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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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22 破られた約束


「私の兄さんは冒険者だった。別にこの街じゃ珍しい事でもなんでもない。冒険者なんていくらでもいるからな。最初のうちは順調だった。一緒にパーティーを組む仲間もいて、私も何度か会った事があったんだ。でも一年くらい前から魔物の数が一気に増えて……そしてあの魔物が現れたんだ……キラースティンガー」


 彼女はそこまで話すと、荷物の中から一枚の紙を探し出しテオに手渡した。俺も横から覗き込むと、そこにはザリガニ……? らしき魔物の姿が描かれていた。正直絵が下手すぎるせいでそこまで凶悪な魔物には見えない。子供の落書きレベルだ。


「えっ、これがキラースティンガー?」

「鋏の所をよく見ろ」

「どれどれ……あっ」


 よくみると、ザリガニの鋏がある部分が無数の針のようになっていた。これは刺されたら痛そうだ。


「何人もの冒険者がそいつを倒しに行った。だが誰一人として……無事に帰ってくることはなかったんだ。それで……回収された遺体には無数の穴が開いていた。キラースティンガー突き刺されたんだ……」

「うわぁ……」


 想像するだけで痛い。そんな危険な魔物がこの辺りをうろうろしているなんて……と、思わず周囲の安全確認をしてしまう。


「そのうちに、この街のベテランの冒険者はほとんどあいつにやられてしまった。残った人も、あいつを恐れて別の街へ移っていって、どんどんギルドから人が消えて行ったんだ。そんな時に、この街に勇者がやって来た」


 勇者という単語に思わず反応してしまったが、アニエスの話からしてその勇者と言うのはどうやら俺たちの事ではないようだ。俺たちの前にもこの街に勇者が来ていたのか。もしかして、俺の偽物の勇者クリスか!?


「その勇者の名前ってわかるか?」

「ああ、忘れるわけない。そいつの名前はアロンツォと言っていた」

「……そっか……」


 残念ながら別人だった。勇者って結構いっぱいいるのかな。


「兄さんはアロンツォに魔物の事を相談した、一緒に戦って欲しいってな。アロンツォは二つ返事で了承したんだ。それで、兄さんが先行して様子を探り、アロンツォが準備を整えて後から行くという事になった。でも……」


 アニエスはそこで言葉を切ると、強く拳を握りしめた。


「あの腰抜け勇者は……兄さんを見殺しにしたんだ!! 兄さんが先行した後、アロンツォは街に残った冒険者からキラースティンガーの詳しい話を聞いたらしい。それで……話が違う、それはおまえたち冒険者の仕事だとか言って……、怖気づいたあいつは先に行った兄さんを放置して、自分だけ他の街へ逃げやがったんだっ!!」


 アニエスはそれだけ言い切ると、顔を覆って泣き出した。


 俺は何て声を掛けたらいいかわからなかった。

 勇者といえばこの世界を救う希望、困っている人がいれば誰だろうと関係なく救いの手を差し伸べる、そんな存在のはずだ。昔から俺はそんな勇者にずっと憧れていたんだ。

 でも、俺だってもうわかっている。勇者アウグストはそんなみんなの希望となる存在だったけど、今を生きる俺たちは勇者になろうとしてるだけの普通の人間だ。何の因果か勇者に選ばれてしまった俺がごく普通の人間だったように、そのアロンツォもきっとそうだったんだろう。

 恐ろしい魔物の話を聞いて、怖くなって逃げ出した。その気持ちは俺にも痛いほどわかる。でも……そのせいでアニエスのお兄さんは死んだ。直接手を下したのが魔物だとしても、勇者アロンツォが殺したも同然だ。アニエスたちが勇者を忌み嫌うのもこれで納得がいった。

 だからこそ、彼女を放っておくわけにはいかない。


「アニエス、今日は帰ろう? みんな心配してるし、キラースティンガーの事は街に帰ってからゆっくり考えよう、な?」

「嫌だっ!! ギルドの奴らはいつも口ばっかりで何もしない! 私があの魔物を倒して兄さんの仇を取るんだっ!!」

「そんな怪我で何言ってるんですか。無理ですよ!」


 俺とヴォルフの二人がかりで何とかアニエスを説得しようとしたが、彼女はキラースティンガーを倒しに行くと言ってきかなかった。なんて頑固な奴なんだ! 俺は困ってテオに救いを求めた。


「テオも何とか言ってくれよ!」

「わかった」


 テオはアニエスの正面にしゃがみこむと、彼女の目をまっすぐに見つめて口を開いた。


「アニエス、オレはこれからキラースティンガーを倒しに行く。おまえは帰るなりついて来るなり好きにすればいい」

「はあぁぁ!!?」


 何を言うんだこの脳筋ゴリラは!? そんなの危険すぎるだろ!!

 俺は思わずテオに掴みかかった。


「違う、そうじゃない!! とりあえずはみんなで帰るって方向に持ってけよ!!」

「その必要はない。オレはそのキラースティンガーとやらには負けない」

「だからそうじゃなくてっ!!」

「いや、私は戻らない」


 アニエスが立ち上がった。その瞳は殺る気満々だ。

 まずい、非常にまずい。テオは一度決めたら自分の考えをなかなか曲げようとしない奴だが、アニエスも同じタイプっぽい気がする。これはやばい。このままじゃ二人で魔物の巣に突入しかねない勢いだ。

 もう頼れるのはヴォルフだけだ。年下に頼るのも情けないがあいつなら、あいつならうまくテオを言いくるめてくれるかもしれない……!


「ヴォルフ……!」

「クリスさん、諦めましょう」


 最後の砦はあっさりと陥落した。

 こうして俺たちは危険極まりない魔物が潜むという洞窟へと向かう羽目になってしまったのだ。



 ◇◇◇


 《ミルターナ聖王国中央部・ヴェキア洞窟前》



 魔物を蹴散らしつつ森の中を進むと、やがて木々の向こうに岩でできた洞窟がぽっかりと口を開けているのが見えてきた。

 おそらくあそこがキラースティンガーの巣なんだろう。


「う……うぅ~……」


 凄腕の冒険者を何人も殺している魔物、と聞くとどうしても足がすくんでしまう。

 そんな俺を見て何を勘違いしたのか、テオが声を掛けてきた。


「どうしたクリス、小便か? はやく済ませてこい」

「違うわ!! 何言ってんだよ!」

「なら遊んでないで早く行きましょうよ」

「わ、わかってるし!」


「……大丈夫か?」


 アニエスにまで心配されてしまった。同じぐらいの年の女の子にまで気を使われるとはなんとも情けない。こんな時だけは見た目が女になっていて良かったと感じるものだ。


「全然平気だよ! 行こうぜ!!」


 恐怖心をごまかすために、俺はずんずんと大股で歩きだした。

 そして、洞窟の入り口でぴたりと立ち止まった。目の前の洞窟は人の手が入っていない天然ものだ。当然洞窟内には明かりなんてないので真っ暗だ。このまま進むのは正直めちゃくちゃ怖い。


「うぅ……暗い……、明かりとかないの?」


 そう呟くと、テオとヴォルフが呆れたようにため息をついた。……いったい何なんだよ。


「おまえ、何の為に神聖魔法を習得したんだ」

「昨日の夜宿屋で騒いでたのは何だったんですか……」


 そこまで言われてやっと思い出した。神聖魔法の一つ、光の球を作り出す魔法――俺が初めて成功した魔法だ。あの光の球があれば真っ暗な洞窟何て怖くもなんともないはずだ!!


「お、お前らを試しただけだし……照らせ、“小さな光(ピコライト)!”」


 そう唱えると、昨日と同じく小さな光の球がぽしゅっ、と杖先から飛び出した。これで暗い場所でも一安心! 洞窟探検の再開だ!


「いいか、ここから先は何があるかわからない。オレが先導する、気を抜くなよ」


 テオは俺たち一人一人の顔を見ながら真剣な顔でそう言った。俺たちが頷くのを確認すると、テオは洞窟の中へと足を踏み入れた。



 ◇◇◇



 決死の覚悟で洞窟内部へと足を踏み入れた俺たちだったが、正直拍子抜けした。

 洞窟の中には小さな魔物やら虫やらコウモリやらがうようよいたが、そこまで脅威になるような敵はいなかったのだ。


「たいしたことないなー」

「そういう台詞は僕の後ろに隠れるのをやめてから行ってくださいよ」

「魔法使いが後方支援って言うのは定石だろ!」


 現在の隊列はテオが先頭、次にヴォルフ、その後ろに俺とアニエスといった順番だ。魔物が襲ってきてもテオがその場で殴り飛ばすか、アニエスに矢で射られるかなので俺の出番はまったくない。何かあった時の為にヴォルフの後ろに隠れつつ進んでいるが、今までの様子だとそんなに危険でもなさそうだ。


「気を抜くなよ、この先にキラースティンガーがいるんだ……」


 アニエスは弓を構えなおしながら俺たちにそう言った。顔がこわばっている。かなり緊張してるみたいだ。

 ギルドの情報だとキラースティンガーがこの洞窟に住んでいるというのは間違いないらしい。どうやら奴はこの洞窟から出ることはないようで、今までここに足を踏み入れた人以外が犠牲になるようなことは起こっていないらしい。


「奴がここから出ないうちに仕留めなければ……、もし洞窟の外に出る様になれば大惨事になってしまう……」


 アニエスの考えでは早くキラースティンガーを仕留めなければ、奴は洞窟から出て周囲を荒らす可能性があるらしい。そうなったら大変だ。凄腕の冒険者でも歯が立たないのに、一般人が襲われたらひとたまりもないだろう。


「そういえばさー、キラースティンガーの姿がわかるってことはそいつに遭って生き残った人もいるんだろ? その人はどうしてるんだ?」

「今も冒険者を続けてるよ。周囲の魔物を倒しつつ、戦力を集めてる。ラウルって言う奴で、」

「ラウル!? 忘れてた!!」


 ラウルといえばテオに喧嘩が売った冒険者だ。名前を聞くまですっかり忘れてたが奴は馬に乗って行ったはずなのに、アニエスの所へ着いたのは俺たちの方が先だった。今頃何をしてるんだろう。


「魔物にやられたのかもしれませんね」

「縁起でもないこと言うなよ……」

「考えるのは後だ。集中しろ」


 テオが俺たちを睨み付けた。いつになく真剣だ、ぐっと黙り込んで俺たちは探索を再開した。

 何度か行き止まりの道に突き当たり、ゆっくり時間をかけて進むうちに、やがて細い道へ出た。その細い道の先には、大きくひらけた空間が広がっている。その中に、怪しく光る物があった。


 ――魔物の世界、奈落(アビス)へとつながる(ゲート)だ――


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