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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第八章 蛇の甘言、竜の影
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2 騙し討ち

 

 何とか支配地区から逃げ出したと言う人に話を聞き、少しずつ情報を集めていく。

 いきなりよくわからない奴らが現れ、驚き慌てふためく人たちに武器を向け魔物を放ち、あっという間に辺り一帯を制圧してしまったという事だった。脱出できた人は少なく、多くの住人がまだ取り残されているらしい。

 イリスについても尋ねてみたが、有益な情報は得られなかった。


 時間がどんどん過ぎていく。イリスは、取り残された住人は無事なのだろうか。

 教団の奴らは村一つ平気で消し去る様な奴らだ。

 早くしないと、人質だってどうなるかはわからない……!

 俺は焦っていた。ここで何が起こったのかはだいたいわかったが、肝心の敵の規模や居場所がわからない。

 もういっそこのまま特攻するべきか……?


 そう考え始めた時、突如背後から声を掛けられた。


「……なぁ、あんた。ちょっといいか?」


 振り返ると、そこには小太りな中年の男が立っていた。

 彼は俺の方へ一歩近づくと、小さな声で話し始めた。


「あんた、あの占領された所へ行こうとしてるんだろ?」

「……そうですけど、何か……」


 そう言った途端、男は焦った顔をして俺の両肩を掴んできた。


「頼む! 私の家族がまだ取り残されているんだ!!」


 俺は思わず息を飲んだ。目の前の男は、必死な様子でべらべらと喋りはじめる。


「助けに行こうとしたのだが、あの兵士たちに止められて……なぁ頼む! 私の家族を助けてくれ!!」


 男の必死な様子を見て、俺の胸がぎゅっと締め付けられる。

 こうやって、家族を案じる人がいる。その思いを無駄にはしたくなかった。


「あなたの家族は、どこにいるんですか」

「……奥で詳しい話をしよう。ここでは……」


 確かにここは道のど真ん中で、すぐ近くにはさっきの兵士もいる。

 俺たちが占領区域に入ろうとしていることがばれたら、きっと止められてしまうだろう

 俺は黙って頷くと、ついて来るようにと言った男の後を追う。


 男はとある古びた酒場に入ると、その奥の扉を開き、地下への階段を降りて行った。

 ……随分念入りなんだな。店に入った時点で、兵士に聞かれる心配はないと思うんだけどな。

 そんな事を考えていると、階段の奥にまた古びた木の扉が現れた。

 男は扉を開くと、俺に中に入るように促す。

 ……ヴォルフを呼んだ方がいいんじゃないかと一瞬迷ったが、すぐに思い直した。


 もう、時間が無い。俺だけでも、やれることはやらないとな!

 男の後を追って部屋の中に入る。中は特に何もない、倉庫のような場所だった。

 ばたん、と背後で扉の閉まる音がする。次の瞬間、バチッっという聞きなれない音が背後の扉から聞こえた。


「えっ?」


 振り返ると、背後の扉が奇妙に光っていた。そこには、複雑な魔法陣のような模様が浮かび上がっている。


「……てめぇらしくねぇな。こんな単純な手に引っかかるなんてよ」


 先ほどの必死な声とは違う、明らかに人を嘲笑するような低い声が聞こえた。

 その声の主に向かってゆっくりと振り向く。さっきの中年の男が、嘲るような笑みを浮かべて俺を見ていた。


 男が自分の体に手をかざす。その途端、足元から頭のてっぺんにかけて、順々に男の姿が変わりはじめる。

 まるで魔法みたいな……いや、きっとそういう、一時的に姿を変える魔法なんだろう。

 魔法が解けた後には、さっきの中年の男とは似ても似つかない、浅黒い肌の目つきの悪い男が立っていた。


「…………そうは思わないか、レーテ?」


 ……誘い込まれたんだ。

 そう理解した瞬間、男が俺に向かって電撃を放つ。

 鋭い激痛が全身を駆け巡り、すぐに俺の意識は途切れた。



 ◇◇◇



「……から、…………って……!」


 どこかで聞いたことのある声だ。

 目を開けようとしたが、力が入らない。どうやら俺はうつ伏せに寝ているようだ。

 まるで、全身に鉛をくくりつけられたような、とてつもない倦怠感がまとわりついている。

 でも、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 俺はなんとか力を振り絞って、目を開きわずかに顔を上げる。

 ぼやけた視界に、まぶしい金髪がうつり込んだ。


「はぁ? てめぇ何言ってやがる」

「だから! この人はレーテじゃないの!!」


 聞こえてきた名前に俺の意識は一気に覚醒した。

 そこには探していたイリスと、俺を騙したあの男がいたのだ。


「よぉ、やっとお目覚めか」

「クリス、クリスでしょ! そうだよね!?」


 レーテが必死な様子で俺に呼びかける。

 それを聞いて、男は馬鹿にするように笑った。


「あぁ? んなわけねぇだろ。どっからどうみてもこいつはお前を見捨てた姉貴だろ」

「だから違うって! そうじゃなくて……きゃあ!!」


「っ! イリス!!」


 男はイリスを突き飛ばして地面に転がし、あまつさえその小さな体を蹴りあげたのだ。

 イリスはろくに受け身も取れずに地面に倒れ、うめき声をあげた。


「やめろっ!!」

「随分と優しいんだなぁ。一度見殺しにした妹でも、やっぱり目の前でいたぶられるのは気に食わねぇか?」


 男はイリスを放置して、芋虫のようにうつ伏せに倒れた俺の前にしゃがみこんだ。


 ……この男は、俺の事をレーテだと思っている。

 イリスとの関係も知ってるって事は、こいつが……レーテの言っていた悪質な魔術結社の残党だってことか……!!

 倒れたイリスにそっと視線をやる。まだ痛みにうめいていたが、さっきの様子だとあまり衰弱はしていないようだった。


 完全に騙された形だが、イリスの無事は確認できた。

 何とか体を動かそうとしたが、上半身は何とかなるものの下半身は痺れたようにほとんど動かなかった。

 ……この状況じゃどうしようもないかもしれないけれど、外にはヴォルフと本物のレーテがいる。

 二人なら、きっと来てくれる。

 俺はそれまで、なんとかイリスを守らないといけないんだ……!


「お……私には何をしてもいい。だから、イリスには手を出すな」


 こいつらは俺をレーテだと思ってここに連れて来た。

 だったら、俺が本物のレーテじゃないとばれたらあっさり殺される危険性もある。

 できる限り、俺をレーテだと思わせて、イリスの安全を確保しつつ時間を稼ぐ。

 今の俺にできるのは、そのくらいしかなかった。


 男は俺の言葉ににやりと笑うと、そのまま立ち上がる。

 次の瞬間、ぐりぐりと靴で頭を踏みつけられて頬が石の床に擦れた。


「っ……うぅっ!!」

「躾がなってねぇな」


 男は頭から足を退けると、今度は髪の毛を掴んで上に引っ張り上げ、無理やり顔を上げさせられた。


「手を出さないでください、だろ?」


 男は残忍な笑みを浮かべて、言い聞かせるようにそう告げた。

 どうやら、さっき俺はイリスには手を出すな、と言った事が気に食わなかったらしい。

 強く髪を引っ張られ激痛が走る。思わず小さく悲鳴を上げると、男は満足そうに笑った。


 ……狂ってる。

 こんな風に、人を、イリスのような小さな女の子まで痛めつけて、人を馬鹿にしたように笑うなんて。

 ここまで、真正面から暴力混じりの悪意を受けたことは初めてだ。こいつは俺たちの事を人間だとは思っていない。小さな子供が虫をいたぶる様な、そんな残忍さが透けて見えた。


 情けない事に恐怖で思考がまとまらなくて、体も動かなかった。

 それでも、イリスの存在だけはずっと俺の頭の中に残っている。

 ここで従わなかったら、イリスがまた痛めつけられるかもしれない……!


「イ、リスに……手を、出さないでください……」


 震えた声で、何とかそう懇願する。

 男は何も言わず、ぱっと掴んでいた髪の毛を離した。


「ぐっ……!」


 顔を床に打ち付け、鈍い痛みが走る。

 男は俺を見下ろしたまま、つまらなそうに呟いた。


「張り合いがねーな。昔のてめぇだったら、俺の事殺しそうな目で睨んできたのによ! 随分としおらしくなりやがって……外で男でもできたか?」


 どうでもよさそうにそう言うと、男は立ち上がり部屋を出て行った。


「クリス、クリス大丈夫!?」


 すぐに、起き上がったイリスが慌てた様子で駆け寄ってくる。

 その姿を見て、思わず安堵で涙がこみ上げた。


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