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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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19 一夜明けて

 

 ――誰かの声が、聞こえた気がした。



 なんだか体が重い。それでも、光を感じて俺は目を覚ました。


「あっ、起きた!」


 随分とかわいらしい声が聞こえる。重い瞼を開くと、じっと俺を覗き込んでいた幼い女の子と目があった。


「…………ミーネ?」

「うん、そうだよ。パパー、お姉さんが起きたよー!!」


 俺を覗き込んでいたのは、ゲオルグの娘のミーネだ。

 ミーネがどこかに向かって呼びかけていた。

 何とか重い体を起こす。体は重いし、何故か腹のあたりがずきずきと痛むし、最悪の気分だ。


「あんた、大丈夫だったか!?」


 娘の声が届いたのか、慌てた様子のゲオルグが近づいてきた。

 その時点で、俺はやっと冷静にあたりを見回すことができた。

 木でできた、簡素な小屋のような場所に俺たちはいた。他にも十数人の人の姿がある。

 見覚えのある人もいた。あれは、魔物になりかけていた村の人だ。

 そうだ、俺が襲い掛かって来たあの人たちを浄化して、それで……


「あの村は!?」


 俺は慌てて飛び起きた。ずきりと腹が痛んで膝をついたが、なんとか手をついて踏ん張った。


「今、あんたの仲間が見に行って……」


 立ち上がろうとした俺をゲオルグが押しとどめる。それでも必死に立ち上がろうとすると、どこにいたのかリルカがすっとんできた。


「無理しちゃだめだよ!」

「でも、あの村が!!」


 あの不気味な穴はどうなったんだ!? 

 俺が何を気にしているのかわかっているはずなのに、リルカは何も言わずにきゅっと唇を噛みしめた。

 その時、きぃ、と音がして小屋の戸が開いた。


「あ、起きたんだ」


 朝の光を背にして、レーテが小屋の入口に立っていた。レーテは探るような目で俺を見下ろしている。


「調子はどうですか?」


 レーテの後ろからヴォルフが俺の所へやって来て、傍らに片膝をつき顔を覗き込んできた。


「体、重い……あと、腹が痛い」

「当たり前だ。思いっきり殴ったからな」


 レーテがそう言ったのが聞こえて、俺はやっと自分の身に何が起きたのか理解した。

 おそらくレーテが拳を握りしめた直後に、俺はレーテに腹を殴られて意識を失ったんだろう。

 まったく、女の子の腹を殴りつけるなんてなんて奴だ! 

 いくら元は自分の体だからと言って、やっていいことと悪いことがあるだろ!!


 ……違う、今はそんな事を気にしてる場合じゃない!!


「あの穴は、村の人たちはどうなったんだ!?」


 そう問いかけると、ヴォルフは俺から目を逸らした。

 しばらく沈黙が続いた後、レーテがそっと口を開いた。


「……気になるなら、自分の目で確かめるといいよ」



 ◇◇◇



 俺とヴォルフとレーテ、それにあの小屋にいた村人何人かで、あの穴が出現した地点へと向かう。

 ヴォルフとレーテは先に見てきたはずなのに、聞いても何も答えない。

 俺は重い体を引きずって、意識を失う直前までいた場所へと急いだ。



 辿り着いた場所には、もうあの奇妙な穴は無かった。

 それだけではなく、誰もいなかった。



「…………そんな」


 俺は呆然と辺りを見回したが、誰の姿も見つけることはできなかった。

 ここに来る途中も誰にも会わなかった。それで、薄々気づいてはいた。今のこの村からは、誰の気配もしない。

 人間どころか、動物すら一匹もいないように見える。

 聞こえる物音と言えば、風に草が揺れる音と、遠くの鳥や虫の鳴き声くらいだ。


「この村の、人たちは……?」


 震えた声でそう問いかけると、レーテはじっと俺を見据えて、たった一言告げた。


「消えた」


 嘘つくなよ、と言ってやりたかった。

 でも、一日にして廃墟のようになってしまった村の静寂が、どんな言葉よりも正確にその事実を突き付けてきた。

 この村の人たちは一人の残らず消えてしまった。

 おそらくは、あの穴に吸い込まれて。


「……戻りましょう。リルカちゃんがいるとはいえ、あの小屋が襲われないとも限らない」


 ヴォルフが気遣うように優しく俺の腕を引いた。

 それに何と答えたのかはわからない。気が付いたら、先ほどまで寝ていた山小屋の前まで戻って来ていた。


 呆然としたままの俺を置いて、レーテとヴォルフは村人たちと話をつけたようだった。

 元々あの村に何人くらいの人が住んでいたのかはわからないが、今ここに残っているのは二十人にも満たない少人数だ。

 彼らはあの村に戻らずに、ひとまず近隣の村や町に身を寄せることにするらしい。


「あんたは俺の妻と娘を救ってくれた。……だから、そんなに自分を責めないでくれ」


 近くの村に住む親戚の元を訪ねると言ったゲオルグは、出立する直前、俺の手を握って何度もそう言った。

 俺は、そんなに心配されるほどひどい顔をしていたんだろうか。



 村人がみんな山小屋からいなくなると、俺たちも出発することになった。

 先頭をレーテ、その後ろをヴォルフが、何度かこっちを振り返りながら歩いている。

 俺はリルカと手をつないだまま、ふらふらとどこに行くのかもわからないままに歩いていた。


 まだ、夢を見ているような気がする。

 あの村の人たちは、みんなあの不気味な穴に吸い込まれて消えてしまった。


 俺は、あんなに近くにいたのにあの人たちを救えなかったんだ。



 ◇◇◇



 《ユグランス帝国南東部・アーホルンの町》


 どれだけの時間歩いていたのかよくわからないが、気づいたら少し大きめの町に着いていた。

 通りをたくさんの人が行き交っている。その光景を見て涙が出そうになった。

 俺が初めてあのタンドラの村に足を踏み入れた時、まだあそこにはたくさんの人がいて、ここと同じようにみんなそれぞれの生活を営んでいた。

 でも、その光景はもうない。

 みんな、まるで最初から何もなかったかのように消えてしまったんだから。


 そう考えると、急に吐き気が襲ってきた。

 立ち止まって口を押える俺を、リルカが心配そうに見上げていた。


「くーちゃん、大丈夫?」

「……うん」

「無理しないでください。今日はもう休みましょう」


 ヴォルフにそう促されて、俺たちは町はずれの宿へと足を進めた。

 部屋に入ると、どっと疲れが襲ってきて俺はベッドに座り込んだ。


「……さて、これからどうしようか」


 後ろ手に部屋の扉を閉めたレーテが、俺たちの顔を順番に見まわしながらそう口を開いた。


「僕たちは、元々アルカ地方に向かっていたんです」

「アルカ地方?」


 リルカの問いかけに、ヴォルフはしっかりと頷いた。


「クリスさんの先祖の手記に、その土地の名前があって……」


 ヴォルフはまだ何事かリルカとレーテに説明していたが、俺の耳には入らなかった。

 気が付くと、脳裏にあの不気味な穴と、穴に吸い込まれる人たちの姿が浮かんでくる。

 どうしてあの時、俺は無理にでも呪文を唱えなかったんだろう。

 もし最後まで呪文を唱えていたら、あの人たちだって助かったかもしれないのに……!


「……キ、ビアンキ!!」


 苛立ったような声が聞こえて、俺ははっと我に返った。


「聞いてたのか? とりあえず今日はもう休んで、明日、アルカ地方に向かう」


 アルカ地方、テラ・アルカ――

 そこに行けば、世界を救う方法が、アンジェリカが世界を救った方法がわかるかもしれない。

 でも、方法が分かったからといって、だから何だっていうんだ。


「……無理だよ」

「はあ?」


 俺のつぶやきに、レーテは不快そうな顔をした。

 それに負けないようにしっかりと顔を上げて、レーテを見据える。


「無理だよ、俺たちには」

「……何言ってるんだ」

「だって、小さい村一つ救えなかったのに!? 世界を救うなんて無理に決まってる!!」


 あの村を救う方法はあった。

 俺が、ちゃんと呪文を完成させて村人を浄化できれば良かったんだ。

 でも、俺にはそれができなかった。

 きっとそれと同じだ。

 たとえ世界を救う方法がわかったとしても、また失敗するに決まってる!


「世界を救う方法が分かったって、俺たちにはできるわけがない!」


 そう叫ぶと、レーテに襟を掴まれた。


「……そんなものなのか」


 レーテは今までに見た事のないほど冷たい目で俺を睨んでいる。


「前の君はそうじゃなかった。もっと威勢があった。……今の君を、勇者テオが見たらどう思うだろうね」


 テオの名前を出されて、胸のあたりが苦しくなった。

 テオはいつも、世界のため、人のために戦っていた。

 どんな状況でも、逃げることはなかった。

 でも、テオはもういない。

 残された俺たちには、テオみたいに奇跡を起こす力はないんだ……!


「だって、だって……」


 知らず知らずの間に涙が零れ落ちた。

 悲しい、辛い。

 自分の無力さが、どうしようもなく嫌だった。


「……そうだね、最初からできないと思ってる奴には何もできないよ。そこでぴーぴー泣いてるのがお似合いだ」


 レーテは俺の襟をつかんでいた手を離すと、そのまま部屋の扉に手を掛けた。


「……少し、外に出てくる」


 そう告げて、レーテは足早に部屋を出て行ってしまった。

 俺は時折しゃくりあげながら、レーテに言われた言葉の意味を考えていた。


 テオは、今の俺を見たらどう思うだろう。


「……くーちゃんは、これからどうしたい?」


 しばらくたった後、リルカがそっと俺に声を掛けてきた。

 顔を上げると、優しい微笑みを浮かべたリルカと目があった。その顔を見ていると、俺の口から勝手に言葉がこぼれ出た。


「……世界を、この大地に生きる人たちを救いたい」

「うん。リルカも、みんな同じだよ」


 この世界を救いたい。その思いは変わることなく俺の心の中にある。

 でも、俺には無理だ。


「できないよっ……テオもいないのに、俺たちだけでやるなんて……!」


 テオがいたら、こんな弱音を吐く俺を叱ったかもしれない。でも、もうテオはいない。

 あいつがいたらどうするかなんて、もう永遠にわからないんだ。


「……クリスさん、ちょっとテオさんを美化しすぎじゃないですか」

「ぇ?」


 思ってもみなかったことを言われて、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。

 だが、ヴォルフの言葉にリルカも同調するように続けた。


「あ、それリルカも思ってた」

「そうだよね。その気持ちはわからないでもないけど……何というか……」


 ヴォルフとリルカはそう言って顔を見合わせた。

 二人が何を言いたいのかわからなくて、俺は問いかけた。


「どういう事だよ……」

「思い出してください。テオさんだって、たくさん失敗してきたじゃないですか」

「逃げることもあったし、負けることもあった。救えなかった人だっていたよ」


 二人の言葉に、俺は少しずつテオがいた頃のことを思い出した。

 ……そうだ、二人の言う通り、テオだって何もかもがうまくいっていたわけじゃない。

 卑劣な盗賊の罠にはまったこともあったし、なんだかヤバそうな怪物に追いかけられたら逃げたし、オリヴィアさんの従者や、婚約者を救えなかったことだってあった。


「……それでも、テオさんは諦めなかった。いつも前を向いてた。くーちゃんも、知ってるよね」

「…………うん」


 俺は溢れる涙を拭って頷いた。

 テオは完璧超人じゃない。酒にも女にも弱いし、敵わない相手だっている。

 俺は、なんでその事を忘れていたんだろう。

 テオはどれだけ失敗しても、いつも前を向いていた。

 なのに俺は、一度失敗したくらいで諦めようとしていたんだ。


「……あなたが逃げたいと言うのなら僕は止めません。でも……」

「ううん、もう大丈夫」


 俺はヴォルフの言葉を遮って立ち上がる。

 テオはもういないけれど、テオに見られて恥ずかしいような真似はできない。


「……レーテに、会ってくる」


 言葉は悪いけど、あいつだって俺を叱咤して元気づけようとしていたんだろう。

 あいつに会って、伝えないといけない。

 俺はまだ諦めていないって。


「だったらリルカも……」

「ごめん、ちょっと二人だけで話がしたいんだ」


 そう頼むと、リルカは心配そうな顔をしたがそれ以上は何も言わなかった。

 きっとリルカやヴォルフが一緒にいたら、俺は二人に甘えてしまう。

 今はレーテと一対一で話がしたかった。


 宿を出て、レーテを探す。

 宿の外には、町の方へと続く道と、町のすぐ裏手にある森へと続く道があった。

 なんとなく、レーテは森の方へ行ったんじゃないかという気がする。

 俺は森へと続く道へ足を踏み入れた。


 森に入ってレーテを探す途中、小さな池を見つけた。

 俺は自分の目に手を当てた。さっきまで泣いていたので、もしかしたらちょっと赤くなっているかもしれない。

 またレーテに馬鹿にされるかな……と思いつつ、俺は自分の瞼の状態を確認しようと池の中を覗きこんだ。

 濁った池だが、陽の光が反射して自分の顔がしっかりと映っている。

 ……心配していたほど腫れてはいないようだ。これならレーテにも馬鹿にされることはないだろう。

 そう考えたところで、水面が波打った。


「……ん?」


 何だろう、と思った瞬間、水中から現れた触手のような物が足に巻き付き、一瞬で俺の体は濁った水の中に引きずり込まれた。


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