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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
23/340

23 魔物よりも醜いもの

「あれが(ゲート)? うわー、初めて見た……」


 その(ゲート)はかなり大きかった。貴族様の馬車でも余裕で通れそうだ。

 地面から二本の薄紫色の火柱が高く伸び、(ゲート)の枠を形成している。そしてその火柱の間には、今俺たちがいる洞窟ではなく全く別の景色が映っていた。

 この洞窟から空は見えないのに、(ゲート)の向こうには夕焼けよりももっと赤い空が広がっていた。黒い地面には見たこともないトゲトゲの植物が無数に生えている。なんとなく嫌な感じだ。


奈落(アビス)ってああいうとこなんだ……」


 あれが魔物の世界か。確かに俺が魔物でも、あんな怖そうな所より青い空がきれいなこっちの世界で暮らしたいと思うだろう。まあ、だからといって魔物がこの世界でのさばるのを放っておくわけにはいかないんだけど。


「キラースティンガーはいないのか……?」


 アニエスは周囲を警戒している。以前聞いた話だが、魔物たちは自分達の通り道である(ゲート)を守るように動く場合が多いらしい。キラースティンガーもそうならこの近くにいそうなものだが、まったくそんな気配はなかった。


「テオさん、あれって……」

「ああ、そのようだな」


 テオとヴォルフは深刻そうな顔で扉を睨んでいる。あんなに大口叩いてたのに怖気づいたのか。


「今更怖くなったのかよー」

「そうじゃない。クリス、おまえは自然にできた(ゲート)を見たことがあるか?」

「ない」

「そうか、なら覚えておけ。あの(ゲート)は人為的に作られたものだ」

「…………うん?」


 何を言ってるんだこいつは。(ゲート)っていうのは自然発生するものだろう。人為的ってなんだよ。何が楽しくてわざわざこの世界と奈落(アビス)を繋げないといけないんだ。

 俺が困惑したのを読み取ったのか、テオはさらに解説してくれた。


「火柱の下を見てみろ。光る石が置いてあるのが見えるか?」

「どれどれ……あっ、ほんとだ!」


 確かにテオの言う通り、火柱の根元には大きい紫水晶のような細い結晶が連なっているのが見えた。


「ああいったタイプの(ゲート)は故意に作られた物なので壊せる。覚えておけ」

「故意……? 誰が、何で(ゲート)なんて作るんだよ……?」

「さあな。ただ、ここ数年の魔物の増殖の原因の一つがこの作られた(ゲート)によるものなのは間違いない」


 なんか壮大な話になってきた。誰かが意図的に魔物を増やしているって事か、そんなことして何になるんだ。お金でももらえるわけじゃなさそうだし。


「この(ゲート)は今もどこかで増え続けている。その犯人を突き止めるのも勇者の役目だ」

「そっか、人工の(ゲート)がなくなれば魔物数も正常に戻るもんな」


 昔から、ある程度の魔物は自然発生した(ゲート)を通ってこの世界へ来ていた。それは自然現象だから仕方がない。でも、その法則を乱す悪い奴がいる。その悪い奴をぶちのめすのが俺たち勇者だ。うん、わかりやすい!


「とりあえず(ゲート)を見たら壊せ。行くぞ」


 テオはそのまま(ゲート)に近づいて行く。ヴォルフやアニエスもそれに続いたので、俺も行こうと一歩足を踏み出した。その時だった。



『痛い痛い痛い痛い痛い!!』

『助け……れ…………ど……して……』

『苦し……だれ、か……』

『帰ら……れば……ア……ス』



「うっ……あぁっ……!!」


 突如、強烈な頭痛と共に頭の中に何人もの人の声が響いて、思わず呻きながらその場に座り込んだ。


 ――痛い辛い悲しい苦しい痛い許さない苦しい信じられない辛い痛い苦しい痛い――


 俺の意思とは無関係に、強い感情に襲われる。

 辛い、悲しい。涙がぼろぼろと溢れてくる。悲しくてたまらない、体はどこも痛くないのに、まるで全身を串刺しにされたような恐ろしい感覚が消えない。


 痛い。違う痛くない。でも痛い、なんでこんなに――



「クリス!!」



 大声で名前を呼ばれて、はっと我に返った。顔をあげれば三人が焦ったような顔で俺を覗き込んでいた。


「おい、どうした!?」

「大丈夫ですか!? 何があったんですか!?」

「……具合でも悪いのか……?」


 三人の顔を見ると、安堵でまた涙が溢れてきた。大丈夫、俺はここにいる。


「大丈夫……」


 涙を拭いて立ち上がろうとすると、ヴォルフに止められた。


「大丈夫じゃないですよ! まだ座っててください!!」

「でも……っ!!」

「クリス!?」


 (ゲート)が視界に入った途端、また先ほどの感情の波が襲ってきた。

 なんとか正気を保っていられたが、俺はまたその場でうずくまった。

 そうしていると、感情の波に発生源がある事に気が付いた。あれは……


「だから言ったじゃないですか! 休んでてください!!」

「ちがう、(ゲート)……」

「クリス、大丈夫か? 無理はするな」

「ちがう、その手前……」

「……クリス……?」

「ちがう、下……」


 やっとわかった。あそこだ。


(ゲート)の、手前の、下……。そこに何か……」


 俺がそれだけ言うと、ヴォルフが立ち上がった。慎重に一歩ずつ(ゲート)の方へ進み、すぐに何かに気づいたようにこっちを振り返った。


「……テオさん、剣をお借りしてもいいですか?」

「あ、ああ……。持ってけ」

「ありがとうございます」


 テオから剣を受け取ると、ヴォルフは先ほど調べていた辺りに戻り、いきなり地面に剣を突き刺した。


「えっ!?」

「な、どういうことだ……!?」


 横にいたアニエスが驚いたように立ち上がった。それもそのはずだ。地面に突き刺さるはずの剣は、ばきりっ、という音と共に崩壊した地面へと深く沈み込んだ。


「……みなさん、見てください」


 ヴォルフに呼ばれて、俺はふらつきながらも立ち上がった。すぐにアニエスが手を貸してくれる。

 アニエスに寄り掛かりながら地面が崩壊した場所に向かうと、なんと剣を突き刺した場所の地面が割れていた。


「お前、どんだけ馬鹿力なんだよ……地面割るとか……」

「違いますよ、ここの地面、木です」

「えっ?」


 よく見ると、確かにその部分は表面に薄く土が持ってあるだけで、その下は木の板でできているようだった。


「そういうことかっ……!」


 テオは勢いよく剣を振った。先ほどよりも広範囲に亀裂が入り、木の床板が崩壊する。

 その下を覗いて、俺たちは息をのんだ。


「これって、杭……?」


 下の地面は広範囲の落とし穴のようになっており、底には無数の先の尖った杭が打ち込まれていた。もし地面が木の板だと知らずにうっかりここに落ちたりしたら、きっとこの杭に刺さって全身穴だらけになってしまうだろう。気づいていれば回避するのは簡単だが、薄暗い洞窟の中で(ゲート)に近づこうとすれば、十中八九罠にはまってしまうだろう。


「まさか……」


 俺の頭の中に嫌な想像がよぎった。それと同時に轟音と共に頭上から何かがすごい勢いで落ちてきた。


「危ないっ!!」


 後ろから勢いよく引っ張られ俺は尻餅をついた。そのおかげで、何とか落下してきたものに押しつぶされることだけはまぬがれたようだ。

 目を開けると四方を鉄の棒に囲まれていた。上を見ると、頭上にも鉄の棒が見えた。これは檻だ。何故か天然の洞窟の中でいきなり檻が落ちてきて、俺たちは閉じ込められてしまったのだ。



「残念、惜しかったな」



 場違いに明るい声がその場に響いた。ゆっくりとこちらに近づいてくる人影には見覚えがある。


「ラウル……?」


 すぐ傍でアニエスが呟くのが聞こえた。間違いない、冒険者ギルドでテオと険悪なムードになった奴だ。これは嫌な予感しかしない。


「ラウル、どういう事だ!? 何なんだこの檻は!!」

「そんなに怒るなよ、アニエス。でも驚いたな、ここまで生きてるなんて。おまえのしぶとさはお兄さんにそっくりだよ。あいつも全身穴だらけになりながらしぶとく生きてたからなぁ」

「何を言ってるんだ!? 兄さんは一人でここに……」

「まだわからないのか? これは傑作だ!」


 ラウルは馬鹿にするように一際大きな声で笑った。ラウルの他にも、複数人の笑い声が聞こえる。よく見ると、冒険者ギルドで見たラウルの仲間の二人が後ろからにやにやと俺たちを眺めていた。


「キラースティンガーなんて最初からいないんだよ!! あえて言うなら、おまえ達が見つけた落とし穴がキラースティンガーの正体ってとこかな」

「っ!! じゃあ兄さん、兄さんは……?」

「そこの穴に落ちて死んだよ。わざわざ存在しない魔物を探しに来てね」

「嘘だ……嘘だっ!!」


 アニエスは絶叫した。彼女の悲哀を凝縮したような、聞いているこちらも心が痛くなるような叫び声だった。

 しかし、それを聞いてラウルはまた大声で笑いだした。その顔は醜くゆがんでいた。


「冒険者ってのはどいつもこいつも注意力が散漫だな! それに比べてテオ、さすがは勇者様だ! あの落とし穴を見破ったのは君が初めてだよ!」

「…………そうか。ラウル、あれを作ったのはおまえか?」

「そうだよ。穴を掘るのに結構苦労したんだぜ」

「……なぜ仲間の冒険者を罠にはめるような真似をするんだ」


 普段のテオからは想像もできないくらい感情のこもらない声だった。対するラウルは相変わらずにやにやと笑っている。


「そりゃあ、あいつらはみんなして(ゲート)を閉じようとしやがるからな」

「それが冒険者の仕事だろう……」

「わかってねえなあ、勇者様。俺たちの仕事は魔物を倒すことだ! 倒せば倒すだけ金になるんだ! なんで(ゲート)を閉じる必要がある? 飯の種を守ろうとするのは当然の事だろ?」


 奴の言葉を整理するのに時間がかかった。だって、そのくらい信じられなかったんだ。

 自分の仕事を増やすために、街の人を危険に晒し続けた上に仲間である冒険者を罠にはめて殺すなんて。


「なんだよ、それ……」


 街ではもう何人も凄腕の冒険者がキラースティンガーに殺されたと言っていた。でも違った。おそらく……いや間違いなく魔物ではなく目の前の男に殺されたんだ。ひどく自分勝手で独善的な理由によって。


「ラウルさん、こいつらはどうします?」

「まあ、生かしてはいけねえからな。悪く思うなよ」


 ラウルがそう言うやいなや、奴の仲間の冒険者が近づいてきた。下卑た笑いを浮かべると、手前にいたアニエスの腕を檻越しに掴んだ。


「離せっ!!」

「女は俺が殺る! まずはてめえからだ!!」


 アニエスの腕をつかむ手とは反対の手で剣を握りしめていた。奴が腕を振り上げる。まず腕を斬るつもりだ!!


「アニエス!!」


 俺は慌てて彼女を助けようと掴まれている腕を引っ張った。でも、その必要はなかった。


 気が付いた時にはテオが檻の外に飛び出ていて、アニエスを斬りつけようとしていた男は遥か遠くまで吹っ飛んでいた。


「なっ、何だ!?」


 ラウルと残った男が狼狽する。武器を構えようとしたようだが、テオはその隙を与えなかった。瞬時に距離を詰めると、二人の頭を鷲掴み、勢いよく両手でぶつけ合った。聞くに堪えない音を立てて二人の頭が衝突する。

 それっきり二人は動かなくなった。


「…………死んだ?」

「いや、気絶しただけだろう。おそらく」


 テオは汚物でも見るような目でラウルとその仲間を見ている。

 それにしても、どうやって一瞬で檻から出たんだろうか。よく見ると、檻の一部が大きくゆがんで人ひとり通れるくらいのスペースができている。まさか一瞬で檻を捻じ曲げたんだろうか。なんかもうゴリラとかそういうのを通り越している気がする。こいつが味方でよかった。


 俺たちが檻の外へ出ると、待っていたテオがアニエスに向かい合った。


「さて、アニエス。こいつらをどうする」

「どうするって……」

「オレは勇者という立場上こいつらを殺すことはできん。だが、お前は違う」

「…………私にこいつらを殺せと言うのか」

「好きにすればいい」


「……ぅ、うわああぁぁぁぁ!!!」


 アニエスはぐっと拳を握りしめると、次の瞬間絶叫しながら弓を構えた。その矢の向く先はラウルの心臓だ。この距離なら外すことはないだろう。


「……どうした、やらないのか?」


 アニエスは黙って弓を構えたままだ。その手は気の毒なほどぶるぶると震えている。

 俺は耐え切れなくなってアニエスの腕を掴んだ。


「アニエス、やめよう! こいつらの為にアニエスが手を汚す必要なんかない!!」

「クリス……」


 アニエスの腕から力が抜ける。地面に彼女の弓が落ちる音がした。


「うぅ……うわああぁぁぁぁん!!」


 アニエスは大声で泣きながら俺にしがみついてきた。俺も彼女をしっかりと抱きしめ返す。

 こんな状況だけど、俺は少し安堵していた。ラウルたちはどうしようもない人間とも呼べない最低のクズ野郎だけど、それでも人が死ぬところは、アニエスが誰かを殺すところは見たくなかった。随分と自分勝手な考えだけど。


「それじゃあ、こいつらは縛り上げて一度街に戻りましょう。それでいいですよね、テオさん?」

「いや、それではオレの気が済まん」

「え?」


 ラウルを縛ろうとしていたヴォルフが素っ頓狂な声を上げた。まさかテオが異論を唱えるなんて思っていなかったんだろう。


「気が済まないって……どうするつもりなんですか」

「こうするんだ」


 そう言うと、テオはラウルの体を掴んで腕一本で持ち上げた。そのままハンマーを投げる要領でぶんぶんと振り回し、ある一点で手を放した。ラウルの体は勢いよく吹っ飛んで、(ゲート)を通り抜けその向こうへと飛んで行った。


「え……」

「随分と魔物が好きなようだからな、このまま魔物の世界で暮らせばいいさ。どうせ心は魔物みたいなものだ、丁度いいだろう」


 そのまま残りの二人も同じように(ゲート)の向こうに吹っ飛ばすと、テオは呆然と成り行きを見ていたヴォルフに声を掛けた。


「ヴォルフ、ここからあの結晶を壊せるか?」

「……はい、大丈夫です」


 ヴォルフは立ち上がるとその辺にあった手ごろな大きさの石を勢いよく投げつけた。狙いを違わず、石は(ゲート)の下部の結晶にぶち当たり、音を立てて崩れ落ちた。その途端、(ゲート)を形成していた火柱が揺らいで消える。それと同時に、ゆらゆらと見えていた奈落(アビス)の光景も消えてしまう。完全に(ゲート)が崩壊したのだ。


「さて、これで一件落着だな」


 テオはぱんぱんと手を叩くと出口に向かって歩き出した。

 俺はというと、一連の流れをただ呆然と見ているしかなかった。俺にしがみついているアニエスも同じだ。


「アニエス、取りあえず今は帰ろっか……」

「そうだな……」


 言いたいことはいろいろあったが、今はもうとにかく疲れた。それだけだった。


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