21 森の奥で
「クリスさんっ、僕たちも行きますよ!」
「おっ、おう!!」
ヴォルフに促され、俺も慌ててテオを追って駆け出した。
先を走るテオとラウルの二人は、走りながらも言い合いをしているようだった。
「退けっ、勇者! これは俺たちの問題だ!!」
「そんなこと言ってる場合ではないだろう! 人の命がかかってるんだぞっ!?」
「黙れ! 教会の犬に何ができるって言うんだっ!!」
走り続けたまま街の門のそばまで来ると、ラウルはそこに繋いであった馬に飛び乗ってそのまま街の外に駆けていってしまった。
「あーあ、行っちゃった」
「かまわん、オレ達はオレ達でこのまま追いかけるぞ」
「テオさん、場所は分かってるんですか?」
「ああ、北の洞窟なら地図に載っている。そう遠いわけでもない。行くぞ」
テオは真剣だ。普段は観光の話ばっかりしてるこいつも、やっぱり心は勇者なんだな。ちょっと安心したぞ。
そのまま俺たちもアニエスを探しに街の外へ飛び出した。馬なんて使えないので自分の足で行くしかないが、それはしょうがない。とにかく、俺たちは行かなくちゃいけないんだ。
助けを求める人がいたらどんな時でも救いの手を差し伸べる、それが勇者なんだから。
◇◇◇
《ミルターナ聖王国中央部・ヴェキアの森》
アニエスを探して、俺たちはヴェキアの森へと足を踏み入れた。
ヴェキアの森はフォルミオーネの街の北方に広がる森で、地図によるとこの森の中に恐ろしい魔物の潜む洞窟があるというらしい。近くに門でもできているのか、森に入った途端にひっきりなしに魔物が襲ってくるようになった。
「邪魔だぁ!!」
テオの拳に、次々と魔物が沈んでいく。俺はもちろん、ヴォルフの出番すらほぼないと言っていい状況だった。
「テオ、気合入ってるなー」
「ラウルさんに引っ込んでろって言われたのを意外と気にしてるのかもしれませんね」
凶戦士のように暴れながら魔物たちを沈めていくテオの後ろを、俺とヴォルフは小走りでついて行った。また新たな魔物が飛び出してきて、テオが拳を構えた。その時、俺はある物に気が付いた。
「なあ、あれ。矢じゃないか?」
少し離れた所にある木の幹に、矢が突き刺さっている。魔物はテオに任せてその木に近づくと、幹だけではなく木の根元に大きなキノコに何本も足が生えたような魔物の死体が転がっていた。
「何これ、気持ちわるっ!」
「ハシリダケですね。この何本もの足ですごい速さで近づいて来て菌をまき散らす、見た目よりは危険な魔物です」
「これがすごい速さで走って来るのか……」
あまり想像したくない。何本もの足が生えたキノコに追いかけられるなんて、一回経験したらトラウマになりそうだ。
よく見るとこのハシリダケの尻(っぽい部分)にも、幹に突き刺さっていたのと同じ矢が刺さっている。
「なあヴォルフ、これって……」
「まだ腐敗が進んでいないという事は、最近……というか本当に今さっき誰かがこの魔物を射抜いたという事でしょうね」
俺は覚えてる。俺たちが冒険者ギルドに行った時に見たアニエスの背中には、弓が背負われていたことを。ラウルもここに来た可能性はあるが、あいつは双剣を腰に差していただけで、馬に飛び乗った時にも弓を装備しているようには見えなかった。
ヴォルフも同じ考えに行き当たったようで、すぐに大声を出してテオをこっちに呼び寄せた。
「矢が刺さってる場所を探してください。まだそんなに遠くには行っていないはずです」
「……あそこもだな!」
「えっ、どこどこ?」
テオは何かを見つけたのか急に走り出した。俺も慌てて後を追うと、大分離れた所にまたしても矢が刺さった魔物の死体が転がっていた。
「アニエスが倒したのかな……」
「状況からみてそうだろう。あの少女、結構やるな」
「……そうも言ってられないようですよ……」
ヴォルフが魔物の死骸の近くの地面を指差した。そこにはわずかな量だが、血の跡がついていた。
俺はそれを見て血の気が引いた。これは明らかに魔物の血じゃない。人間――ほぼ間違いなくアニエスの血だろう。
「急ぐぞ。一刻を争う事態かもしれん」
止血をしていないのか、血の跡は点々と続いている。俺たちはその後を追って再び走り出した。
「っぐっ……!」
遠くから呻くような声が聞こえた。そちらへ向かえば、そこには冒険者ギルドで見た少女――アニエスが足を引きずりながらトカゲのような魔物と対峙していた。
アニエスの足は傷ついていて、今も血が流れ出している。対する魔物も、体に矢が突き刺さってはいるが、まだ十分動けるようだ。
俺たちが来たことに気が付いたのか、アニエスがこちらを振り向いた。
「誰だっ!?どうしてここに、」
「危ないっ!!」
アニエスが魔物から視線を外した瞬間、魔物はチャンスを見計らったようにアニエスに飛び掛かった。アニエスが慌てて弓を構えようとしたが、それよりもはやくテオの拳がトカゲのような魔物を吹っ飛ばしていた。
「…………えっ?」
「君がアニエスだな。怪我はないか?」
ぽかんとその光景を見ていたアニエスにテオが近づいて行った。アニエスは途端にきつくテオを睨み付ける。
「もし怪我がないように見えるなら、随分とお気楽な頭をしてるんだな!」
「勇者が助けに入る時の常套句だ。そんなに怒るな」
テオは屈んでアニエスの怪我の様子を確かめると、振り返って俺を呼んだ。
「クリス、回復魔法を頼む」
「え、うん……」
俺は背中に背負っていた杖を取り出すと、アニエスのそばに膝をついた。彼女の足は魔物にやられたのかざっくりと裂けていて、そこから今も血が流れ出していた。
治してあげなきゃ。でも、怪我人に回復魔法を使うのは初めてだ。もし失敗したらどうしよう。もし俺の魔法のせいでもっとひどい状況になったら……。
そんな風にぐるぐると考え込んでしまった俺の頭の中を見通したかのように、テオに優しく肩を叩かれた。
「心配するな。回復魔法は他と違って失敗してもそうひどい事にはならないさ。それにおまえは昨日光の球を出す魔法に成功しただろう?」
おまえなら大丈夫だ。そう言われて俺の中に自信がみなぎってきた。大丈夫、呪文はちゃんと覚えてる。
「……生命の息吹よ、どうか彼の者に力を。“癒しの風”」
精神を集中させ、杖を構えて呪文を唱える。辺りに優しい風が吹いて、数秒もするとアニエスの傷口から流れ出ている血が止まったように見えた。
「……どう?」
「……さっきより痛くない……気がする」
持ってきた水でアニエスの傷口を洗い流すと完全に傷がふさがったとは言えないが、最初に見た時よりは大分ましな状態に見えた。流血もおさまっている。
それを見ると、俺は安心して一気に力が抜けた。初めての回復魔法、なんとか成功したようだ。
「あ~、よかったぁ~。失敗したらどうしようかと思った……」
「よくやったな、クリス」
「今回だけはお手柄ですね、クリスさん」
「だけって何だよ!」
わあわあと盛り上がる俺たちを、アニエスは不思議そうな顔で眺めていた。
「それで、おまえたちは……誰だ?」
どうやら彼女はギルドの入口ですれ違った俺たちの事を覚えていないらしい。まあ、それもしょうがないか。俺たちにとってはカウンターで叫んでる彼女は印象的だったけど、彼女にとって俺たちはただの通行人でしかない。俺だってすれ違った通行人すべての顔を覚えているかと聞かれたら、よっぽどかわいい女の子ぐらいしか思い出せないだろう。
「オレはテオ、勇者だ。こっちは仲間の、」
「勇者だと! ……痛っ!」
テオの自己紹介を聞くやいなやアニエスはすごい勢いで立ち上がった。……が、足が痛むのかすぐにまた地面に崩れ落ちた。俺は慌ててアニエスを支えてあげた。
「無理すんなよ、まだ完全に傷がふさがったわけじゃないんだし!」
「……なんで勇者がこんなところにいるんだ……」
アニエスは鋭い瞳でテオを睨み付けている。やっぱり冒険者は勇者の事がそんなに好きじゃないみたいだ。それはわかるけど、せっかく助けたのにこの態度はちょっと落ち込むぞ。
「おまえを助けに来た。ここにいる理由はそれだけだ」
「何で……何で……」
テオがはっきりそう答えても、アニエスは俯いたまま何かぶつぶつ呟くだけだった。どうしようかと俺とヴォルフが顔を見合わせた時、アニエスはがばっと、俯いていた顔をあげた。
「何で今更っ……私を助けに来たりするんだ!」
「今更って言われても……」
俺たちがこの街に来てまだ数日だし、彼女を見たのも今日、ギルドの入口ですれ違った時が初めてのはずだ。さすがに会った事もない少女の危機を察知して助けに来るなんて無理があるんじゃないか。俺はそう思ったが、どうやら彼女が言いたいのはそういう事ではなかったらしい。
「どうして勇者なんて……兄さんの時は見殺しにしたくせに!!」
「……!!」
俺は思わずひゅっと息をのんだ。アニエスは憎しみのこもった目でテオを見ている。対するテオは、動揺もせずにアニエスを見返している。そして、テオはゆっくりと口を開いた。
「聞かせてくれないか、おまえの兄の話を」
テオは真剣だった。アニエスもテオの気迫に押されたのか、ぐっと唇をかみしめた。
「……いいよ、知りたきゃ教えてやるよ……」
そう言うと、アニエスは話し始めた。彼女の兄と、この街のにぎわいに影を落とす恐ろしい魔物の話を。