2 ヒロイン登場!?
2017.12.07挿絵追加しました!
広場から少し離れ、俺たちは大通りから外れた狭い路地裏へと進んだ。
目的地は決まっているようで、俺の手を引く彼女の足取りに迷いはない。
「あの……俺に聞いてほしい事って、何?」
「着いたらお話しします。ここでは周りの目があるので」
確かに、彼女の言う通り狭い路地裏にもちらほら通行人がいるのが見えた。
きらびやかな大通りとは異なり、どこか怪しい雰囲気の場所だった。華やかな王都にも裏の顔があるのだろう。
しばらく歩き、とある建物の前で彼女は足を止めた。
「ここ?」
「はい、来てください」
彼女が足を止めたのは、白い大きなアパートのような場所だった。
一階部分は店舗になっているようで、何軒かの店には看板が出ている。
開いていたドアの隙間から中をのぞくと、何人かの姿が見えた。ちゃんと営業しているようだ。
「勇者様?」
「あ、ごめん!」
てっきりこの中のどれかの店に用があるのかと思っていたが、彼女は店を通り過ぎ、建物の隅にある階段へと進んでいった。
三階まで上ると、そのまま廊下に出てそのうちの一つの部屋の扉の前で立ち止まった。彼女は懐から鍵を取り出すとそのまま扉に差し込んでまわした。がちゃり、と音がすると、慣れた手つきで扉を押した。
「もしかして……ここって君の家?」
「まあ、そんな感じです」
何てことだ! いきなり運命の相手(仮)の家にお呼ばれするとは、いくらなんでも展開早すぎじゃないのか。都会怖い。
俺が善良な勇者(予定)だから良いものの、こんなよく素性もわからない相手を家に入れようとするなんて、この子もちょっと危機意識が薄いんじゃないのか?
そんな内心どっきどきの俺を、彼女は至極冷静に家に入るように促した。
「え……?」
どんなかわいらしい部屋なんだろう、と期待に胸を膨らませていた俺は、部屋の中に入って正直拍子抜けした。
その部屋にはいくつかの家具こそ置いてあったが、生活感が一切なかった。
本棚にも食器棚にも何も入っていない。部屋の奥にあるベッドは使った形跡すらない。彼女の私物と思わしき物も、何もなかった。ただ部屋の隅に大きな鏡が置いてあるのみだ。
本当にここが君の家なのか? と俺が彼女に問いかけようとしたその時だった。
「“雷撃”! 」
耳慣れない言葉と共に、俺の体を経験したこともない激痛が襲った。
「うっ……ぐ……かはっ…………!!!」
全身を焼かれるような痛みで、呼吸もまともにできない。体も動かない。生理的な涙で視界がにじむ。
なぜ俺はこんな事になっているのか、原因は一つしか考えられない。
俺が全身の力を振り絞って顔を上げると、その「原因」とばっちり目が合った。
「あれ? 気絶すると思ったんだけど、手加減しすぎたかな?」
その原因――俺をここへ連れて来た女が、楽しくて仕方がないといった様子で俺を嘲るような笑みを浮かべていた。
彼女が俺を攻撃したんだ。武器は持っていないようだし、直前の詠唱から考えるとおそらく魔術師だったんだろう。
「お……まえっ……なんで……」
「安心して、殺すつもりはないから」
女は俺の前にしゃがみこむと、まじまじと俺の顔を見つめた。
「まさかこんなにうまくいくなんて! 私みたいな怪しい人間に簡単についてくるなんて馬鹿じゃないの!?」
ここに来る途中は硬い表情だった彼女が子供のようにはしゃいでいる、が、今となっては全然かわいいとは思えなかった。
先ほどまるで天使のようにかわいいと思っていた彼女の顔は、俺にとってはいまや悪魔のように見える。というか悪魔そのものだ。
彼女は俺の頬へ手を伸ばすと、優しく撫でた後に思いっきりつねってきた。
「痛っ……!やめろっ……!」
「うーん、気絶してもらう予定だったんだけど、まあいっか」
そのまま俺の髪を掴むと、上に向かって持ち上げた。
「ぐっ……!」
はずみで俺の髪が数本抜けたのを感じた。
将来禿げたらどうしよう、そんなどうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。
「恨むなら自分の運命と、あなたを選んだ馬鹿な女神の信徒を恨んでね」
悪魔の笑みを浮かべたまま、彼女はゆっくりと手を滑らせて、両手で俺の顔を挟んだ。
その途端、急激にめまいがして俺の視界がゆがんだ。
体を思いっきりねじられているような、内臓をひっくり返されているような強烈な不快感が俺を襲う。
なんとか不快感をごまかそうと、俺は強く目を瞑った。
そして、そのまま俺の意識は闇にのまれた。
◇◇◇
どのくらい時間が経ったのだろうか、俺が目を覚ますと、どうやらもう日が落ちかけているようで部屋の中はすっかり薄暗くなっていた。
目を覚ました時に最初に見えたのは、埃の落ちた床だ。どうやらあの女に連れてこられた場所にそのまま寝かされていたらしい。
……人を呼ぶなら掃除くらいしとけよ。
幸いなことに、あの体を這い回る様な強烈な不快感も全身を襲った激痛もすっかり消え去っている。
何とか状況を把握しようとした俺の視界に淡い金色が掠めた。
間違いない、あの女の髪の色だ!
俺は慌てて体を起こすと、彼女を問い詰めようと口を開いた。
「おい! いきなり何す……えっ!?」
今、そう口に出したのは間違いなく俺だ。だが、聞こえてきた声は俺のじゃない。
誰かいるのか!? と周囲を見回すと、視界に入っていた淡い金色も俺の動きにあわせて揺れている。
おそるおそる、その金色に近づく。近づくにつれてはっきりとわかった。
あの女だ。あの女と同じ青ざめた顔が、俺を見つめ返していた。
――部屋に置かれた大きな鏡の中から――
「う、うわああぁぁぁぁ!!」
思わず叫んだ声は俺の声とは思えないほど高い、というか俺の声じゃない!
女の声だ、たぶん……というか間違いなく俺を騙したあの女の!!
「え、えぇー! ちょっと待って何で!? 落ち着け、落ち着け俺ぇ!!」
落ち着け、状況を整理しよう。俺は変な女に騙されて気が付いたら俺を騙した女と同じ声と顔になっていた!
……ということは!?
俺は即座に胸に手を当てた。傍から見たらとんだ痴女だが、ここには俺一人しかいないので問題ない。
果たして俺の予想通りに、俺の胸元には二つの豊かな……とは程遠い、わずかなふくらみが確認されたのであった。
「うわあぁぁぁぁ!! ついてる!!」
おっぱいが!!おっぱいがついてる!! と叫びださなかったのは俺の最後の理性だ。
思いっきりつかんで引っ張ってみたが、痛いだけでそのふくらみが取れたりすることはなかった。
間違いなく本物だ。
俺は絶望に打ちひしがれながら股間に手を当てた。…………ない。
もう叫びだす気力も無かった。
思わずその場にへたりこむ。目の前の鏡には泣き出しそうな顔をした女の子がうつっている。
間違いない。俺はあの女と同じ顔、体になってしまっている。
一体何がどうなったんだ、そもそもあの女は俺を自分と同じ姿にして何がしたいんだ。ただのナルシスト、とも思えない。
人の姿をそっくり変えてしまうなんてまるで魔法みたいだ……魔法?
「そうだ! 魔法!」
あの女はおそらく魔術師だ。俺の故郷にはいなかったのでよく知らないが、きっと魔術師なら人の姿を変えることもできるんだろう。
それなら早く誰かにこの魔法を解いてもらわないと。確か教会なら魔法や呪いといった類のものにも詳しいはずだ。
その時、俺の脳裏に浮かんだのは先ほど神殿の前で出会った少女だ。
ティレーネちゃん、きっと彼女なら何とかしてくれるだろう。
女の子に助けを求めるなんてちょっと情けないが、今は非常事態だ。仕方がない。
俺は勢いよく立ち上がるとそのまま部屋の外へと飛び出した。
鍵はかけない。別にあの女の家なんて泥棒に入らてもいい、というか入られてほしいくらいだ!!