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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第六章 帰郷、再会、聖女の暴走
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2 助け合い

 

 少し疲れた感じはしていたが、ほとんど俺が旅立った時と変わりがない両親がそこにいた。


「ブルーノ、モニカ! どうしたんだ?」


 宿屋のおじさんが慌てたように父さんと母さんに歩み寄った。

 俺は食い入るようにその光景に見入っていた。


 ……父さんと、母さんがすぐそこにいる。


「もしかして、あなたの……」


 俺の様子で何かに気づいたらしいヴォルフが小声で問いかけてきたが、俺はそれに返事をする余裕もなかった。

 父さんと母さんはちらりと俺たちに視線を寄越したが、特に何か言う事はなく宿屋のおじさんと話をはじめた。


「よかった、まだいてくれたのね」

「当たり前じゃないか。俺はこの村で最後の一人になってもこの店を続けるさ」


 おじさんが胸を張ると、母さんはくすりと笑った。

 父さんもやれやれ、と言った様子で肩をすくめている。


「まぁ……おまえがいてくれると安心だよ。後の事も頼めるしな」

「んあ? どういうことだ?」


 おじさんは何の事だかわからない、といった顔をしている。

 そんな彼に向かって、父さんは苦笑しながら口を開いた。


「俺は明日、あの魔物の親玉の討伐に向かう。戻らなかったらこの村の事は頼むぞ」


 まるで釣りに行ってくる、とでも言うような軽い調子で父さんはそう告げた。

 魔物の親玉を倒しに行く? 

 それに、戻らなかったらこの村の事を頼むだって……?



「……はぁ!!?」


 俺は思わず声を上げて立ち上がっていた。

 三人の視線が一斉に俺に集まる。

 やばい、とは思ったが勝手に体が動いていた。


「そんなの駄目だ! 危ないだろ!!」


 ヴォルフが慌てたように俺の腕を引っ張ったが、俺だってここで引き下がるわけにはいかない。

 だって、俺の父さんはどこからみても平凡な田舎の親父なんだ。

 そんなヤバそうな魔物の討伐なんて無理に決まってる……!


「……見ない顔だが、君は?」

「え、いやあの……」


 父さんは不思議そうに俺に声を掛けてきた。

 勢いよく突っかかったはいいが、なんて説明していいのかわからなかった。

 ……というか、父さんを目の前にしたらもう言葉なんて出てこなかった。


 懐かしさが胸を締め付ける。

 ずっと心配だった。ずっと会いたかった……!


「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが……先ほどこの村の事情をうかがいまして」


 助け舟を出すようにヴォルフがそう言った。

 その言葉で俺たちの事を旅人だと思ったのか、父さんは神妙な顔をして頷く。


「あぁ、見た通りこんなひどい有様でね。どんどん人がこの村から出て行ってしまうんだよ。そろそろなんとかしないといけないと思ってな」

「でも、そんな魔物と戦うなんて……」


 どう考えても一般人の父さんには厳しすぎる。

 そうだ、何も父さんが行かなくてもいいじゃないか……!


「このご時世だ。解放軍はこんな田舎にはやってこないし、今はどこの町も自分たちのことで手一杯だからな。こんな小さな村にまで救いの手を差し伸べてくれる奴はいないんだよ」

「俺たちに残された道は魔物と戦うか……この村から逃げ出すかの二択だな」


 そう言って、父さんとおじさんは諦めたように笑った。

 俺はぐっと拳を握りしめる。

 知らなかった。俺はずっと、ド田舎のリグリア村なら平和なままだと思っていた。

 でも、そうじゃなかった。俺の生まれ故郷は、俺の知らない間に大変な問題に直面していたんだ。


「だからって……なんでそんな危険そうな魔物と戦おうとするんだよ!?」


 それでも、俺には何故父さんがそんな行動を起こそうとしているのかわからなかった。

 確かに生まれ故郷は特別だ。ここはとんでもない田舎だけど、そんなに悪い所じゃない。

 でも……だからって死ぬかもしれないような危険を冒すことはないだろ!?


「逃げればいいじゃんか! この村を捨てて、他の場所に移住すればいいだろ!?」


 故郷がなくなっても人は生きていける。

 確かにここは良い所だけど、命を賭してまで守るような場所だとは思えなかった。


「……心配してくれているの? ありがとう。でも、それはできないの」


 意外にも、俺の言葉に真っ先に反応したのは母さんだった。

 母さんは俺が旅立つ前と同じく優しげな笑みを浮かべて、静かに首を横に振った。


「どうして!?」

「クリスが……息子が帰ってくるかもしれないから、私たちはここを離れるわけにはいかないの」


 告げられた言葉に、俺は今度こそ呼吸が止まったかと思った。

 そんな俺に気づいていないのか、母さんはどこか懐かしむような口調で話を続けた。


「あの子は寂しがり屋だから、村がこんな状態になって私達もいなかったら……きっと帰って来た時に泣いちゃうわ」

「あいつは泣き虫だからなぁ……」


 優しく言葉を交わす両親に、宿屋のおじさんがそっと問いかけた。


「それで、クリスはどうなったんだ? 勇者狩りとかいうのがあるんだろ……?」


 どうやらこんな田舎にも勇者狩りの話は届いていたらしい。

 一瞬どきりとしたが、母さんは落ち着いた様子で口を開いた。


「まだ……何の知らせもないわ。でも大丈夫、あの子逃げ足だけは速いもの」

「今はどこで何をやってるかはわからんが……あいつは生きてるさ」


 俺は泣きだしたくなった。

 二年近くも何の便りも出さなかった俺を、二人は今も信じて待ち続けてくれていた。

 それに、俺が帰ってくるかもしれないから危険きわまりないこの村を離れないという。


 ……俺はとんだ親不孝者だ。できることなら、今ここで俺がクリスだと暴露して、二人に俺の事なんて気にせずに逃げてくれと伝えたい。

 でも、どうしてもそれはできなかった。


 ……怖かったんだ。

 信じてもらえないのが、お前なんて自分たちの息子じゃないと拒絶されるのが。


 何も言えなくなって黙り込んだ俺に、父さんは遠慮がちに声を掛けてきた。


「それでは旅の方、騒がしくして済まなかったな。悪い事は言わないからあんたたちは早くここを立ち去った方がいいぞ」


 にっこりと笑ってそう告げると、父さんと母さんは宿屋を出て行こうとした。

 行かせてはダメだ。

 そう心が必死に告げているのに、俺の体は固まって動かなかった。

 駄目だ、父さんが行ってしまう。

 ここで行かせたら、もう二度と会えないかもしれないのに……!


「待ってください!」


 宿屋を出る直前で二人は振り返った。

 呼び止めたのは俺じゃない。ヴォルフだ。

 ヴォルフは固まったままの俺を置いて父さんの方へ近づくと、真剣な顔で告げた。


「明日の魔物の討伐、僕たちにも手伝わせてください」


 俺は思わず目を見開いた。父さんと母さんも、宿屋のおじさんも驚いた様子でヴォルフを凝視している。


「僕たちは魔物との戦いに慣れています。少なくとも足手まといにはなりませんよ」


 ヴォルフの提案に、父さんは戸惑っているようだった。


「いや、旅の方にそんな迷惑をかけるわけには……」

「別に迷惑だなんて思ってませんよ。ただ、あなただけで討伐に行くのは危険です。逆にそれを見過ごすわけにはいきませんから」


 なんだかよくわからない理由をつけて、ヴォルフは父さんの魔物討伐に同行しようとしていた。

 父さんは提案を固辞しようとしているが、ヴォルフも負けじと食い下がっている。

 俺は固唾をのんでその成り行きを見守った。

 そのまましばらく経って、俺と同じように二人のやり取りを見守っていた母さんが、ぽつりと口を開いた。


「どうして、そこまで言ってくださるの? あなた方がそんな危険な場所に行かなければならない理由なんてないでしょう?」


 誰だって不思議に思うだろう。

 母さんたちからすれば、俺たちは今日この村にやって来たばかりの旅人だ。

 そんな奴が、熱心に魔物討伐を手伝うなんて言い出したら不思議に思うのも無理はない。

 どう答えるんだろう、とはらはらしながら見守っていると、ヴォルフはゆっくりと口を開いた。


「だって、人間は助け合うものじゃないですか。それでは不十分ですか?」


 それは、以前キリルさんとヴェロニカさんに聞いた言葉だった。

 そうだ、二人はその言葉に従って俺たちを助けてくれた。

 それが、人が持つ強さだから。


 父さんと母さんは呆気にとられたような顔をしている。

 しばらく、誰も何も言わなかった。沈黙を破って、最初に動き出したのは父さんだ。


「本来ならば、見ず知らずの方にこんなことを頼むのは申し訳ないが……」


 父さんは真っ直ぐに俺たちに視線を合わせると、深く頭を下げた。


「正直、助かる。俺一人じゃ奴を倒しきれるかわからんからな」


 父さんは顔を上げると、ヴォルフに向かって手を差し出した。


「……この村を助けるために、俺に協力してくれ」

「…………はい!」


 ヴォルフがその手を強く握り返す。

 俺はその光景を見て涙が出そうになるほど安堵した。

 よかった、これで父さんを一人で危険な場所に行かせずに済むんだ……!


「俺はブルーノ・ビアンキ。しがない村人だ。あっちは妻のモニカ。君たちは?」


 父さんは名乗ると、逆に俺たちの名前を尋ねてきた。


「僕はヴォルフリートと言います。それで、あの……」


 ヴォルフは困ったように俺を振り返った。

 俺は自分も続いて名乗ろうとして気が付いた。


 あなた達の息子のクリス・ビアンキです!

 ……なんて言えるわけがない!!


「えぇっと、その…………レーテ、です……」


 咄嗟に出てきたのは、この体の本来の持ち主――レーテの名前だった。

 まぁ、あいつだって余所では「クリス」の名前を使っているんだから、俺がレーテの名前を使ったって悪くはない……はずだ。


「……そうか。ヴォルフリート君、レーテさん。悪いが明日はよろしく頼むよ」


 また明日、宿に迎えに来ると告げて父さんと母さんは店を出て行った。


「……済まないな、旅の方。俺はあんたらのように戦う事はできないが……この宿屋は好きなだけ使ってくれ。もちろんお代はいらないさ」


 宿屋のおじさんも、神妙に俺たちに頭を下げた。

 この村の状況は、それだけ追い詰められていたって事だろう。

 その夜は、おじさんの厚意に甘えてこの宿屋に泊まらせてもらう事にした。



 ◇◇◇



「…………ありがとう」

「何が?」


 寝る直前になって、俺は昼間の事であらためてヴォルフに礼を言う事にした。

 だが、ヴォルフは何のことだがわからないといった顔で振り返った。


「父さんのこと。たぶん一人で行ったら……帰って、こなかったかもしれないから」

「そんなの……あなたの家族を、見捨てるわけにはいかないじゃないですか……」


 当たり前だとでも言うように、ヴォルフはそう告げた。

 それを聞いて、俺はちょっと泣いてしまった。

 もし俺たちがここに来るのがもう少し遅かったら……そう考えると、今でも心がすっと冷たくなるような心地がした。


「……ほら、明日はその魔物討伐に行くんですから、早く寝た方がいいですよ」

「うん…………おやすみ」


 まだ安心はできない。

 この村を襲っている魔物の親玉とやらが、どのくらい強いのかはまだわからないのだ。

 いろいろな思いが込み上げてとても眠れそうにはなかったが、俺はぎゅっと目を瞑った。

 いままで旅した町に比べて、リグリア村の夜はとても静かだった。


 明日、父さんの前で無様な姿をさらす訳にはいかない。

 たとえ俺が息子のクリスだとばれていなくても、それだけは譲れなかった。


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