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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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18 ブラックアウト

 

 途中襲い掛かってくる村人たちを浄化しつつ、俺たちは村の中心にある教会へと向かっていた。

 襲い掛かってくる村人の中には角が生えかけていたり、人を刺し殺せそうなほど爪が伸びていたり、明らかに人の姿を逸脱した者達がいた。

 もう、村人の魔物化はけっこう進行しているようだ。

 早くしないと、取り返しのつかないことになるかもしれない……!


 ずっと走っていて息が切れたのか、やたらと胸が苦しい。

 それでも、俺は声を張り上げて浄化魔法を続けた。


「あそこっ!」


 村の中心部に入ったあたりで、リルカが前方を指差して叫んだ。

 目を凝らせば、教会の前あたりに一人の男が立っているのが見えた。

 男を守るようにして、何人かの子供が立ちふさがっている。

 あれは、ベルファス・クロウと奴が使役するホムンクルスだ!


「貫け、“雷撃(ライトニング)!”」

「って、おい!!」


 まずはこいつを問いただして……と俺は考えていたが、レーテは先手必勝、とばかりにいきなりベルファスに雷撃を撃ち込みやがった。

 雷撃はベルファスに直撃するかと思われたが、その直前、居並ぶホムンクルスがベルファスの前に飛び出し、まるで盾のように代わりに電撃を浴びていた。

 そのホムンクルスが地面に倒れると、ベルファスは緩慢な動きで俺たちに視線を向ける。


「……またお前か」

「ホムンクルスを……そんな悪事に使わないで!!」

「錬金人形風情が偉そうに……」


 その言葉を聞いて、かっと頭に血が上った。

 錬金人形……というのはたぶんホムンクルスの、リルカの事だ。

 リルカの事を何を知らない癖に、お前こそ何様のつもりなんだよ……!


「……あなたも、ルディスの信者だったんですか」


 ヴォルフが押し殺した声でそう問いかけると、ベルファスは馬鹿にするように笑った。


「俺は神の力を借りなければならないほど脆弱ではない。……ただ、倫理だの人道だのと言って、技術の発展に制約を掛けようとするこの世界をぶち壊したいだけさ」


 フィオナさんは、アムラント大学では人を傷つけるような危険な研究は禁止されていると言っていた。ベルファスは、その禁を破って追放されかけたとも聞いた。

 要するにこいつは、それが気に入らなくて暴れてるって事か……!

 そんなの許せない、許すわけにはいかない!


「何でもいいよ。そっちがその気なら、こっちも好きにやらせてもらうだけだ」


 レーテはそう呟き、剣を取り出した。それだけで、背筋がぞくりと震えた。

 こいつは本気だ。もう手加減なんてするつもりはないだろう。

 俺も慌てて杖を構える。俺たちが臨戦態勢に入ったというのに、ベルファスは余裕そうな態度を崩さない。自分はホムンクルスに守られているから平気だとでも思っているんだろうか……。


「貴様らも、新たなる世界の礎となるがいい」


 ベルファスはそう言うと懐から石のような物を取り出し、空中へと放り投げた。

 次の瞬間奴が投げた石は空中で爆発し、空中に穴が開いた。


「……え?」


 なんだこれは、と思った瞬間、強く体が引き寄せられる感覚がして俺は思わずよろめいた。


「クリスさん!」


 転びそうになった所をヴォルフに支えられる。慌ててリルカの方を確認すると、レーテが必死な様子でリルカを抱き留めていた。

 強く引き寄せられる感覚はなくならない。

 間違いない、あの空中の穴のような物が俺たちを吸いこもうとしているんだ!


「お前、何を……!」


 吸い込まれないように必死に踏ん張りながら顔を上げると、なんとベルファスはホムンクルスを連れてこの場から離脱しようとしていた。


「逃げるのか!?」

「貴様らが勝手に突っかかってきただけだろう。俺は自分のしたいようにするだけだ」


 そんなことさせるか! とベルファスを追いかけようとした瞬間、俺の目に何人もの村人姿がうつった。

 おそらく何があったのか見に来たのだろう。

 好奇心からか、あのベルファスが残した黒い穴へと近づいていく。


「来るな! 逃げろ!!」


 あれは危険だ。俺の本能がそう告げている。

 必死にそう叫んだが、村人は何かに引き寄せられるように次から次へと俺たちのいる場所へと近づいてきていた。中には、ここに来る途中で見た魔物になりかけている人もいる。

 何とか止めようと思ったが、吸い込まれないように踏ん張るだけで精一杯だ。

 そして、何かに魅入られたような顔をした村人の男があの黒い穴に至近距離まで近づき、次の瞬間、その深淵へと吸い込まれてしまった。


「……ぇ?」


 止める暇もなかった。男の体は、一瞬で黒い穴の中へと吸い込まれてしまったのだ。


「ひっ!」


 リルカが怯えたように悲鳴を上げた。俺の体を支えるヴォルフの手に力が入る。

 俺はただ、呆然と目の前の光景を見ている事しかできなかった。


 今、あの人はどうなった……?


 男があの穴に吸い込まれたのを見たはずなのに、村人は次々と穴の方へと近づいて行く。

 そして二人目の村人が先ほどと同じように、穴の中へと吸い込まれた。


「やめろ、近づくな!……ちっ、操られてる!」


 レーテが焦ったようにそう叫ぶ。

 その言葉に俺ははっとした。

 この村の人たちはあの怪しげな黒水晶から瘴気を浴びて、おかしくなっている状態なんだ!

 だから、俺たちの声も届かないんだろう。


「俺が浄化する!」

「この状況で!?」


 リルカが慌てたように叫んだ。確かに俺たちまであの穴に吸い込まれそうな状況で、浄化魔法を使うなんて無茶かもしれない。

 でも、この状況を放置するわけにはいかない!


「ちょっとの間、俺の体を掴んでてもらっていいか?」


 そうヴォルフに頼むと、後ろから腹のあたりに力強く腕を回された。


「……死んでも離しませんから」


 不吉なこと言うな! と叫びたかったが、今はそんな暇はない。

 あの穴の吸い込む力はどんどん強くなっている気がする。視界の端で、三人目が吸い込まれたのが見えた。


「集え、満ちよ……!」


 何度目だろう。精神を集中させ、もう馴染んだ呪文を唱える。


「あまねく光、罪をっ……、げほっ!!」


 呪文の途中で急に喉のあたりが苦しくなり、激しく何度も咳き込んでしまう。


「罪を……清、ごほっ……!」


 胸に何かが詰まったような感覚がして、うまく呪文を唱えられない。

 こんなことしてる場合じゃないのに……! 何でこうなるんだ……!


「どうした!?」


 リルカを腕に抱いたまま、慌てた様子でレーテが近づいてくる。

 なおも呪文を唱えようとしたが、咳が止まらなくてまともに声も出せない。

 それでも必死に声を出そうとすると、俺の口から何かが飛び出たのがわかった。

 その軌跡を追ったリルカが、怯えたように目を見開いた。


「血……」

「ぇ?」


 背後から呆然としたヴォルフの声が聞こえた。無意識に地面に視線を落とした俺は、そこにあったものを見て絶句した。


 地面に、べったりと血が付いている。

 間違いない。俺が今吐き出したんだろう。


「反動、限界、拒絶反応……」


 リルカがぼそりとそう呟く。

 それを補足するように、レーテが俺に視線を合わせた。


「君が今使おうとしている魔法は、君の限界を超えている。それ以上やったら反動で死ぬから、体が呪文の発動を拒絶しているんだよ」

「な……」


 俺は信じられない思いで地面に落ちた血を見下ろした。

 これ以上やったら、俺が死ぬ……?

 その時、視界の端で更にもう一人が穴に吸い込まれたのが見えた。


「でも、あの人たちを浄化しないと!」

「そんなことしたら、くーちゃんが死んじゃう!!」


 リルカが必死な様子で俺の手を掴んだ。

 死ぬかもしれない。それでも、俺はやらなきゃいけないんだ……!


「闇の残滓を……あっ!」


 呪文の途中で、ヴォルフが俺の手から杖をひったくった。


「何するんだよ!」

「ふざけんな! あんたこそ何やろうとしてるのかわかってんのか!?」


 ヴォルフに怒鳴られて、無意識に体がすくんだのが分かった。

 俺たちを吸いこもうとする力はどんどん強くなっている。それなのに、瘴気に侵された村人はどんどんあの穴へと近づいて行く。


「これ以上は無理だ……ボクたちも離脱するぞ!」

「でも、まだ村の人たちが!」

「いい加減にしろ! 今の状況が分からないのか!?」


 レーテが射殺しそうな目で睨み付けてくる。

 でも、俺だってここで引くわけにはいかない……!


「だったらお前は行けよ! 俺は一人でも――」


 言葉の途中で、レーテが拳を握ったのが見えた。

 次の瞬間、腹部に感じた鈍い痛みと共に俺の意識は暗闇に飲まれた。


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