9 解放軍
「やっぱりお前、クリスなのか!?」
「うん、うん!!」
アニエスが驚いた様子で近づいてきたので、俺は嬉しくなって何度も頷いた。
近くで見たアニエスは見た目こそそんなに変わりはないがなんというか、貫禄みたいなものが出てきたような気がする。歴戦の戦士、といった感じだ。
「あの、アニエスさん……経緯は後で説明しますから今は……」
「ヴォルフ? お前今までいったいどこに!!」
ヴォルフに気が付いたアニエスは、途端に目を吊り上げた。そのままヴォルフに怒鳴り散らそうとしたアニエスをさっきの男がまあまあ、と押さえている。
俺はちょっと驚いた。確かにヴォルフとアニエスは知り合いだけど、ここまで遠慮がなさそうな関係じゃなかったような……と考えたところで俺は気が付いた。
状況から考えるにアニエスはたぶん解放軍に参加していて、ヴォルフは以前解放軍に力を貸していたと言っていた。もしかしたらその時に親しくなったのかもしれない。
そう聞こうとした時、村の中心部から大声が聞こえた。
「ちっ、残党か!? ダリオ、ヴォルフ、行くぞ!!」
いち早く声に反応したアニエスは勇ましく弓を持ち直すと、そのまま中心部の方へと走って行った。
「あーあ……行っちゃった」
その様子を、呆れたように先ほどの男は眺めている。追いかける様子はない。
そんな男に対して、ヴォルフは少し苛立ったように声を掛けた。
「さっさと追いかけたらどうなんだ」
「いやいや、あいつなら大丈夫っしょ。それより……」
男はくるりと振り返ると、目を輝かせて俺の手を握ってきた。
「俺はダリオ! 今は解放軍に入っててヴォルフのダチなんだ。よろしく!!」
「よ、よろしく……」
ダリオと名乗った男は嬉しそうに俺の手を握ったまま、ぶんぶんと何度も振った。
……なんか軽い奴だな。というかヴォルフに年の近い友達がいたっていう事が驚きだ。
「うーん、やっぱり君は……いてててて!!」
言葉の途中で、急にダリオは痛みに呻き始めた。見れば、ヴォルフがぎりぎりとダリオの足を踏みつけていた。
「だから馴れ馴れしく触るな」
「そんなに怒るなよ! 冗談だって!! それより早くみんなのとこ行こうぜ。お前が戻ってくるのみんな待ってたんだからな!」
ダリオは俺の手を離すと、村の中心部を指差した。みんな、というのは解放軍の人たちの事なんだろうか。
だが、ヴォルフは首を横に振った。
「僕たちはフリジアに行く途中だ。悪いけど今は戻れない」
「はぁ、フリジア? どうやって行くつもりなんだよ」
「まずバルフランカに行って山脈を越える」
「バルフランカ? お前知らねぇの?」
ダリオは呆れたような声を出した。その声にヴォルフが眉をしかめる。
「知らないって、何が……」
「ミルターナとアルエスタの国境周辺は、もう教団の奴らに抑えられてて通れないんだぜ」
「はぁ!?」
何でもなさそうにそう告げたダリオの胸倉を、ヴォルフは掴み上げた。
「おい、解放軍は何をやってたんだ!」
「俺たちだって頑張ってたんだって!! でも多勢に無勢でなぁ……だから、また力を貸してくれよ!! どうせ国境周辺を解放しないとフリジアへは行けないんだしさ!!」
ダリオは慌てたようにそう言うと、その様子を見守っていた俺の方へと視線を向けた。
「君も、よかったら解放軍に参加してくれ! かわいい女の子なら大歓迎だ!!」
「やめろ! 何言ってるんだ!!」
ヴォルフは慌てたようにダリオの胸倉を掴んだまま揺さぶっていたが、俺はダリオに言われた言葉が胸に刺さったかのように感じていた。
解放軍はルディス教団と戦っている、俺から見れば正義の集団だ。
アルエスタとの国境周辺は教団に抑えられていて通れない。つまり、リルカには会えない。
リルカに会いに行くには取りあえず国境周辺から教団を追い払う必要がある。
その為には、解放軍に協力するのが一番の近道なんじゃないか……?
「ヴォルフ! 解放軍に入ろう! アニエスもいるし!!」
「そんな軽々しく決めないでください!!」
ヴォルフは怒ったが、ダリオは俺の言葉に目を輝かせた。
「話がわかる子で良かったよ! さあみんなの所へ行こう!!」
そのままダリオに連れられて村の中心部へと向かおうとした俺に、ヴォルフは呆れたように声を掛けてきた。
「……目立つ行動は避けろって言いましたよね」
「だって、仕方ないだろ! 俺は一日でも早くリルカに会いたいんだ」
リルカの名前を出すとヴォルフは黙り込んだ。
もちろん、リルカに会いたいっていうのは一番の理由だ。でも、それ以外にも俺には負い目があった。
世界が大変なことになってヴォルフやアニエスが必死に頑張っていた頃、俺は平和な島で一人のうのうと暮らしていたんだ。
あれは体と心の傷を癒すのに必要な時間だった。そう自分でもわかっているけれど、俺は焦っていた。
今の俺は何もできていない。テオの意志を継ぐとか言ってもそんなの口だけだ。
だから、とにかく今は何かがしたかった。言ってしまえば、解放軍への誘いは丁度よかったんだ。
◇◇◇
村の中心部へ行くと、教会の前に人が集まっていた。
俺たちに気づいたアニエスがこちらへと近寄ってくる。
「遅いぞ! 何をやっていたんだ!!」
「悪い悪い! 教団の奴らは片付いたのか?」
「私たちに気づいたら尻尾を巻いて逃げ出してったぞ! あの腰抜けどもが!!」
アニエスは侮蔑をこめてそう吐き捨てると、ダリオの背後にいた俺とヴォルフに視線を寄越した。
「……お前たちはどうするんだ?」
「なんと、二人とも俺たちに協力してくれるってさ!! おーいみんなー!! ヴォルフリートが帰ってきたぞー!!」
「馬鹿、大声を出すな!!」
ヴォルフはまたダリオの足を踏みつけたが、その声に気が付いたらしい何人かがこちらへと近づいてきた。
「ヴォルフリート! 今までどこほっつき歩いてやがったんだ!?」
「いや、それはその……」
ヴォルフは集まって来た人たちに捕まってしまったようだ。その様子を遠巻きに眺めていると、足を踏まれた痛みから復活したらしいダリオに肩を叩かれた。
「長引きそうだし、俺たちは先に中入ってようぜ! 今夜はこの教会を自由に使っていいらしいからさ!!」
「とりあえずお前の事を皆に紹介しないといけないからな」
アニエスも胸を張ってそう告げた。
ヴォルフを置いて行くのはちょっと不安だったが、アニエスもいるなら大丈夫だろう。
俺は二人と一緒に小さな村にしては大きな教会の中へと足を踏み入れた。
どうやら今夜はこの教会が解放軍の根城となるようだ。教会の中には既に何人かの人がいて、アニエスとダリオが俺の事を解放軍の新人だと紹介すると皆大げさなほど喜んでくれた。
「最近は人手不足でなぁ……ヴォルフが戻って来てくれて助かったよ」
ダリオがそうぽつりとこぼしたのを聞いて、俺は少しだけ気になった。
俺と再会した時、ヴォルフは気晴らしにあの島へやって来たと言っていた。気晴らしも大事だが、あいつは人手不足の解放軍を放り出すような奴だっただろうか……。
「あの……ダリオさん?」
「ダリオでいいぜ! クリスちゃん!!」
ダリオに向かって呼びかけた俺に、彼はおどけたように親指を立てて見せ、「調子に乗るな」と呆れた様子のアニエスに頭をはたかれていた。
「ヴォルフって、いつから解放軍にいるんですか?」
そう尋ねた俺に、ダリオは待ってました! とばかりに身を乗り出してきた。
「良い質問だな! あれはもう一年近くも前で、星の綺麗な夜だった……」
「お前の話は長すぎる。要点をまとめて話せ」
芝居がかった口調でダリオは話し始めたが、早々にアニエスに釘を刺されていた。彼はやれやれ、とでも言いたげに肩をすくめると、今度は軽い調子で話し始める。
「まぁ一年くらい前の解放軍ができてすぐの頃だったんだけど、俺は今日みたいに教団に襲われた村の救援に行ったんだ。でも……ちょっとドジってあいつらに追い詰められて死にかけてた。そこにやって来たのがヴォルフリートだったんだ!!」
話の途中からダリオは興奮した様子で、身振り手振りを交えて俺に当時の状況を説明してくれた。
「俺は驚いたよ。あいつすっげー強くて、あっという間に俺を追い詰めてた教団の奴らを倒しちまったんだ。それでそのまま立ち去ろうとしてたから俺は急いで引き留めたんだ」
「そんなことが……」
リルカの行動がテオに似てきている、というのはひしひしと感じていたが、そんな正義の味方染みた真似をするなんて、どうやらヴォルフもかなりの影響を受けていたようだ。
まぁ、俺も人の事は言えないけどな。
「俺は頼んだ。そんなに強いんだし、是非とも解放軍と一緒に戦ってくれって。でも速攻で断られた」
「えっ?」
てっきりダリオを助けた時に解放軍に入ったものだと思った俺は驚いた。
そんな俺を見て、ダリオはにやりと笑う
「それでも必死で頼んだよ。あいつはつれなかったけど……頼み続けてたら断った理由を教えてくれた。どうしても今はやりたいことがあるから解放軍には入れないってさ」
「やりたいこと……?」
あいつのやりたいことって何だろう。テオの意志を継ぐのなら解放軍に入るのに問題はなさそうだし、ヴァイセンベルク家関連の何かだろうか。
「どうしても納得できなくてその後も俺がしつこく勧誘し続けてたら、あいつは鬱陶しそうに言ったんだ。『探してる人がいる。今はその事以外考えられない』ってな」
探している人……?
思わず瞬きを忘れた俺に、ダリオは意味深に笑った。
「金髪で、蒼い目の、十八歳くらいの女」
彼はびしりと俺を指差すと、呆れたように笑う。
「最初はアホかと思ったよ。そんな女この国だけでどんだけいるんだよ……ってな。でも、チャンスだと思った。協力してくれたらその子を探すのを解放軍をあげて手伝うって言ったらさ、あいつやっと解放軍に入るのを了承してくれたんだ」
俺は何とかダリオの言った意味を理解しようと頭を働かせた。
ヴォルフが探していたのは、金髪で蒼い目の十八歳くらいの女……?
「それって、まさか……」
「君のことだろ? あいつ俺に会うたびにその女の情報はないかってしつこく聞いてきたのにさ、さっきは何も言わなかったし。君が見つかったからもう満足したんだろ」
そう言うと、ダリオはやれやれとでも言いたげに肩をすくめた。




