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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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26 俺が彼女で、彼女が俺で

 

 ――誰かの声が、聞こえた気がした。



 草のにおいがする。そよ風が気持ちいい。

 お日様はぽかぽかと暖かいし、これは絶好の昼寝日和だ。

 それなのに、誰かがうとうととする俺の事を呼んでいる。

 こんな時に誰だよ……となんとか目を開いて、そこに見えた顔に思わず悲鳴を上げてしまった。


「うええぇぇ!? アンジェリカ……?」


 上から俺の事を見下ろしていたのは真紅の髪に翡翠の瞳、俺の前世であるはずの女性、アンジェリカだったのだ。


「え、なんで? 何でアンジェリカがここに……」


 そう考えて、俺は気が付いた。

 ここはどこだ。俺はなんでここで寝ていたんだ!?

 すぐに起き上がってあたりを見回し、そして気が付いた。


 緑の草原、遠くに見える山々。澄んだ空気に心地の良い風。

 ここは、俺の故郷のリグリア村の近くに似ている。


「……良い所ね、ここって」


 アンジェリカは俺の動揺など気にも留めていない様子で、ゆっくりと周囲を見回していた。


「あの……アンジェリカ?」

「なに?」


 そっと呼びかけると、アンジェリカが優しく微笑んで俺に視線を戻した。

 ……なんで、自分の前世と話ができてるんだろう。


「…………夢?」

「それに近いわね。正確にはここはあなたの心の中」

「えぇぇぇ……?」


 駄目だ、わけがわからない。

 呆然とする俺に、アンジェリカは続けた。


「夢と言えば……私にもね、夢があったの」


 アンジェリカはどこか悲しそうな顔をして、遠くの山々を見つめた。


「私、小さい頃からほとんど修道院から出たことが無くて。だから、いろんな所に行って、いろんな物を食べたりして、いっぱい遊ぶのが夢だった」


 不思議とアンジェリカの思いが伝わってきた。

 まだリグリア村で暮らしていた頃、俺も同じような夢を抱いていたからだ。

 いつか村の外に出て、誰からも認められるような勇者になる。ずっと俺はそう夢見てた。


「修道院から出れた頃はそんな状況じゃなかったから、世界が平和になったら、思いっきり自分のしたい事しようと思ってた。でも……全部、燃えちゃった」


 その言葉を聞いた途端、ぞくりと全身が震えた。

 アンジェリカの夢は叶わなかった。世界を脅かす者を倒した途端、彼女は殺されたのだから。


「海とか砂漠とかにも行きたかったし、おもいっきりおしゃれしたかったし、異国の皇子様と恋に落ちてみたりしたかった。……馬鹿みたいでしょ」


 そう言うと、アンジェリカは諦めたように笑った。

 俺は笑えなかった。

 彼女のつたない夢を、馬鹿みたいだとはとても言えなかった。


「……私の夢は終わっちゃったけど、あなたはそうじゃない。あなたには支えてくれる人がいるし、あなたの時間は続いて行く。これから、きっといろいろな事が出来るわ。だから……もう、起きないと」


 そう言うと、アンジェリカは優しく俺の手を握った。

 握った箇所から彼女の思いが伝わってくるような気がした。


 その時、俺は初めて目の前の彼女と自分が同じ存在だという事がはっきりとわかったんだ。


「…………アンジェリカは?」

「私は、またここであなたの事を見守ってるわ。ずっと、ずっと……」


 そう言って手を離そうとしたアンジェリカを、俺は自分から彼女の手を握りしめて引き留めた。


「待てよ。俺とアンジェリカって、同じ存在なんだろ?」

「まあ、同じ魂を持つ者だからね」


 アンジェリカはきょとん、とした表情で俺を見つめていた。

 俺と彼女は同じ存在……だけど、今はこうやって俺とアンジェリカの二人がいる。

 それがどういうことなのかはよくわからないけれど、きっと俺が目覚めたら彼女はずっとここにいることになるんだ。

 ずっと、一人で。


「…………アンジェリカ、俺と一つになろう」


 自然にそう口が動いていた。

 その途端、アンジェリカは驚愕したように目を見開いた。


「俺とアンジェリカは同じなんだろ? だったら、俺と一緒になろう。俺は世界を救う。それで……アンジェリカの夢、叶えたいと思うんだ。海に行って、砂漠に行って……おしゃれとか、恋とかはできるかわからないけど……アンジェリカのしたかったこと、一つずつ叶えてくよ!」


 俺とアンジェリカは同じだ。だから、アンジェリカの夢は俺の夢でもある。

 俺と一つになれば、きっとアンジェリカの夢を俺が叶えることができるはずだ!

 そう思って提案したのだが、アンジェリカは悲しそうに首を横に振った。


「駄目よ」

「何でだよ!」


 そう聞き返した途端、ぐっと手を強く握られる。

 その途端、ぞくりと全身に震えが走る。


「私は死んで、魂の浄化を経てあなたに生まれかわった。……今のあなたは、私の綺麗な部分よ。でも、神様でも浄化できないものがあったの」



 ――何で私が


 ――誰か助けてよ


 ――あの恩知らず共め……!


 ――こんなことなら、みんな……みんな死ねばいいのに


 ――許さない


 ――許さない許さない許さない許さない許さない……



「……っああぁぁ」


 怒り、悲しみ、憎しみ……今まで経験したことが無いほどの黒い感情が一気に俺の中へとなだれ込んでくるのを感じた。

 黒い感情の渦に飲み込まれそうになるのに、必死に耐えるしかなかった。


「……これが、今の私なの。私と一つになったら、あなたは私の抱えるこの黒い感情を受け入れなければいけなくなる。そんなことはさせられないわ」


 彼女が手を緩めると、すっと黒い感情の波は引いて行った。

 アンジェリカは無実の罪で非道な殺され方をした。きっと怒っただろうし、悲しんだだろうし、様々なものを憎んだんだろう。神様でも浄化できないくらいの、黒い思いを抱えるくらいには。

 きっとその思いは転生しても消えなくて、俺に溶けずにひっそりと残っていたんだろう。それが、目の前のアンジェリカだ。


 俺とアンジェリカは同じ存在だけど、あの黒い感情は彼女が抱えて、ずっと隠していたものなんだ……。

 

「大丈夫、これだけは私がずっと持ち続けているから、あなたは気にしないで……」

「そんなの……」


 彼女はこれからずっと俺の中で、あの黒い感情を抱えたまま眠り続けるのだろうか。

 ……そんなのは、俺が我慢できなかった。


「そんなのおかしいだろ! 俺に生まれ変わった時点で、アンジェリカの物は俺の物だろ! だったら、その感情だって俺の物のはずだ! だから、アンジェリカが独占するなんておかしい!!」

「……はあ?」


 アンジェリカは呆れたような顔をした。でも、俺は変なことは言ってないはずだ!


「一緒だよ、アンジェリカ。俺はアンジェリカの夢も、アンジェリカが抱えている汚い感情も全部受け入れる。だって……俺は君で、君は俺なんだから」


 そう告げると、アンジェリカははっとしたような顔をした。

 俺には転生についての深い知識はない。だから、何で今も俺の中にアンジェリカがいるのかわからない。でも、アンジェリカだけに、嫌なものを背負わせるわけにはいかないんだ。


「……辛いわよ」

「大丈夫、大丈夫だよ」


 安心させるようにそう言うと、アンジェリカはそっと俺を抱きしめた。

 俺も彼女の背に腕を回して抱き返す。

 触れ合った箇所から、一つに溶けていくような感じがした。


「俺と一つになろう、アンジェリカ」

「……クリス、ありがとう」


 喜びも、悲しみも、全てを分け合うんだ。

 俺たちはそのまま、ずっと抱き合っていた。



 ◇◇◇



「お、起きた……!」


 誰かの声が聞こえた。

 そっと目を覚ますと、目の前にリルカがいた。


「あれ、リルカ?」

「う、うん」


 リルカは何故か緊張しているようだった。

 そっと身を起こすと、レーテとヴォルフも何故かやたらと真剣な顔で俺を見つめていた。


「……お前は誰だ」


 唐突にレーテがそう問いかけてきた。

 俺はわけがわからないまま返答する。


「誰って、クリスだけど……見ればわかるだろ」


 そう答えると、三人はひそひそと何か小声で話し始めた。

 何だよ、感じ悪いな……。


「右と左、身につけるならどっち?」


 ヴォルフに何かささやかれたレーテが、そう言って俺の前に何かを差し出した。

 俺は思わず目を見開いた。

 地味なものと派手なもの。何故か二枚のブラを両手に持って、レーテは真剣な顔で俺に問いかけてきたのだ。


 …………!?


「ちょっ、お前何やって……!」

「いいから答えろ」


 何だこれは、俺をからかっているんだろうか。

 俺だって、一応女の体になってからは下着も女性用の物を身につけている。

 でも、何で人前で下着の好みを暴露しないといけないんだよ!!


 助けを求めてヴォルフとリルカに視線をやったが、二人とも真剣な顔で俺の動向を見ているようだった。

 駄目だ、助けは期待できなさそうだ。


「…………こっち」


 俯きながら小声で地味な方を指差す。

 派手な方はひらひらとした装飾が多いし、なんか薄くて頼りないというか……ちょっとやらしい感じな気がする。

 女性らしい体形の人が身につければ様になりそうだが、俺にはちょっとそんな勇気は出ない。

 その点地味な方は俺が普段つけているものに近いし、そんなに抵抗感はない。

 そう思って地味な方を選ぶと、三人は何故か驚いたように目を見開いた。


「ほ、本物だ……!」


 リルカは何故かそう言って目を潤ませた。

 その様子におろおろしている間に、ヴォルフに強く背中を叩かれた。


「起きるのが遅い!」

「えぇ……?」


 俺はそんなに長時間寝ていたんだろうか。うまく思い出せなかった。


「まぁ、おかえりって言うべきなのかな」


 レーテが呆れたように、だがどこか安心したように微笑んだ。

 俺も思わず口を開いていた。


「た、ただいま……」


 そう口に出すと、三人は嬉しそうな顔をした。

 ……たぶん、これでよかったんだろう。


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