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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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16 新たな仲間

 《ミルターナ聖王国東部・サビーネの町》



「……何であなたがここにいるんですか?」

「えっ?」


 ぱらぱらとめくっていた本から顔を上げると、ヴォルフがベッドの上から若干うっとうしそうな顔でこちらを見てきた。

 ……そんな顔するなよ、俺だって好きでここに居るわけじゃないんだぞ。


「キアラさんに頼まれたんだよ。お前が抜けださないように見張ってて欲しいって」

「……まったく、あの人も心配性だな……」



 あの塔で魔法道具(マジックアイテム)を持った盗賊を倒してから数日後、俺たちはまだサビーネの町のキアラさんの宿に滞在していた。

 俺たち三人は皆大なり小なり怪我を負っていたが、中でも一番重傷だったのはヴォルフだろう。出血はひどかったし、町に戻ってからは丸一日目を覚まさなかった。やっと目を覚ました時には、ずっとヴォルフの事を心配していたキアラさんにまたぎゅうぎゅうと抱き着かれていた。羨ましい奴め。

 そんなヴォルフはもう大丈夫だと言い張ったが、心配したキアラさんに絶対安静を言い渡されてしまったため、こうして宿屋のベッドでつまらなそうにしている。俺はこいつのお目付け役だ。


「そういえば、テオさんはいないんですか?」

「ああ、あいつならまた衛兵たちと一緒にあの塔に行ってるよ」


 塔から街に戻ってくる途中に、不可解なことが一つあった。塔を守っていた黒い三つ首犬がどこにもいなかったのだ。

 そのことも含めて、テオは町に戻ってからすぐに近くの大きな街に衛兵を呼びに出掛けようとした。元々はテオ自身で行くつもりだったようだが、あいつもそれなりに怪我を負っていたという事で、ちょうど帰って来ていたキアラさんの旦那さんがその役目を代ってくれた。

 こうして、塔に残してきた盗賊たちはめでたく牢獄行きとなったが、三つ首犬だけはどこを探しても出てくることはなかった。また暴れだして近隣の住民に危害を加えられたら困る、ということで衛兵たちとテオは今日もあの魔物を探しに行ってるが、なんとなく今更見つかる可能性は低いような気がする。


「テオは偶然(ゲート)が開いてあの犬も奈落(アビス)に帰ったんじゃないか、って言ってたぞ」


 今のところはその可能性が一番高いと衛兵たちも言っているようだが、俺にはとても信じられなかった。

 俺たちが塔にいた時間は一日にも満たなかったし、そんな短時間であの巨大な魔物が通れるくらいの(ゲート)が偶然開いた上に、衛兵たちが行った時には痕跡さえも残さず消えている、というのはどうにも不自然だ。

 まあ、町の人たちを無駄に心配をさせたくないのでそんな事は口には出さないが。


「テオさんは今日戻ってくるんですか?」

「たぶんな、あの三つ首犬が見つかったら帰れないかもしれないけどな」


 茶化すようにそう言うと、物騒なことは言うなとヴォルフに睨まれてしまった。



 ◇◇◇



 夕刻になると、普通にテオは帰ってきた。やっぱりあの三つ首犬は見つからなかったそうだ。


「もう奴は奈落(アビス)に帰ったという事で探索を打ち切るそうだ」

「ふーん、それで大丈夫なのか?」

「どうだろうな。だが、衛兵だっていつまでもいるかいないかわからない魔物にかまけているわけにはいかないんだろう」

「それはわかるけどさあ……」


 続きの言葉はとんとん、と部屋の扉を叩く音に遮られた。テオが歩いて行って扉を開けると、そこにはヴォルフが一人で立っていた。


「テオさん、戻ってこられたんですね。実は……あなた達二人に頼みがあります」



 ◇◇◇



 サビーネは草原と森に囲まれた小さな町だ。町はずれにはこぢんまりとした教会が建っている。そして、その教会の裏手にはひっそりと小さな墓地が存在していた。


 ヴォルフの頼みとは、外に出たいのでついて来てほしいというなんとも簡単なものだった。

 てっきりまたやばそうな魔物と戦わされると思った俺は拍子抜けした。

 どうやら、心配性のキアラさんがまだヴォルフ一人で外に出ることを許さなかったらしい。どんだけ過保護なんだ。


 そして、連れてこられたのがこの小さな墓地だ。

 目の前の墓石には『ノーラ・クローゼ』と刻まれている。ここがヴォルフの育て親が眠る場所なんだろう。

 ヴォルフはその前にしゃがみこむと、長い間目をつぶって黙っていた。心の中で、ノーラに今までの事を報告しているのかもしれない。


「今日は、これを埋めに来たんです」


 ぽつりとそう呟くと、ヴォルフは懐から小さな箱を取り出し、ふたを開けた。その中にはあの盗賊に奪われた赤い石のついたペンダントが入っていた。


「埋めてしまうのか?」

「ええ、やっと取り戻せましたし。ノーラはずっとこのペンダントを大事にしていたんです」


 穴を掘るのを俺とテオも手伝った。

 墓石の近くに雨が降っても中身が露出しない程度の小さな穴を掘ると、ヴォルフはペンダントの入った小さな箱を大事そうに穴の中へと置いた。そして、再び土をかぶせて穴をふさぐ。後は土をならして終わりだ。


 ヴォルフしばらくその穴を見つめながら座り込んでいたが、やがて目をこすって立ち上がると、俺たちに向かって深く頭を下げた。


「お二人とも、本当にありがとうございました。このペンダントを取り戻せたのも、すべてあなたたちのおかげです」


 そう言ったヴォルフの顔は、初めて会った時とは比べ物にならないほどに明るくなっていた。よかったな、最初会ったときは随分と生意気な子供だと思ったけど……いや、今も結構そう思ってるけど、お前が嬉しそうでよかったよ。


「これで安心してこの町にいられるな!」

「えっ?」

「え?」

「「…………」」


 その場を妙な沈黙が支配した。おかしい、俺は特に変なことは言ってないはずだ。


「だって……あの盗賊の所に行こうとしてたから、しょっちゅう町から抜け出したりしてたんだろ? だったらもういいじゃん」

「それはそうですけど……元々、ペンダントと指輪を取り返したらこの町から出ていくつもりでしたし。準備が整えば明日にでも出ていくつもりですよ」

「はあ!?」


 何だそれ、聞いてないぞ。いや、別に俺たちに言う必要はないけど、キアラさんとかは知ってるんだろうか。過保護な彼女がそんな事を許すとはとてもじゃないけど考えられない。


「ちなみに、行くところは決まっているのか?」

「いいえ。でも、一か所に留まりたくはないんです。元々この町に滞在していたのもノーラが体調を崩したからですし」


 テオの問いかけにも、平然とヴォルフはそう答えた。あいつの意志は固い、というかこの町に住み続けるという選択肢すらなさそうだ。


「そうか。なら今払ってもらわねばならんな」

「え?」

「払うって何を……」


 テオの突然の言葉に、俺とヴォルフは思わず聞き返してしまった。てっきり無償でキアラさんの宿に泊まり続けていたのでその代金の事かと思ったが、さすがに子供に払わせるなんて情けない真似はしないだろう。テオもゴリラっぽいけど勇者なんだし。


「盗賊を倒すのを手伝ってやっただろう? その報酬の事だ」

「え……」


!!!??

前言撤回! こいつはとんでもない鬼畜勇者だ!! 

 俺の知る限りでは、勇者は人々を守るのに対価を要求することはない。だったら生活費とかどうするんだよ、という問題はあるが、そこは勇者と聞けば地元の人が無償で泊めてくれたり食事を提供してくれたり、何も言わなくてもお礼の品をくれたり……みたいな不文律がこのミルターナには存在するのだ。

 だからこんなストレートに金品を要求する勇者なんて聞いたことがない。しかも子供相手に!

 俺がそんな事を考えている最中にも、テオとヴォルフの話し合いは進んでいた。……嫌な方向に。


「何ですか、報酬って……」

「当然だろう、オレはあの塔から落ちて危うく死ぬところだったんだぞ。それなりのリターンはあってしかるべきだろう」

「…………いくら払えば満足するんですか」


 テオが提示した額は、軽く家一軒が購入できるくらいの金額だった! 

 いくらなんでも無理がある!

 確かに、俺たち(というか主にテオ)はあそこでかなり危険な目に遭った。だからって、明らかに支払い能力のなさそうな子供にふっかけるなんて、何がしたいんだこいつは。


「そんなに払えるわけないじゃないですか!!」

「払えないのか? ならば……」


 体で払ってもらおうか、というテオの言葉に、現実逃避しかけていた俺の意識は強制的に引き戻されることになった。


「…………エロいのとグロイのとどっちの意味で?」

「何でその二択なんですか、やめてください! ほんとにやめてください!!」


 ヴォルフの顔が若干青ざめている。それにしてもテオがそんなえぐい事を考えているとは意外だった。いくらこいつがクソガキとはいえさすがにちょっと鬼畜じゃないかな……。

 そう思ってテオの顔を盗み見ると、珍しく俺たちが何を言っているのかわからない、というような不思議そうな顔をしていた。その顔を見て、やっと俺たち二人は自分たちの想像(というか妄想)が行き過ぎていたことに気が付いたのであった。


「…………あの、結局僕に何をさせたいんですか?」

「簡単な話だ。ヴォルフ、オレと一緒に来い」


 ヴォルフが恐る恐る問いかけると、テオはヴォルフに向かって片手を差し出した。


「オレは勇者だ。この世界を守るという使命を与えられている。だが、正直仲間がクリスだけでは戦力不足は否めない」

「何だと!?」

「……そうでしょうね」

「お前まで何言ってんの!?」


 俺の事を盛大に馬鹿にしながら、二人の話し合いは続いた。

 すごい屈辱だ。俺だって今はか弱い女の子だが、元の体に戻ればテオと同じ勇者様だぞ? すごい力とかに目覚めるかもしれないんだぞ?


「行くあてがないのならちょうどいいだろう。オレ達はこの異変が収まるまでは旅を続けるつもりだ。……おまえにとっても悪くない話だろう?」

「しょうがないですね……僕に拒否権はないみたいですから」

「別に来なくてもいいぞ。俺一人で困らないもん」

「クリス、そう拗ねるな。おまえの事も頼りにしてるぞ」

「拗ねてない!!」


 そう怒鳴ると、テオは大声で笑いだし、ヴォルフは明らかに面倒くさそうな顔をした。


「ははは。二人とも、仲良くするんだぞ!」



 こうして、勇者テオの世界を救う旅に新たな仲間が加わった。

 それにしても男三人旅かー、ものすごくむさ苦しい。俺は見た目が美少女なのであいつらにとってはそうじゃないだろうが、俺の視界に映るのはいつも男二人だ。

 ああ、もし次に誰か仲間になるのなら、可愛い女の子であってほしい。俺は切実にそう願った。



 ◇◇◇



「そういえば、何でクリスさんって自分の事俺って言うんですか? まあ、なんて言おうと個人の自由だとは思いますが……」

「あれ、言ってなかったっけ。俺、本当は男なんだよ」

「……は?」

「今の体は女の子だけど、本体は男だから。元の体を取り戻したらすぐに男に戻るから!」

「は? ふざけんな!! 騙された!!」


 俺の事情を話すと、ヴォルフは何故か怒り出した。

 まったく、反抗期の少年の考えることはわからないな。


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