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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第八章 蛇の甘言、竜の影
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6 発動準備

 

 強く手を掴まれて引っ張り出される。

 その途端まるで水中から引き上げられたような感覚がして、思わずげほげほと咳き込む。


「クリスさん! 大丈夫ですか!?」


 なんとか目を開けると、ヴォルフが必死な顔で呼びかけているのが見えた。


「…………うん」

「見せて」


 不意にもう一人の声が聞こえた。

 ヴォルフの背後からやってきたレーテが、いささか乱暴な手つきで俺のまぶたを指で開かせ覗き込んできた。


「……少し縮瞳してる。薬でも使われたか」


 聞こえてきた言葉に大げさに反応したのは、俺ではなくヴォルフだった。


「薬……!? そんな、症状は……」

「さあね。本人に聞きなよ」


 そのままレーテは注意深く部屋の中を見まわした。

 見れば、魔術結社の者と思われる何人かの人が部屋の中で倒れていた。

 中には半身が凍りついた人や、雷が直撃したかのように肌が焼けた人もいる。部屋の中も滅茶苦茶になっていた。

 ……二人は、相当暴れたみたいだな。 


 背後を振り返ると、この部屋に来た時に中央に置かれていた青い水晶が、ばりばりに砕けていた。


「……クリスさん、この中に入れられてたんですよ」

「そうなんだ……」


 気が付けば俺は全身びしょ濡れだった。

 どうも青い水晶に触れてからの記憶があいまいだ。ヴォルフ達の話からすると、俺は薬を使われて何故かこの水晶の中に入れられてたって訳だろうか。


「……魔力が枯渇しかかってる。もう少し遅かったら危なかったよ」


 そう言ってレーテはしゃがみこんで砕けた水晶を調べ始めた。

 なんだかよくわからないが、俺はあの水晶に入れられて、魔力を搾り取られていたって事なんだろうか。

 その光景を見ていて、俺はやっと大事な事を忘れていることに気が付いた。


「そうだ、イリス! それに魔導砲!!」


 そう叫んだ途端、俊敏な動きでレーテが振り返る。


「ここの奴ら、イリスを捕まえた上に魔導砲で大学を壊滅させようとしてるんだよ!!」

「……そういう事は早く言え!!」


 レーテは舌打ちすると一目散に部屋を飛び出して行った。

 俺も慌てて追いかけようとしたが、立ち上がった瞬間体から力が抜けて、思わずその場にへたりこんでしまう。


「なにか異常が……!?」

「ちょっとふらついただけだから大丈夫だって……!」


 ヴォルフの手を借りて再び立ち上がる。魔力を吸われた影響か全身に力が入らなくてだるかったが、なんとか立ち上がることはできた。


「俺たちも、イリスと魔導砲をなんとかしないと!」


 あの魔導砲が設置されていた部屋のだいたいの位置は覚えている。

 急いで走り出そうとすると、ヴォルフに背後から手首を掴まれた。

 そのまま、ぞくりとするほど強い力で握られる。


「……あんまり、無理しないでくださいよ」


 その言葉と共に、背後から腕をまわすようにして抱き寄せられた。

 優しいけれど、振りほどけないほどの強い力で。


 ……ヴォルフには、随分と心配をかけてしまったみたいだ。なんだか急に申し訳なくなった。

 元々ここに連れてこられたのだって、ヴォルフに報告せずにあの男について行った俺の不注意が原因だ。

 結果的にイリスに会えたとはいえ、ここで殺されていた可能性だって十分にあったんだから。


「……ごめん、心配かけて」

「あなたがいなくなって僕がどれだけ焦ったか……いや、こんな話は後でいい」


 ヴォルフは大きく息を吐くと、そっと俺の体を離した。

 そうだ。今大切なのは、イリスを助けて魔導砲の発動を止めることだ。

 その為に、俺もできることをしないとな!


「行こう!」


 気持ちを切り替えて走り出す。まだ少しふらついたが、思ったより体はしっかりと動いてくれた。



 ◇◇◇



「……理論は完成してる。実現も可能な段階よ。……でも、決定的に魔力量が足らないのよ!!」


 フィオナが苛立ったように机を殴りつけ、リルカは思わずびくりと肩を竦ませた。


 イリスを探しに行ったクリスたちを見送ると、ディオール教授は何か用があるという事ですぐに戻ると言い残して部屋を出て行った。いつの間にかアコルドもいなくなっている。

 でも、それを気にしている暇はなかった。

 目の前の机には、フィオナが提示した資料が所狭しと広げられている。

 一年以上も前、テオが処刑されたとの報を聞いてリルカがここに預けられたころから、フィオナはとある研究を進めていた。


 大学……いずれはこの島全体を覆う程の魔法防壁を作りだし、外敵からの攻撃を防ぐ。


 当初は誰もが、フィオナが師事するダラス教授ですらも実現不可能だと言っていたが、フィオナとリルカは一年ほどでその理論を完成させた。

 リルカがここを離れてからもフィオナは研究を続けており、どうやらその魔法防壁は既に実現段階に入っていたようだ。

 ただ、当然それだけの魔法防壁を作り出そうとすれば、それ相応の魔力が必要となってくる。


「やっぱり足りないわ……例え人ひとりを死ぬまで絞りつくしたとしても全然足りない!」


 通常人間は自分自身の許容量を超えて魔法は使えない。魔力の放出が基準値を超えると、その反動で体に拒絶反応が現れるからだ。

 一説によると、人間が普段使っている魔力は、その潜在能力の数分の一でしかないらしい。

 拒絶反応を超えて魔法を使えばその人間は死ぬ。でも、フィオナはその限界値を超えた魔力でも全然足りないと言っているのだ。


「……魔導防壁が、必要な事態なんですね」


 ぽつりとそう呟くと、深刻な顔をしたフィオナがリルカの方へと振り返る。


「……ルディス教団も、そいつと結託した魔術結社も、何の手段もなしにこんな大胆なことを仕出かすとは思えないわ」


 彼らは総力を結集し、一昼夜の間にアムラント島の居住地区の一角を制圧した。

 だがいくら居住地区の一角を制圧したとしても、じきにこの島にも本土からの王国軍が到着し、奴らが一掃されるのは目に見えている。

 それでも行動を起こしたという事は、何か奥の手があるのだろう。


「……わざわざこの島を選んだという事は、この大学が狙いのはずよ」

「また、暴動を起こすのかな……」

「その可能性もあるわ。ただ……もしそのつもりなら、わざわざ居住地区を制圧する意図が分からなくなるの。私たちに警戒しろって言ってるようなものじゃない」


 確かに、大学内で暴動を起こすつもりがあるのなら、何も知らせずにいきなり事を起こした方がダメージは大きいだろう。

 それを、奴らはわざわざ先に居住地区を制圧した。まるで、宣戦布告でもするように。

 いま大学内は、最大限の警戒網が敷かれている。

 実際に大学内で暴動を起こすつもりなら、これは逆効果だろう。


「……以前、聞いたことがあるの。遠距離から、離れた場所を焼き払う魔道兵器を開発している異端の魔術結社があるってね」

「まさか、それが……?」

「その可能性はあるわね。……見て」


 フィオナが窓の外を指差す。

 大学から市街地へと続く道の向こう。いくつか高い建物が立ち並ぶ地区が見えた。


「あのあたりよ。制圧されたのって」

「もし、あそこから大学が狙えたとしたら……」

「いい的でしょうね。よっぽど下手じゃない限りは、どこに撃っても大学の敷地内には当たるんだもの」


 フィオナは自嘲するように笑った。

 リルカも制圧された居住区に目を凝らす。クリスたちが向かっているので大丈夫だとは思うが、もしあそこからそんな危険な兵器を撃たれたら……きっとリルカたちだって無事では済まない。


「……魔法防壁が使用できれば、万が一撃たれても被害は抑えられるはずよ。でも、肝心の発動の為の魔力が……」

「あの……ここのみんなに、協力してもらうっていうのは……」


 一人の魔力でたりないのなら、複数人の魔力を集めればいいのでは、とリルカは提案したが、フィオナは残念そうに首を振った。


「複数人の魔力を束ねるのって、すごく難しいのよ。よっぽど魔力の質が似ている人同士じゃないと、反発して暴発するわ」

「そんな……」


 いくら多くの人の魔力を合わせたとしても、暴発しては意味がない。

 人はそれぞれ異なる性質の魔力を持っている。

 リルカにも多少は感じ取れるが、この大学内で似たような魔力の人を集めていては時間がかかりすぎて……


「そうだ!」


 いきなりそう叫んだリルカに、フィオナ驚いたように振り返る。


「いきなり何よ!」

「魔力の質が、似ていればいいんですよね!?」


 そう確認すると、フィオナはこくこくと頷いた。

 人はそれぞれ異なる性質の魔力を持っている。だが、家族や兄弟は比較的近しい性質の魔力を持っていると以前本で読んだことがあった。


 そしてここには、リルカの家族がたくさんいる。


「今から呼んできます! フィオナさんは魔導防壁の準備を進めていてください!!」


 そう叫ぶと、リルカは返事も聞かずに飛び出した。

 目指すのは、大学の北に広がる森を抜けた先の丘。

 リルカの母と、きょうだいたち――風の精霊が棲まう場所だ。


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