12 新たな日々
「あら、あなたは……」
部屋の中へと入ってきたティレーネちゃんは、俺の姿を見て目を丸くした。
波打つ亜麻色の髪に、整った顔立ち。一年前とほとんど変わりがない、俺の知っているティレーネちゃんがそこにいた。
「勇者テオの仲間だよ。ラヴィーナで会っただろ? ドラゴンが襲撃してきた時」
「えぇ、覚えています。その……勇者テオの事は、残念でしたね」
ティレーネちゃんはそう言うと、悲しげに目を伏せた。彼女は心からテオの事を悼んでくれている。そうわかって、俺はちょっと目頭が熱くなった。
「以前お会いした時はばたばたしていて満足に自己紹介もできませんでしたね……あらためまして、ティレーネと申します。今はこちらのクリス様にお仕えさせていただいております」
ティレーネちゃんは微笑みながらそう告げると、優雅に頭を下げた。
……なんだか、前に会った時よりもかなり落ち着いた雰囲気を感じる。まぁ一年も経ってるし、これが成長というものなんだろうか。
呆気にとられていた俺は、すぐに自分も名乗った方がいい状況なのに気が付いた。
「あ、あのっ、俺は…………クリスって、言うんだ……」
勢いで口を開いたが、自分の名前を名乗る段階になって思わず声が小さくなってしまった。だって、ティレーネちゃんにとっての「クリス」は俺じゃなくてレーテの事だ。
まるで自分が偽物になってしまったかのような、そんな不思議な感覚に陥った。
「クリス……?」
ティレーネちゃんが驚いたようにレーテに視線を向けると、レーテはまったく動揺もせずに笑って見せた。
「そう、偶然にもボクと同じ名前なんだよ!!」
「偶然」の部分を強調して、レーテはティレーネちゃんにそう語りかけた。ティレーネちゃんも納得したように頷いている。
そうか、クリスなんてそう珍しい名前でもないし、変に動揺する方がおかしいよな。名字まで聞かれたらどうしよう、と少し焦ったが、ティレーネちゃんはそれ以上俺の事を追及はしなかった。
「これから解放軍に入るらしいから、もしかしたらティレーネと同じ救護班に配属されるかもしれない。そうなったらビシバシしごいてやってくれ」
「は、はぁ……」
ティレーネちゃんは戸惑ったように目をぱちくりさせていたが、すぐに俺の方へ向き直ってにっこりと笑った。
「こんな世の中ですが……お互い頑張りましょうね、クリスさん!」
ティレーネちゃんはにこにこと笑ったまま俺の方へ手を差し出した。俺も強くその手を握り返す。
ティレーネちゃん……もし運命の歯車が少しだけずれていたら、俺と共に旅に出ていたかもしれない女の子。
思い描いた形とは違うけど、これから共に戦えるのを素直に嬉しく思った。
◇◇◇
いろいろあって解放軍へと参加することに決めた俺は、アニエスやレーテに言われたとおり、解放軍の中の救護班、という所へ所属することになった。
救護班とはその名の通り傷ついた人の救護を行うチームだ。
ティレーネちゃんに案内され救護班の人たちへ挨拶をしたが、医学に詳しい者、薬師、それに俺たちと同じく神聖魔法を扱い人の傷を癒す者……など頼りになりそうな人ばっかりだった。
俺も足手まといにならないように頑張らないとな!
解放軍は日夜ルディス教団の脅威から人々を守る為に奔走している。当然、教団との戦いの中で怪我をする人もたくさんいるわけだ。救護班自体は戦場に出ていくことはあまりなく、この砦で負傷者の治癒を行うのが主な任務だという事らしい。
連日の教団との戦いで救護が追い付かないほどの負傷者がいるので、俺もすぐに治癒に入って欲しいと頼まれてしまった。
だが、そこで出てきたのがやっぱり杖の問題だ。
俺はいまだに杖なしでは満足に魔法を扱えないので、早急に杖を新調する必要があった。もうこの際安物でも仕方ない。
とりあえず一番近い店はどこかとティレーネちゃんに尋ねると、彼女は少し考え込んだ後にっこりと笑ってある提案をした。
「それならば、私の予備の杖を差し上げますよ」
「予備?」
聞けば、彼女は今使っている杖とは別に予備の杖を持っているらしい。そんなの悪い、と俺は断ろうとしたが、彼女は頑として譲らなかった。
「ティエラ様の威光を取り戻すために我らは団結しなければならないのです! つまらない事に時間を取っている暇はありませんよ!」
「は、はいぃ……」
ティレーネちゃんの勢いに押されて、俺は思わず彼女の杖を受け取ってしまった。一目で上等なものだと分かる、しっかりとした杖だった。
若木の枝をそのまま落とし込んだような、生命力を感じさせる美しい杖だ。きっとティレーネちゃんが大事にしていたものなんだろう。
一度受け取ってしまったからには突き返すなんて失礼な真似はできない。
せめて、この杖の持ち主としてふさわしくなれるように努力しよう。俺はそう決意した。
そして、その日から俺の解放軍の一員としての日々が幕をあけた。
とにかく忙しい。朝起きて怪我人に治癒魔法をかけて、急いで食事をして怪我人に治癒魔法をかけて、ちょっと休んで怪我人に治癒魔法をかけて……一応交代制ではあるのだが、負傷者が多いとそうも言ってられない。俺も力の限り負傷者の治癒に当たっていた。
そんな感じで数日が過ぎた頃、いつものように怪我人に治癒魔法をかけていた俺は、同じ救護班に所属する一人の修道士に声を掛けられた。
「……来たばっかりなのに、すごいね……君は」
元々ティエラ教会に所属していたが、教団の襲撃によって居場所を奪われたというその修道士は、しげしげとまるで感心したかのように俺を眺めていた。
「そんなに治癒魔法を使い続けて……疲れたりしないのかい?」
「……? 今のところは大丈夫です」
確かに、一日中次から次へとやって来る負傷者の治癒をし続けるのは体力を使うが、治癒魔法を使うこと自体はそこまで負担にはならない。
そう伝えると、修道士は目を丸くした。
「……そうなのか。やっぱりすごいな、君は」
その修道士によると、どうやら俺のようにぶっ続けで神聖魔法を使い続けるというのはあまり誰にでもできる事ではないらしい。
確かに周りを見まわせば、他の神聖魔法の使い手たちは一度魔法を使うとしばらくは包帯を変えたり薬を飲ませたりと、そんなに連続して魔法を使っている人はいないようだった。
その方が効率がいいからそうしているのかと思っていたが、どうやらそうではなく普通は神聖魔法を連発する、という行為自体が難しいそうだ。
……全然知らなかった。
元々俺の周りには神聖魔法を使う人はほとんどいなかったし、俺の仲間はそんなに頻繁に怪我をするような事も無かったので、こんなにずっと魔法を使い続けたのも初めてだった。
「どこかおかしいんでしょうか……」
「いやいや、僕たちは君が来てくれて助かってるよ!……でも、君の力が特別なのも確かだ。いつか君は、ものすごい偉業を成し遂げるかもしれないね……」
そう言うと、修道士はおかしそうに笑った。
……たぶんその場の空気を和ませる冗談だったんだろう。まあ何で神聖魔法を使い続けてもあまり疲れないのかはよくわからないが、俺の力が役に立っているのなら幸いだ。
もっと頑張らねば、と俺は気を引き締めた。
そんなこんなで忙しくしているうちに、早くも数か月が過ぎた。
同じく解放軍へと戻ったヴォルフは暇さえあれば俺の様子を見に来ていたが、よくアニエスやダリオに引っ張られて戦いへと駆り出されているようだった。あまり無理はして欲しくないが、あいつは強いのでそんなに心配はいらないだろう。
最近では少しずつ教団に支配された町や村を取り戻しつつあるとも聞く。
この調子なら、リルカに会えるのもそう遠くないかもしれないな! と俺の心は明るくなった。




