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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第五章 変わる世界と変わらない思い
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14 夜の誘い

 俺の目の前を、深刻な顔をした人たちが足早に通り過ぎて行った。

 最近はどうも解放軍の砦内の空気もどこか重々しい。どうやら戦況はあまり良く無いようだ。負傷者の数もどんどん増えている。

 休憩を言い渡されたので外の空気でも吸いに行こうかな、と廊下を歩いていた俺は、少し向こうに何やら難しげな顔をしながら外を眺めるヴォルフの姿を見つけた。

 ……今は取り巻きの女の子はいないようだ。話しかけても大丈夫だろう。


「……ヴォルフ、今日は中にいるのか?」


 そっと声を掛けると、ヴォルフがゆっくりと振り返った。その顔はどこか疲れているように見える。

 近頃はヴォルフやアニエスたちもひっきりなしに戦いに出ているようだし、忙しいんだろう。


「……教団の襲撃がなければ、今日はここにいるつもりです」


 ヴォルフは俺と目を合わせてはっきりとそう答えた。それを聞いて、少し安心した。

 休めるときに休んでおいた方がいい。……せっかくの一人の時間だ、俺が邪魔しない方がいいだろうと踵を返しかけたところで、後ろから遠慮がちに声を掛けられた。


「クリスさん、その……すみません」


 驚いて振り返ると、ヴォルフは何故か申し訳なさそうな顔をしていた。


「リルカちゃんの事……もっと早くにフリジアまで行けると思ったんですけど……」


 どうやらヴォルフは中々俺をフリジアまで連れていけない事を気にしているらしい。

 それを聞いてちょっと脱力した。

 フリジアまで行けないのはヴォルフのせいじゃなくて、悪いのは全部ルディス教団だ。

 別に謝る事なんてないのに。


「お前のせいじゃないだろ。そりゃあリルカには会いたいけど……こんな状況だし仕方ないよ」


 苦笑しながらそう返すと、ヴォルフはさっと廊下に視線を走らせた。

 そして、誰もいないことを確認するとまるで聞かれてはいけない話をするかのように声を潜めた。


「……手段を選ばなければ、他にもフリジアへ行く方法はあります。どうしますか」


 告げられた言葉に、俺の心は動いた。

 フリジアへ行ける、そうすればリルカにも会える……!

 

 だが今からフリジアへ行くという事は、解放軍を、教団に弾圧される人々を放置していくという事になる。だからヴォルフも誰かに聞かれていないかどうか確認したんだろう。

 ここまで教団の勢力が拡大しているのはミルターナだけで、現状他の国は比較的安全だと聞く。

 レーテ、ティレーネちゃん、アニエス……みんなこの世界の為に頑張っているのに、俺だけ安全な場所に避難することなんて許されるのだろうか。


「…………まだ、困っている人たちがたくさんいる。そんな人を放っておいたら、リルカに合わせる顔がなくなるような気がするんだ」


 きっとテオだったら、こんな状況を放置はしない。自ら最前線へと戦いに赴くだろう。

 だから、俺も逃げたくはなかった。


「あ、でも無理だけはするなよ? お前に何かあったら、それこそリルカに合わせる顔がなくなるんだからな!?」


 慌ててそう付け足すと、ヴォルフは困ったように笑った。

 たぶん俺と同じ考えだったんだろう。


「そうですね……精々気をつけますよ」


 そう言ったのを見届けて、今度こそ俺はその場を後にした。

 先行きが明るいとは言えないけれど、ここには同じ志を持つ仲間がたくさんいて、俺にもやるべきことがある。

 

 それがはっきりしているだけで、だいぶ救われた。



 ◇◇◇



 その夜、あてがわれている部屋に帰る途上で、廊下の隅にじっとティレーネちゃんが佇んでいるのに俺は気が付いた。立ち止まった俺に気が付いたのか、彼女は俺の方へ視線をやるとゆっくりと近づいてきた。


「どうかしたの? もう夜も遅いし早く寝た方が……」

「クリスさん……少し、相談があります」


 そう告げたティレーネちゃんの顔は、明らかに何かを思い悩んでいるようだった。

 こんなに暗い顔の彼女を見たのは初めてだったので、俺はちょっと驚いた。

 ……何故相談相手に俺を選んだのかは謎だ。レーテには話しにくい事だったのだろうか。

 正直、俺もうまく彼女に助言できる自信はなかったが、そんな状態の彼女を放っておくなんて選択肢はない。すぐに頷くと、ティレーネちゃんは少し安心したように微笑んだ。


「あの……あまり人に聞かれたくないことなので、場所を変えてもいいですか……?」


 遠慮がちにそう切り出したティレーネちゃんに、俺は一も二もなく了承した。

 そのまま黙って先を歩くティレーネちゃんの背を追う。てっきり彼女の部屋に行くものだと思っていたのだが、何故かティレーネちゃんは砦の入口へと向かっていた。


「……外に出るの?」

「えぇ、ここでは人目がありますから……どうしても、聞かれたくないのです」


 確かに、俺たちが寝泊まりしている部屋は個室じゃない。こんなに人が集まっている場所では、どこにいっても完全に秘密の話なんてできないだろう。

 

 ……という事はそんなに重大な話なんだろうか、ちょっとドキドキしてきた。

 

 そんな俺の心中にはまったく気づいていないらしいティレーネちゃんは、早足でどんどんと進んでいく。

 砦の入口には見張り番がいたが、俺もティレーネちゃんも顔見知りなので軽く会釈をするとあっさりと通してくれた。

 砦を出た後も、ティレーネちゃんはどんどん歩き続けて砦から離れていく。

 もう人に聞かれる心配もないしそろそろいいんじゃないかな……と思い始めた頃、ティレーネちゃんは砦から少し離れた所にある森の中へと足を踏み入れようとしていた。


「えっ、ここに入るの!? 暗いよ!?」


 夜なので、当然辺りは暗い。

 今は月明かりで何とか見える程度だが、森の中なんて入ってしまったらもう真っ暗になっちゃうんじゃないか、と俺は慌てて彼女を制止した。

 ティレーネちゃんはぴたり、と足を止めると、ゆっくりと俺の方を振り返った。

 振りむいた彼女は、どこか挑発的な笑みを浮かべていた。


「……怖いですか?」

「こここ怖いっていうかなんていうか……」


 本当は怖い。真っ暗な夜の森なんて、何か変な化け物でも出てきそうじゃないか!

 でも、俺の中のちっぽけなプライドが素直に怖いと言うのを許さなかった。可愛い女の子の前で、情けない態度は取りたくないのだ。

 ティレーネちゃんはあたふたする俺を見てくすりと笑うと、小さく呪文を唱えた。


「照らせ、“小さな光(ピコライト)”」


 すぐに彼女の手のひらに小さな光の球が現れ、俺たちの顔をぼんやりと照らし出した。


「ほら、これで……怖くないでしょう?」


 どうやら怖がっていたのはティレーネちゃんにバレバレだったようだ。

 ちょっと気まずくなって目を逸らすと、彼女はまたくすりと笑って森の中へと歩みを進めた。

 いくら明かりがあると言っても夜の森には入りたくなかったが、ここで彼女を一人にする訳にもいかない。俺もしぶしぶその後を追う。


 少し歩くと、木々が途切れ少し開けた場所に出た。月の光が途切れ、少しだけ他よりも明るくなっている場所だ。

 そこまで歩くと、ティレーネちゃんはぴたりと歩みを止めて俺の方を振り返った。

 ……間違いなく、こんな場所なら誰にも話を聞かれる心配はないだろう。

 きっと、彼女は事前に下見をしてこの場所を知っていたんだろう。

 そこまでするほどの話とは、いったい何なんだ……。

 そわそわする俺の目の前で、ティレーネちゃんはゆっくりと口を開いた。


「……解放軍でのあなたの働きぶり、皆が褒めていますね」

「そんなことないよ……」


 俺がグラーノ島で漫然と過ごしていた間も、解放軍の人たちは必死に戦っていた。それを考えれば、俺なんてまだまだだろう。

 そう否定すると、ティレーネちゃんはわずかに微笑んだ。


「私も、正直感心しました。…………まるで、奇跡の聖女様みたいだって」

「奇跡の聖女様……?」


 俺はそんな人の話は聞いたことはない。

 一体誰の事なんだろう。有名な人なんだろうか。

 不思議に思って首をかしげると、ティレーネちゃんは確認するようにゆっくりと問いかけてきた。


「ご存じ、ないのですか?」

「うん、ごめん……」


 もしかして、一般常識レベルの有名な話なんだろうか。ちょっと恥ずかしくなりながらそう謝ると、彼女は気にしなくていいとでも言うようにそっと首を横に振った。


「私、孤児なんです。幼いころから修道院で育ちました」


 いきなり告げられた言葉に、俺は何と返していいのかわからなかった。

 だが、ティレーネちゃんは俺の方などまったく気にしていないように話を続けた。


「そこでは、一般には出回らないティエラ教会の歴史なども学びました。『奇跡の聖女』の話も、その中の一つです。だから、やはり一般の方はご存じないと確認しておきたかったのです」


 ティレーネちゃんはかつてないほど真剣な顔をしていた。

 俺も思わずごくりと唾を飲み込む。


「その、奇跡の聖女が何か……」

「今からお話しさせていただきます。とても大事な事なので、よく聞いてください」


 ティレーネちゃんの相談と、その奇跡の聖女とやらがどんな関係があるのかはわからない。

 でも、わざわざ相談相手に俺を選んでこんな人気のない森にまで連れて来たのにはなんらかの理由があるんだろう。

 いろいろあったけど、今のティレーネちゃんは解放軍の……俺の大事な仲間だ。

 何か悩んでいるのなら、力になってあげたい。

 そう思いを込めて頷くと、ティレーネちゃんは優しく微笑んだ。


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