10 再会に次ぐ再会
ダリオの話だと、ヴォルフは俺を探していて、解放軍に入ったのもその為だった……?
困惑する俺に気づかないのか、ダリオはぺらぺらと話を続けていた。
「それからはさ、あいつ……金髪で蒼い目の女の子がいるって話聞くたびにあちこちにすっ飛んでったんだぜ! この前もさぁ、辺境の島に金髪で蒼い目の女の子がいるらしいって噂を話したら、次の日が作戦の決行日だっていうのにあいつ何も言わずに出てったんだぜ? 信じられないだろ!?」
ダリオは苦笑しながら俺に同意を求めてきた。だが、俺は言葉を返すことができなかった。
ちょっと待て、辺境の島?
それってまさか、俺がいたグラーノ島の事か……?
でも、ヴォルフは俺に再会した時はこの島に来たのは気晴らしだとか言ってたはずだ。
もしかして、俺に気を使わせないためにそんな嘘を……?
黙り込んだ俺に、アニエスがそっと声を掛けてきた。
「クリス……テオの事は私も聞いた。残念だよ、あいつみたいに本当に世界の、人の事を思ってくれていた勇者は他にいなかった」
辛そうにそう口に出すと、アニエスは気遣わしげに俺の方を見やった。俺もテオの名前を聞いてぐっと込み上げてきた感情を抑える。
駄目だ、今は泣いてる場合じゃない……!
「……お前たちに何があったのかは知らない。でも、ヴォルフがこの一年、ずっとお前の事を探していたのは本当だ。私から見ても、あいつ……本当に必死だった。ちょっと怖くなるくらいにな」
そう言うと、アニエスは困ったように笑った。
それを聞いて、俺は言葉を失った。
あの島に流れ着いてから、俺はヴォルフとリルカに会うのをずっと恐れていた。テオを助けられなかったことを、俺だけ生き延びた事を糾弾されるんじゃないかとずっと怖かったんだ。
でも……ヴォルフは、俺がそんな馬鹿な事を考えている間もずっと俺の事を探してくれていたんだ。
今まで、ずっと。
「…………ふっ……ぅう……」
そう思うと、もう耐えられなかった。
こんなことで泣いてはいけない、アニエスやダリオを困らせるだけだ。
そう頭では分かっていても、込み上げる嗚咽を押さえることはできなかった。
ずっと怖かった。
テオは俺のせいで死んだんだと、誰かにその事実を突き付けられるのが怖かった。
それでも、ヴォルフは俺は悪くない、俺のせいじゃないと言ってくれた。
それが慰めでしかなかったとしても、俺は確かにあの時その言葉に救われたんだ。
急に泣き出した俺に、アニエスもダリオもどうしていいのかわからない、といった様子で慌てていた。
まぁいい年した奴がいきなり泣き出したら引くよな……。そう思った時、俺たちのいる部屋の扉が勢いよく開く音がした。
「おい、ダリオ! お前クリスさんをどこに…………え?」
振り返ると、ヴォルフが呆気にとられたような顔をして俺達の方を見ていた。
俺は慌てて涙を拭う。いつまでもぴーぴー泣いている奴だとは思われたくない。
……もう遅すぎるかもしれないけど。
ヴォルフは俺が泣いているのに驚いたのか少しの間呆然としていたが、すぐに射殺しそうな目でダリオを睨み付けた。
「……おい、何泣かせてんだお前」
「いやいやいや! これは俺じゃなくてアニエスが……」
「黙れ、氷漬けにするぞ」
「やめろ! お前が言うと冗談っぽく聞こえないんだって!!」
ダリオに詰め寄るヴォルフを見ながら、俺はぐいっと涙を拭った。
いつまでも泣いてはいられない。明日から……いや、今日から俺も解放軍の一員として世界の為に戦おう。
きっとそれが、今の俺がテオの為にできることだから。
◇◇◇
教会で一晩過ごした後、エリトール村へと救援に駆け付けた解放軍は一部を残して撤収することになった。
聞けば、少し離れた場所にもっと本格的な砦を構えているらしい。どうやら、そこから町や村が襲われた時に助けに駆け付けてくれているようだ。
俺とヴォルフもまずはそこに行けと言われたので、解放軍の皆さんに混じって砦を目指して歩いていくことにした。
「そういえば、お前杖はどうしたんだ? 前に会った時は持ってたじゃないか」
アニエスにそう聞かれて、やっと俺は現在杖を持ち歩いていないことに気が付いた。
以前愛用していた杖は教会に捕えられた時に没収されて、それっきり行方不明だ。長く使っていて愛着もわいていたのでできれば手放したくはなかったが、きっともう処分されているだろう。
「うーん、事故で失くしちゃって……やっぱ新しいのがいるよな」
「おそらくお前は救護班に配属されるだろうから、杖があった方がいいんじゃないか? 私にはよくわからないが、魔法っていうのは杖がないとうまく使えないんだろ?」
アニエスにそう問いかけられて、俺は頷いた。
アニエス曰く解放軍にはいくつかの班があり、俺はおそらくその中でも負傷者の手当てを行う救護班に配属される見込みが高いとのことだった。自分でも真正面から魔物や人と戦うよりはその方が自分の力を生かせるだろうと思う。その為にはきっと杖が必要だよな。
「どっかで杖買えるとことかある?」
「あるにはあるが……安物ばっかだな」
アニエスによると、一応武具を扱う店はあるのだが、品ぞろえの面で言えばとても前に杖を買ったフォルミオーネの街には及ばないらしい。
以前使ってた杖も高級品だとは言えなかったが、やっぱりあんまり安いと問題があったりするんだろうか。俺には杖の善し悪しはよくわからないが、神聖魔法で傷を癒すと言うのは重要な仕事だ。大事な時に杖のせいで暴発でもしたら困るだろう。
よし、杖の事は後でヴォルフに相談しよう。俺はそう決めて、歩みを進めた。
《ミルターナ聖王国南部・解放軍の砦》
近隣の町からは少し離れた場所にある、石造りの無骨な城。
それが俺たちがやってきた解放軍の砦だった。
ここに来る途中でアニエスに教えてもらったのだが、現在「解放軍」というのはミルターナ各地でルディス教団と戦う集団全般を指しており、ここはその中の一つ、という事だった。
一年前……いや、それよりももっと前からティエラ教会は二つに分裂しており、ジェルミ枢機卿率いる解放の神ルディスを信仰する「新教徒」と、変わらずティエラ様を信仰するティエラ教会を母体とした「旧教徒」に別れ日夜争いを繰り広げているらしい。俺も見た通りルディス教団は卑劣な手を使い支配地を増やし、旧教徒の集まりである解放軍は日々教団と戦い続けている、ということだった。
これからは気が抜けないな、と気合を入れなおしたところで、俺は砦の入口のあたりに立つ見知った顔に気が付いた。
「あれ……もしかして、アルベルト!?」
そこにいたのは、以前ラヴィーナの街でドラゴンを倒すために共に戦った神殿騎士、アルベルトだった。
レーテを追いかけて鐘楼に入り込んだ俺を、何故か人気のない場所でレーテといちゃついてたなんてとんでもない勘違いをしてくれた奴だが、神殿騎士の一員というだけあって実力は確かな男だ。
そういえば、解放軍にはティエラ教会の関係者が多いと言っていたし、神殿騎士である彼がいるのもおかしくはない。
アルベルトは俺の声に気が付くと、こちらを振り返り驚いたような顔をした。
「貴様は…………鐘楼に侵入した破廉恥女ではないか!」
「なんだよその覚え方!!」
俺の事を覚えててくれたことまではいい。鐘楼に勝手に入ったのも事実と言えば事実だ。
でも、いくらなんでも破廉恥女はないだろ!! どんな誤解をされてるんだ俺は!
そう抗議しようとした時、アルベルトの背後の砦の扉が重い音を立てて開いた。
「やっと帰ってきたんだ。それにしてもうるさ…………ぇ?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、懐かしい声だった。
そこから現れた人物を見て、俺は思わずひゅっと息を飲んだ。相手も、俺に気づくと目を見開いて固まった。
そこにいたのは、男の姿をした俺――勇者クリス……いや、俺と体を入れ替えたあの女、「レーテ」だったのだ。




