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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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12 小さな村を覆う影

 

 《ユグランス帝国南東部・タンドラの村》


 辿り着いた村は、思ったよりは普通に見えた。

 小さな村だが、俺の故郷のリグリア村よりはよほど栄えているように見える。

 通りでは子供が跳ねまわり、畑を耕している人や、店先で立ち話をしている人の姿も見られた。

 ……どこを見ても、のどかな田舎の風景でしかなさそうだ。


 俺は困った。まさか道行く人を捕まえて、「すみませんが、あなたは邪教徒ですか?」なんて聞くわけにもいかない。


「どうしよう……」

「教会みたいな建物があれば、ここの人たちが何を信仰してるのかわかるんじゃないですか?」

「そっか」


 そう言われて初めて思い当たった。

 確かあれはテオが処刑される直前、俺たちがティエラ教会の物だと思って行った教会はルディス教団に占拠されていた。

 その教会の中には、神像や絵画といった物がごっそりと撤去されていたはずだ。

 もしこの村の教会も似たような状況だったり、もしくはルディスの像なんかが祀ってあったりしたら、大当たりだという訳だ。


「よし、じゃあ教会に……」


 そこまで口にして、俺は思わず開いていた口を閉じた。

 通りの向こうで立ち話をしている何人かの村人。彼らは、じっと俺たちの事を見ていたような気がしたのだ。

 俺が気づいた時には、彼らは何事も無かったように雑談に興じていた。

 ……気のせいだったんだろうか。


「……どうしたんですか?」

「ううん、何でもない」


 何となく嫌な気分になって、俺はヴォルフの手を引いて足早にその場を後にした。



 辿り着いた教会は偶然だとは思うが、なんらかの祭事を行っている最中だったようで、部外者の俺たちは入り口前で足止めをされてしまった。

 何の祭事を行っているのか聞こうと思ったが、ここで怪しまれて人を呼ばれたりしたら大変だ。

 教団の兵士ならともかく、騙されているだけの村人と戦う気にはなれない。

 とりあえず教会を調べるのは後にしよう、と踵を返し通りを歩いていると、不意に後ろから声を掛けられた。


「なぁ、あんたたち旅人かい?」


 振り返ると、三十代くらいの人のよさそうな男がにこにこと笑みを浮かべて立っていた。

 一瞬身構えたが、男は人の好い笑みを崩さないまま俺たちに話しかけてきた。


「飯はまだだろ? 俺良い店知ってんだ! 案内してやるよ!」


 そう言うと、男は俺たちについて来るように合図するとすたすたと歩き始めた。

 ……ただの親切な村人、だと思ってもいいんだろうか。


「……どうする?」

「別について行ってもいいんじゃないですか?……何か話が聞けるかもしれない」


 声を潜めて、ヴォルフはそう言った。

 確かに、見知らぬ人にあれこれ尋ねるよりあの男と仲良くなって話を聞き出す方が怪しまれにくいだろう。

 俺は少しだけ辺りに警戒しつつ、その男の後を追った。


 男は通りをすたすたと歩いて行き、路地裏へと進んでいった。

 てっきり表通りから外れた所に隠れた名店があるのかと思ったが、何故か店どころか民家すらない人気のない場所へと男は進んでいった。

 この先に店があるとは思えない。俺は本当にこの男について行ってもいいのかどうか迷った。

 だが、ヴォルフは迷うそぶりも見せず男のすぐ後ろを歩いている。

 そうなると、俺だけ逃げるわけにもいかず、じわじわとした不安を感じつつも歩みを進めた。

 そして、完全に周りに人がいなくなった所で、男はぴたりと足を止めた。

 周りは朽ちた家と荒れた畑ばかり。俺はこっそりと横目で、もしもの為の逃走経路を確認した。


「なぁ、あんたたち……」


 男は低い声で呟きながら、くるりと振り返った。

 その顔からは先ほどまでの人好きのする笑みは消えていて、怖いくらい真剣な顔をしていた。


「正直に答えてくれ。この村の異変を調べに来たんだろ?」


 やっぱり、気づかれていた……!?

 すぐ隣にいたヴォルフが身構えたのがわかった。俺も思わず一歩後ずさってしまう。

 だが、俺たちが一気に警戒したのに気が付いたのか、男は慌てたように顔の前で手を振って見せた。


「ま、待ってくれ! 俺はあんたたちの敵じゃない! ただ……あんたたちに頼みがあるんだ!」

「え、頼み……?」


 思ってもみなかった言葉に、俺はおそるおそるそう聞き返す。

 すると、男は待っていましたとばかりにべらべらと喋りはじめた。


「俺はこの村に住むゲオルグだ。聞いてくれ、この村の奴らは狂い始めてる!」


 ゲオルグと名乗った男の話によると、どうやら異変が起こり始めたのはここ一月ほどのことらしい。

 急に怪しい奴らが村に出入りするようになり、いつの間にか教会はそいつらに占拠されていた。だが、その事を不審に思ったのはほんの数人しかいなかったらしい。

 ほとんどの村人はそれが当然と言わんばかりの態度で、教会を占拠した不審な奴らを受け入れた。そして、ルディス教団お決まりの解放がどうとか、新世界がどうとかそんな事を言い始めたらしい。


「おかしな点を指摘すれば俺が異端扱い、深入りしすぎて消された奴もいる……!」

「えぇ……!?」


 ゲオルグはぐっと拳を握りしめていた。

 何故彼が正気でいられたのかはわからないが、きっと彼も恐ろしくて、つらい目に遭ったんだろう。

 俺だって、ある日突然父さんや母さんがおかしなことを言い出したら、きっと正気じゃいられないだろう。


「ここを逃げられればいいんだが、ここには家族がいる。あいつらを置いてはいけないんだ……。なぁ頼む、力を貸してくれ!」


 ゲオルグはそう言うと、俺たちに向かって深く頭を下げた。

 俺は言葉に詰まってしまった。軽々しく力を貸す、なんて答えても大丈夫だろうか。


「……具体的には、何をすればいいんですか」


 ヴォルフが低い声で問いかけると、ゲオルグはばっと顔を上げた。


「この村の教会が奴らの拠点だ。俺が思うに……あいつらはあそこで何かをして、この村の奴らを洗脳してるんだ。俺も何度か調べようとしたんだが……奴ら、教会内には自分の息がかかった奴しか入れようとしないんだ……」


 ゲオルグ曰く、教会はよく何かの祭事を行っている、という面目で立ち入り禁止になっているらしい。

 さっき俺たちが訪れた時にたまたまそうなっているのかと思っていたが、最近ではほぼ毎日あんな状態になっているようだ。


「村の地下に非常用の抜け道があって、そこから教会に侵入できる。前に試したことがあるんだが、奴らその抜け道には気づいていないようだったんだ。だから、今度こそ奴らが寝静まった頃を見計らって、そこに入ってやろうって寸法よ」

「うーん……」


 ゲオルグの言いたいことはわかるけど、自ら敵地に侵入するなんて危険すぎじゃないだろうか。

 でも、急に洗脳された村人の話は気になる。やっぱり、放ってはおけないだろう。


「その教会内を占拠している奴らの、規模はわかりますか?」

「よそから来たやつらは十人もいないだろう。だが、この村の奴らにもよく教会内に出入りしている狂信者みたいな奴らがいるんだ」


 ゲオルグは重い口調でそう答えた。

 やっぱり、見た目よりずっとこの村は深刻な事態に陥っていたようだ。

 きっとここを放っておいたら、この近隣の村や町はみんな教団の支配下に置かれてしまうだろう。……ミルターナがそうだったように。


 危険な状況になったらすぐ逃げる、という条件付きで、俺たちはゲオルグに協力をすることにした。

 今夜にでも教会内に忍び込みたい、というゲオルグの熱意によって、さっそく今晩、作戦は決行されることになった。




 教会に忍び込むのは皆が寝静まった真夜中だ。

 その前に仮眠を取ろうとしたが、緊張してとても眠れそうになかった。


「……大丈夫かな」


 ベッドでごろごろしつつそう呟くと、窓から外を見ていたヴォルフが振り返った。


「まあ大丈夫なんじゃないですか? 昼間見た限りだと、この村の教団勢力はほんの小規模みたいですし」


 ヴォルフは何の心配もしていなさそうな顔でそう告げた。

 ……なんでそんなに冷静なんだよ。


「お前さぁ、怖くないの? ユグランスでもルディス教団が勢力を増して、そのうち大陸中が教団の支配下になったら……とかさ」


 俺はずっとそんな嫌な想像で頭がいっぱいだ。

 だが、ヴォルフは俺の言葉を聞いて不思議そうな顔をした。


「そうなったらその時ですよ。なんとか生き延びる道を探すだけです」

「その時って……そんな世界、最悪だよ……」


 枕を抱きしめながらそう呟くと、ヴォルフはまた窓の外へと顔を向けた。そして、そっと呟いた。


「……僕にとっては、テオさんが処刑されてあなたがいなくなった時が一番最悪でした」

「ぁ…………」


 俺は思わず体を起こす。ヴォルフは窓の外の方を向いたままだった。

 テオが処刑されて、俺が大陸から離れ島へ流れ着いてからの一年ほどの間。

 ヴォルフがどうやって過ごしていたのかを、俺は良く知らない。


 解放軍にいたこと、俺を探してくれていたことは知っているが、その時、どんな思いでいたのかなんて想像がつかなかった。

 何か声を掛けようとしたけど、何も言葉が出てこなかった。

 そんな俺に、ヴォルフは窓の外へ視線を向けたまま声を掛けてきた。


「……だから、もう二度といなくならないでくださいね」

「…………うん」


 俺はテオがいなくなったことで心にぽっかり穴が開いたかのような喪失感を味わった。

 でも、ヴォルフとリルカには俺とテオの二人分、そんな穴を開けさせてしまったかもしれないんだ。

 誰だって親しい相手が急にいなくなればショックを受けるだろう。

 きっとこの村のゲオルグも、状況は違えど似たような気分を味わっているはずだ……。


 俺は無言で立ち上がった。

 ……決行時間はもうすぐだ。


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