは処刑寸前にミラージュに連れ出され支配下に置かれた。…………詳細は控えるが、ずっとオレを隷属させようと迫るミラージュに抗っていたんだ。そして先日、やっとミラージュをねじ伏せ、逆に屈服させることに成功した」
「……え?」
真剣な顔でそう告げたテオの太い腕には、でれでれと骨抜きにされたようなミラージュが抱き着いている。
あ……屈服って、そういう感じなんだ…………
「じゃあ一年以上も、テオさんはずっと戦っていて……!」
ヴォルフが感動したようにそう呟いた。
テオも深く頷く。
「あぁ、今まででも一、二を争う程過酷で孤独な戦いだったな……!」
それを聞いて、俺はついさっきテオを責めたのを後悔した。
この一年、テオは遊んでいたわけじゃない。ちゃんとこの世界の事を考えて、たった一人で戦い続けていたんだ……!
だが、そんな俺の感動は次のミラージュの言葉で一瞬にして吹っ飛ばされた。
「今でも忘れられないわぁ。ダーリンと二人で過ごしためくるめく愛と調教の日々……」
「おいミラージュ! それは黙っていろと言っただろう!!」
うっとりと頬を紅潮させるミラージュに、テオはやたらと焦った様子で彼女の口を塞いだ。
でも、もう俺たちは聞いてしまった。
……なるほど。こいつは一年以上も、ミラージュに調教されたり逆に調教したりしていたわけか。
それはそれは、過酷で孤独な戦いだな……!
「…………っざっけんじゃねーよ! 俺たちがどんだけ苦労したと思ってるんだよ!! ハニートラップくらい気合で何とかしろ!!」
俺たちが教団と戦ったり、大地の中心へ行ったり、なんかいろいろ大変だった間にも、こいつは巨乳美人の色仕掛けにはまってたってことなのか!!
「無茶を言うなクリス。これでも精一杯だったんだ!」
「あぁ、懐かしい蜜月の日々……」
「すみません、あんまりリルカちゃんの前でそういうこと言うのやめてもらえますか」
なおも危なげな事を口走ろうとしていたミラージュを、リルカの耳を塞いだヴォルフが冷静に止めていた。
確かに、今のミラージュはかなりリルカの教育に悪そうだ。テオもその辺を何とかしてくれればよかったのに。
「あの、とりあえず大学に戻りませんか? リルカちゃんも疲れてるみたいだし……」
ヴォルフが遠慮がちに絞り出した言葉に、俺は慌ててリルカを振り返る。
リルカは何とか自分の足で立っているが、かなりしんどそうだ。無理もない、あんな化け物みたいな奴と戦ったばっかりなんだから。
何でもっと早く気づかなかったんだ……。早く、リルカを休ませてあげないと!!
「わかった、今すぐ戻ろう!」
「あっ、でも僕たちは先に戻ってるので、クリスさんとテオさんは後でゆっくりと来てください!!」
「はぁ……?」
何を言ってるんだ、と詰め寄ろうとすると、そっと耳元で囁かれる。
「テオさんに、言わなきゃいけないことがあるんじゃないですか」
「ぁ……」
そう言われて、やっと気が付いた。
俺の前世である、アンジェリカという女性。
彼女はテオの知り合いで、テオは彼女の約束を守り続けて今まで百年以上もこの世界の為に戦ってきたんだ。
……俺自身アンジェリカの生まれ変わりだと知ったのはテオが処刑された直後だったので、そのことについて、テオと腹を割って話したことはない。
きっとヴォルフは、俺の口からアンジェリカについてテオに話せと言いたかったんだろう。
「……わかった、テオ、少し時間をくれ」
「オレは構わないが……」
テオは不思議そうな顔をしている。
無理もない、こいつは……俺がアンジェリカの生まれ変わりだなんて、考えもしていないだろうから。
「ミラージュさんも僕たちと一緒に来てください」
「あら駄目よ坊や。今の私は身も心もダーリンの物なの」
「ヴォルフさんっ! 浮気はダメですよ……!」
馬鹿馬鹿しいやり取りが遠ざかっていき、その場には俺とテオだけが残された。
テオは優しげな眼差しで俺を見つめている。
こうしていると、旅に出てすぐの頃を思い出す。
最初は俺とテオの二人だけで、当たり前だけどあの時はこいつが前世の知り合いだなんて、夢にも思わなかった。
本当に、奇妙な巡り合わせだ。
「あ、あの……俺さ…………」
いざその事実を告げようとすると、うまく言葉が出てこなかった。
だが、テオはそんな俺をせかすでもなくじっと言葉を待っているようだった。
「実は……」
怖い? いや違う。
何だろう、とにかく胸が詰まる様な、泣きだしたくなるような感覚だった。
「実は俺……アンジェリカの…………生まれ変わりなんだ!!」
言ってやった!! 俺はやったぞ!
でも、何故だかテオを直視できなくて、俺はすっと地面に視線を落とした。
テオは何も言わない。
……呆れただろうか、怒るだろうか。
アンジェリカは世界を救ったすごい人だった。でも、その生まれ変わりの俺はみんなに頼ってばっかりのダメ人間だ。
テオからすれば、俺がアンジェリカの生まれ変わりなんて到底信じられるはずがないだろう
「……そうか」
その後に続く言葉を、俺は待った。
だがどれだけ経っても、テオが何かを言う気配はない。
おそるおそる顔を上げると、不思議そうに俺の顔を見ているテオと目があった。
「…………それだけ?」
「他に何かあるのか?」
別に大したことでもないように、テオは首をかしげる。
…………え?
「ちょっと待てよ! 何でそんなに冷静なんだよ!! だって、アンジェリカだぞ!?」
「人が死ねば生まれ変わる。何もおかしくはないだろう」
「……そうだけどさ! アンジェリカってお前の知り合いじゃん!! もっと驚くとかないのか!!?」
俺だって別にこいつに驚いて欲しいわけじゃない。でも、そんな今日の夕食のメニューより興味なさそうな反応をされるとは思ってなかった!
そう問いかけると、テオは少しだけ気まずそうに頭を掻いた。
「まぁ……何となくそうじゃないかと思っていたからな」
その発言に、俺は思わず言葉を失った。
まさかこいつ、アンジェリカと俺の関係に気づいてたとでも言うのか……!?




