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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第八章 蛇の甘言、竜の影
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10 マスターホムンクルス

 

σпaκ(空間)……σeяĉу(探知)……」


 クロムがゆっくりと言葉を紡ぐ。

 その途端、まるで耳元でゆっくりと言い聞かせられているような奇妙な感覚がリルカを襲う。

 少しでも気を抜けば、今すぐにふらふらどこかへ歩き出してしまいそうになる。

 周囲では相変わらず人々がホムンクルスに襲われていたが、ルカもクロムもまるで気に留めていないように見えた。


εkζηs(存在)……κοnФirμ(確認)


 クロムがぐるりと周囲を見回し、リルカとも目があった。その途端、心の中を見透かされているような気がして、リルカはひやっとした。


 そしてクロムは再び大きく息を吸うと、ゆっくりと言葉を紡いだ。


εnsτлu(指令)τρanκλα(鎮静)εnsτлu(指令)τρanκλα(鎮静)……」


 同じ言葉が繰り返される。

 何度もその言葉を聞いていると、まるですぐ傍で子守歌を歌っているような、すべての力が抜け眠りに落ちていくような不思議な感覚に捕らわれた。

 力の抜けたリルカの体をルカが支える。

 そうでなければ、きっと地面に倒れて起き上がることもできなくなっていただろう。

 どこかふわふわした意識の中で、リルカは先ほどまで響いていた人とホムンクルスの戦闘の音が聞こえなくなっているのに気が付いた。

 思わずあたりを見回して、そこでリルカは仰天した。


 さっきまで人々に襲い掛かっていたホムンクルスが、今はまるで眠るようにして地面に倒れていたのだ。


「えっ……?」

「ふぅ……無力化完了!!」


 クロムはほっとしたように大きく息を吐くと、にっこりと笑ってリルカの方へ振り返る。


「ほら、なんとかなった!」

「えぇ……」


 確かに、目に見える範囲で暴れていたホムンクルスは皆すやすやと眠っているように見える。

 おそらくは、彼がホムンクルス達を眠らせたのだろう。


「だから言っただろう。なんとかできん訳がないと」


 ずっとリルカの体を支えていたルカが得意げにそう告げる。

 リルカも安堵で体から力が抜けてしまった。

 ……なんだかんだ言って、この人たちはちゃんとホムンクルスの対応策を考えていてくれたんだ。

 それが、とても嬉しく思えた。


 だが次の瞬間、体が震えるほどの悪寒がリルカを襲う。

 なにかが、ここにやって来る……!


「……クロム、リルカ、用心しろ」


 ルカが硬い声でそう告げる。次の瞬間、彼の目の前の空間がいびつに歪んだのが目に入る。

 そして、そこからするりと一人の男が現れた。


「お久しぶりです、ルカ先生」


 長い金髪にエルフ族特有の尖った耳。

 この男を、リルカは何度も目にしたことがある。


 ルカの家で暮らしていたリルカや他のホムンクルスを連れ去り、人を傷つける道具として扱った。

 ドワーフの村の地下鉱山に現れ、リルカたちを生き埋めにしようとした。

 平和だった村を乱し、多くの住人を闇の中へと葬った。

 そして、何度もこの大学を襲撃し、多くの人を傷つけた……!


「ベルファス・クロウ……!」


 ホムンクルスを操り人々を絶望の底に叩き落とす男――ベルファスは、リルカのつぶやきを聞くと満足そうに笑う。


「まだ動いていたのか、錬金人形」

「あなたは、またこんなひどい事を……!」


 たくさんの罪のない人をこんな風に傷つけるなんて許せない。

 それに、リルカと同じホムンクルスを殺傷の道具として使うのが、リルカには我慢ならなかった。

 確かに、ホムンクルスには魂が無い。その点からすれば剣や鋏などの道具と違いはないのかもしれないが、リルカにとってはどうしても嫌だった。

 だが、憤るリルカを抑えるようにルカが一歩前に出て、ベルファスを睨み付ける。


「わざわざ自首しに来るとはいい度胸じゃねぇか」

「まさか、せっかくの機会ですから、私の手でルカ先生に引導を渡して差し上げようとしたまでですよ」


 ベルファスは余裕すら感じさせる笑みを浮かべている。

 ルカとベルファスの関係について、リルカはよく知らない。

 ただ、ベルファスもクロムと同じようにルカに師事していた時期があったと、少しだけ聞いたことがある。


「残念ですけど、あなたの差し向けたホムンクルスはすべて無力化しましたよ」


 クロムが静かにそう告げると、ベルファスの視線がクロムの方へと向く。

 クロムがじっとベルファスを睨み付けると、ベルファスは馬鹿にするように笑った。


「クロム……お前はどこまで愚かなんだ? わざわざ進んで実験体となってまで、お前は何を望む?」

「少なくとも、ルカ先生のホムンクルスが殺戮の道具として使われることがなくなれば、僕は満足です」

「相変わらず救いようのない馬鹿だな。いつまでも無能錬金術師に媚を売って何の得がある」

「……その無能錬金術師に一度も敵わなかったのは、どこの誰でしたっけ」


 クロムが煽るようにそう言い返すと、ベルファスは不快そうに舌打ちをする。

 だが、すぐに余裕を取り戻すと懐から黒い石を取り出し、空中へと放り投げる。


「この地を闇で染め上げ、全てを破壊し、再び創造する!」


 空中に放り出された石が弾ける。

 その途端、そこから無数の闇が溢れだした。


「ちっ、下がれ!!」


 ルカが残っていた魔術師たちに向かってそう叫ぶ。闇は瘴気となり、あたりに充満し始めている。

 まともに瘴気を浴びれば、人は動けなくなってしまう。魔術師たちは蜘蛛の子を散らすように逃げだしていった。

 そして、リルカは気づいた。

 瘴気となって漂う闇が、眠るように倒れているホムンクルスの体に入り込んでいることに。


「待って、やめて!!」


 そう叫んだが、遅かった。

 リルカの見ている前で、倒れていたホムンクルス達がのそりと起き上がる。そして、ぎろりと鋭い目つきでリルカたちを睨み付けた。

 また、ホムンクルスは操られている。


「標的、確認……」

「ちっ、またか」


 ホムンクルス達は武器を構え、真っ直ぐリルカたちを狙っている。今にも襲い掛かってきそうだ。

 目に見える範囲だけで十体ほど。もし他の場所から増援を呼ばれたら、さらに数は増えるだろう。

 リルカは瘴気に対してある程度の耐性はあるが、ルカとクロムはどうだかわからない。

 それに加えて、ベルファスもいる。

 この状況を、いったいどうすれば……。


「クロム、できるな」

「……少し時間はかかるかもしれません」

「俺たちが時間を稼ぐ。てめぇは集中しろ」


 そう言うと、ルカは大きく息を吐いた。


「あ、あの……何を……」


 リルカがおそるおそる尋ねると、ルカはホムンクルスから目を離さないままに教えてくれた。


「クロムの体に核石を埋め込んだ。今のあいつはマスターホムンクルス(ホムンクルスの司令塔)となっている。うまくいけば、全てのホムンクルスを制御できるはずだ」

「えぇ!?」


 核石はホムンクルスを動かす元となる魔石であり、人間で言う心臓のような物だ。

 リルカ自身も一度自分の核石を破壊して、周囲のホムンクルスを巻き込んで体がばらばらに壊れたことがある。

 それほどに、ホムンクルスにとって強い影響力を及ぼすものなのだ。

 でもそれは、ホムンクルスだけに限らないだろう。


 元々錬金術師の手で作り出されたホムンクルスならともかく、生命の宿る人の体に核石を埋め込むなんて、どんな事態になってもおかしくはない。

 知識の浅いリルカにでも、失敗すれば精神が破壊されたり、体ごと弾け飛ぶ可能性があることは容易に想像できた。

 きっと、彼の髪や目の色がおかしくなったのもその副作用なのだろう。

 まともな倫理観を持つ研究者――たとえばフィオナのような人物だったら、絶対にそんな危険な研究を許可しないだろう。


 錬金術師ルカは狂ってる。

 とても、正気の沙汰とは思えない……!


「そ、そんな危険なことっ……」

「他に手がねぇんだからしょうがねぇだろ。……俺が始めた事だ。どんな手を使ってでも、俺が事態を収拾する責任がある」


 ルカは真っ直ぐに前を見据えると、リルカに向かってはっきりと告げた。


「今はクロムに賭けるしかない。俺たちにできるのは、あいつの集中を乱さないようにすべての攻撃を防ぐことだけだ」

「…………はいっ!」


 言いたいことはいろいろあるけれど、今はそんな暇はない。

 リルカを生み出した錬金術師とその弟子だ。きっとうまくいくと信じるしかない。

 リルカが杖を構える。次の瞬間、何体ものホムンクルスが飛び掛かって来た。


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