24 別れと金欠と
《ミルターナ聖王国中央部・フォルミオーネの街》
「もー、クリスさん食べすぎですよ! テオさんの分がなくなるじゃないですか!」
「いいじゃん、遅いテオが悪いんだよ」
ヴォルフの忠告を無視して、俺は白身魚のフライをまた一つ口へと運んだ。
冒険者ギルド内はやっぱり人は少なかった。キラースティンガーの脅威が去ったとはいえ、まだまだ人手不足は解消されてなさそうだ。
アニエスと共にキラースティンガーを倒しに行って数日、俺たちはまだフォルミオーネの街に留まっていた。
あの後、街に戻って来た俺たちは何とかアニエスを家まで送り届けて、その後泥のように眠った。特に俺は丸一日眠り続けて、起きた時にはテオがうまくギルドの方にも説明をつけてくれていたようだった。
結局ギルドで待っていたカルロには、ラウルのしたことをすべて話したらしい。
アニエスの兄を含む多くの冒険者を身勝手な理由で殺した奴だ。カルロをはじめとした冒険者ギルドの面々は絶対に許さないと息巻いていたようだが、奴は錯乱して門の向こうへ行ってしまったと話すと、皆ざまあみろと笑っていた。本当はテオが放り込んだなんてことは黙っておこう。あれでも一応勇者だからな。
そのテオは今カウンターでカルロと何やら話し込んでいる。その間に食事が運ばれてきたので話が終わるのを待っていようかと思ったが、長くなりそうなので先に食べ始めることにした。ここの白身魚のフライはおいしい。夢中で食べて気が付いたらもう大皿の四分の一ほどしか残っていなかった。やばい、テオが戻ってきたら怒り出しそうだ。
どう証拠隠滅しようかと思案していると、冒険者ギルドの扉が音を立てて開いた。入ってきたのは、俺たちにも見覚えがありすぎる人物だった。
「アニエス! もう怪我はいいのか!?」
「ああ、おかげさまでな」
アニエスがこっちのテーブルにやって来ると、同時に話が終わったのかテオも戻ってきた。
「おい、何でフライがこんなに少ないんだ」
「……知らない。最初っからこんくらいだったんじゃないの」
「じゃあお前の口についてる食べかすは何なんだ?」
「はいはい、食べました! これでいいんだろ!? すみませんでしたー!!」
相手が怒り出す前に先に怒る。怒られないための戦術の一つだ。なお、失敗すると大ダメージを食らう諸刃の剣だ。
今回はどうやらテオには通じなかったようで、頬を思いっきり引っ張られた。痛みに呻いていると、その光景を見たアニエスが声をあげて笑った。
「はははっ、相変わらずお前たちは騒がしいな!」
「もう少し静かな方が僕としてはありがたいんですけどね……」
ヴォルフは呆れたように大きくため息をついた。こいつはあたかも傍観者のような顔をしているが、俺より少ない量とはいえこいつも白身魚のフライを食べていたのを俺は覚えている。おい、どっちかっていうとお前も共犯者なんだぞ。
そう指摘しようとしたが、その前にひどく真剣な顔をしたアニエスが言葉を紡ぎだした。
「三人とも、今回は世話になったな……感謝する」
そう言うと彼女は深々と頭を下げた。俺は慌てて立ち上がる。
「やめてくれよ、そんなお礼言われるような事したわけじゃないし!!」
「だが、ラウルの蛮行を突き止めたのはお前たちだ。これで兄さんや、犠牲になったみんなの無念も晴らせるよ」
「でも、ラウルはまだ生きてるかも……」
「それならそれでいいさ。何にせよ奈落ではろくな目に遭っていないだろうからな。もしまたこっちの世界に戻ってくることがあったら、今度は私の手でぼこぼこにしてやるさ」
そう言うと、アニエスは弓を構える真似をした。その顔は、初めて会った時とは見違えるほどに生き生きとしていた。
良かった、彼女もお兄さんの死から少しずつ立ち直りかけているようだ。
それならば……と俺は前から言いたかったことを彼女に告げることにした。
「あのさ、アニエス。俺たちは今世界を救う旅をしていて、これからも魔物と戦ったりとかいろいろしていくつもりなんだけど……、もしよかったら、俺たちと一緒に来ないか?」
アニエスは強い。仲間になってくれたらさぞかし心強いだろう。まあ、それは建前で男三人旅はかなりむさ苦しいので、かわいい女の子の仲間が欲しいっていうのが一番の理由なんだけど
アニエスはしばらく迷っていたようだが、顔を上げるとはっきりとした声で告げた。
「ありがとう……すごく嬉しいよ。でも、私はこの街で冒険者を続けたい。兄さんが好きだったこの街を今度は私の手で守りたいんだ」
「……そっか、アニエスなら大丈夫だよ!!」
「頑張ってくださいね」
「困ったときは勇者テオを呼べ。すぐに飛んでいく」
「ありがとう。勇者なんて大っ嫌いだったけど、テオみたいな良い奴もいるんだな。おまえ達が世界を救うのを楽しみにしてるよ」
こうして、俺たちは握手を交わしてアニエスと別れ、フォルミオーネの街を後にした。
さようなら、冒険者の街。白身魚のフライおいしかったよ。
◇◇◇
《ミルターナ聖王国中央部・ラフォル山道》
「っておかしくない!!? 完全に仲間になる流れだったじゃん!!」
「うるさいですよクリスさん、何十回目ですか」
「だってさ! 最初は嫌われてたけど、一緒に戦って絆を深めて、俺たちは彼女の笑顔を取り戻した……って完全に仲間になる前振りだったじゃん!! 何で普通に断られてんの!?」
「はは、一回フラれたくらいで気にするなクリス。 次があるさ!」
「やだー、はやく女の子の仲間が欲しい!!」
フォルミオーネの街を出て数時間、俺のテンションはダダ下がりだった。
あの場では笑顔でアニエスと別れた俺だったが、街を離れるとじわじわと彼女に仲間入りを断られたショックが襲ってきたのだ。
お兄さんの遺志を継ぎたいというアニエスの気持ちはわかる。俺も応援したいと思ってる。
でも、俺は女の子の仲間が欲しかったんだ!!
人の話を聞かない脳筋ゴリラと口うるさい子供(しかも男)との三人旅はだんだんと俺の心をむしばんでいった。癒しが欲しい。せっかく女の子の体になったんだし、元に戻るまでの間だけでもかわいい女の事きゃっきゃっしたい。
「よし、これからは仲間になってくれそうな女の子を探すことを最優先にしよう。はい決定!」
「あなたの言う偽物勇者のことはいいんですか?」
「それは二番! 次に優先する感じで!!」
「……一応世界を救うための旅だってことわかってるか……?」
「どう見ても観光気分の勇者に言われたくないわ!!」
こうして、俺たちは仲間になってくれそうな女性を探して、次の街を目指し始めた。
◇◇◇
《ミルターナ聖王国南西部・フルーメルの街》
アニエスと別れてから数週間、俺たちはいくつもの村や町を駆け巡った。
各地で魔物を倒したり、名産物を食べたり、神聖魔法を習得したりした。
新しく習得した水を浄化する魔法なんかは、喉が渇いた時とかにけっこう使えそうだ。コップ一杯の水を浄化するのに何時間もかかるのが欠点といえば欠点だが。
そんな風に、俺たちの旅は一見順調に進んでいるように見えた、だが……
「もうやだ、おうちに帰りたい……」
俺の精神は限界を迎えていた。強そうな魔物を倒した。美味しい料理を食べた。でも、一番の目的だった女の子の仲間はさっぱりだったからだ。
やっぱりテオの見た目がちょっと威圧感があるのが悪いんだろうか。あいつ、心の中は結構優しいんだけどな。
そんな風に他人のせいにして打ちひしがれる俺に、ヴォルフは容赦なく現実を突き付けてきた。
「別に家に帰ればいいじゃないですか。息子が娘になって帰ってきたなんて、ご両親もさぞやお喜びになるでしょうね!」
「……ひどい……」
女の子の仲間もさっぱりだったが、俺と体を入れ替えた勇者クリスの行方も掴めてはいなかった。これでは家に帰るに帰れないじゃないか。
あちこちで勇者クリスを見かけたという目撃情報はあったが、俺たちがその場所へ行くと奴はすでに姿を消している、という事の繰り返しだった。何なんだあいつは、かくれんぼでもしてるつもりなのか。
はあ、俺は一体いつになったら元の体に戻れるんだろう……。
「それにしても、テオさん遅いですね」
「そういえばそうだなー」
それぞれ街で用を済ませた後はこの軽食店に集合することになっていたのだが、約束の時間を過ぎてもテオは現れなかった。こうして安価の水だけで粘るのもそろそろ限界だ。
「なあヴォルフ。アイスでも頼もっか」
「だめですよ! そろそろ手持ちが厳しいから節約するって言ったじゃないですか!!」
そうだった。こうして旅をしてると、宿代、食事代などでどんどん金が吹っ飛んでいくのである。
行く先々で魔物を倒したりすると、謝礼金として現地の人に金をもらえることがある。普通の勇者はそういった金は受け取らないらしいが、万年金欠な俺たちは有難く謝礼金を受け取っていた。
じゃあ他の勇者はどうやって金を稼いでんの? と疑問に思ったこともある。
それはヴォルフ曰く、大抵の勇者には貴族とか教会関係者とか商会のお偉いさんとか強力なパトロンがついていて、それぞれ勇者を金銭的に支援しているらしい。というか、普通勇者に選ばれるのはそういったパトロンが推薦……というより裏から手を回した人物ばかり、というのがティエラ教会の現状らしい。自分の推している勇者が活躍すれば、自分の名声も一緒に高まるといった具合だ。
ちなみに、じゃあ何で俺が勇者に選ばれたかというと、あからさまに関係者ばっかり選んでいるとさすがに怪しいので、カモフラージュとして適当な人をえらんでいるのではないかという事だった。ああ、そんな汚い現実は知りたくなかった。
「そろそろ仕事でもしないとなー」
「そうですね……」
どうしても所持金が少ない時は、俺たちは日雇いの仕事をしていた。俺はだいたい皿洗いとかの簡単な仕事で、テオとヴォルフは力仕事だ。勇者がそんな風にこつこつ小金を稼がなければならないとは、情けなくなってくる。
やっぱこの街で仕事するからアイス頼もうかなー、と俺が考え始めた時だった。
カランカラン、とベルの音が鳴り軽食店の入口が開く。
入ってきたのは猫耳メイドだった。俺は思わず二度見してしまった、やっぱり猫耳メイドだった。
 




