20 勇者と冒険者
そんな訳で、俺たちは冒険者ギルドにやって来たのだ!
俺の故郷はド田舎だったので冒険者ギルドなんて無かったし、王都でもゆっくり見物する暇はなかったので、実は冒険者ギルドを見るのはこれが初めてだったりする。
こっそり窓から中を覗くと、どうやら酒場のようになっているようだ。まだ朝だからなのか、人は少ないように見える。
俺がきょろきょろとあたりを見回している間にも、テオは扉を開けて中に入ろうとしていたので、俺は慌ててその後に続いた。
「だから、どうして討伐に行ってくれないんだよ!!」
「!!?」
中に足を踏み入れた途端にそんな怒鳴り声が聞こえてきた。
一瞬、俺たちが怒鳴られたのかと思い焦ったが、どうやら違うようだ。ギルドの中では俺と同じくらいの年の背中に弓を背負った少女が、何やらカウンターの中の男性に大声でまくしたてている。
「あそこにあいつがいるのは分かってるんだ! 何で人を集めてあいつを倒しに行かないんだよ!?」
「落ち着け、アニエス。あれの危険はおまえ自身がよくわかっているだろう? 何人あれに殺られてると思ってるんだ。下手に人を動かしても犠牲を増やすだけだ」
「でもっ……」
「安心しろ、他の街のギルドにも応援を要請している。じきに強い冒険者がやって来るさ」
「前も同じことを言ってたじゃないかっ! なのに、状況は何も変わってない!!」
「このご時世だ。どこも魔物だらけで冒険者は引っ張りだこなんだよ。そう簡単に集まるわけじゃないさ」
「……結局、あんたらには何もできないってわけかよ、もういい!!」
少女はそう言い捨てると、扉の前で立ち尽くす俺たちの横をすり抜けて外へ走って行った。すれ違う瞬間に見えた顔は、思いつめたような、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
それにしても、殺られたとか犠牲とか言ってたしなんか大変そうな話だったな。
めちゃくちゃ強い魔物とかがいて、テオがそれを倒しに行くぞ! なんて張り切らないといいんだが。
「見苦しいとこ見せちまったな。……見ない顔だな、もしかして他の街からの応援か!?」
「いや、オレ達は勇者だ」
「勇者だと!?」
テオがそう告げると、カウンターの中にいた男性は一気に苦虫を噛み潰したような顔になった。ギルドの中にいた他の人間も、驚いたような顔で一斉にこちらを振り返った。
あーあ、やっぱり冒険者ギルドでは勇者がよく思われていないっていうのは本当だったんだ。
ここに来ちゃって大丈夫なのかよ。
「教会の犬に出す酒も情報もねぇよ! ……って前は言ってたんだけどなぁ。いらっしゃい、大したものはないけど、ゆっくりしてってくれ。俺はカルロ、このギルドの人間だ」
男性――カルロは大きくため息をつくと俺たちを見て力なく笑った。あれ、思ってた展開と違う。俺たちは顔を見合わせた。テオも困惑した顔をしていたし、ヴォルフも無言で首を振った。
俺だけでなく、二人も状況を把握できていないようだ。
「何かあったの?」
「ん、姉ちゃんも勇者の仲間か? うーん、あんたたちに話すべきじゃないとは思うんだが、今は勇者の手も借りたい状況だしなぁ……」
カルロはうーん、としばらく思い悩んでいたが、意を決したのか俺たちに向かって口を開いた。
「実はな、北の洞窟周辺で魔物が大量発生していてな。調査に行った奴はほとんどが魔物に殺られちまったんだ。おかげでここの冒険者ギルドは深刻な人手不足になっちまってな、今じゃ簡単な討伐すら一苦労ってわけさ」
うわっ、重い。このにぎやかな街にそんな裏事情があったとは。この街の表の顔からは分からないものだ。
それにしても、魔物の襲来のせいでこの世界が危機に瀕しているって割と本当の話だったのか。勇者になるとか言っといてなんだけど、俺の故郷が平和すぎて今までは結構話を盛ってるものかと思ってたぞ。
そうすると、さっきここで大声を出していた子も早くその魔物を倒してほしいと言ってたんだろうか。
「さっきの女の子は?」
「ああ、あの子はアニエスって言うんだが、元々あの子の兄がここの冒険者だったんだけどな……。さっき話した魔物に殺されちまったんだ」
驚いた俺たちを尻目に、カルロは苦しそうに話を続けた。
「それで、早く兄を殺した魔物を倒してくれって毎日毎日やって来るんだよ。……こっちも何とかしてやりたいんだが、下手にその魔物の討伐に向かわせても犠牲を増やすだけでなぁ……」
カルロはそこまで話すと辛そうにため息をついた。彼の中でも早く魔物をどうにかしたいという思いと、下手に冒険者を差し向けてこれ以上犠牲を増やす訳にはいかないという思いがせめぎ合っているんだろう。冒険者もかなり大変な職業だな……。
俺がそんな事を考えていると、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「カルロ、いるかー? 依頼されてた魔物の討伐終わったぜぇ!」
「おお、おまえら無事だったか!!」
入ってきたのは、冒険者と思わしき三人の若い男だった。彼らの姿を目にした途端にカルロは顔に喜色をにじませた。
腰に双剣を下げた三人のリーダー格の男が、カウンターまでやって来てカルロと話し始める。
「よく無事に戻って来てくれたな。もうお前たちくらいしかまともに動ける奴がいなくてなぁ……」
「任せてくれよ! いなくなった奴らの為にも何としてでもこの街を守んないといけないからな! ところで、こっちの人たちは? まさか、他の街からの応援か!?」
リーダー格の男は明らかに期待を込めた目で俺たちを見ている。
あぁ、そう勘違いさせてしまうのが申し訳ない。
「いや、オレは勇者のテオ。こっちは仲間のクリスとヴォルフだ」
「勇者!? 勇者が何で冒険者ギルドに?」
リーダー格の男は最もな疑問を口にした。そりゃあ気になるよな。
「情報収集に。こういった魔物に関する情報なら教会よりこちらの方が詳しいだろう?」
「まあ、そりゃそうだろうけどな。……正直で気に入ったぜ、俺はラウル。ここの冒険者だ」
そう言うと、ラウルはテオに向かって手を差し出した。テオもその手を握り返して、二人はがっちりと握手を交わした。
随分な好青年だ、顔もまあまあ整っていると言っていい。少し離れた所で様子を窺っているラウルの仲間らしき他の二人は、どう見てもその辺のごろつきみたいにしか見えなかったけど。
「そうだ、ラウル。どうせならこの勇者にあの魔物の討伐を依頼すれば……」
「駄目だ!!」
カルロがそう口にした途端、ラウルは大声をあげて制止した。思わず近くにいた俺までびくついてしまう。カルロもひどく驚いたような顔をしている。
「いや、悪い……。でも、勇者っていうのは世界の希望だろ? こんな所で死んでいい訳ないだろ。あの魔物の討伐は俺たち冒険者の仕事だ」
ラウルは耐えるようにそう言った。彼の気持ちは分かる。だが、テオをそれを聞いてむっとしたような顔をした。ラウルの言葉が気に入らなかったようだ。
「どんな魔物だろうとオレは負けない。おい、そいつはどこにいるんだ」
「テオ、やめろ。これは俺たち冒険者の領域だ」
「魔物の脅威から人々を守るのは勇者の仕事でもある」
「……人の仕事を横取りすんなっつってんだよ」
「その仕事を満足にこなせていないのは誰だ?」
「……テメェ……」
一触即発、といった空気の中でテオとラウルが睨みあう。どちらも引く気配はなさそうだ。
「やばいやばい、ヴォルフどうしよう」
「どうしようもないでしょうね。戦闘になったらあっちで見てる二人の冒険者も加勢してくるでしょうから、僕とクリスさんで一人ずつ相手をしましょう」
「え、何それ無理なんだけど」
俺に使えるのといったら、回復魔法と光の球を出す魔法だけだ。どう考えても体格の良い冒険者には太刀打ちできそうにない。
ここは俺だけでも逃げ出すことを第一に考えるべきか……?
混乱してそんなことをぐるぐると考えていると、いきなりギルドの入口の扉がばんっ、と勢いよく開かれ、転がるようにして中年の男が入ってきた。
「大変だ! アニエス、アニエスが……」
「アニエスがどうしたって?」
カルロが慌てて入ってきた男に駆け寄る。男は動転しているようで、意味のある言葉を紡げていない。
「落ち着け、何があったんだ」
「アニエスが、一人で北の洞窟に行っちまったんだよ!!」
それを聞いた途端ギルド内にいた全員に緊張が走った。もちろん、俺にもだ。
ちょっと待て、北の洞窟って言えばさっきカルロが言ってたやばい魔物がいる所だろ。アニエスっていうのは俺たちと入れ違いに出て行った少女だ。
アニエスが一人で北の洞窟に行ってしまったという事は……。
「え、それってやばいんじゃ……」
俺がそう呟いた途端、テオとラウルが勢いよくその場から駆け出した。




