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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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6 泣き虫クリス

 

 ぐずぐず泣きじゃくる俺に、父さんは困ったように頭を掻いた。


「おいおい、そんなに泣くなよ。クリスは男だろ?」

「い、今は女の子だし……!」


 父さんにそう指摘されると急に恥ずかしくなってきた。

 何やってるんだろう。俺、もう18才なのに。

 こんなに子供みたいに泣くなんて……。


「まぁ、母さんが心配して待ってるだろうから早く帰るぞ」


 父さんはそう言って辺りをぐるりと見渡した。

 何も動く気配はないし物音もしない。リグリア村で暴れていた巨大花と異界へのゲートはさっきの落石で押し潰されたんだろう。

 たぶん、もうあんな風に村が襲われる事はないはずだ。


「……それに、気づいてるか? 今のお前、結構すごい格好だぞ」

「え?」


 すごい恰好ってなんだろう。

 思わず視線を下にやった俺は、今の自分の姿に初めて気が付いて素っ頓狂な声を上げてしまった。


「うぎゃあっ!」


 そうだ。俺はあの巨大花の袋の中に放り込まれて、危うく消化液で体ごと溶かされるところだったんだ。

 おかげで、今の俺は服のあちこちがぼろぼろに溶けて、下着や素肌が見えているひどい状態だった。

 特に下半身は底にたまった消化液に浸かってしまったので、安物のパンツが丸見えの情けない格好になっていた。


「今日変なパンツなのに!!」

「…………そういう問題ですか?」


 呆れたようにそう言ったヴォルフが、自分の上着を脱いで手渡してくれた。

 ありがたく頂いて腰に巻きつける。巨大花のいろんな液で汚してしまうのは申し訳ないが、パンツ丸見えで村まで戻る勇気は俺にはなかった。


「どういう事情なのかは知らんが……女の子ならもっと気を遣ったらどうだ?」


 父さんはやれやれ、と肩をすくめてそう口にした。

 ……数年ぶりに会った息子が女の姿になって帰ってきたって割には、平然としすぎだろ!



 ◇◇◇



 最初降りてきた穴の所まで戻りロープを登ると、すぐに近くにいた村の人たちが近寄ってきた。


「ブルーノ、大丈夫なのか!?」

「ああ。あの化け物は俺たちが見事退治してやったぞ! すごいだろ!!」


 父さんが胸を張ると、俺も知っている農家のじいさんがにやりと笑って近づいてきた。


「なんだ。結婚してからは毎日ごろごろして腕がなまったかと思っていたが、そうでもないようだな」

「当たり前だ! いつだって冒険者に戻れるぜ?」


 父さんは集まった人たちにまずは母さんに報告をしたいと告げると、俺たちを連れて足早にその場を離れた。


 家に向かう途中、俺は気になって父さんに聞いてみた。


「……父さんって、冒険者だったのか?」

「んあ? 言ってなかったか」


 父さんは振り返ると、何でもない事のようにそう口を開いた。


「聞いてない!!」


 てっきり俺と同じようにこの村からほとんど出た事のない農民かと思っていたのに、まさか冒険者だったとは!

 道理で、俺が勇者になる為に王都に行くと言った時も、父さんはまったく反対しなかったわけだ。

 自分が同じような事をしてたなら、反対なんてできないもんな。



 ◇◇◇



 ついに、実家の前までやってきてしまった。

 ここは俺の生まれ育った家で、この中には母さんがいる。

 そう思うと、いますぐここから逃げ出したくなるような恐怖心に襲われる。


 父さんは俺の事を受け入れてくれたけど、もし母さんに拒絶されたら……


「母さーん、帰ったぞー!!」

「うわあぁぁ! まだ心の準備できてないのに!!」


 俺の複雑な心の内などまったく気にしていないように、父さんは勢いよく家の扉を開いた。

 すぐにぱたぱたと忙しない足音が聞こえ、ひょっこりと母さんが顔を覗かせる。


「あら、お帰りなさい、あなた。それに……」


 母さんの視線が父さんからその背後にいる俺とヴォルフに移される。

 俺は何て言っていいのかわからずに、思わず俯いてしまった。

 父さんはそんな俺に目をやると、俺の肩を強く叩いてきた。


「こいつ、思った通りクリスだったぞ。随分と可愛くなったもんだな!!」

「あらあら、やっぱりそうだったのね。…………お帰りなさい、クリスちゃん」


 それだけ言うと、母さんはにっこりと笑った。

 その笑顔はまだ俺がこの村で暮らしていた頃、夕飯時に外から帰ると見せてくれた表情とまったく同じだった。

 その顔を見ただけでわかった。

 母さんは、俺の事を息子の「クリス」だってわかって、信じてくれていると。


「母さん、あの、俺……」


 俺はなんとか母さんに事情を説明しようとして……言葉に詰まって何も言えなくなってしまった。

 どこから、なんて話せばいいんだろう。


「こらっ、駄目じゃないクリスちゃん」


 だが、母さんは急に少しだけ怒ったような口調になった。

 思わず体がびくりと跳ねる。

 どうしよう。やっぱり間近で見たら、俺なんて家族じゃないって思ったりして……


「外から帰ったら、まずは『ただいま』でしょ?」


 そう言うと、母さんはこつん、と俺の頭を小突いて、泣きそうな顔で笑った。

 その瞬間、俺の胸にどうしようもない思いが込み上げた。


 どれだけ姿が変わっても、俺を俺だとして受け入れてくれる人が、場所がある。

 それは、なんて幸せな事なんだろう……!


「た、ただいまぁ……!」


 どうせなら元気よく言いたかったけど、俺の口から出たのは嗚咽交じりのみっともない声だった。

 そんな俺を、母さんは優しく抱き寄せてくれた。


「よしよし、頑張ったね」


 そうして、俺はまた子供みたいに泣いた。

 恥ずかしいとは思ったけど、あふれる涙は止められなかった。

 抱きしめてくれた母さんの温もりは……昔と変わらなかった。


「ふふ、クリスちゃんは相変わらず泣き虫ね」


 ぽんぽんと俺の背を軽く叩きながら、母さんは笑った。



 ◇◇◇



 俺の嗚咽が収まったのを見計らってか、母さんは優しく声を掛けてきた。


「取りあえずは中に入りましょう。お茶でも飲めば落ち着くわ」

「……うん」


 母さんにそう促されて、俺はなんとか頷いた。


「さあさあ、二人とも腹減っただろ! 今日は母さんの美味い料理を食べてゆっくりしよう!」

「あの、僕は宿に戻って……」


 ヴォルフは恐縮したように父さんの誘いを断ろうとしていたが、父さんは意にも介さずヴォルフの肩を押して家の中へと押し込んだ。


「いかんいかん! 恩人を放り出すなんて礼儀に反するからな! ほらクリス、お前も早く来い」


 父さんはそう言って突っ立ていた俺の肩を押した。

 はずみでよろけて家の中へと入ってしまう。そこは、俺が旅立ったあの日からほとんど何も変わっていなかった。

 小さくて狭い、俺の家だ。


「あらやだ。そういえばお料理の途中だったわ」

「それはいかんな。クリス、ヴォルフリート君も。先に体を洗った方がいいかもしれんな。……特にクリス」

「あ…………」


 忘れていたが、今の俺の恰好はひどいものだった。

 あの巨大花のいろんな液でべたべただし、確かにこのまま食卓につくのははばかられる。


「あら、クリスちゃんの服ぼろぼろじゃない! 待って、今取ってくるわ!!」


 そう言うと、母さんは料理の途中だというのにぱたぱたと家の奥へと走って行った。

 そして、すぐに戻ってきた母さんの手には、明らかに女物の服が握られていた。


「これって……」

「私が昔着てたものよ。手入れはちゃんとしてあるから安心してちょうだい」


 母さんはにこにこと笑いながら俺に自分のお下がり服を手渡した。

 いや、俺自身の服もあるんじゃないか……? と聞きたかったが、嬉しそうな母さんの顔を見ていると言い出せなかった。

 前に母さんが親戚の女の子を嬉しそうに着飾っていたのを思い出す。

 ……今は、母さんの言う通りにしておこう。この一年で、女物の服を着るのもすっかり慣れたしな。


 俺の家にはお風呂なんて立派なものはない。

 顔見知りに会う事を考えたら村の公衆浴場にも行きづらかったので、俺は家の裏手で軽く体を洗う事にした。

 幸い、家の裏に昔から井戸があったので、そこで身を清めることはできるのだ。

 ヴォルフを連れて井戸の傍まで行き、俺はさっさと服を脱ごうとした。


「っ!!? 何やってるんですか!?」

「え? あ、ごめん……」


 ついつい家にいた時の癖でそのまま服を脱ごうとしてしまったが、ヴォルフが慌てたように手を掴んできて、俺は今は女になっていたんだと思い出した。


「あっちむいて……見張っててもらっていい? 誰かに見られたら嫌だし……」


 男の時なら誰に見られようがそんなに気にならなかったが、女の体となれば別だ。

 レーテにも悪いと思うし、俺もやっぱり気心の知れた相手以外に見られるのは嫌だった。


「……わかりました」


 文句を言われるかと思ったが、ヴォルフは意外と素直に俺の言葉を受け入れてくれた。

 こうなったら、あの巨大花のべとべとなんてさっさと洗いながしてしまおう。


「…………ごめん」

「……何の事ですか」


 よく考えたら、ヴォルフの実家は帝国でも有数の貴族、ヴァイセンベルク家だ。

 そう思うと、こんなド田舎の狭い家に招き入れたのが申し訳なくなって来た。


「俺の家、狭いだろ」


 一度訪れたヴァイセンベルク家の本邸は信じられないほどに大きかった。

 たぶんあの屋敷の一室だけで、俺の家全部よりも広いような気がする。

 ヴォルフから見れば、俺の家なんてウサギ小屋以下かもしれない。


「……別に気にしませんよ。僕だって……あそこを出てからは普通に暮らしてましたし」

「そっか、そうだったな」


 ちょっと安心した。ほっと息を突く俺に、ヴォルフはぽそりと言葉を投げてきた。


「それに……暖かくて、いいところだと思います」

「…………うん、俺もそう思う」


 外の世界はいろいろな事があって刺激的だけど、やっぱり我が家は……家族の待っている家は特別だ。

 約二年ぶりに家に戻って、俺はあらためてそう感じた。


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