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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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15 泣かないで

 

 ミーネはゲオルグの腕の中で苦しそうに呻いている。

 この幼い少女が、もうすぐ醜悪な魔物へと変わってしまうかもしれない。

 そんなこと、絶対にさせるわけにはいかない……!


「……集え、満ちよ。あまねく光、罪を清め、闇の残滓を振り払え……!」


 ミーネの方へ杖を向け、ゆっくりと呪文を唱える。

 全身から力が湧き出てくる。大丈夫、失敗はしない……!


「“魂の浄化を(ソウルセイバー)!!”」


 集まった浄化の光を、一気にミーネの体に向かってぶつける。

 その途端ミーネが激しく暴れ出したので、俺は声を張り上げた。


「絶対に離すなよ!!」

「あぁ! ミーネ、大丈夫だぞ。父さんがついてるからな……!」


 ゲオルグは必死に手足をばたつかせるミーネの体を抱きしめた。

 俺もぐっと力を込めて、ミーネの浄化に全力を注いだ。

 ミーネの中に入り込んだ闇と、その闇を浄化しようとした光が衝突している。

 ここが正念場だ。絶対に、負けるわけにはいかない……!


「その子の中から……出てけよ……!」


 ミーネの中に入り込んだ闇はよっぽど悪質なものなんだろう。

 俺の方まで頭がくらくらして、苦しくなって、手が震える。

 でも、きっとあともう少しだ……!

 自分の全てを掛ける勢いで、俺は浄化の魔法に思いを込めた。

 すると、暴れていたミーネが急に激しく咳き込み始めた。


「ミーネ!!」

「もう少しの辛抱です!! 吐き出させて!!」


 リルカが慌てたようにゲオルグに指示を出した。

 ゲオルグがミーネの体を起こし、何度か背中を叩いた。

 すると、ミーネは何度か咳き込んだ後、何か黒い塊のような物を吐き出した。

 吐き出されたのは、黒ずんだ小さい水晶のような物体だった。

 ヴォルフが踏み潰すと、あっけなく黒い水晶は砕け散る。

 その途端、ミーネはがくりと糸が切れたように倒れ込んだ。


「おい、ミーネ!!」

「“癒しの風(ヒールウィンド)!!”」


 ぐったりとしたミーネに慌てて治癒魔法をかけると、ミーネの呼吸がだんだんと落ち着いて行った。そして、まぶたが震えたかと思うと、幼い少女はゆっくりと目を開いた。


「ミーネ、大丈夫か!?」

「……パパ? パパだぁ……」


 そう言うと、ミーネは嬉しそうに微笑んだ後、そっと目を閉じた。

 慌てて顔を覗き込むと、穏やかな寝息が聞こえてきた。


「疲れて、寝ちゃった……のかな」


 リルカが小さく呟く。

 よく見ると、ミーネの頭から生えていた異形の角ももう綺麗に消えていた。


「成功、した……?」


 俺はその場にへたり込んだ。

 全力疾走した直後のように息が切れて、体が重い。全身から汗が噴き出てくる。


「やりましたね。あなたが、この子を救ったんですよ」

「まぁ……成功って言ってもいいんじゃないの」


 ヴォルフが落ち着かせるように俺の肩を叩いて、じっとミーネの様子を窺っていたレーテも安堵の笑みを浮かべた。

 俺はぐっと泣きそうになるのを堪えた。

 よかった、あの子は助かったんだ……!


「済まない、なんて礼を言えばいいのか……」

「いいって、今はその子のことだけ考えてろよ」


 ゲオルグは愛娘を抱いたまま、静かに頷いた。

 ミーネは相変わらずすやすやと気持ちよさそうに眠っている。


「今回の事で決心がついたよ……。すぐに妻を説得して、この村を出て行こう」

「その方がいいだろうね」


 神妙な顔で告げたゲオルグに、レーテも同意した。

 ただ単に教団に乗せられてわけのわからないことを言うならまだしも、魔物に変えられるなんてとんでもない事だ。

 無事でいられるうちに、離れるのが一番だろう。


 夜に森の中を歩くのは危険だという事で、俺たちはここで一晩過ごすことにした。

 夜が明けたらすぐにでも、村に戻ってゲオルグは奥さんと娘を連れて村を出る。俺たちは……残った教団の奴らを何とかしないといけない。

 地面に腰を下ろし、膝に顔を埋めてじっと明日の事を考えていると、不意に寝息が大きくなったのが聞こえた。

 見れば、ゲオルグがミーネを抱いたまま眠っていた。よっぽど疲れていたんだろう。


「リルカも寝た方がいいんじゃないか?」

「だ、だいじょうぶ、平気……!」


 同じようにうとうとしていたリルカにレーテが声を掛けると、リルカははっとしたように頭を振った。

 その様子を見て、レーテが苦笑する。

 俺には辛辣なのに、リルカには優しいんだな……と考えたところで、ふと浮かんできた疑問を俺は口に出した。


「そういえば……二人は何でここにいるんだ?」


 非常事態でそれどころじゃなかったが、よく考えればアムラント大学にいるはずのリルカがここにいるのも、そのリルカと一緒にレーテが出てきたのもおかしいじゃないか!


「それはお互い様だろう? 君だって解放軍にいるはずじゃないのか」

「そ、それは……いろいろあったんだよ!」


 そうだ、本当にいろいろあって……俺はリルカに会いに、あの険しい雪山を超えてまでここに来たんだ。

 なんでここにいるのかはわからないけど、結果的にはよかったんだろう。


「でも、よかったよ。リルカに会えて……」


 そう口に出すと、いきなりリルカは泣きだしてしまった。


「リ、リルカ……うっ、ふぇ…………うぇぇ……!」


 あまり感情を乱すことのないリルカが、ぼろぼろと大粒の涙をこぼして泣いている。

 慌てる俺に、レーテは呆れたような視線を向けてきた。


「この子、ボクと会うまでずっと君が生きてるって事知らずにいたんだよ」

「ぁ…………」


 リルカと最後に別れたのは一年以上前だ。その直後にテオが処刑されて、俺は海に飛びこんで重傷を負った。

 きっとリルカには、テオと同じように俺も死んだと伝わったんだろう。

 一気に二人も親しい相手を失って、まだ幼いリルカがどれだけ傷ついたかなんて想像に難くない。


「ご、ごめ……俺っ…………」


 テオが死んだとき、俺は今までに経験したことがないくらいの喪失感を味わった。その心の傷は今も癒えていない。

 だから、親しい相手を失う痛みは俺もよくわかっている。わかっていたのに、俺は同じ痛みをリルカに与えてしまったんだ……!


「謝らないで!」


 必死に謝罪の言葉を絞り出そうとした時、泣いていたリルカが顔を上げて叫んだ。


「だって……くーちゃんは何も悪い事なんてしてないんだよね……? だったら、謝らないで……」

「でもっ、テオは俺のせいで……!」

「いい加減にしろよ」


 俺の言葉は、レーテの苛立ったような声に遮られた。思わず顔を上げると、ぞっとするほど冷たい目と視線が合った。

 その鋭い目つきに、ぞくりと体が震える。


「鬱陶しいんだよ、そういうの。そうやって一人で不幸ぶって、周りに気を遣わせて、それで満足か?」


 レーテは心底呆れたようにそう吐き捨てた。

 思ってもみなかった言葉に、俺はまるで心の中にナイフを刺しこまれたかのような衝撃を受けた。

 俺は一人で不幸ぶって、周りに気を遣わせていた……?


「勇者テオを殺したのは教団だ。あいつを失って辛いのはみんな同じだ。……それでいいだろ。今はそんなことで立ち止まっている時間はない。悲劇の主人公ごっこならよそでやってくれ」


 それだけ言うと、レーテはその場から立ち上がって歩きだした。


「おい、どこに……」

「少しあたりの様子を見てくる。すぐに戻る」


 咎めるように口を開いたヴォルフに軽く手を振ると、レーテは闇夜へと消えて行った。

 俺はその場に残ったまま、さっきレーテに言われたばかりの言葉の意味を考えていた。

 そして、俺は自分を恥じた。


 テオがいなくなって悲しい。心が張り裂けそうだ。

 でも、それは俺だけじゃない。ヴォルフも、リルカもそれは同じはずだ。

 それなのに、俺はいつも自分のことばっかりで……どれだけ自分勝手なんだろう。

 そう思うと泣けてきた。駄目だ、泣いたって何も解決しないのに……、


「泣かないで」


 優しい声と共に、俺の頬に暖かな温もりが触れる。

 ゆっくりと顔を上げると、目の前のリルカがそっと俺の頬に手を触れさせていた。


「リルカ……」


 また涙が溢れる。

 リルカだ。目の前にリルカがいる。

 ずっと心配だった。気になっていた。会いたかった……!


「くーちゃんが生きててくれた。それだけで、リルカは嬉しいから」


 そう言うと、リルカはそっと両腕で俺の体を包み込んだ。

 言いたいこと、話したいことがたくさんあったはずなのに、不思議とそれだけで満たされるような気がした。


「リルカぁぁ……ごめん、ごめんなっ……!!」


 一人にしてごめん、会いに行くのが遅くなってごめん。伝えたいことが多すぎて、結局はまた謝罪の言葉しか出てこなかった。

 言いたいことはいろいろあったけど、きっと今は、どんな言葉よりもこの温かな体温が俺たちには必要だった。

 俺はリルカに抱き着いて声を出さないようにして泣いた。

 たぶんリルカも泣いていたと思う。そのまま俺たちは抱き合ったまま静かに涙を流した。


 リルカは、俺が生きていたこと、それだけで嬉しいと言ってくれた。

 それは俺も同じだ。

 もう二度と会えないかもしれないと思ったリルカがここにいる。

 それが、たまらなく嬉しく思えた。


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