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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第七章 大地の中心で愛を叫ぶ
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24 ヴァイセンベルクの敵

 

「……もしかして口に合わなかった?」


 そう心配そうな声がして、思わず顔を上げる。

 俺に向かい合うような形で立派なソファに腰掛けたジークベルトさんが、困ったような笑みを浮かべていた。


「い、いえっ……すごくおいしいです!!」


 慌ててソファから立ち上がってそう口に出す。

 そんな俺の様子がおかしかったのか、彼はくすくすと笑っている。

 確かに、ジークベルトさんが用意してくれたイチゴ入りミルクシャーベットは今まで食べた事のないくらいおいしかったし、何となく高貴な味がするような気がした。

 でも、不安であまり喉を通って行かないのも事実だ。


 ヴォルフがいなくなった後、しばらくしてレーテとリルカもこの屋敷を出て行った。

 俺も一緒に行こうとしたが、二人にもジークベルトさんにも止められて、こうして屋敷に残って三人の帰りを待っている。

 もうすっかり日は暮れたのに、三人が帰ってくる気配は一向にない。

 そもそも三人がどこに行ったのか、何をしに行ったのかすら俺にはわからない。

 なにか、よくないことが起こったんじゃないかと、心配でたまらなかった。


 それに、もう一つ心配があった。

 追い払っても倒しても執拗に俺たちを追いかけてくる魔物。

 いきなり豹変して襲い掛かって来た通り魔。

 あんな奴らが、この屋敷まで追いかけてきたとしたら……きっとジークベルトさんに迷惑をかけてしまう。

 ヴォルフがどこまで事情を話したのかはわからないが、ジークベルトさんが何も聞いていない可能性だってあるんだ。

 やっぱり、話しておくべきだろう。


「あっ、あの……ジークベルトさん!」


 意を決して呼びかけると、ジークベルトさんはにっこりと俺に笑いかけた。


「どうかしたのかい?」

「実は……言わなくちゃいけないことがあって……」


 本当のことを告げたら、ここを追い出されるかもしれない。でも、黙っているわけにはいかないだろう。


「ここに来るまでに、魔物とか……危ない人とかによく襲われて……もしかしたら、この屋敷にも……」

「ああ、そういうことか」


 ジークベルトさんは納得がいったとでもいうように手を叩くと、にっこりと笑って口を開いた。


「その危ない人って、今この屋敷を取り囲んでるような奴らのことかな?」


「…………え」


 ジークベルトさんはすっと立ち上がり窓際に向かうと、絶句する俺を手招きした。


「おいで」


 その声に誘われるように、俺は自分でも意識しないうちにふらふらと立ち上がっていた。

 そのままジークベルトさんの隣に立つと、彼は引かれていたカーテンを開けてバルコニーへの扉を開いた。


 その途端、いきなり外の喧騒が耳に入ってくる。


「出せ! ここにいることはわかっているんだ!!」

「貴様らも世界の救済を否定すると言うのか!?」

「ここを開けろ!!」


 屋敷の外に、多くの人が集まっていた。

 屋敷の強固な外壁をぐるりと取り囲むように、松明を手に持った何十人……いや、もしかしたら何百人もの人が口々に何かを叫んでいる。

 屋敷の門は固く閉じられているが、奴らがそこに攻撃を加えているのが見て取れた。門番も警戒するように門の内側に退いている。


 まさかこれは……ルディス教団の奴らか!?

 もしかして、こいつらは俺に引き寄せられて……


 そう考えた途端、屋敷を取り囲む内の一人がバルコニーへ出た俺たちに気が付いたのか、こちらを指差して大声を出した。


「いたぞ、あそこだ!」

「ひぃ!」


 その途端、何十人もの視線が一斉に俺に向いた。彼らは一様に俺の方を指差して、興奮したように大声を上げている。


「あいつだ! あれは災厄をもたらす魔女だ!」

「引きずり出せ!」

「火炙りにしろ! 殺せ!!」


「「「殺せ!!!」」」


 たくさんの人の怨嗟が、憎悪が、一気に突き刺さる。


「あ、ああぁぁぁぁ……」


 見つかった。恐れていたことが起きてしまった。

 奴らは既にこの屋敷までやって来てしまったんだ。……俺のせいで。


 どうしよう。この屋敷にも警備の兵はいるけれど、きっと門を突破されてあんな大人数がなだれ込んで来たらどうにもならないだろう。

 みんな、殺されてしまうかもしれない。俺のせいで……!


「……一旦中に入ろうか」


 震える俺を気遣うように、ジークベルトさんは優しく俺の背を押して室内へと戻らせた。

 防音性が高いのか、バルコニーへと続く扉を閉めた途端、あれだけ響いていた人々の怒号はぴたりと聞こえなくなる。


「……ふぅ、まったくうるさくて嫌になるね」


 ジークベルトさんは外からの視線を遮るようにカーテンを引くと、彼は俺にソファに座るように促した。

 それでも、俺はその場に立ちすくんでいた。


 ……ここに来るべきじゃなかった。

 俺が、ここにあんな奴らを呼び寄せてしまったんだ。

 俺のせいで、この屋敷の人たちが殺されてしまうかもしれない……!


「……なさっ……ごめんなさいっ……!」


 泣いて謝ったってどうにもならないとはわかってる。それでも、俺にできたのはそれだけだった。

 ジークベルトさんは親切心で俺たちをかくまってくれたのに、迷惑……なんて言葉では言い表せないほど大変なことになってしまった。

 後悔と悲しみが胸の中で渦巻いて、どうしようもなく涙が溢れた。


「大丈夫だよ、泣かないで」


 ジークベルトさんは俺の目の前に立つと、優しくそう言った。

 思わず顔を上げると、いつものように完璧な笑みを浮かべた彼と目があった。


「君を泣かせたんなんて後でヴォルフにばれたら怒られてしまうよ。……だから、泣かないで」

「でもっ……!」


 きっと門を突破されるのも時間の問題だ。

 もう、奴らはすぐそこまで来ているのだから。

 焦る俺とは対照的に、ジークベルトさんは涼しげな表情を崩さなかった。


「大丈夫、心配ないよ。だって……」


 彼は俺の肩に軽く手を置くと、真正面から視線を合わせた。


「あれは、君の敵なんだよね?」


 ジークベルトさんはじっと俺を見つめている。

 俺は力なく頷くしかなかった。


「…………はい」


 彼の言う通り、あれは俺を狙ってきた俺の敵だ。

 きっと俺がいなければ、この屋敷が襲われることもなかっただろう。

 だったら、これは俺一人の問題だ。彼には俺を切り捨てる権利がある。


「そうか、なら大丈夫だよ」

「えっ?」


 てっきり俺を差し出して皆の身の安全を図るのかと思ったが、ジークベルトさんはまだにこにこと笑っている。

 一向に俺を差し出そうとする気配はない。


「どうして……」

「だって、あれは君の敵なんだよね?」


 ジークベルトさんは更に念押しするようにそう言った。

 再び頷くと、彼は安心させるように優しく俺の手を握った。


「君の敵はヴォルフの敵も同然。そして、ヴォルフの敵は…………我がヴァイセンベルクの敵だ」


 彼がぎゅっと俺の手を握りしめる。その途端、一瞬で周囲の温度が下がったような気がした。

 ジークベルトさんは相変わらず優しげな笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。

 ぞくりと背筋が寒くなる。

 彼の放つ威圧感は俺に向けたものじゃない。そうわかっていても、震えだすのを止められなかった。


「思い知らせてやろうじゃないか。自分が、何に刃を向けているのか……」


 ジークベルトさんはそう言い放つと、部屋の隅に控えていた女性の使用人を呼び寄せた。


「彼女のことを頼むよ。私は少し狼藉者の相手をしてくるから」

「……ほどほどになさってくださいね」


 諌めるような使用人の言葉にも笑みで答えると、ジークベルトさんは部屋から出て行こうとしていた。

 狼藉者の相手って、まさかあの屋敷を取り囲んでる奴らの所に行くのか!?


「ジークベルトさん!!」


 慌てて引き留めようとしたが、彼はいつも通り完璧な笑みを浮かべて俺を制した。


「大丈夫だよ。だから、君はここにいて」

「でも……」


 渋る俺の肩を、彼は優しく叩いた。


「客人を危険に晒したりしたらヴァイセンベルクの名に傷がつくんだよ。だから、私の顔をたてる意味でも、ね?」


 そう言われると何も言えなかった。

 俯いて黙り込んだ俺に、ジークベルトさんはそっと囁いた。


「心配なら上から見ていてくれるかな。明かりを消せば、奴らも君を見つけにくいだろうから」


 そう言うと、彼は今度こそ部屋から出て行った。

 俺は彼が出て行った扉を見つめる事しかできなかった。


「……さて、ジークベルト様もああ言っていたことですし、別の部屋から鑑賞しますか?」

「…………はい」


 頷くと、使用人は俺を別の明かりのついていない部屋へと案内してくれた。

 先ほどまでいた部屋よりも、ずっと小さな部屋だ。

 使用人がそっと窓を開く。外には、相変わらず多くの人が怒号をまき散らしながら屋敷を取り囲み、門を壊そうとしているのが見える。

 そして、すぐに屋敷の中からジークベルトさんが出てきたのが見えた。

 彼は門の前に立つと、屋敷を取り囲む人たちに向かって声を張り上げた。


「すみませーん、迷惑なので帰ってもらえますかー? 不法侵入として対処しますよー」


 ……もちろん、暴徒がそんな言葉を聞くはずがない。

 聞くに堪えない言葉で、ジークベルトさんを罵っているのがわかった。


「……はぁ、仕方ないね。君達、屋敷の中に戻ってもらえるかな」

「承知いたしました!」


 ジークベルトさんは何故か、固唾をのんで門を守っていた門番を下がらせた。

 門番も、異論を唱えることなく素早く屋敷の中に戻っていく。

 屋敷と門の間には、ジークベルトさん一人が残っていた。

 俺は飛び出したい気持ちを抑えて彼を見守った。

 いったい、あの人はたった一人で何をするつもりなんだろう。


「……一応忠告はしたからな」


 ジークベルトさんが低く呟いたのが風に乗って俺の所まで届いた。

 次の瞬間、門が決壊した。


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