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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第八章 蛇の甘言、竜の影
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1 誘拐事件

 

「イリスが、攫われた……」


 レーテが呆然とそう呟いた。

 フィオナさんは訝しげにちらりとレーテに視線をやったが、すぐに気を取り直したように話し始める。


「何日か前からこの島でルディス教団の奴らが蜂起して、市街地の一部が占領されてるのよ。私たちがそれに気を取られてる間に、まんまとやられたわ……!」


 フィオナさんが苛立ったように拳でテーブルを叩いた。

 俺は必死に頭の中を整理しようとする。

 この島でルディス教団が暴れていて、市街地が占拠されて、イリスが攫われた……?

 もう、何が何だかわからなすぎる!


「奴らは明らかにイリスを狙ってたの。……助けに行きたかったんだけど、ここを空けるわけにもいかなくて」


 フィオナさんが表情のない顔でそう告げる。

 きっと聡明な彼女でも手に負えないくらいの事態なんだろう。


「こんな非常事態に厚かましいとはわかっていますが、お願いです! どうか、イリスを助けてください!!」


 ディオール教授が必死にそう頼みこんできた。

 以前会った時の、イリスのいたずらっぽい表情が蘇る。

 あいつが、誘拐された……?


「誘拐って、誰にですか」


 ヴォルフがそう問いかけると、ディオール教授は涙でぬれた顔を上げた。


「あの子が以前悪質な魔術結社に捕らわれていたという事はお話ししましたよね。イリスを救出する際に壊滅に追いやったと思っていたのですが、どうやらその残党が……」


 ディオール教授の言葉の途中で、がたっ、と大きな音がした。

 振り返ると、死にそうなほど真っ白な顔をしたレーテがテーブルに手をついて立っていた。近くには椅子が転がっている。どうやらあいつが立ち上がる時に椅子を倒してしまったようだ。

 机についた手がガタガタと震えている。


「イリス、が……誘拐……」


 何やらぶつぶつ呟いたかと思うと、レーテはいきなりすごい速さでディオール教授に詰め寄り始めた。


「そいつらは今どこに!?」

「な、なんなのよあんた……!」

「いいから答えろ!!」


 フィオナさんの制止も聞かず、レーテはディオール教授に掴みかかった。

 俺とヴォルフで慌ててその体を引きはがす。

 さっきまでぐったりしていたのに、レーテは抑えるのが大変なほど暴れていた。

 何とかおとなしくさせたが、ディオール教授は驚いたようにレーテを凝視して、フィオナさんは明らかに怒っていた。


「ちょっと、何なのよそいつは!」

「お、俺たちの仲間なんです! ほら、早く謝れよ!!」


 小声でそう促したが、レーテはじっと二人を睨み付けている。俺は慌てたが、ディオール教授はすぅ、と息を吸うとゆっくりと口を開いた。


「奴らは、レーテを連れてこいと言っていました」


 その言葉に、息が止まるかと思った。

 ディオール教諭はまっすぐ俺たちを見ている。


「……湖岸にほど近い居住地区に、奴らが潜んでいるとの情報があります。おそらく、イリスもそこにいるかと」


 ディオール教授がそう告げた途端、レーテは俺たちを振り払って部屋を飛び出していった

 その光景を呆然と見ていた俺は、数秒後に慌てて我に返る。


「ど、どうしよう……」

「もうほとんど力を使い果たした状態なんです。さっきまで歩く気力も無かったのに……」


 ヴォルフの言葉で俺はますます焦り始めた。

 レーテはイリスの話を聞いてから急におかしくなった。きっと一人で、イリスを助けにいくつもりなんだろう。

 あいつ自身、ずたぼろの状態なのに……!


「追いかけないと!」

「ここを放置してもいいのか?」


 今までじっと黙って成り行きを見守っていたアコルドが口を開いた。

 そう言われると心配になってきた。教団と魔術結社の残党。単に居住地区を支配することだけは目的だとは思えない。

 きっと最終的な狙いは……島の中核であるこの大学だろう。

 イリスとレーテ、この場所の防衛。

 俺たちはどっちを優先すれば……


「フィオナさん、島の防壁魔法の状況はどうなってますか」


 その時、冷静な声がその場に響いた。

 見れば、リルカがじっとフィオナさんを見ている。フィオナさんもはっとしたようにリルカを見つめ返した。


「い、今も調整中よ……。リルカ、やっぱりあなたの協力が必要なの……」


 そう言って俯いたフィオナさんをリルカはじっと見ていた。そして、俺達の方へ振り向くとリルカははっきりと告げた。


「ここは、リルカたちに任せて。くーちゃんとヴォルフさんはイリスちゃんの方へ行ってあげて!」


 リルカは真剣だった。

 俺には状況はよくわからないけれど、フィオナさんがリルカを必要としていて、リルカは何か決意をして様な顔をしている。

 大丈夫なのか、とか、一体どうやって、とか詳しく聞きたかったけど、今は一刻を争う事態だ。

 それだけは俺にもわかる。


「……頼んだぞ!」


 リルカは賢い子だ。なんの勝算もなしに言い出したわけじゃないんだろう。

 だったら、今はリルカを信じるしかない。


「行くぞ、ヴォルフ!」

「はい……!」


 ヴォルフの手を引っ張って部屋の外へと飛び出す。ディオール教授が俺たちに向かって深く頭を下げるのが視界の端にうつった。


 市街地の一部が占領されている。湖岸にほど近い居住地区に奴らが潜んでいる。


 以前俺は、リルカの過去の手掛かりを探してこの島を歩き回ったことがあった。

 それだけの情報でも、何となく場所の目星はついている。


 ……イリスは無事なんだろうか。

 ディオール教授の話では、以前イリスとレーテを捕えていた魔術結社の残党がイリスを誘拐したという事だった。

 その目的は、レーテをおびき寄せる事。

 レーテは常人ではありえない力を持っている。その力のせいで、レーテは妹と共に長い間魔術結社の言いなりになっていたと聞いたことがある。

 具体的に何をしていたのかまでは聞いていないが、きっとよくないことをさせられていたんだろう。


 その魔術結社も、数年前に壊滅状態に陥り、イリスは救出されディオール教授のもとで暮らすようになった。

 魔術結社の残党が今回の事件を起こしたという事ならば、きっとレーテの力を使って結社の再興でも企んでいるんだろう。


 教団の蜂起と、魔術結社の残党の誘拐事件。それが同時に起こったという事は、魔術結社の残党の方が、教団に取り込まれた、もしくは協力関係を結んでいる、といった所だろう。


 奴らがイリスを餌にレーテをおびき寄せるつもりなら、きっとイリスはまだ無事なはずだ!

 そう自分に言い聞かせて、俺たちは大学を抜けて居住地区へと急いだ。



 ◇◇◇



 湖岸近くの居住地区は、レンガ造りのアパートが密集するちょっとごちゃごちゃした場所だ。以前調べた時は、大学の魔術師や商業地区の商人たちがたくさんここに住んでいるということだったはずだ。

 その居住地区には、緊迫した空気が漂っていた。

 以前訪れた時のような活気はなく、人々はじっと家の中へ閉じこもっているようだ。

 そして、ある地点にたどり着いた時俺は目の前の光景に絶句した。


 幾人もの兵士がじっとその場所を守るように立ちふさがっている。

 そして、建物と建物の間の道の真ん中に、バリケードが張られていたのだ。

 近くにいた兵士を捕まえて尋ねると、どうやらこの先がルディス教団の占領下となっているらしい。


「まだ逃げ遅れた人が大勢いる。一斉に攻撃、というわけにはいかんのだ」

「そんな……」


 どうやら人質となっているのはイリスだけではないらしい。

 島の住人を人質に取られていては、兵士たちもむやみに攻撃できないんだろう。


「くそっ、レーテの奴はどこいったんだよ……」


 辺りを見回したが、レーテの姿は見えなかった。

 そもそもあいつは、この島のどこに何があるのかわかっていたんだろうか。もしかしたら、見当違いの場所に行ったんじゃないだろうな……。


「レーテさんを待っている時間はありません。とにかく僕たちだけでも……」


 そう言ったヴォルフに、俺も無言で頷いた。

 レーテは気になるが、今はイリスを探す方が先だ!


「何とか情報を得ないと……」

「時間が無い、二手に別れよう」


 ヴォルフは少しだけ心配そうな顔をしたが、すぐに頷いてくれた。


 人質の居場所、奴らの規模、何も知らずに特攻するのは無謀だ。

 ヴォルフと別れて、俺もとにかく何か情報を得ようと走り出した。


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