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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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7 優しさはリンゴ味

 

 水浴びが終わると、俺たちはすぐに家の中へと戻った。

 ちなみに、母さんが俺に用意してくれた服は割と落ち着いた感じのチュニックワンピースだった。もっと派手のものを想像していたので、案外抵抗なく着ることができる。

 ……まずい、早く男に戻らないと取り返しのつかないものを失ってしまうような気がする。


 家の中に戻ると、もう食事の用意はできていたようでいい匂いがしてきた。

 色々な具材を一緒くたに煮たごちゃまぜスープに、噛むのが大変なくらい固いパン。

 旅の途中で口にしてきた美味しい料理に比べれば質素なものだけど、今はその母さんのお手製の料理が食べたくてしょうがなかった。


「さあ二人とも席についてちょうだい」


 母さんはにこにこと笑いながら俺たちを手招いた。

 懐かしい食卓の席について、俺はなんだかむずむずするような不思議な感覚を味わった。

 2年ほど前までは俺が男の「クリス」として毎日過ごしていた場所。そこに女の姿で来てしまった。

 なんだかひどく場違いな気がしてそわそわしてしまう。


「どうした、クリス。トイレなら先に行っとけよ」

「違うわ!!」


 そんな変な違和感も、父さんの一言で霧散してしまった。

 一応息子が女の子の姿になって帰ってきたと言うのに、なんでこんなに平静なんだこの人たちは!

 思わず立ち上がった俺に、母さんはくすくす笑いながら言葉を掛けた。


「あらクリスちゃん。お食事中に立ち上がるなんてお行儀が悪いわよ」

「……ごめん」


 母さんに注意され、俺はすとんと椅子に座りなおした。

 俺が椅子に座りなおしたのを確認して、母さんは優しい笑みを浮かべたまま口を開いた。


「スープが冷めないうちにいただきましょう。ヴォルフ君も、遠慮しないでおかわりしてね?」

「……ありがとうございます」


 何故かヴォルフは柄にもなく緊張しているようだった。いつもより表情が硬い。

 卑下するわけじゃないが、俺の家はどこにでもある普通の田舎の家庭だ。

 俺からすれば、ヴォルフの実家のヴァイセンベルク家の方がよっぽど緊張すると思うんだけど……こいつの考えることはよくわからん。

 俺は頭を振って、スプーンを手に取った。

 考え事とか不安はたくさんあるけど、食事の間くらいは忘れてしまおう。


 スープを口に運ぶと、懐かしい味が口内に広がった。

 特別おいしいという訳じゃない。でも、食べなれた料理というのは口にするだけで落ち着くようになっているようだ。

 久しぶりに母さんの料理を口にして、俺は今の状況も忘れてがっついた。


「あらあらクリスちゃん、そんなに急がなくてもスープは逃げないわよぉ」

「…………うん」


 母さんにそう言われても、俺は止まれなかった。

 旅に出てから、何度も死にそうな目に遭った。

 父さんや母さんにも、もう会えないと思った事も一度や二度じゃない。

 それでも、今こうして二人に再会できた。

 だから、いつものような父さんの冗談も、母さんの小言や手料理も、そのひとつひとつを大切にしたいと思ったんだ。


 いつもより時間をかけて母さんの料理を味わった。

 四人とも食べ終わったのを見計らったように、父さんは大きく息を吐いた。


「それで……だ。クリス」


 父さんはゆっくりと俺に視線を移した。


「そろそろ話してもらおうか。お前がそんなかわいい姿になっちゃった訳を」


 父さんはでれでれと笑いながらそう告げた。

 なんでそんなに嬉しそうなんだよ! 

 確かに俺もレーテの見た目はかわいいと思うけど、もっと何か言う事はないのか!!

 ……まあいい、やっぱりある程度は父さんと母さんにも説明しておくべきだろう。


 どこから話せばいいとか、どこまで話していいのかとか……かなり迷ったけど、俺は少しずつ父さんと母さんに今まであった事を打ち明けた。

 王都に行ってすぐ、レーテと体を入れ替えられたこと。

 テオに出会って、一緒に旅をするようになったこと。

 いろいろな場所に行って、たくさんの人に出会ったこと。

 悲しい事、楽しい事、たくさんあったこと……。


 もちろん、父さんや母さんに話せないこともたくさんあった。

 テオがドラゴンだったとか、リルカが精霊でホムンクルスだったとかは、たぶん父さんと母さんが混乱するだけなので話さないでおいた。

 それに……俺が、アンジェリカの生まれ変わりだってことも。


 話そうとは思った。でも、なんて言っていいのかわからなくて、結局俺は口をつぐんでしまった。

 例え姿かたちが変わっても俺は俺。ずっとそう思ってきたけど、最近はそれすらも揺らいでいるような気がしてたまらない。

 俺はこの村で生まれ育ったクリスだ。そう思っているけれど、どうしても頭の中にアンジェリカと、彼女の記憶がちらつくことが多くなったような気がする。

 だから、せめて父さんと母さんには「クリス」としての俺しか見せたくなかった。


 一通り話し終わると、父さんはふぅ、と大きく息を吐き、口を開いた。


「それにしても……お前運悪いな!」


 父さんはにやりと笑うと、全く緊張感のない声でそう笑った。


「王都についたその日にそんなトラブルに巻き込まれるなんて……ある意味才能じゃないか?」

「うるさい! 俺だってなりたくてこんな姿になったんじゃないし!!」


 そのからかうような声色に俺むっとしながら立ち上がった。

 もっとなんか言われるかと思ったけど、父さんの態度は以前俺の頭の上に鳥の糞が落ちてきた時と変わらなかった。

 なんだよそれ! 女の姿になってもまったく変わらない父さんの態度にちょっと安心はしたけど、まさか運が悪いの一言で片づけられるとは思わなかった!


「まあまあクリスちゃん。リンゴ剥いてあげるから元気出して?」


 母さんはにこにこと笑いながらリンゴを剥き始めた。

 俺が機嫌悪かったり落ち込んでいる時には、母さんはこうしてよくリンゴを剥いてくれる。

 それで俺が元気になるとわかっているんだ。

 いくら俺でも母さんの剥いてくれるリンゴの魅力には逆らえない。

 すとんと椅子に腰を落とす。


「……それで、クリス。これからお前はどうするつもりなんだ」


 父さんはちびちびと安酒をあおりながらそう問いかけてきた。

 この村に来た目的……父さんと母さんの様子を確認したかったというのはもちろんある。

 でも、いつまでもここにいるわけにはいかない。


「さっき話しただろ。リルカっていう女の子がフリジアにいて……その子に会いに行くんだ」

「フリジアってお前……まさか北の山を越えるつもりなのか?」


 驚いたようにそう問いかけた父さんに、俺は頷いて見せた。


「クリスちゃん……あそこは危険よ」


 母さんもリンゴを剥く手を止めると、真剣な顔でそう告げた。

 母さんの言う事もわかる。

 ここから北へと進んだ先にある山脈……大陸の南北を隔てるその山々は、険しいし一年中雪に覆われている。生半可な覚悟で登れるほど優しくはないだろう。

 でも、俺にはやらなければならないことがある。

 世界を救う……それも大事だけど、まずはリルカに会いたい。

 どれだけの危険が待っていたとしても、それだけは譲れなかった。


 止められるかな……とドキドキしたが、父さんは俺と目を合わせるとにやっと笑った。


「お前……命知らずだな。それでこそ父さんの子だ!」


 父さんは何故か誇らしげにそう言い、母さんは心配そうな顔をしていたが、俺と目が会うと優しい笑みを浮かべた。


「あなたが行くと言うのなら止めないわ……でも、気を付けてね。ヴォルフ君、どうかクリスをお願いね」

「……はい、必ず」


 ヴォルフがそう答えると、母さんはほっとしたような顔をした。

 俺は理解ある両親を持ったことに感謝した。

 息子がいきなり女になって戻ってきたなんて、そんな突拍子もない話を信じてくれて、またこうして俺の事を送り出そうとしてくれている。

 二人には感謝してもしきれないくらいだ。


「あの……それでさ」


 この村に来て、父さんと母さんの無事を確認すると言う目的は達成できた。

 だったら、もう一つの目的も達成できないかな……と俺はおそるおそる問いかけた。


「俺たちのご先祖様にさ、クリストフって人がいるじゃん。あの人ってどのくらい前の人かわかる?」


 俺がここに来たもう一つの目的。それは……俺の先祖のクリストフとアンジェリカの夢に出てくるクリストフの関係を探る事だった。

 ヴォルフにはあまり前世にこだわるな、と言われたが、俺はどうしても確かめたい。

 母さんはぽかん、としていたが父さんがあたまをぽりぽりと掻きながら答えてくれた。


「確か……百年くらい前じゃなかったか? 俺も正確には覚えてないが……」

「百年前……」


 アンジェリカの生きていた時代。竜公事変と重なる可能性もある。

 俺の先祖とアンジェリカの仲間が同一人物だった可能性はまだ否定できない。


「何でまたそんなこと言い出したんだ?」

「いや、その……すごい剣の使い手だって聞いたから気になって……俺と似た名前だし」


 まさか自分の前世と関わりがあるかもしれない、なんて言えなかったので、俺は適当に誤魔化した。

 俺の「クリス」という名前はそのクリストフにあやかってつけられたみたいだし、たぶん不自然じゃないはずだ。


「あら、そんなに気になるの? だったら、裏の納屋を調べてみたらどうかしら」


 リンゴを剥き終わった母さんが俺たちにリンゴを差し出しながらそう口にした。


「裏の納屋?」

「井戸の向こうにあるじゃない。クリスちゃんは暗くて怖いって滅多に近づかなかったけど」

「あぁ、あのがらくた小屋か」


 確かに、俺の家の裏手にはぼろぼろの納屋がある。

 昔探検がてら覗いてみたことはあるが、ぱっと見た限り中はがらくただらけだったし、暗くて怖かったのですぐに逃げ出した。

 特に面白いものもなさそうなので、それ以来俺はその納屋には近づいていない。


「ビアンキ家って古くなったものはみんなあそこに入れておくから……百年くらい前のものならまだ残ってるかもしれないわよ」

「ほんと!?」


 母さんがそう言うって事は、たぶんここ数十年誰もあの納屋を掃除しようとはしていないんだろう。

 もしかしたら、百年前のものも何か見つかるかもしれない!


「ちょっと調べさせてもらっていい……?」

「あぁ、好きにしろ。ついでにいらないものはどんどん捨ててくれ」


 父さんは特にそれ以上言及してくることはなかった。

 もう夜も更けていたので、今日はこの家に泊まって明日あの納屋を調べることに決めた。


「それじゃあ、また明日の朝来ますんで」

「悪いな……狭い家で」


 頑張れば一人くらい泊めれない事も無いのだが、ヴォルフが宿屋に戻ると言ったので俺は家の入口まで見送りに来ていた。

 たぶんヴォルフも、こんな狭い家で無理して寝るよりも宿屋でのびおびと休んだ方がいいだろう。


「……クリスさん、忘れないでください。今のあなたはあなたでしかない」

「うん……わかってる」


 ヴォルフはやっぱり俺がクリストフの事を調べるのをよくは思っていないようだ。

 でも、明日は手伝いに来てくれるって言うし、俺も父さんと母さんに今の俺を受け入れてもらえて自信がついた。

 例え前世がどうだろうと、俺はクリス。それは変わらない……はずだ。


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