18 魔法の店
店主さんに言われたとおりに進み、俺たちは年季の入った石造りの建物の前にたどり着いた。二階建てのその店は周囲の店よりも倍近くは大きかった。
店の中には、呪文書や杖や何に使うのかよくわからない物が所狭しと棚に並べてある。
その周りには多くの人がひしめいていた。心なしか女性の姿が多い気がする。
「女の人もいっぱい来てるんだな」
「はい! 魔術といえば非力な女性や子供でも男性に引けを取りませんからね!! 当店ではどなたでも簡単に魔術を使っていただけるようお手伝いをさせていただいております!!」
「そ、そうなんですか……」
いきなり横からまくしたてられて、俺は慌てて一歩後ろに下がった。
見れば、片手に杖を持った中年の男がにこにこと俺たちを見ていた。当店、と言っていたということは、ここの店員なんだろう。
「これから魔術を習得しようと思っている。何から始めればいい?」
テオがそう尋ねると、店員の男は嬉しそうに店の一角を指し示した。
「それならあちらの属性診断コーナーへどうぞ! あなたにぴったりの魔術が見つかりますよ!!」
「属性診断……?」
何だそりゃ、と思いながらその場所へ近づくと、どうやらとあるテーブルを人が囲んでいるようだった。
俺たちが近づくと、ちょうど一人の女性が椅子に座った所だった。
向かいの席には白いひげを伸ばし眼鏡をかけ黒いローブを身に着けた、いかにも魔術師です! とでも言わんばかりの老人が座っている。
「ようこそいらっしゃいました。ここではあなたの魔術適性を測らせていただきます。まずはそのペンデュラムを手に取ってくだされ」
「は、はいっ!」
女性は言われたとおりにテーブルの上に置いてあった透明のペンデュラムを手に取った。
テーブルの上には、他にも様々な色の宝石が無造作に置いてある。
「そして、こう唱えてください。示せ!」
「示せ!」
女性がそう唱えると、彼女が持っていたペンデュラムがぐるぐると回りだした。
それと同時に、テーブルの上の宝石のいくつかがカタカタと小刻みに振動し始めた。
「ふむふむ……」
老人は手元の紙に何事かを書き込むと、女性に手渡した。
「魔力量は十分。属性に偏りはありますが修練次第で何とでもなるでしょう」
「あ、ありがとうございます!」
「ではこちらにごあんなーい!!」
いつの間にか傍に来ていた女性の店員が、診断を終えたばかりの女性を呪文書のコーナーへ連れて行った。
……商魂たくましいな、この店。
「お次の方、どうぞ」
どうしようかな、と考えていると、テオにどんっ、と背中を押された。
「わわっ!」
「こいつを見てやってくれ」
テオに促され、否応なく俺は席に着くことになった。
老人が眼鏡越しにじっと俺を見つめている。
ううん、何となく居心地悪いな……。
「ではそのペンデュラムを手に取ってくだされ」
「はい……」
先ほどの女性と同じように、俺もペンデュラムを手に取った。
俺の手の震えが伝わったのか、ペンデュラムはゆらゆらと自信なさげに揺れている。
「そして、こう唱えてください。示せ!」
「っ示せ!」
本当にこんなんで大丈夫なのか? という俺の心配をよそに、呪文を唱えた途端ペンデュラムはすごい勢いでギュンギュンと回りだした。
「うわっ!」
「むむむ……」
しかし、老人は険しい顔でテーブルの上を見つめている。
よく見ると、先ほどの女性とは違ってテーブルの上の宝石は微動だにしなかった。
「あのー……これは……」
「ううむ、これは何とも……」
老人が手をかざすと、回り続けていたペンデュラムはぴたりと動きを止めた。
老人はふう、と息を吐くとゆっくりと口を開いた。
「ペンデュラムの回転は魔力量。宝石の動きは属性ごとの親和性を現します。そう、こんな風に」
老人がペンデュラムを手に取って再び呪文を唱えると、ペンデュラムは勢いよく回転を始めた。
それと同時に、テーブルの上の宝石もガタガタとまるで飛び跳ねるように動き出す。
よく見ると、宝石の中でも赤系統の色の宝石が激しく動いている。
「見る限りあなたの魔力量は申し分ない。しかし、こうまで宝石が反応しないとなると……」
「親和性ゼロって事ですか……?」
「いや、どんな人でもゼロというのはありえませんのじゃ。ですが、本人が精神的に魔術を拒絶しているとこういう反応を示す場合もあります。何か原因に心当たりは?」
「あるといえばあるような……」
思い出すのは、やっぱり俺を騙したあの女の事だ。
電撃を浴びせられたあの時の痛みを俺は忘れられない。
魔術を使ってあの女に復讐してやりたいという気持ちはあるが、どこかで魔術そのものを恐れているのも確かな事実だ。
「ちょっと前に、魔術師に雷撃を撃ち込まれたことがありまして……」
「ふうむ、その体験が元で心理的に魔術を拒絶している、という訳ですな」
「やっぱりこんな状態では魔術を使うのは無理なんでしょうか……」
せっかく魔力量は申し分ないと言ってもらえたのに、魔術が使えなければ何の意味もない。
この店に来たのも、また無駄足になってしまうんだろうか。
「今の状態では、魔術――通称黒魔術と呼ばれるものは難しいでしょうな。だが、神聖魔法なら大丈夫でしょう」
「神聖魔法……?」
名前は聞いたことがある。でも、詳しくは知らなかった。
老人によると、一般に魔術師の使う黒魔術は自然界を構成する元素に働きかけ、様々な効果を引き起こすものらしい。俺が今、あの女のトラウマにより使えないのがこの黒魔術になる。
しかし、それとは別に神聖魔法――通称白魔術と呼ばれるまったく系統の異なる魔法が存在する。
黒魔術が元素の力を引き出すのに対して、神聖魔法はなんと、遠い次元から神様の力を借りることができるらしい。
神様の力を借りると言っても世界を滅ぼしたりなんてことができるわけではなく、傷を癒したり、浄化を行ったりという簡単な奇跡を意図的に起こせるという事だった。
神様の力を借りる、ということで聖職者の間では盛んに習得されているものらしい。
「わかりました。そっちをやってみます」
「はーい、ではあちらにごあんなーい!!」
俺の言葉を待っていたかのように、先ほどの女性の店員がやって来た。
俺の手を取ると、店の隅の方へぐいぐいと引っ張っていく。
「こちらが白魔術コーナーです!!」
「えっ……?」
連れてこられたのは、店の中でも一番奥にある目立たないスペースだった。周囲の棚にはさっきの場所と同じように書物や杖などが置いてあるが、明らかに品ぞろえがスカスカだ。
あれだけ混んでいる店の中なのに、この一角だけ全く人がいない。大丈夫なんだろうか。
「トゥーリアさーん、いませんかー?」
女性の店員がそう呼ぶと、傍の階段から一人の女性が下りてきた。
「はぁーい、ってお客さん? 珍しいのね」
「はい、神聖魔法をご所望のお客様です!!」
「あら、見る目があるじゃない」
階段から降りてきた女性は俺たちのそばまで来ると、嬉しそうに笑った。
年齢は四十代くらいだろうか、魔術師というよりは、近所の気のいいおばさんといった風貌だ。
「初めまして、私はトゥーリア。この店では神聖魔法を担当しているわ」