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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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16 リルカの一年

 

 落ち着くと、リルカはぽつぽつと今までの事を話してくれた。

 一年前シュヴァルツシルト邸で俺たちと別れた後、リルカとヴォルフはアムラント大学に向かっていた。

 大規模な暴動が起こったとの話だったが、その暴動自体は大したものではなかったと俺はヴォルフから聞いていた。


「テオさんが処刑されたって聞いて、ヴォルフさんも飛び出して行って……でも、リルカはフィオナさんに危ないからここにいろって言われて……」


 賢明な判断だ。俺はフィオナさんに感謝した。

 あの後、世界は教団の勢力が拡大し、以前よりもずっと危険な状態になっていった。下手にうろうろするよりは、大学内に留まる方がずっと安全だろう。

 きっとフィオナさんは、俺たちが傍にいない間もリルカを守っていてくれたんだ。


「でも、少し前にまた襲撃があって……」

「えぇ!? 大丈夫だったのか!?」


 そんなに頻繁に襲撃があって大丈夫なんだろうか……。

 フィオナさんが警備体制が甘すぎると怒るのもわかる気がする。


「その時に現れたのが……ベルファス・クロウ」


 聞き覚えのある名前に、俺はぎゅっと拳を握りしめた。

 ベルファス・クロウ――そいつは確か、錬金術師ルカの家から、ホムンクルスを奪い去った奴の名前だ。ホムンクルスを使い、各地で悪事を働くとんでもない奴だ。

 まさか、また大学を襲撃しに来るなんて……。


「ベルファスはホムンクルスを使って大学を襲って……なんとかみんなで応戦して追い払うことはできたんだけど、リルカ、どうしても許せなくて……」


 リルカの手が震えている。

 俺だってベルファスのしていることは許せないけれど、きっとリルカからして見れば、自分と同じホムンクルスが殺戮の道具に使われているなんて、はらわたが煮えくり返る思いなんだろう。


「それで……逃げようとするベルファスを、一人で追いかけてきたの」

「えぇ!? 危ないだろ!」


 俺は思わず立ち上がった。ヴォルフも驚いたように目を見張っている。

 リルカもさすがにまずいと思っているのか、俺たちから目を逸らした。

 こんな教団の奴らみたいな危ないのがうろうろしている世の中で、リルカみたいなかわいい女の子が一人でいるなんて……どう考えても危険すぎる!

 リルカ、それは俺も見過ごせないぞ!!


「な、なにか危険な目には遭わなかったのか!?」

「一度、ベルファスを追い詰めたと思ったら返り討ちにあって……」


 リルカはその時の事を思い出したのか、ぎゅっと自分自身の肩を抱きしめていた。

 俺は固唾をのんでリルカの次の言葉を待った。


「もう駄目かな……って思った時に、レーテさんが、助けて……くれたの」

「……あいつが!?」


 これは意外な展開だ。

 驚く俺に、リルカは続けた。


「うん。それで、ベルファスを追いかけてるって言ったら……手伝ってくれるって言って……この村に向かってるって情報を聞いて、一緒にここまで来たの」

「あいつが、この村に……」


 なるほど、だから教会にホムンクルスがいたのか。

 ルディス教徒に支配された教会に、ベルファスはホムンクルスを置いていた。

 薄々感づいていたけど、やっぱりあいつも教団の仲間って事か……!


「さっきはいなかったみたいだけど……絶対にベルファスはこの村の近くにいる。たぶん、よくないことを企んでる……」

「人間を魔物に変えてしまうのも……あいつの仕業ってことか……」


 苛立ったようにヴォルフが吐き捨てた。

 人間を、ミーネのように幼い少女まで無理やり魔物に変えてしまうなんて、あのホムンクルスを捨て駒のように利用していたベルファスがやりそうなことだ。

 まったく、反吐が出る。


「リルカは、ベルファスを止めたい……ホムンクルスを、人殺しの道具に使って欲しくない……!」


 リルカはぎゅっと拳を握りしめると、俺とヴォルフに順に視線を合わせ、はっきりとした口調で告げた。


「だから、お願い……協力して、欲しいの……!」


 俺は言葉が出てこなかった。

 決して、リルカに協力するのが嫌だったとかそう言う理由じゃない。

 リルカが俺たちにそんな風に頼み込んできたのに……驚いたんだ。


「リルカ、何言ってるんだ」


 そう口に出すと、リルカはびくっと肩をすくめた。

 そんなリルカの肩に軽く手を置いて、言い聞かせるように口を開いた。


「俺たちがリルカの頼みを断るわけないだろ? そんな風に改まってお願いなんてしなくたって……あいつを倒しに行くからついて来い! ぐらいでいいんだよ」


 もちろんどんなに親しい間柄だからって、無条件で何でも従うわけじゃない。

 俺だってリルカが良くないことをしようとしたら全力で止めるつもりだ。

 でも、各地で混乱を引き起こすベルファスを止めに行くのは、俺からしたら正しい行いだと思える。そんな事で、改まってお願いなんてされるのはなんか違う気がした。


「俺はリルカを信じてる。だから、そんな他人行儀になんてならなくていいんだよ」


 そう口に出して初めてわかった。

 結局なんだかんだと言い訳をしたけど、俺はちょっとリルカの距離があるような態度が嫌だっただけなんだ。

 リルカも、俺の言葉にはっとしたような顔をした。

 しばらく黙り込んだ後、リルカはゆっくりと口を開いた。


「うん、うん……! そうだったね……!」


 リルカは顔を上げた。その顔は、どこかすっきりしたような顔をしていた。


「リルカは、ベルファスを倒しに行く……。だから、ついてきて!」

「任せろ!」

「あまり危険な事はしないようにね」


 ヴォルフもリルカを諌めるようにそう声を出したが、ベルファスを止めに行くこと事態は反対していないようだ。

 当然だな。あいつを放置していたら、きっと大変なことになってしまう。


「夜が明けたらすぐに行動開始だ。リルカも今のうちに寝ておいた方がいいぞ」

「うん、そうだね……」


 そう言うと、元々気を張って疲れていたのか、リルカはすぐに木の幹にもたれてうとうとし始めた。

 そのうちにすぅすぅというかわいらしい寝息が聞こえてくる。

 それを聞いていると、自分の心が安らいでいくのを感じた。


 リルカと、無事に再会できた。


 それだけで俺の心は今まででは考えられないくらいに明るくなっていた。

 この村の事とか、まだまだ不安な事はたくさんある。

 でも、俺の傍にはヴォルフとリルカがいてくれる。だから、きっと何とかなるんじゃないかと、そう思えたんだ。


「良かったですね。リルカちゃんが、無事で……」

「うん……」


 ヴォルフがゲオルグやリルカを起こさないように小声でそう呟いたので、俺も小さく頷いた。

 リルカは元気だった。テオを救えなかった俺の事を、責めなかった。

 それだけで救われた気分だ。


 ふと、さっきレーテに言われた事を思い出した。


 あいつは、俺が一人で不幸ぶって周りに気を遣わせていると言っていた。

 よく考えたら、まさにその通りだったのかもしれない。

 ……俺はいつも、周りに迷惑をかけてばかりだ。


「……ごめん」

「何が?」


 小さく謝ると、ヴォルフが怪訝そうに顔を向けてきた。


「俺、いつもお前に迷惑ばっかりかけてるし……」

「まあ、否定はしませんが」


 率直な言葉に、自分で言い出したこととはいえちょっと落ち込んだ。

 でも、その遠慮のなさがありがたい。

 これからは、できるだけみんなに迷惑を掛けないようにしよう。そう決意した。


 ……レーテの言った通り、テオを失って悲しいのはみんな同じだ。いつまでも俺だけうじうじしているわけにはいかない。

 決してテオの事を忘れるつもりはない。でも、今は悲しむことよりも先に、やらなきゃいけないことがある。

 そう内心で決意を固めた俺の耳に、ぼそりとヴォルフの声が届いた。


「……別に、僕はあなたにならどれだけ迷惑をかけられても構わない」

「なんだよそれ」


 嫌味か? と顔を上げると、思いのほか真剣な顔をしたヴォルフと目があった。

 その視線の強さに、思わず目を逸らしてしまう。


 ……最近、たまにこういうことがある。

 ヴォルフが何を考えているのか、わからないことが増えてきた気がする。

 何て言っていいのかわからずに黙り込んだ俺の耳に、草葉を踏みしめるかすかな物音が聞こえてきた。

 まさか教団に見つかったのか!? と焦ったが、暗闇から姿を現したのは少し前にいなくなったレーテだった。


「村の方が少し騒がしいかな。ボクたちに土地勘はないし、行動を起こすのは夜が明けてからにしよう」


 さっきは怒ったように出て行ったのに、戻ってきたレーテはさっきの態度が嘘のようにけろっとしていた。切り替えの早い奴だ。


「リルカ、寝たんだ」

「疲れてたみたいだからな」


 レーテは穏やかな寝息を立てるリルカに目をやると、優しげに微笑んだ。

 うーん、あいつも年下の女の子には優しいんだな。


「……リルカの事、助けてくれたみたいでありがとう」


 そう言うと、レーテは面倒くさそうに俺を振り返った。


「別に、君に礼を言われる筋合いはないよ。ボクが彼女に協力したいと思ったからそうしただけだ」

「……お前、ティレーネちゃんはどうしたんだよ」


 レーテがリルカを助けてくれたのは有難い。でも、こいつはティレーネちゃんを追って消えたはずだ。それが何で、こんなところにいるんだ?

 そう尋ねると、レーテは俺から視線を外し、少し黙り込んだ後で小さく口を開いた。


「……追いかけた。拒絶された。逃げられた。……終わり」

「何だよそれ……」


 なんとなく状況がわかるようなわからないような……。

 もっと聞きたかったが、明らかにレーテが聞いて欲しくないというオーラを発していたので、俺は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。

 気になることは気になるが、ここでレーテの機嫌を損ねない方がいいだろう。


「クリスさんも、少しでも寝た方がいいですよ。ここは僕が見張ってますから」

「うん……」


 とても眠れそうになかったが、俺は素直に目を瞑った。

 ヴォルフばかりに負担をかけるのは申し訳ないが、まず足手まといにならないようにするのが先だろう。

 夜が明けたら、教団と、ベルファスと対峙しなければならない。

 少しでも、休息を取っておいた方がいいだろう。


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