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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第七章 大地の中心で愛を叫ぶ
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9 天地の理

「…………え?」


 言われた事の意味がよくわからなくて思わず聞き返したが、シーリンは相変わらず柔らかな笑みを浮かべてじっと俺の方を見ていた。


 ……おかしい。シーリンがこんなに黙っておとなしくしているはずがない。

 俺の知ってるシーリンは、常に能天気でべちゃくちゃとやかましい奴だったはずだ。

 それなのにどうして……とシーリンを見つめ返した俺は、急に頭の中がクリアになったような感覚に陥った。

 そして、直感的にわかった。


 目の前にいるのは、シーリンじゃない。

 シーリンの姿をした「何か」だ。


 だが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 これはシーリンじゃないけれど、俺の敵でもない。

 そう思ったからこそ、俺は冷静にその相手を観察する余裕が生まれた。


「……君の望みって、なに?」


 俺が答えなかったことに怒る様子もなく、目の前の偽シーリンはもう一度そう繰り返した。

 いつものシーリンのはしゃいだようなしゃべり方とは違う。どこか歌うような口調だった。

 ……ここは、素直に答えるべきだろうか。


「…………俺は、この世界を救いたい」


 結局、俺は聞かれたままに答えを返した。

 もっとうまく言葉にできればよかったのだけど、俺の口から出たのは、そんな単純な願いだった。

 この世界を救いたい。その思いは、旅に出た日から一度も変わることなく俺の胸にある。


 シーリンの姿をした何者かは、俺の答えを聞くとにっこりと笑った。

 そして、次の瞬間シーリンの姿がぶれはじめ、瞬きの間にその姿は別の者へと変化した。


「フィオナさん……?」


 そこに現れたのは、フリジア王国のお姫様――今もアムラント島にいるはずのフィオナさんだった。

 彼女はシーリンと同じように、緩やかな笑みを浮かべて俺を見ていた。

 俺の知ってるフィオナさんの持つ、高飛車な雰囲気は鳴りを潜めている。

 ……きっと彼女も、シーリンと同じくフィオナさんの姿をした別物なんだろう。

 じっと見守る俺の前で、彼女はそっと口を開いた。


「あなたは、この世界が好きですか?」


 声はフィオナさんのものだったけど、口調は全然違う。まるで全てを見通すかのような、穏やかな話し方だった。

 さっきのシーリン(の姿をした何者か)の質問といい、なにがなんだかよくわからない。

 でも、俺の口は自然と動いていた。


「……はい、俺はこの世界が好きです」


 俺が、アンジェリカが生まれ育った世界。

 テオが生まれた竜の世界のように、ここの他にも世界がある事は知っている。行ってみたい……という気持ちがまったくないわけじゃないけれど、やっぱりまずはこの世界を守ること。

 それが一番大切なことだ。

 俺の返答を聞くと、フィオナさんは満足したように深く頷いた。


 そして、また彼女の姿がぶれ始め、次に現れたのはユグランス帝国で出会ったグリューネヴァルト家の令嬢――オリヴィアさんだった。

 やっぱりこれもオリヴィアさんじゃないんだろうな……と思った途端、オリヴィアさんは不敵な笑みを浮かべた。

 ……やっぱり、本当のオリヴィアさんだったらしそうにない表情だ。


「貴様に、この世界を救う覚悟はあるのか?」


 目の前のオリヴィアさんはどこか挑むようにそう口にした。

 まるで、「お前にはそんな覚悟はないだろう」とでも言いたげに。

 俺も負けじと言葉を返す。


「覚悟は……あるよ」


 本当は怖い。怖くてたまらない。

 ラファリスの話だと、アンジェリカが手に入れたような力を俺が使えば、ほぼ確実に俺は死ぬだろうということだった。

 死ぬのは怖い。もしまた生まれ変われたとしても……今を生きているみんなとはきっともう二度と会えない。

 そんなのは嫌だ。でも……このままだとこの世界は教団に乗っ取られてしまう。

 あの小さな村で起こったように、この大陸に生きる人たちが急に消えてしまうようなことがあるかもしれない。

 また、俺の大事な人が消えてしまう。

 そんなのは、自分が死ぬよりもずっと嫌だった。


 そう口にすると、オリヴィアさんは一瞬鋭い瞳で俺を睨んだ。そして、彼女の姿がぶれ始め、また別の姿に変わった。

 オリヴィアさんから別の人へと変わることは予想できていたが、そこに現れた人物を見て、俺は思わず声を上げてしまった。


「えっ!? マ、マグノリア先生……!?」


 そこにいたのは、俺の故郷の教会学校の教師、修道女のマグノリア先生だった。


 シーリン、フィオナさん、オリヴィアさん。

 今までの三人は俺が旅に出てから出会った人たちだ。

 だから次も旅の途中で出会った誰かが出てくるのかと思ったが、マグノリア先生は俺が故郷にいた時と変わらない柔らかな笑みを浮かべている。

 最後に会ったのは少し前だ。彼女は姿の変わった俺を見て教え子の「クリス」だとは気が付かなかったが、変わらずに優しい先生のままだった。


 そんな先生が、何でここに……。

 一瞬そう考えて、俺は慌てて頭を振った。

 今までの三人も、おそらく本物じゃなかった。だったら目の前の先生も、先生の姿をした何者かなんだろう。


 そう頭ではわかっていても、懐かしいマグノリア先生の姿は俺の心をかき乱した。


「…………あなたは、この世界の為に何を捧げますか」


 マグノリア先生は、じっと俺の目を見つめてそう口にした。

 その話し方は、昔から俺に何かを言い聞かせる時とまったく同じだった。


 ――この世界の為に何を捧げるか。


 きっとそれは、今までの質問を経ての言葉だったんだろう。



『君の望みって、なに?』


『あなたは、この世界が好きですか?』


『貴様に、この世界を救う覚悟はあるのか?』


『あなたは、この世界の為に何を捧げますか』


 俺はこの世界が好きで、だから何としても守りたいと答えた。

 ここは、大地の中心――テラ・アルカ。百年前、アンジェリカはこの地を訪れて邪神を退けるほどの力を手に入れた。


 ラファリスは、俺が認められれば大地そのものから世界を救う力が授けられると言っていた。

 ……ということは、この目の前の俺の知り合いの姿を借りている「何者か」は、俺を試しているんだろうか。


 だったら、俺もきちんと答えなければならない。



「……俺の、全てを捧げます」



 力も、命も、存在も。俺の持っているものなら全てを捧げよう。

 この世界の重みと比べれば、そんなの軽いものだ。

 かつてラファリス――アリア様やアンジェリカがそうしたように、俺も俺の命を懸けよう。


 そう答えると、マグノリア先生は少しだけ悲しそうな顔をした。そして、彼女が何か言いたげに口を開いた瞬間、マグノリア先生の姿は掻き消え、あたりは再び真っ暗闇に包まれた。


「先生!?」


 本物の先生じゃないとわかっていても、咄嗟にそう呼んでいた。

 次の瞬間、ぽんと肩を叩かれて思わず悲鳴を上げてしまう。


「わっ、ごめんごめん。僕だよ!」


 振り向くと、真っ暗闇の中にラファリスが立っていた。

 ラファリスはにこにこと笑いながら手を振っている。

 ……しゃべり方と雰囲気からして、たぶん本物のラファリスだ。

 俺は安堵のあまり、ちょっと情けない涙声で怒鳴りつけた。


「お前っ……どこに行ってたんだよ!!」


 いきなり暗闇に一人になったと思ったらなんか、シーリンだけどシーリンじゃない奴が出てきて、どんどん姿が変わって、よくわからない事を聞かれて……俺は自分で思っていた以上に不安になっていたようだ。

 ラファリスの顔を見ていると、安堵と怒りが湧きあがってくる。


「ごめんね。一応ずっと傍にはいたんだけど……まあいいや、一緒に行こう」


 ラファリスがそう言って俺の手を引いた途端、急に足元が明るくなった。

 慌てて視線を落とすと俺たちの足元から順番に、淡く光る地面が現れ始めたのが見えた。

 世界が生まれ、色づくように、少しずつ鮮やかな地面が広がっていく。

 俺たちの立っている場所には草が覆い茂り所々花が咲いているが、遠くの方は土や砂がむき出しになっていたり、池のようになっている所もあった。


 俺は混乱した。さっきまでは確か、広い洞窟の中にいたはずだ。

 じゃあ、ここは何なんだ……!?


「てんしょうじょう、ちしょうじょう、ないげしょうじょう、ろっこんしょうじょう……」


 ラファリスはなにやらよくわからないことをぶつぶつと呟き始めた。

 俺はどうしていいのかわからずに、じっと固まったままラファリスの声を聞いていた。


「さきみたま、くしみたま、まもりたまひ……さきはへたまへ」


 ラファリスがそう言った途端、俺たちの目の前の暗闇がわずかに光り出した。

 そして、いきなりぱっと強く閃光がはじけた。

 その眩さに思わず目を瞑る。

 数秒経って目を開けると、目の前に天にまで届きそうなほどの大きさの大樹が生えていた。


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