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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第七章 大地の中心で愛を叫ぶ
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8 扉の向こうへ

 俺の問いかけに、ラファリスはぐっと唇を噛んだ。そして、小さな声を絞り出した。


「……その可能性は、否定できない」


 やっぱりそうか、と俺は意外と冷静に受け止めることができた。

 何故だか心は驚くほど落ち着いていた。

 ラファリスははっきりとは言わなかったけど、その力を使ったらほぼ確実に俺は死ぬだろう。

 不思議と、はっきりとわかった。


「そっか、そうだよな……」


 ラファリスはどこかびくびくしたように、俺の様子をうかがっているようだった。

 こいつは本当は女神様で、わざわざ危険を冒してまで地上に降りて、世界を救う力を持つものを探していた。

 選ばれた「勇者」だけじゃない。この大地の至る所で、様々な人が世界を救うために戦っている。……きっと今も。


 俺はアンジェリカの記憶を元にクリストフの日記を見つけ、偶然この場所の存在を知ることができた。

 そう、様々な偶然が重なった結果、ここにいる。

 それを運命というのかどうかはわからない。

 でも、俺がここに来ることができたのは確かだ。


「奥に、案内してくれ」

「……え?」


 ラファリスは虚を突かれたような顔をした。

 ……なんだよ、自分から言い出した癖に。


「……本気なの」

「俺はいつも本気だよ」


 そう返すと、何故かラファリスはいきなり怒り出した。


「君はっ……自分が何言ってるのかわかってるのか!? この先に進めば君は……」


 ラファリスは必死の形相で俺の肩を掴んできた。

 まるで、俺を止めようとしているみたいだ。

 ……その様子を見た途端、急に怒りが湧きあがってきた。


「今更なんなんだよ! お前だってそのつもりで俺をここに連れて来たんだろ!!」


 何の意図もなしに俺一人だけこの場所に連れてくるわけがない。

 こいつは俺をここに誘導して、そのすごい力を得させるためにこの場所までやってきたはずだ。……その結果、俺が死ぬかもしれないという事も承知の上で。


「……別に、お前を恨んだりしないから安心しろよ。これは俺の意志だ」

「なんで、死んじゃうかもしれないのに」


 ラファリスは自分の方が死にそうな顔をして、ぼそりとそう呟いた。


 死ぬかもしれない……いや、きっと俺は死ぬだろう。

 でも、不思議と迷う気持ちはなかった。


 世界を、人々の為に勇者になったテオ。

 村を守る為にたった一人で魔物に挑もうとしていた父さん。

 王族の一員なのに、真っ先に危険地帯に踏み込み戦ったフィオナさん。

 ドラゴンの脅威から人々を守る為に犠牲になったグントラム。

 他にもたくさんの人が、自分の身など顧みずに戦っている。

 俺は、そんな人をたくさん見てきた。


 だから、俺自身もそうしようとしているだけだ。


「そりゃあ……死ぬのは怖いよ。すごく怖い。でも……」


 真正面からラファリスを見つめる。

 ラファリスは相変わらず憔悴した様子で視線を彷徨わせていた。

 こいつも、俺の事を心配してそう言ってくれているのはわかる。

 でも、それじゃあ駄目なんだ。


「一番怖いのは、俺の大事な人がいなくなること」


 仲間、友達、家族……小さな村を出て広い世界を歩いて、俺にとって大事な人がたくさん増えた。

 その人たちを守りたい。死なせたくなんてない。

 死ぬのは怖いけど、大事な人を失うのはもっと怖い。

 ……もう、テオを失った時のような思いは二度としたくないんだ。


「だから、俺は自分にできる事ならなんでもしたい」


 今まで何度も死ぬような目に遭って来た。

 でも、その度に誰かが手を差し伸べてくれた。

 今度は、俺がみんなを守る番だ。


「お前も、同じなんだろ」


 そう言うと、ラファリスは驚いたような顔をした。

 女神様がわざわざ男の姿になって地上に降りてきて、いろいろ大変な事だってあっただろう。

 実際メスキアの地下遺跡では危うく死ぬような目に遭ったし、ラファリス――アリアだって生半可な覚悟でここにきたわけじゃないんだろう。

 ……だったら、俺の気持ちもわかるはずだ。


「……そうだね、行こうか」


 ラファリスは悲しそうに笑った。そして、ぎゅっと唇を噛みしめると俺に背を向けて歩き出した。

 俺も、無言でその後をついて行く。時折ラファリスが鼻をすする音が聞こえてきた。

 ……女神様も、けっこう涙もろかったりするんだな。



 ◇◇◇



 どんどん奥へ奥へと進み、俺たちは巨大な扉の前にたどり着いた。

 人や植物、動物などを模した細かい彫刻が施されている、どうやってここに設置したのかもよくわからない扉だ。

 これどうやって開けるんだろう。どうみても俺たちが押したり引いたりしたくらいじゃ開かなさそうだよな……と俺は途方に暮れてその扉を見上げたが、ラファリスはそっと扉に手を触れさせた。

 その途端、重い音を立ててゆっくりと扉が開き始めたのだ。


「うわー……」


 扉の向こうは真っ暗だった。

 一体、あそこには何があるんだろう……。


「大丈夫だよ、行こう」


 ラファリスはそっと俺に手を差し伸べた。その手を取ると、ラファリスはゆっくりと俺の手を引いて扉の向こうへと歩き出す。

 そして俺たちが扉の向こうへ完全に足を踏み入れると、また重い音を立てて扉がゆっくりと閉まった。

 差し込んでいた光が無くなり、あたりは一面の暗闇に包まれる。

 ちょっと怖くなった所で、ラファリスは唐突に俺の手を離した。


「ラファ!?」


 慌ててラファリスが立っているはずの場所へと手を伸ばしたが、俺の手は空を切るだけで、何にも触れることはなかった。


「お、おい……なにふざけてんだよ……ラファ!!」


 必死に呼びかけたが、ラファリスからの返事はない。

 俺の上げる声以外は、何の音もしなかった。

 真っ暗で何も見えず、何の音もしない場所。


 数秒で、叫び出したいほどに怖くなった。

 さっき入ってきた扉を探そうと思ったが、もう自分がどの方向から来たのかもわからなくなっていた。

 やみくもに歩いて手を伸ばしたが、それだけ進んでも壁に当たることはなかった。


「嘘だろ……誰か、誰かいないのか!?」


 必死に叫んでも、誰も答えてはくれない。

 頭がおかしくなりそうだ。

 思わず屈みこむと、急に目の前に誰かの足が見えた。

 反射的に顔を上げて、俺は心臓がとまるんじゃないかというほどに驚いた。


 細い手足に、ゆるくウェーブが掛かった黒髪のショートヘア。

 何よりも特徴的なのは、頭から生えている真っ黒な猫の耳と、尻のあたりから生えている同じく真っ黒な尻尾だ。

 かつてアルエスタの平原で出会った猫族ケットシーの少女、シーリンがそこにはいた。


「え? シーリン!?」


 俺と別れた時と何一つ変わらない。記憶のままの姿のシーリンが目の前に立っている。

 真っ暗な空間のはずなのに、不思議とシーリンの姿ははっきりと見ることができた。


「お前、なんでここに……」


 思わずそう問いかけたが、シーリンは何も言わない。驚くでも喜ぶでもなく、冷静に俺の方を見つめていた。

 困惑する俺をじっと見て、シーリンはゆっくりと口を開いた。


「君の望みって、なに?」


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