13 儀式の始まり
時間になり約束の場所に行くと、昼間言った通りゲオルグが一人で待っていた。
「……来てくれて感謝する。さっそくだが、教会に忍び込むぞ」
俺たちが呼び出されたのは、村はずれの古井戸の傍だ。
ゲオルグによるとこの古井戸は今は使われていないが、井戸の底が地下通路に繋がっており、なんとそこを通ればこの村の教会に侵入できるらしい。
教会に侵入して、奴らが一体何をしているのか、どんな手を使っているのかを探る。
余裕がありそうだったら、とりあえずボコっておく。
これが、今夜の俺たちの作戦だ。
かなり雑な作戦だが、詳細がよくわからないので仕方がない。
少し不安を感じつつも、俺たちは井戸の底の通路へと進んでいった。
◇◇◇
暗くてじめじめとした井戸の底の通路をしばらく進んでいくと、先頭にいたゲオルグが天井についている戸を開いた。
そこからうっすらとした光が差し込む。
「……ここだ」
俺たちは慎重に耳を澄ませたが、上からは何の音も聞こえない。
ゲオルグが躊躇なく上へとのぼって行ったので、俺も慌てて後を追う。
そこは、薄汚れた倉庫のような場所だった。
「ここが教会?」
「ああ、この部屋はほとんど入る者もいないようだが……」
ゲオルグによると、さっき通って来た地下通路はこの村ができた頃に作られたもので、今ではその存在を知る者もごくわずかという事らしい。
教会などの大きな建物の地下を、蟻の巣のように繋げているようだ。
「まさかこんな風に役に立つときが来るとは思わなかったよ」
ゲオルグは小さくため息をつくと、じっと耳を澄ませていた。だが、近くから物音はしない。
もうみんな寝静まってしまっているんだろうか。
「あまり時間はかけていられません。急ぎましょう」
近くに誰もいないことを確認すると、ヴォルフは倉庫の扉を開いた。
外は廊下になっていて、そこにも誰もいる様子はない。
「怪しい場所に心当たりは?」
そうゲオルグに聞くと、彼は静かに首を横に振った。
「残念だが、わからんな」
「しらみつぶしに探すしかないか……」
いつまでもここにいるわけにはいかない。
俺は意を決して廊下へと踏み出した。
廊下をしばらく歩いていると、急に上の方から何人もの足音が響いてきた。
「まさかばれた!?」
「いや……下に降りてくるわけではないようだな」
足音は地下へ降りてくる様子はないが、どこかを目指して移動しているようだ。
じっと耳をそばだてていたゲオルグが、眉をひそめて呟いた。
「この方向は……礼拝堂だな」
「かなりの人数ですね……」
こんな夜中に、大勢の人間が礼拝堂へと向かっている。
そこで、いったい何があると言うのだろう。
「確かめよう。いい隠れ場所を知っている」
ゲオルグはそう呟くと、足音を立てないように走り出した。
俺も慌ててその後を追う。
◇◇◇
ゲオルグに案内されたのは、なんと礼拝堂の天井裏だった。
なんでこんな場所を知っているのか尋ねると、昔よくここでかくれんぼをしたんだという可愛らしい答えが返ってきた。
うーん、かくれんぼで天井裏に忍び込むなんて、この人は結構やんちゃな子供時代を送っていたのかもしれない。
「……かなりの人が集まってますね」
天井板の隙間から下をのぞいていたヴォルフが、小さくそう呟いた。
確かに、礼拝堂にはこんな時間にも関わらず数十人の人が集まっているようだった。
老若男女を問わず、村人と思われる人が大勢見える。
その中にどこか違和感を感じる人影を見つけ、俺は思わず息を飲んだ。
「なあ、あれってもしかして……」
礼拝堂の入口には、鮮やかな髪色の子供が二人、まるで入口を守るように立っている。
普通の人間とはどこか一線を画する雰囲気。まるで作り物のようなその人影には覚えがあった。
「ホムンクルス……?」
入口に立つ子供は、ぴくりとも表情を動かすことはない。
その様子は、過去に戦った錬金術で作られた魂を持たない人形――ホムンクルスに酷似していた。
「おい、なんなんだそれは」
「ホムンクルスといって、人工的に作られた高い戦闘能力を持つ人形です」
ヴォルフがゲオルグにホムンクルスの特徴を説明している。
俺はじっと佇むホムンクルスから目を離さないようにしつつ、嫌な予感をびんびん感じていた。
そうしているうちに、礼拝堂の中でざわついていた人々が急にぴたりと黙り込んだ。
そして、その静寂を破るようにして不快な声が響き渡る。
「救済の日は近い! 今日ここに集まりしは、至高神ルディスに選ばれし精鋭たちだ!」
あぁ、また教団お得意のよくわからない演説だ。
俺は必死に込みあがる不快感を抑えようとした。
教団のこういった演説は大っ嫌いだ。
ただ単に不快だという理由もあるし……テオが処刑される直前、似たような演説がなされていたのが、今でも耳の奥にこびりついて離れないからという理由もある。
教団の司祭だと思われる女が、キンキンと耳障りな声で相変わらずよくわからないことをまくしたてていた。
今すぐ下に降りて行って、村人たちに目を覚ませ! と叫びたい。
でも、今はじっと我慢だ。
「今日ここに集まってもらったのは他でもない! 我々が至高神ルディスより授かりし新たな力をお見せしよう! さあ、こちらへ」
司祭の女が手招きすると、村人の集団の中から小さな女の子がふらふらと歩いてきた。
その途端、すぐ横にいたゲオルグが息を飲んだのがわかった。
「……ミーネ!」
「え、知り合い?」
小声でそう尋ねると、ゲオルグは蒼白な顔をして口を開いた。
「俺の、娘だ……」
「えぇ!?」
俺は慌てて視線を下に戻す。
司祭の女の元へとやって来た小さな女の子は……言われてみればゲオルグに似ているような気がしないでもない。言われないとわからないくらいだけどな。
「あいつ、ミーネにいったい何を……」
固唾をのんで見守る俺たちの真下で、司祭の女はミーネの頭に手をやり、優しく何事か優しく声を掛けていた。
次の瞬間、ミーネが目を見開いて唸りだした。
「なっ!? ミーネ!」
「落ち着いてください! 見つかる!!」
身を乗り出そうとしたゲオルグをヴォルフが慌てて制止した。
そうしているうちにも、ミーネは頭を押さえて苦しげに唸り声をあげていた。
だが、司祭の女も取り囲む村人も誰一人として、慌てる様子も助けようとする様子もない。
それは、異様な光景だった。
そして、遂には頭を抑えるミーネの指先から、何か白いものが覗いた瞬間だった。
「ミーネぇぇ!!」
止める間もなく、ゲオルグは天井板を叩き割ると真下の礼拝堂へと飛び降りたのだ!
「な、なんですかあなたは!」
「ミーネ、ミーネ! しっかりしろ!!」
それなりの高さがあったにも関わらず見事着地して見せたゲオルグは、狼狽する女司祭の手から愛娘を奪い取ると、しっかりとその手に抱きかかえた。
だが、ミーネはゲオルグの腕の中で目を閉じたままぐったりとしている。
「くっ、この狼藉者を捕えよ!!」
女司祭が甲高い声を張り上げる。
途端に、居並ぶ村人が殺気立ったのが分かった。
やばい、加勢しないと!!
俺も慌ててゲオルグが叩き割った天井板から飛び降りようとした。
だが、次の瞬間礼拝堂に響き渡った凛とした声に、俺の体は一瞬で動きを止めた。
「待ちなさい! そんな事はさせません!!」
そして、まるでゲオルグとミーネを守るように村人たちの中からしなやかな人影が礼拝堂の中心へと躍り出た。
左耳の少し上あたりで一つにまとめられた鮮やかな桃色の長い髪が、ふんわりとした軌道を描いてなびいている。
細い体躯をつつむ衣服はこの村の住人に紛れるように質素な物を選んだようだが、それでも隠しきれない優美さをたたえていた。
以前よりも、背も手足も伸びてずっと少女らしく、大人びたようだ。でも、眉のつりあがったその顔はまだあどけなさを残したままだ。
きっとその場に居る誰もが、その姿に目を奪われた事だろう。
そこには凛とした立ち居振る舞いで女司祭に杖を突きつける、リルカの姿があった。




