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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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17 冒険者の街

 《ミルターナ聖王国中央部・フォルミオーネの街》



「まったく! やる気あるんですかあなたは!!」

「あるに決まってんじゃん! 俺だって勇者に選ばれたんだし!」

「じゃあ魔物が出るたびにテオさんの背中に隠れるのをやめたらどうですか!?」

「う……」


 この口うるさい少年が仲間になって数日。俺は何回こうやって怒られたんだろう。

 初めて会ったときは随分と無愛想な奴だと思ったが、とんだ大間違いだった。

 こいつは何かにつけては俺とテオへの小言を欠かさないのだ。母ちゃんかお前は。

 今もこうして新しい街に着いたばかりなのに説教タイムが始まったが、俺にだって言い分はあるんだ。


「ただ隠れてたわけじゃないし……。ハニービーを三匹くらい倒したし……」

「あんなのちょっと大きい虫じゃないですか、子供でも倒せますよ!! テオさんもなんとか言ってください!」

「そうだな……クリス、次は四匹倒せるように頑張れよ」

「甘いっ!!」


 ヴォルフはばんっ、とテーブルを叩いてその場に立ち上がった。

 まったく、最近の若者はすぐキレるから困ったものだ。

 ちなみにここは小料理屋のオープンテラス席である。まわりの人がひそひそ話しながら怪しむような目で俺たちを見ている。

 違うんです、この子はちょっと怒りっぽいだけなんです!


「僕たちが何のために旅をしているかわかってるんですか!? 観光しに来てるわけじゃないんですよ!!」


 どっちかっていうと、その台詞は俺じゃなくて隣で相変わらず観光本を読んでる勇者に言って欲しい。

 どう見てもそいつは観光気分だぞ。


「いいですか、僕たち、というかテオさんは魔物の侵攻からこの世界を守る勇者なんですよ! 体を張って戦う危険な仕事なんですよ、常にあなたを守りながら戦ってたらテオさんの負担になるじゃないですか!!」

「そんなの……」


 そんなの、俺が一番よくわかってる。

 俺をかばいながら戦うのがテオやヴォルフの負担になる事なんてとっくに気がついていた。

 ……でも、どうしようもないじゃないか。

 それでも、俺はテオについていかないと行くところなんてどこにもないんだから。

 元の体を取り戻すっていう目標はある。でも、一人で進むには俺はあらゆる意味で弱すぎるんだ。

 自分でも甘えすぎているなんてことはわかってるんだ……!


「う……うぅ……」

「あーもう! 泣かないで下さいよ、あなたも男なんでしょう!? ほら、これ使ってください!!」


 自分でも情けなくなって思わず涙が出てきた。

 俺の涙を見たとたんにヴォルフは傍から見てもはっきりわかるほどに動揺し始めて、慌ててハンカチを差し出してきた。

 女の涙が武器っていうのは本当だったみたいだ。残念ながら魔物には効かないけど。


「まあ、ヴォルフのいう事も一理あるな。だがクリス、心配するな」


 テオは読んでいた本を置いてぽんぽんと俺の頭を撫でた。ゴリラが優しいというのも本当だったようだ。

 ハンカチで涙を拭いて、ついでに鼻もかんで俺はテオの次の言葉を待った。


「修行するぞ」


 テオはとびっきりの笑顔でそう告げた。


「修行?」


 そう聞き返すと、テオは俺たちに向かっておなじみの観光本、『アトラ大陸の歩き方~ミルターナ編~』を開いて見せた。


「この街の事が載ってる。読んでみろ」

「どれどれ……」


 その本によると、ここフォルミオーネの街は、別名冒険者の街と呼ばれているらしい。

 その由来は、数百年程前にさかのぼる。


 かつて、今のように、いや、今よりも激しくこの世界が魔物の恐怖にさらされた暗黒の時代があった。

 魔物に加えてドラゴンなんかもがんがん襲って来ていたらしい。怖い時代だ。

 そんな時代に、一人の救世主が現れた。

 その名も勇者アウグスト。

 ミルターナの王都で生まれ育った彼は、女神ティエラのお告げによって勇者としての資質を見いだされ魔物たちと戦い、遂には邪竜までも打ち倒しこの世界に平和をもたらした大英雄だ。

 現在、ティエラ教会がやたら勇者勇者と言ってやまないのも、この勇者アウグストのような活躍を期待しているかららしい。俺も、勇者アウグストの伝説は小さいころから何度もも聞いており、いつか彼のように世界を救いたいと思っていたのだ。


 そして、このフォルミオーネの街はそのアウグストが街の住民たちと協力し、絶体絶命の状況から魔物の大群を追い返したという伝説が残っているらしい。

 魔物の大群を追い返して以来、町の住民たちは自ら武器を取り積極的に魔物と戦っていくようになった。

 同じ志を持つものがどんどん集まり、現在でも魔物と戦う者たち――冒険者が集まる街となっているそうだ。


「ここって勇者アウグストの伝説が残る街だったんだ……!」

「それはわかりましたけど……肝心の修行は?」

「説明するより見た方が早いだろうな」


 テオはにやりと口元をゆがめた。



 ◇◇◇



「うわぁー、すご……」


 目の前の大通りの道沿いには、見たこともないほど多くの商店や露店が立ち並んでいた。

 俺たちは今、フォルミオーネの街の目抜き通りに来ている。見た方が早い、と言ってテオに連れてこられたのがここだったのだ。


「で、ここで何すんの? 買い物?」

「まあ、最初はそうだな。売っているものをよく見てみろ」

「うん…………あっ!」


 言われたとおりに周りの店を観察して、俺はある事に気が付いた。

 同じような市場を王都に行った時に見たことがある。その時は店や人の多さと、品ぞろえの豊富さに驚いたものだ。特に、食材や日用品の店がたくさん出ていたのを覚えている。

 だが、この街は違った。

 ここら一帯の店で売っているのは、剣や斧や弓、鎧や盾といった戦闘に特化した商品ばっかりだったのだ。


「冒険者の街ってそういう事かぁ……」

「わかっただろ? 今日は特別サービスだ。好きな武器を買ってやるぞ!」

「うーん……」


 どうやらテオはまずここで何か武器を買って、その後俺を鍛えるつもりらしい。

 テオの意図することはわかったが、俺は周りを見渡して途方に暮れた。

 正直、どんな武器がいいのかなんてさっぱりわからない。


「まあ、取りあえず見てみましょうよ」


 ヴォルフにもそう促され、俺は手近な店に足を進めた。

 最初に入った店は、剣や斧といった近接系の重たい武器を扱う店の様だ。

 店に入ると、すぐに店主が声を掛けてきた。


「らっしゃい! おっ、兄ちゃん。新しい武器の調達かい?」

「いや、こいつに合う武器を探してるんだ」


 店主の視線がテオから俺に移る。

 店主はまじまじと俺の顔を見つめた後、大声で笑いだした。


「馬鹿言うなよ、兄ちゃん! そんな非力そうなお嬢ちゃんにうちの武器が扱えるとは思えねえよ!!」

「な……!?」


 ひぃひぃと笑う店主を見ていると、俺の中にふつふつと怒りがわいてきた。

 いきなり失礼な奴だ。今はこんな見た目だが、本当の俺は選ばれし勇者なんだぞ!? 

 こんな武器くらい余裕で使えるに決まってる!!


「これ、試してみてもいいですか……!?」

「お、おう……」


 近くにあった斧を指差して店主にそう聞くと、店主は今度は笑わずに了承した。

 俺の怒りのオーラが伝わったのかもしれない。

 まあいい、ここで選ばれし勇者の力を見せつけねば!!


「ふおぉぉぉ!!」

「…………」

「ふうぅぅぅぅん!!」

「…………」

「ううぅぅぅん!!」

「クリスさん、もう諦めましょう……」


 俺が掴んだ斧は、使いこなすどころか持ち上がる気配すらなかった。

 ぜえはあと息をつく俺を、テオとヴォルフは微妙な表情で見ていた。


「ま、まあ気にするな。人には向き不向きというものがあるからな!」


 テオの慰めがむなしく感じる。こんな時だけ空気を読むなよ。


「クリスさんは非力ですからもっと軽い物の方がいいでしょうね」

「非力っていうな……」


 打ちひしがれる俺を哀れに思ったのか、店主までフォローを入れてきた。


「もうちょっと向こうに弓とかの遠距離系の武器を扱う店があるからよ、嬢ちゃんに合う武器もあるんじゃねえか!?」


 弓か……確かに剣とか斧とかに比べたら今の俺でも扱えそうな気がする。

 気を取り直して俺は立ち上った。「諦めんなよ!」という店主の声を背に、俺たちは店を後にした。


 教えられたとおりの場所へ行くと、確かにそこには弓やブーメランなどの遠距離系の武器が数多く並べてあった。


「いらっしゃいませー!!」


 店主はなんと若い女性だ。

 俺に合う武器を探しているという事を伝えると、彼女は快く相談に乗ってくれた。


「弓なんておすすめですよー! バビュッっと敵をやっつけられますからね!!」

「弓かぁ……」

「意外とおまえにあってるかもしれないぞ」

「そうかなぁ?」


 店の裏には専用の練習場があったので、早速試してみることにした。

 ギュッと構えてバビュッと射ぬく!! そう店主さんに教えられたとおりに俺は弓を引いた。

 的の中央を狙ったつもりだが、俺が放った矢はあらぬ方向へ飛んでいき壁に当たって地面に落ちた。


「…………」

「ほ、ほら今のは練習だろ? すぐに上達するさ!」


 相変わらずテオの慰めがむなしい。

 その後も何本か矢を放ったが、どれも的の中央どころか的をかすりすらしなかった。


「うーん、クリスさんに弓は向いてないみたいですね」

「そうだな……」

「じゃあ、これ使ってみます?」


 ヴぉルフが俺に手渡したのは、こいつがいつも使っている投擲ナイフだ。


「威力はそんなに高くないですが、牽制程度にならけっこう使えますよ」


 その威力が高くないナイフでいつも魔物の喉笛を掻き切っているのは誰だよ。そう思いつつもありがたく使わせてもらうことにした。


「はあっ!」


 的の中央を狙って投げたナイフは、弓と同じように全然別の所へ飛んで行った。


「当たんない……」

「ほら、よく見ててください」


 ヴォルフは指の間にナイフを挟むと、軽い感じで投げた。ナイフは一直線に的まで飛んでいき、ドシュッと勢いよく的の中央に突き刺さった。


「わかりましたか?」

「ごめん、全然わからん」


 何故俺が精一杯狙いを定めても全然当たらないのに、こいつが軽く投げるだけで当たるんだ。経験の差か。


「わぁー、ボクすごいね! 何歳? 職業は?」


 俺たちが練習するのを見ていたのか、店主さんがこっちに近づいてきた。ニコニコとヴォルフに話しかけているが、対するヴォルフはなんとも困ったような顔をしている。意外と人見知りする方なんだろうか。


「14才。どこにでもいる普通の子供です」

「そうなんだ! てっきりアサシンか何かかと思っちゃったよ!」

「ははは……」


 店主さんの冗談とも本気ともつかない言葉に、俺たちは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


「うーん……私思ったんだけど、そっちの大きいお兄さんが大剣使いで、その子が遠距離をカバーできるならお姉さんは魔術師なんてどうかな?」

「魔術師?」


 頭の中にはなかった選択肢だ。

 魔術師といえばあの俺を騙した女を思い出す。確かあいつは雷っぽい魔術を使ってたはずだ。

 そうだ、次にあいつに会ったらお返しに俺が魔術をぶち込んでやるのもいいかもしれない!


「角の大きい店が魔術店だったはずだよ。行ってみなよ!!」


 店主さんに背中を押され、俺たちは魔術店へと向かった。

 今度こそうまくいきますように……、と願いながら。


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