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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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25 ご利用は計画的に

 明らかにこの場から浮いている猫耳メイドは、きょろきょろと店内を見回し誰かを探しているようだった。

 中々に性格がキツそうな顔立ちをしている。そして、セミロングの茶髪の頭上には、真っ黒でふさふさとした猫の耳がついている。

 それを見て、俺は昔教会学校の先生に教えてもらった亜人種の事を思い出した。

 俺たちの住むアトラ大陸における「人」は、地域により髪や肌の色、体格等は異なるものの、そのすべてが「人間」と呼ばれる種族だ。それに対して、西方のラガール大陸には、俺たち人間とは違った身体的特徴を持つ種族が数多く存在しているという。

 ここミルターナ聖王国はそうでもないが、ラガール大陸に近い西のアルエスタやフリジア王国では、エルフやドワーフといった西大陸からやって来た亜人種も集落を作って普通に暮らしているらしい。その中には犬や猫の特徴を持つ獣人もいたはずだ。

 あの猫耳メイドもそんな獣人の一人なんだろうか。

 ちょっと気になったので、俺は小声でヴォルフに聞いてみることにした。ヴォルフは俺より年下の癖に、やたらと物知りなのである。


「なあ、あの人って獣人かな……?」

「残念ですけど普通の人間ですね。ほら見てください、普通に人間の耳がついてます」


 言われたとおりに彼女の顔を確認すると、確かに髪の間から人間の耳が覗いているのが確認できた。本当の獣人なら人間の耳はなく、頭上の獣耳が本当の耳のはずだ。


「何だ、偽物か。偽耳つけてメイド服とかわけわかんねえな」

「しかもあのメイド服、あんなにすそが短いのは実用的じゃないですね。きっとあの人は本当のメイドじゃなくて、メイドの恰好をした別の職業の人なんですよ」

「何だコスプレか」

「コスプレですね」

「ちょっとぉ、聞こえてるんですけどぉー」


 いつの間にか声を小さくするのを忘れていたようだ。俺たちの会話が聞こえたらしい猫耳メイドはぷりぷり怒りながらこっちにやって来た。間近で見ると、やっぱり彼女が着用しているメイド服はやたらと露出していたり無駄に装飾が多かったりと、使用人の仕事に向いているようには見えなかった。

 彼女はじろじろと俺とヴォルフの顔を見回した。


「十代の少年少女、やっぱりこの店にはあなた達しかいないみたいね。名前はクリスとヴォルフで合ってるわよね?」

「そうだけど……」

「そう、よかったわ。あなたのお仲間が呼んでるわよ」

「仲間……」


 間違いなく、この店に来ることになっているテオの事だろう。それにしても自分が来れないからといって猫耳メイドを寄越すとは。あいつは一体どんな神経をしてるんだ。

 俺はそんなテオの性癖に思いを馳せながら、俺たちを案内する猫耳メイドの女性の後に続いた。



 ◇◇◇



「うわー……」


 猫耳メイドが俺たちを連れて来たのは、何とも形容しがたい感じの店だった。

 壁の色は目に痛いショッキングピンクであり、そこにでかでかとケーキやキャンディや猫の足跡などやたらファンシーな絵が描いてある。

 丸い大きな窓から中を見ると、客のほとんどが男性のようだった。それに加えて、なんと店員は俺たちを案内してきた女性と同じような恰好をした人ばかりだった。


「何だよここは……」

「スイート☆ミャゴラーレ。私の職場よ」

「それ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」

「うるさいわね! 早く行くわよ!!」

「えっ、入るのかよ!?」


 女性は俺の言葉を無視して、ずんずんと店内に入って行った。仕方なく俺たちも後に続く。


 甘ったるい匂いが充満する店内では、たくさんの猫耳メイドたちが注文を取ったり、料理を運んだり、あまつさえ客にあーん、と料理を食べさせたりしていた。

 嫌な予感がする。何故テオが約束の時間になっても集合場所に来なくて、代わりにこの猫耳メイドが来たのか何となく予想がついてしまった。どうか予想が外れていますように。

 そんな俺の願いもむなしく、店の最奥の席にテーブルに突っ伏したテオと、奴を取り囲む何人かの猫耳メイドの姿が見えた。


「うーん、カリーナちゃーん……」

「勇者さぁん、起きてくださいぃ。あっ、勇者さんのお仲間が来ましたよ!!」

「んー? おう、おまえ達遅かったな!」


 どうやら夢から覚めたらしいテオはテーブルから顔を上げると、ひらひらと手を振った。


「……はあ?」


 ちょっと待て、遅かったってなんだ。時間通りに来なかったのはお前の方じゃないか。それに、何で約束すっぽかしてこんな店にいるんだよ!!


「……まあいい。とにかく行くぞ」


 言いたいことはいろいろあったが、こんな他の店員や客が大勢いる前で怒鳴り散らすのは気が引けた。外に出たら思う存分文句を言ってやろう。

 そう思ってテオを引っ張って店を出ようとした俺の前に、先ほどの茶髪の猫耳メイドが立ちふさがった。


「何? こいつの事は回収してくから。迷惑かけて悪かったな」

「それはいいけど、お勘定」

「え?」


 茶髪の猫耳メイドは、はい、と俺の前に伝票を見せつけた。何やら文字がたくさん書いてある。ええっとこれは……


「はあ!? 何だよこの値段!!」


 伝票に書かれていた値段は、明らかに数時間の飲食代をはるかに超えていた。

 それどころか、俺とヴォルフの持ち金を合わせても払えるかどうかわからないほどの高額だった。


「絶対おかしいって! 何でこんなに高いんだよ!!」

「この店は飲食代の他にも、サービス代っていうのがかかるの。そこの自称勇者さんは店中の女の子集めて自慢話とか飲み比べ大会とかしてたからね。私は止めたのよ? でも勇者だから大丈夫だとか何とか言って聞かなかったのよ。だからこんな金額になっちゃったわけ」


 何をやってるんだあのゴリラ勇者は。やけに酒臭いと思ったら真昼間からそんな事をしてたのか。何ぼったくりの店に引っかかってるんだよ!!


「こんなの払えるわけないだろ! 俺たちが破産する!!」

「いるのよねー、そうやってごねて支払いをごまかそうとする人。でも大丈夫、そういう人向けのプランも用意してあるから」

「プラン……?」


 おそるおそる目の前の猫耳メイドの顔色を確認すると、彼女はにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「足りない分はこの店で働いて返してもらうから。明日からよろしくね!」


 こうして俺たちは逃げないように手持ちの武器を没収され、明日からこのぼったくり店で働くことになってしまったのだった。



「いやあ、これも社会経験の一つだと思えば決して無駄な経験では、」

「今夜お前野宿な」

「そうですね、それがいい」

「え」


 少しでも有り金を節約する為に、しばらくの間テオには外で寝てもらうことにした。



 ◇◇◇



 翌朝、とんとん、と扉を叩く音で俺は目を覚ました。ぼぉーっとした頭のまま体を起こすと、ヴォルフはもう起きているようで、ノックの音がした扉の方へ向かっていた。


「テオさん、昨日の事は反省し……え?」


 ヴォルフは扉の外を見て固まっている。いったい何なんだろう。こんな朝早くから俺たちの所へ来るのなんて、昨夜野宿させたテオぐらいだろうに。


「なにやってんだよー。テオが来たんだろ?」


 俺もベッドから降りると、ヴォルフの後ろから扉の外を覗いた。

 そこには確かに昨夜宿屋から追い出したテオの姿があった。だが、奴は一人ではなかった。

 テオのすぐ横には、人形のような少女がちょこんと立っていた。

 肩のあたりまで伸びた、ふわふわの鮮やかな桃色の髪に、熟れた林檎のような深紅の瞳。精巧に作られた人形のような顔立ちの、かわいらしいが不思議な雰囲気の少女だった。だがその人形のような顔に似合わず、身に着けている衣服は、シンプルな黒いシャツに黒い膝丈のズボンという随分と簡素なものだった。

 年は十を少し過ぎたくらいだろうか。ヴォルフよりもだいぶ小さく見える。


「………………誰?」


 俺が口にできたのはそれだけだった。ゴリラのような大男と人形のような小さな少女。アンバランスにもほどがある。野宿をしたはずのテオは、なんでこんなどこの子かもわからない女の子を連れて来たんだ。まさか誘拐でもしてきたんじゃないだろうな。


「リルカだ。ほら、リルカ。挨拶は?」

「リルカ……です……。はじめ、まして……」


 その少女はあまり表情を変えないままぎこちなくそう言うと、俺とヴォルフに向かってちょこんと頭を下げた。


「だから、誰……?」

「リルカだ」

「どこから連れて来たかって聞いてるんだよ!」

「今朝街の門の外を散歩していたらばったり出くわしてな。ちょうどいいから連れて来た」

「……どこの子かは知ってるのか……?」

「いや、知らん」


 テオは平然とそう答えた。その表情からは、まったく悪びれた様子は見られない。それどころか、何かをやり遂げたような表情すらうかがえた。

 俺は大きく息を吸った。


「今すぐかえしてこいっ!!!」


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