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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第七章 大地の中心で愛を叫ぶ
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23 宵闇の制裁

 三人で一斉に吸血鬼に攻撃を仕掛ける。

 さすがの魔族もヴォルフとリルカの攻撃には対応できても、神出鬼没に現れては消えるレーテには対処しきれないようだ。

 ヴォルフ自身もクリスからレーテの持つ不思議な力について聞いたことはあったが、実際に目にするのは初めてだ。

 ……まさか、こんなに恐ろしいものだとは思わなかった。


「おらぁ!」

「ぐっ!!」


 吸血鬼の背後に現れたレーテが勢いよく剣を振る。吸血鬼はとっさに横に跳んで直撃を避けたが、どうやら足に掠ったようでその整った顔を歪めている。


「……降参してもいいよ」

「ふっ、面白い事を言いますね」


 挑発するようなレーテの言葉に、吸血鬼は愉快そうに笑みを浮かべた。


「確かにあなたの力は脅威です。……だが、浅すぎる。それでは私は倒せませんよ」


 吸血鬼がそう言った途端、レーテは軽く舌打ちをした。

 確かに、ヴォルフの目から見てもレーテの攻撃は素早いが、その分威力が低い。あれでは急所を捕えない限り致命傷を与えるのは難しいだろう。


「あんまり剣の扱いには慣れていないんだ」

「謙遜することはありませんよ。貴方はもっと強くなれる」


 吸血鬼の目が一気に金色に染まる。そして、彼は興奮したように大声を出した。


「素晴らしい! あなた方のその力、称賛に値しますよ! どうですか? あの聖女も共に、私と魔界へ参りませんか?」


 吸血鬼は順番に三人を見まわした。だが、その途端リルカが気丈にも吸血鬼を睨み付けて声を上げた。


「お断りです! テオさんが何度も言ってたもん。怪しい人には、ついて行っちゃダメだって!!」


 その言葉を聞いて、レーテがぷっと吹き出す。ヴォルフも笑いそうになるのを何とかこらえた。

 リルカの言う事は正しい。吸血鬼の甘言になど耳を貸す必要はない。どうせ、裏で何か企んでいるに決まっている。


「……悪いけど、そんなに時間はかけてられないんだよね」


 レーテがじっと吸血鬼を見据える。

 その途端、吸血鬼の足の先ほどレーテの剣が掠った部分から、バチバチと大きな音が聞こえた。


「なっ!?」

「僕は剣はいまいちだけど……魔法なら得意なんだよっ!!」


 電撃がまるで戒めの鎖のように、レーテの手から吸血鬼の足に伸び、絡みついている。

 それを見て、吸血鬼はその表情を歪ませた。


「小賢しい真似をっ……!」


 吸血鬼は憤怒の表情を浮かべて、レーテへと飛び掛かった。

 だがレーテは動かない。必死な表情で電撃の鎖を握りしめているだけだ。


「人間風情が……!!」


 吸血鬼の鋭い爪がレーテの体をえぐろうとした瞬間、ヴォルフとリルカは行動に出た。


「フェンリル!」

「させません!!」


 神獣フェンリルが吸血鬼へと飛び掛かる。吸血鬼は咄嗟に身をかわし、その少し離れた所を風の刃が通り抜けて行った。


「まったくどこを狙って……なっ!?」


 リルカの放った風の刃を回避したことに吸血鬼は余裕の笑みを浮かべたが、次に聞こえてきた音に驚きの表情を浮かべた。

 リルカの放った風の刃は、裏路地のレンガ造りの壁を正確に破壊した。衝撃で埃や瓦礫が飛び散る。その隙を、ヴォルフは見逃さなかった。


「……死ねっ!!」


 飛び散るレンガに気を取られていた吸血鬼は、一瞬反応が遅れた。

 それでも吸血鬼はその場から離脱しようとしていたが、その瞬間レーテが電撃の鎖を強くひいた。

 吸血鬼が体制を崩す。

 ……今しかない!


 瞬時に出現させた氷の刃を吸血鬼の急所に突き刺す。そして、串刺しにされた吸血鬼の左腕を、肩のあたりからフェンリルが噛み千切った。


「ぐああぁぁぁ!!」


 吸血鬼が叫ぶ。その途端、あたりに黒い霧が立ち込め。一瞬で引いた。

 霧が引いた後には、噛み千切られた吸血鬼の左腕だけが残されていた。


「…………殺った?」

「いや……わずかに急所をずらされた。たぶん生きてるだろうな」


 吸血鬼の左腕を排水路に投げ捨て、ヴォルフはそう呟いた。

 そんなヴォルフを、レーテは納得できないといった顔で見つめていた。


「……なんか思ったより冷静だね。一人で飛び出してったからもっと頭に血がのぼってるものだと思ってたけど」

「腕一本もぎ取ったし、内臓にダメージも入ったはずだ。いくら魔族でもそんなに短時間で回復できるわけじゃない」


 ヴォルフの目的は、あの吸血鬼の脅威をクリスの周りから排除することだ。

 完全に殺しきれなかったが、しばらくの間は再起不能だろう。またやってくるなら、その時は完全に殺すまでだ。


「そ、それより……はやく帰ろうよ……! くーちゃんが、心配だし……」


 リルカが焦ったようにそう告げる。その様子を見て、ヴォルフはレーテに視線を投げかけた。


「クリスさんを放置するなよ」

「君の兄弟がついてるからいいだろ。実際君の方が危なかったじゃないか。死にかけてたし」

「それはそうだけど……たぶんあの吸血鬼、屋敷の方にも何かしてるはずだ」


 例外がいないわけじゃないが、基本的に魔族は狡猾な生き物だ。

 あの吸血鬼だって、クリスを捕えるのに何の手も打ってないわけはないだろう。


「え、えぇぇ!? どうしよう……!!」


 そう言った途端、リルカは泣きそうな顔でがたがたと震えだした。

 まずい、リルカを責めるつもりはなかったが、ヴォルフの放った言葉は思ったよりもリルカを動揺させてしまったようだ。

 ヴォルフは慌てた。自分よりも年下の彼女に泣かれるのは、すぐにわーわーと泣くクリスに泣かれるよりも何十倍も焦るのだ。


「……君があいつの傍を離れたからには、何か考えがあるんだろ」


 レーテの言葉に、リルカもぱっと顔を上げる。

 よかった、ひとまずはなんとかなりそうだ。


「そ、そうなの……? ヴォルフさん……」

「うーん、考えと言うか……単純に兄さんがいる限り、あそこより安全な場所はないだろうから」


 それはヴォルフの本心からの言葉だった。

 兄に対して複雑な思いはあるが、彼の実力はよくわかっているつもりだ。クリスを保護すると約束したからには、彼はどんな手を使ってでもやりとげるだろう。


「まあとにかく、早く帰……」


 レーテの言葉が途中で途切れた。

 ヴォルフとリルカが慌ててそちらに視線をやると、レーテが地面に倒れ伏しているのが見えた。


「レーテさん!?」


 慌てて駆け寄ると、レーテはわずかに顔を上げた。いつも飄々としているレーテには珍しく、かなりしんどうそうな顔をしている。


「ど、どうしたの!?」


 リルカが泣きそうな顔でそう問いかけると、レーテは心配ないとでも言うようにひらひらと力なく手を振った。


「力を、使いすぎると……すぐ、こうなるんだ……」


 はぁはぁと荒く息を吐きながら、レーテは何とかそう絞り出した。

 なるほど、レーテと共に行動するようになってから一度も瞬間移動をする所を見たことが無いと思っていたが、そんな代償があったのか、とヴォルフは納得した。

 強すぎる力を使えば、その反動は自身に返ってくる。

 それはきっと、レーテの持つ不思議な力でも同じだったんだろう。


「しばらく、したら……戻るから……君たちは先にあいつの所へ……」

「……ここって結構治安悪いんですよ」


 リルカの助けを借りてレーテの体を起こし、ヴォルフは背負いあげた。

 レーテはなおもぶつぶつと何か言っていたが、ここにレーテを放置しておくわけにはいかない。

 クリスには兄がついているしきっと大丈夫だろう、と判断して、ヴォルフとリルカはゆっくりと歩き出した。



 ◇◇◇



「……す、殺す殺す殺す殺す!!!」


 人気のない道にぼたぼたと血を垂らしながら、吸血鬼はひたすらにそう呪詛を吐いていた。

 腕をかみちぎられ、腹を裂かれ、撤退を余儀なくされた。

 あんな、高々十数年しか生きていないような子供三人に!!


「人間風情がっ……! よくもこの私に……!!」


 高貴なる魔族が弱く愚かな人間に出し抜かれるなどあってはならないことだ。

 その禁忌をあの三人は破った。ならば、制裁が必要だ。

 ……ちょうどいい材料はある。

 あの聖女がかくまわれている屋敷にも駒を送っておいた。どうせ今頃は、捕えられているか殺されているかだろう。


 そうだ。もしあの女が死んでいなかったら、気が済むまで犯し、なぶり、いたぶりつくして無様な命乞いを聞いた後、最大限に苦しませて殺してやろう。

 彼女の死体を目の前に見せた時の三人の反応を想像すると、胸がすく思いがした。

 吸血鬼が昏い笑みを浮かべると、急に前方からじゃり、と小石を踏む音が聞こえた。


「……こんばんは、良い夜ですね」


 吸血鬼が顔を上げると、そこに儚くも美しい女性が立っていた。

 淡い菫色の髪に同じ色の瞳。薄いドレスのようなワンピースを纏った華奢な女性だ。

 吸血鬼は、その女性を知っていた。


「もしや……ヴェロニカ姫!?」


 彼女は美姫と名高い魔族の姫君だった。

 数百年前に忽然と姿を消し、様々な噂が流れたのを吸血鬼もよく覚えている。


「まさか……貴女もこの世界に来られていたのですね!!」


 美しいヴェロニカは多くの魔族にとって憧れの存在だ。

 吸血鬼はさっきまでの人間への恨みも忘れてヴェロニカに駆け寄った。


「ああ、まさかこんな所でお会い出来るとは!!」

「ええ、今日は貴方にご挨拶をと思いまして」

「挨拶……?」


 吸血鬼がそう聞き返した途端、背後から勢いよく首を掴まれ地面に叩きつけられた。


「そうだなぁ、うちの孫が随分と世話になったみたいだからなぁ……!」


 ぐしゃりと体を踏みつけられる。吸血鬼は反射的に自分を踏みつけている者の顔を確認しようとして、思わず目を見開いた。


「まさか……吸血君主ヴァンパイアロード……!?」


 自分の声が震えているのが分かった。

 今自分を踏みつけている男は、どう考えても自分の手に負える存在ではない。

 魔族は階級社会だ。だからこそわかる。

 自分と彼の間には、埋めることのできない絶対的な差が存在すると……!


「まあ、昔はそんな風に呼ばれてたっけな。初めまして、キリルだ。そして……」


 自分を踏みつける吸血君主ヴァンパイアロード――キリルがにやりと笑った。

 その冷たい笑みに、吸血鬼は自分の運命を悟らずにはいられなかった。

 どうやら気づかないうちに、自分は彼の逆鱗に触れてしまったらしい。


「さよならだ」


 キリルがそう呟いた途端、地面、建物の陰、夜空というありとあらゆる暗闇からまるでコウモリのような闇が飛び出してきた。

 一瞬の間に、地面に倒れた吸血鬼の体はコウモリの群れに埋め尽くされる。


「や、やめろっ……うぅ……ぎゃああぁぁぁ!!!」


 断末魔はすぐに途切れた、そして十秒もしないうちに、コウモリの群れは再び飛び立ち闇の中へと溶けて行った。

 吸血鬼が倒れていた場所には、わずかな血痕以外は何も残されていなかった。


「掃除完了、だな」

「相変わらず手際がいいのですね」


 そう呟いた妻に、キリルはにっこりと笑いかけた。


「うっかり蘇生でもしたら困るだろ? 同じ魔族として放っておけんと思っただけさ」

「別に責めているわけではありませんわ」


 人間たちの暮らしを邪魔しない。

 この世界にやって来た時に、キリルとヴェロニカの二人で決めた事だ。

 だから、世界の異変にも二人は静観を決め込んでいた。だが、同じ魔族が暴れまわっていると聞けば別だ。

 あの吸血鬼は人間社会を乱し、なによりも二人の愛娘の忘れ形見であるヴォルフを窮地に追いやった。

 少し私怨は入っているが、あの吸血鬼の行動は二人を怒らせるのに十分だったのだ。


「さて、と。用も済んだし俺たちの愛の巣へ帰るか」

「……ヴォルフ達に、会って行かないのですか?」


 あっさりとそう言った夫に、ヴェロニカはそっと問いかけた。

 てっきり彼なら、自身の孫やその友人に会いに行くと思っていたが、ヴェロニカの予想は外れたようだ。


「まあ、あいつなら大丈夫だろ。……この世界もな」


 キリルは夜空を見上げると、ぽつりとそう呟いた。

 だったら、ヴェロニカには何も言う事はない。


 二人は再び夜の闇へと消えて行った。


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