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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第八章 蛇の甘言、竜の影
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7 積年の恨み

 

「遅い! さっさと手伝え!!」


 レーテを探して走り回っていると、何人もの黒装束を纏う者達を相手にしているレーテを見つけた。

 レーテは必死に応戦しているが、相手も中々手練れの魔術師のようだ。一瞬でも気を抜けばすぐにやられてしまうだろう。


「スコル、ハティ!!」


 契約する二匹の精霊に呼びかけると、小さな子犬のような姿をした氷の精霊が勢いよく黒装束たちに飛び掛かる。

 奴らが二匹に気を取られているうちに、レーテとヴォルフはあっという間に黒装束たちを薙ぎ払う。

 残った黒装束も、レーテに恐れをなしたかのように逃げだしていった。


「間違いない、この先だ!!」


 レーテはそう告げるとすぐに走り出す。

 その後を追いながら、俺は周囲の景色に見覚えがある事に気が付いた。

 この先は、あの魔導砲が設置してあった部屋だ。

 もしかしたら、イリスもそこにいるのかもしれない……!


 突き当りに扉が見える。

 レーテはドアノブを回すこともせず、はずみをつけて扉を蹴り開けた。


 扉の先には、俺を騙してここに連れて来た浅黒い肌の男と、背後からイリスを拘束した体格のいい男が待ち構えていた。

 部屋の中央には、相変わらず不気味な魔導砲が鎮座している。


「……よぉ、てめぇもしぶといな」


 浅黒い肌の男はちらりとレーテとヴォルフの姿に視線を走らせた後、俺に向かって嘲笑うようにそう告げた。

 その顔を見て分かった。

 ……やっぱり、まだ俺とレーテが入れ替わったことはばれてない!


「……イリスを離せ」


 体格のいい男が、背後から首に腕を巻きつけるようにしてイリスの体を押さえつけていた。当のイリスは、相変わらずぐったりと俯いていて表情が見えない。


「おっと動くなよ。うっかりてめぇの妹の首をへし折っちまうかもしれないからな!」


 俺はイリスの方へ向かって一歩踏み出そうとしたが、その途端体格のいい男がイリスの首を押さえつける腕に力を込めたのか、イリスが苦しげなうめき声を上げる。

 ……本気で力を籠めれば、イリスの細い首なんて簡単に折れてしまうだろう。

 俺は瞬時に踏み出そうとしていた足を止めた。


「……よくあそこから抜け出せたな。もう使いもんにならねぇかと思ってたぜ」


 浅黒い肌の男が馬鹿にしたように俺を見て笑った。

 ……挑発に乗っては駄目だ。

 イリスが人質に取られている今、ここは慎重に……


「散々搾り取らせてもらったからな。おかげで準備が整った」

「えっ?」


 男は心底愉快そうにそう告げる。

 そしてゆっくり魔導砲へと近づくと、その鏡のようになっている部分に手を触れた。


「見ろよ、レーテ! てめぇから搾り取った魔力で何百人もの人間が死んでいく様をな!!」

「まさか……やめろ!!」


 その時になって俺はやっと悟った。

 奴らが俺をあの変な水晶の中へと入れた意味を。


 イリスは魔導砲の発動には膨大な魔力が必要で、奴らはその為にレーテを探していると言っていた。だから、俺は安心していた。

 万が一俺が捕まって何かされても、本物のレーテがいなければ魔導砲は発動できないと思っていた。


 でも、それが間違いだったとしたら?


 奴らは何らかの手段で魔導砲の発動を可能としていて、その最後のきっかけにレーテを必要としていて、俺でも代替可能だったとしたら……!?


 魔導砲の中央部の鏡が光る。

 俺も、ヴォルフもレーテも、一斉に止めようと駆け出した。

 だがその瞬間、部屋の四方から一斉に多くの黒い影が飛び出し俺たちに向かって襲い掛かって来た。

 その影に対処するだけなら簡単だ。だが、その一瞬が命取りになった。


 俺たちが影に気を取られている間に、魔導砲は今にも暴発しそうなほどに輝きを増していく。

 部屋の窓からは大学の景色がよく見える。ここから真っ直ぐ大学を狙っていることは明白だった。


 俺は必死に止めようとした。でも、遠すぎて間に合わない。


 そして輝きを増した魔導砲が暴発しようとした瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。


「やめてえぇぇぇ!!」


 悲鳴のような絶叫と共に、小さな影が魔導砲に体当たりをするのが視界の端に映った。

 魔導砲がわずかに揺れる。


 次の瞬間、溢れ出した光が大学側の部屋の壁を貫いて一直線に外へと飛び出したのが見えた。


「あぁっ!!」


 どぉぉぉん! と大地を揺るがすような地鳴りの音が聞こえる。

 それと同時に、破壊された部屋の壁の残骸が粉塵のように部屋中を覆った。


 魔導砲が放たれてしまった。

 あの大学にはリルカや、フィオナさんだっているのに……!


「そんな、嘘だ……!」


 いつの間にか影はいなくなっていたので、俺は慌てて破壊された壁の向こうへ目を凝らし、大学の様子を確認する。

 そして、そこに見えた光景に思わず息を飲んだ。


 森が、燃えていた。


 大学のすぐ外に広がる森の一部が、山火事のように激しく燃え盛っていた。


 大学は……異常がない。


 魔導砲の照準はわずかに大学を外し、その周りに広がる森を焼いたのだろう。

 発動する直前に魔導砲に体当たりした小さな影――イリスによって。


「……の、クソガキがぁぁ!!」


 背後から憎悪のこもった叫びが響いた。

 慌てて振り返ると、浅黒い肌の男が魔導砲の傍で倒れ伏すイリスに向かって剣を振り下ろそうとしているのが見えた。


 慌てて止めに入ろうとしたが、この位置からじゃ間に合わない……!


 時間が、随分とゆっくりに感じられた。男の剣がゆっくりとイリスの体に振り下ろされる。

 そして剣先がイリスの背中を切り裂く寸前、部屋を舞う粉塵の向こうから、何かがイリスに覆いかぶさるようにして飛び出してきたのが見えた。

 次の瞬間、鋭い刃が人の肉を切り裂く、嫌な音が響いた。


「はっ、思い通り、に、ならなくて……残念だったな……!!」


 驚愕したように目を見開く男の足を、イリスを庇うようにして覆いかぶさったレーテが掴んだ。

 ざっくりと背中を切り裂かれたというのに、その瞳には燃えるような闘志……いや、殺意が宿っている。


「ずっと、お前のこと……殺してやりたかった……!!」


 痛みをこらえるような苦しげな声で、だが狂ったように楽しそうに、レーテはそう絞り出した。

 その声に、足を掴まれたままの男の表情が恐怖に歪む。


「まさか、貴様……レー、」


「“大雷轟(ドンナーシュラーク)!!”」


 全ての力を振り絞るようにして、レーテがそう叫んだ。


 次の瞬間、教会の天井を突き破り、巨大な雷が浅黒い肌の男を撃ちぬいた。


 レーテが叫んだ瞬間、すぐ隣にいたヴォルフが俺の体を抱き込むようにして床に引き倒した。

 その途端、轟音と共にバキバキと部屋全体が壊れるような嫌な音が響く。

 慌てて床に倒れたままレーテの方へ視線をやると、全身黒こげになった男の体がちょうど床に倒れるのが見えた


「うわあぁぁぁぁ!!」


 仲間が消し炭になったことに恐れをなしたのか、体格のいい男が情けない悲鳴を上げて部屋を飛び出して行く。

 でも、追いかける余裕はなかった。


「おい、大丈夫か!?」


 慌てて倒れたままのレーテに近づく。

 ……ざっくりと背中が斬られていてひどい状態だ。


「う……」


 かすかなうめき声が聞こえ、俺は慌ててレーテの下に庇われていたイリスの小さな体を引っ張り出した。


「……あれ?」


 イリスがそっと目を開ける。

 俺たちがこの部屋に入った時はぐったりしていたイリスも、今はしっかりと覚醒してるようだ。


「この人、私をかばって……?」


 イリスは信じられないと言った表情で倒れ伏すレーテを見ている。

 ……今のイリスには、目の前の男が本物の自分の姉だって事もわからないんだ。


「とにかく、早く回復を……」


 傷ついたレーテの体に触れて、俺はぞっとした。

 レーテの体からは、人の持つ生命の脈動がほとんど感じられなかったのだ。


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