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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第七章 大地の中心で愛を叫ぶ
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22 反撃開始

「がはっ……!」


 背中から勢いよく叩きつけられ、レンガ造りの壁からぱらぱらと埃が舞う。

 口内にたまった血を吐きだし、ヴォルフは再び吸血鬼を強く睨み付けた。


「いい加減に諦めたらどうです。残念ですが、今の貴方では私には勝てませんよ」


 満身創痍のヴォルフと比べて、目の前の吸血鬼は相変わらず涼しい顔をしていた。

 さすがは魔族、といった所だろうか。


「貴方には才能がある。いずれは誰もが恐れる魔族へとなるでしょう。だが……」


 吸血鬼は真っ直ぐヴォルフを見据えると、ひどく残念そうに首を振った。


「まだ若すぎる。たかだか十数年しか生きていない貴方じゃ、逆立ちしたって私には勝てませんよ」


 その言葉通り、ヴォルフは実感していた。

 自分と、目の前の吸血鬼の力量差を。


「……そうみたいだな」

「おや、意外とあっさりと認めるんですね」


 吸血鬼は意外そうに目を丸くしている。

 彼の言葉通り、ヴォルフは先ほどからずっと目の前の吸血鬼にしてやられている。


 やっぱり無理か、とヴォルフは内心で嘆息した。


 できれば、正攻法でこの吸血鬼を倒したかった。

 だが、どうやらそれは無理なようだ。

 目の前の吸血鬼は飄々とした態度を取っているが、かなりの手練れだ。

 魔族は一般的に人間よりも長命だ。おそらくこの吸血鬼も、数百年は生きている化け物なんだろう。

 どうあがいても今の自分では彼に敵わない。だからといって、彼の提案をのむことはできない。

 クリスをあの枢機卿に渡す訳にはいかない。絶対に守ると、誓ったのだから。


 だから、ヴォルフはどんな手を使ってでも、この吸血鬼を殲滅しなければならない。

 ……自分の生死を問わなければ、その手段はいくらでもある。


 兄には、クリスの保護を頼んできた。リルカもレーテもいる。

 ヴォルフ一人がいなくなっても、きっとクリスはやっていけるはずだ。


「さあ、もっと見せてください。次の手を……!」


 吸血鬼は愉快そうに笑っている。ヴォルフの実力では自分に傷一つつけられないと侮っているのだろう。

 奴は油断している。今がチャンスだ……!

 そっと自分の手に視線を落とす。ヴァイセンベルクの指輪が、蒼く輝いていた。


 息を吸い込む。そして行動に出ようとした時、突如路地裏に大きな叫び声が聞こえた。


「“雷撃( ライトニング )”! 」


 その声が聞こえた次の瞬間には、一陣の雷が真上から吸血鬼に襲い掛かろうとしていた。


「ちぃっ!」


 不意を突かれたのか、吸血鬼は舌打ちしながら間一髪で雷撃を避ける。

 その隙にヴォルフは吸血鬼の足元に氷柱を出現させる。掠る程度だが、確かに氷柱は吸血鬼の足にダメージを与えたようだ。


「……何で来るんですか」


 吸血鬼から視線を外さないままにそう問いかけると、背後から呆れたような声が聞こえた。


「今君に死なれたら困るんだよ。誰があいつの面倒を見るんだ。ボクは嫌だからね」


 声がした時点でわかってはいたが、そこにやって来たのはヴァイセンベルクの屋敷に残ったはずのレーテと、どこか憤慨した様子のリルカだった。


「……ヴォルフさんは馬鹿です。大馬鹿ですっ!!」


 ぽこっと優しく頭を小突かれる。思わず視線を下げると、頬を膨らませたリルカと目があった。

 どうやら彼女がいつも持ち歩いている小さな杖で頭を軽く叩かれたようだ。


「じ、自分は……くーちゃんに勝手に行くなとか言うくせに……ヴォルフさんだって一人で勝手にこんな所まで来てるじゃないっ……!」

「それは……」


 なんとか言い返そうとしたが、ヴォルフにはうまい言葉が出てこなかった。

 ……リルカの言う通りだ。ヴォルフは自分たちに何も言わずに出て行こうとしたクリスをほとんど力づくで制止した。そのときに勝手だの人の気持ちを考えてないだの散々な事を言ったが、結局今のヴォルフもあの時のクリスと同じことをしている。


 たとえ相打ちになったとしてもこの吸血鬼を倒さなければならない。

 これが、最善の方法だと思っていた。


「ヴォルフさんがくーちゃんに死んでほしくないと思ってるみたいに、リルカたちだって……ヴォルフさんに死んでほしくないって思ってるんだから! じ、自分だけは勝手な行動が許されるとは思わないで……!」


 泣き出しそうな顔でそう言われ、ヴォルフはぐっと唇を噛んだ。

 独断で動いたのは自分の意志だ。それを責められることも覚悟はしていたが、実際に泣きそうな顔でそんな事を言われると……思ったよりも心に来る。


「……説教は後だ。とにかく、あいつを殺せばいいんだろ」


 吸血鬼を見据えたまま、レーテが冷静にそう告げる。

 吸血鬼はいきなり現れたレーテとリルカを警戒するように見つめていた。


「……三対一とは、仮にも勇者側の陣営として卑怯だとは思わないのですか」

「ボクたち三人の年齢を足しても五十にもならないんだよ。あんたみたいなジジイからすれば大したことないだろ」


 よくわからない理論を展開しながら、レーテは不敵に笑った。


 ……自爆覚悟でヴォルフはあの吸血鬼を倒すつもりだった。

 だが、二人を巻き込むわけにはいかない。こうなってしまっては、もうその手は使えないだろう。

 もしかしたら、それがリルカとレーテの狙いだったのかもしれない。


「……強いですよ」

「だったら何だって言うんだよ。やるしかないならやるだけだ」

「そ、そうだよ……! リルカたちは、くーちゃんの所に帰らなきゃいけないんだから!」


 その言葉に思わずはっとした。

 そうだ、ヴァイセンベルクの屋敷ではクリスが待っている。

 もう二度と会えないことも覚悟した。

 ……でもやっぱり、あの不安定で泣き虫で寂しがり屋の人を、置いていくわけにはいかない。


「……まあいいでしょう。三人まとめて、お相手して差し上げますよ……!」


 吸血鬼の目が金色に光る。

 ……本気の証だ。


「“旋風(ワールウィンド)!!”」


 先手必勝、とばかりにリルカが風の刃を放った。

 リルカの魔法はどんどん強くなっている。出会ったばかりの頃は暴走してばかりだったリルカの魔法も、今は正確に吸血鬼に狙いをつけていた。

 路地裏の土を巻き上げるようにして放たれた風の刃を、吸血鬼はひらりと避けて見せた。だが、それで終わりじゃない。


「フェンリル!」


 呼びかけると、すぐに精霊フェンリルが現れ吸血鬼へと襲い掛かる。

 高位の精霊の登場に、吸血鬼は驚いたように目を見開いた。


「……なるほど、それが精霊の力ですか! だが足りない!!」


 吸血鬼が地面に手を突くと、あちこちの暗闇から数えきれないほどの影が飛び出してきた。


「きゃあっ!」

「うぐっ!!」


 黒い影が刃となりヴォルフとリルカへと襲い掛かる。

 以前シュヴァルツシルト家の屋敷で似たような影に襲われたことがあるが、その時とは比べ物にならなかった。

 四方八方から襲いくる影が、二人の体を殴打し、切り裂こうとする。

 なんとか致命傷を負わないように対処するのが精いっぱいだった。


「おらあぁぁぁ!!」


 長引かせてはまずいと悟ったのか、レーテが剣を抜いて真正面から吸血鬼に切りかかる。

 だが、吸血鬼もそれを予測していたかのように黒い衝撃波をレーテに向かって放った。


 その途端、レーテの姿が消えた。


「えっ!?」


 思わずヴォルフは目を見開いた。

 あの吸血鬼は、レーテに一体何をした……!?


「なっ……」


 だが、吸血鬼は慌てたように周囲に視線を走らせていた。

 まるで、いなくなったレーテの行方を探そうとするかのように。

 次の瞬間、暗闇から現れた銀色に光る切っ先が、吸血鬼の肩のあたりを切り裂いた。


「遅いよっ!!」

「ぐっ!」


 即座に吸血鬼が衝撃波を放つ。

 だが、肩を切り裂いた張本人――レーテの姿は再び消え、今度はヴォルフのすぐ近くに現れたのだ。


「……さすが魔族。不意打ちにも強いんだね」

「……その力、瞬間移動か!?」


 不敵に笑うレーテに、吸血鬼は驚いたように目を見開いた。


「馬鹿な、その力は審問を経た者にしか習得できないはずでは……貴様、どこでその力を手に入れた!?」


 吸血鬼は今までにないほど焦っているようだった。

 だが、対するレーテは余裕な態度をくずさずににやりと笑う。


「へぇ、そういうものなんだ。悪いけど生まれつき持ってんだよね」

「な、なんだと……!?」


 狼狽する吸血鬼に、レーテは再び剣先を向けた。


「これが、あんたが馬鹿にしてた『人間』の力だよ。……行くぞ、反撃だ」


 その言葉に、ヴォルフもリルカも頷く。

 ここから、反撃開始だ。


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