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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第八章 蛇の甘言、竜の影
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15 虹色の守り

 

「え、えーっとみなさん……落ち着いて聞いてください!!」


 大学の中庭に出てそう叫ぶと、周囲の魔術師たちが一斉に食って掛かって来た。


「この状況のどこが落ち着いてられるんだ!?」

「いったいあれは何なんだ!?」

「おい、説明しろ!!」


 水球は今や島全体の空に広がり、ゆらゆらとまるで海の底にいるように綺麗な光が地上には届いている。でも、その光景をじっくり見ているような余裕はない。

 魔術師たちは頭上の水球を指差して、口々にわめいていた。


 確かに、いきなり何の前触れもなくあんなのが出現したら驚くよな。

 でも、俺にそんなこと言われても……とちょっと心がくじけかけたが、俺には俺の役目がある。

 今はその役目を全うすることだけを考えなければ!!


「今から、フィオナさんのありがたいお話がありまぁす!!」


 半ばやけになってそう叫ぶと、周囲の魔術師たちが一斉に静まり返った。


「フィオナ様の、お話だと……?」

「アルスター家の姫君か?」


 フィオナさんの名前を出すと、魔術師たちがざわざわし始めた。

 王家の一員というだけあって、フィオナさんは結構な有名人のようだ。

 子供のような容姿に見合わぬ博識さ。それに、どこか跪きたくなるような高貴さを併せ持つ人だ。

 結構隠れファンも多いんじゃないかな。


 魔術師たちの勢いが収まった隙に、俺は頭上にフィオナさんからもらった魔法道具を掲げた。

 大きな巻貝のように見えるその道具は、どうやら離れた場所に声を伝えることができるというとんでもない物らしい。

 詳細はよくわからないが、フィオナさんが大学でなにかを話すと、この魔法道具を通じて彼女の声がここまで聞こえてくるという仕組みになっているようだ。

 彼女に簡単な説明と共に魔法道具を手渡された俺たちは、こうやってばらばらになって、できるだけ人の多そうな所へやって来たという訳だ。

 フィオナさんが何を話すのかは知らないが、多くの人の祈りを集め、イリスを通してリルカに届ける、なんてことが本当にできるんだろうか。

 ちょっと不安になりかけた時、頭上の巻貝から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


『えー、皆様、聞こえていますでしょうか。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、わたくしはフィオナ・アルスターと申します』


 巻貝の中から、確かにフィオナさんの涼やかな声が聞こえてきた。

 その途端、周囲の魔術師たちから一斉に驚嘆の声が上がった。


「フィオナ様……?」

「姫様だ……!」


 さっきまで世界の終わりだとか言って呆然としていたとは思えない、落ち着き払った声だった。


『皆様、もうお気づきかとは思いますが、今、この島は未曽有の危機を迎えています。未知の魔獣が湖の水を吸い上げ、膨大な質量をもつ水球を、この島に落下させようとしています』


 魔術師たちから再びどよめきが起こる。皆不安そうに、頭上の水の塊を見上げていた。

 俺も視線を頭上に向ける。遥か上空で、リルカと大海蛇が戦っているのが見える。

 この場所からだと、大海蛇に立ち向かうリルカはまるで鳥のように小さく見えた。


『ですが、これから起こりうる悲劇を食い止めようと、懸命に戦っている者がいます。私は……彼女の、力になりたい』


 流暢だったフィオナさんの言葉が、一瞬、止まった。

 きっとリルカの事を考えているんだろう。

 魔術師たちも大海蛇に立ち向かうリルカの姿に気が付いたようだ。皆頭上を指差し、口々に叫んでいる。


『私は、彼女を……皆が愛するこの地を守りたい。その為にも、どうか……皆様の力を貸して頂きたいのです』


 いつの間にか、魔術師たちは騒ぐのをやめてフィオナさんの話に聞き入っていた。

 それは、俺も同じだ。


『この未曽有の危機に立ち向かうには、私たちが力を合わせる必要があります。誰かに任せるのではなく、我々、一人一人が当事者なのです』


 フィオナさんの言葉が重く響く。

 俺も、何度も逃げようとした。俺がやらなくても、誰かがこの大地を救ってくれるんじゃないかと淡い希望を抱いていた。

 でも、それじゃだめなんだ……!


『今私たちにできることは、願い、祈る事です。皆様、どうか心を合わせて祈ってください。皆の愛するこの大地に。そして……今も戦い続ける、勇敢な彼女に』


 フィオナさんがそう告げた途端、魔術師たちはそっと目を瞑って祈り始めた。

 あちこちから様々な祈りの言葉が聞こえてくる。俺も目を瞑って、ひたすらリルカのことだけを思った。俺のこの思いが、どうかリルカの力になりますように、と。


『これは王族としてではなく、わたくし一個人の、この大地に生きる者としての願いです。どうか、皆様のご助力を賜りたく、心からお願い申し上げます』


 フィオナさんの言葉はそこで終わった。

 周囲に集まった魔術師たちが、それぞれに顔を見合わせている。


「おい、聞いたか?」

「えぇ、フィオナ様が……」


 魔術師たちは頷きあうと、上空を……今も大海蛇と戦い続けるリルカを見上げて、口々に叫び始めた。


「頑張れ、負けるなよ!!」

「女神様がついてるわ!」

「フリジア王国に栄光あれ!!」

「フィオナ姫万歳!!」


 素直な応援から、ちょっとずれてないか……という言葉まで、様々な人の思いが、願いが溢れだしたのがわかった。


「みんな、祈ってください! リルカを……あの子を助けたいんです!!」


 俺も必死に声を張りあげる。

 その言葉が届いたのか、何人もの人がその場で祈り始めた。

 俺も、再び目を瞑り、心を集中させる。


 リルカ、大丈夫だ。俺が、俺たちがついてるからな……!



 ◇◇◇



「すごい……」


 今にも零れ落ちそうな水球のすぐ下で、リルカは確かな「力」を感じ取っていた。

 遥か下の地上から、いくつもの声が聞こえる。何て言っているのかはわからないが、とても暖かなものを感じた。

 体の中に暖かな何かが流れ込んでくるようだった。

 不思議と全身に力がみなぎってくる。

 


『ほぉ、これはこれは……』


 ミトロスも興味深そうに地上を眺めている。

 リルカはぐっと拳を握りしめた。頭上の水球は今にも零れ落ちそうなほどに膨らんでいる。


 きっと、これが最後のチャンスだ。


「ミトロスさん……リルカは、あなたを倒します! 今、ここで!!」


 自分を鼓舞するように、はっきりとそう告げる。

 大海蛇の鋭い銀の瞳がリルカを捕えたのが分かった。


「覚悟……してください……!!」


 地上から届く力は、今も絶えることなくリルカの中へと流れ込んでくる。

 リルカには、一緒に戦ってくれるきょうだいたちが、それに……力をくれる人たちがいる。

 絶対に、負けるわけにはいかない……!


「天地を巡る風よ……今、その真の力を示せ……」


 風が、リルカの元へと集まってくる。

 今、リルカはその風と一つになる。


『リルカ、私たちが一緒だよ』


 精霊たちがリルカに囁きかけ、彼らもリルカと一つの風となる。

 大丈夫、何も恐れることはない。


 皆の思いを、力を一つにして、リルカは今から目の前の敵を葬るのだ。


『君の力、見せてくれ……!』


 ミトロスの愉快そうな声が聞こえる。

 でも、そんな余裕な態度も今の内だ……!


「“風精霊の突風撃エアリアルストリーム!!”」


 自らが風となり、目標へと突進する。

 ただ、それだけだ。


「はあああぁぁぁぁぁ!!!」


 そしてリルカたちシルフィードの子らは一陣の風となり、目にもとまらぬ速さで大海蛇へと突進する。

 ミトロスが構えたような気配がした。だが、今のリルカたちはどんな剣よりも鋭い刃と化している。

 

 確かに、大海蛇の体を切り裂いたのだ。


 真っ二つに分かれた大海蛇の体は、そのまま黒いもやとなって霧散する。


 だが、一足遅かった。

 島の上空に広がった水球から、ついに限界を超えたのか雫が一滴零れ落ちた。

 一滴と言っても、元の水球の大きさが膨大なのだ。その零れ落ちた一滴も、優に民家数軒を軽く押しつぶすほどの大きさを持っていた。

 あの雫の落下先に人がいれば、間違いなく押しつぶされてしまう……!


「ああぁっ!!」


 リルカは慌てて止めようとした。

 だが、リルカの飛ぶ速さよりも雫の落下速度の方が圧倒的に早かった。

 追いつけずに、雫が大学の建物に当たろうとした瞬間、


 突如薄く七色に光るベールのような物が現れ、落ちてきた雫を弾き飛ばした。

 

 弾かれた雫は四方八方に飛び散り、人に当たっても無害だろうと言う程の大きさになると今度はそのまま地上へと落ちていった。

 リルカは、そのベールのような物を知っていた。


「フィオナさん、やってくれたんだ……!」


 あれは、リルカとフィオナが研究していた広範囲型魔法障壁だ。

 大学や島全体を防御することはできなかったが、リルカたちの魔法障壁は確かに巨大な雫の落下から人々を守ったのだ。


 安堵でリルカの体から力が抜ける。

 どうやらさっきの突撃ですべての力を使い果たしてしまったようだ。力尽きたリルカは、真っ逆さまに地上へと落ちて行った。


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