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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第五章 変わる世界と変わらない思い
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8 夜襲

 《ミルターナ聖王国南部・エリトール村》


 教団の支配下にはいっている町を避けつつ進み、俺たちはエリトールという名の小さな村へとやって来た。

 どうやらヴォルフがグラーノ島へやって来る前よりも教団の支配地は増えているようで、ヴォルフは時折そういう話を聞いては地図の×印を増やしていった。

 このエリトールの村も一見平和そうに見えるが、ここから少し離れた所の町は先日ルディス教団の襲撃を受け、その支配下となってしまったようだ。

 宿で食事をとっていると、その町から逃げてきたと言う人が涙ながらにそう話しているのが聞こえてきた。


「……なんとかならないのかな」

「解放軍も力を尽くしてはいるんですが、しょせん寄せ集まりの集団ですからね」


 解放軍、というのはルディス教団と敵対する組織で、教団の支配下に置かれた町を解放する為に日夜戦っている集団だと以前ヴォルフから教えてもらった。

 だが、どうやらあまり成果は出ていないようだ。そんなにルディス教団というのはヤバい奴ら何だろうか。

 うーん、俺をアンジェリカと呼んだあの枢機卿が教団の上部にいるらしいし、まともな集団じゃないのは確かだろうな。


「そういえば、お前はその解放軍に協力してるとかなんとか言ってたじゃん。フリジアまで行っちゃっていいのか?」

「別に、一時的に加勢してただけで大したことはしてませんから。僕がいなくたって何とかなりますよ」


 いや、今まさになんとかなっていない状況の話が聞こえてくるんだが……と言おうとしたが、寸前でその言葉を飲み込んだ。

「じゃあ解放軍に戻ります。ここでお別れですね」なんて言われて放り出されたら困るのは俺だ。あの枢機卿の存在は怖いし、何だかんだいってヴォルフは頼りになる。できればこのまま一緒に来てほしい。

 世界を救いたいとか、テオの意志を無駄にしたくないとか決意したばかりなのに、俺は一人で立ち向かう勇気すら持てなかった。



 ◇◇◇



 日が暮れて、俺は村の宿屋の窓から外を眺めていた。足元では実体化したスコルとハティがじゃれあっている。

 穏やかな、良い夜だった。


「明日も早いし、そろそろ寝た方がいいんじゃないですか」


 ヴォルフにそう声を掛けられて、俺は窓の外から室内へと視線を戻した。

 早起きの必要性はわかっているが、それでも朝は苦手だ。寝坊するとヴォルフに叱られるので寝る準備をしようと立ち上がりかけたところで、窓の外の異変に気が付いた。


「なんか、赤くない……?」


 ガラス越しに見る外の風景がなんとなく赤っぽい気がする。窓を開き辺りを見回して、俺はやっと外の異常事態に気が付いた。

 視界に入ったのは、真っ赤に燃える炎だ。


「まさか、火事!?」


 村の入口の方の建物が燃えている。しかも、一軒二軒という数じゃなさそうだ。立ち上る炎が夜空を明るく照らし出していた。これはヤバい!!

 取りあえず外に出ようと駆け出そうとした俺の腕を、ヴォルフが強い力で掴んだ。


「何するんだよ!」

「待ってください、これは……」


 ヴォルフの顔が若干青褪めている。こいつは少なくとも遠くの火事くらいでびびるやつじゃない。

 嫌な予感がした。次の瞬間、階下から鋭い悲鳴と怒号が聞こえた。


「おらぁ!! この宿に泊まっている奴は全員降りてこい!!」


 野太い声、やかましい足音、怯えたような悲鳴。すぐに宿の中でも異常事態が起こっていると俺にもわかった。


「これって……」

「おそらく、教団の襲撃です」


 ヴォルフは硬い表情で、だがはっきりとそう告げた。

 その言葉を聞いて俺も固まる。各地で教団の襲撃が起こっているというのは聞いていたけど、まさか偶然泊まった宿で襲撃に会うなんて思ってもみなかった。

 どうしよう、どうすれば……と必死で考えているうちに、廊下からものすごい勢いの足音が聞こえてくる。そして、逃げる間もなくノックも何もなしに部屋の扉が勢いよく蹴破られた。


「貴様ら聞こえなかったのか! さっさと下へ行け!! それとも神罰をくらいたいのか!?」


 部屋の中へと入ってきたのは、抜身の剣を携えた異常な目つきの男だ。思わず身をすくませた俺を後ろにかばうようにして、ヴォルフが男を睨み付けた。


「……僕たちはこの村の人間じゃない」

「あぁ!? そんなの関係ねーんだよっ! さっさと行け!!」


 男は脅すように剣をちらつかせている。どうするんだろう、とハラハラしていた俺の腕を、ヴォルフは強く握りしめた。


「行きましょう」

「ぇ?」


 そのままヴォルフは俺の腕を引っ張って、下へと続く階段の方へと連れて行った。俺たちの後を先ほどの男が見張るようについて来る。


「今は、奴らの言う通りに」


 小声でそう言われて、俺は震えながらそっと頷いた。

 ここで反抗しない、ということはきっと逆らったらヤバいという判断なんだろう。何が起こるのかわからなくて怖いけど、きっと大丈夫、そう自分に言い聞かせて俺は階段を下った。



 ◇◇◇



 階段を降りた先には、もう十人ほどの宿泊客が不安そうに立ち尽くしていた。入口のあたりには教団の兵士だと思われる武装した男達が固まっている。……隙をついて逃げ出すのは難しそうだ。

 俺とヴォルフも宿泊客の中に紛れてじっとしていると、宿屋の入口から太った中年の男が入ってきたのが見えた。


「やっと全員集まったか」


 その男は他の教団の兵士よりも、ぱっと見て上等そうな服を着ている。先ほど俺たちの部屋へやって来た男が何かを報告している所から見て、きっと上官的な立場の人間なんだろう、と俺は推測した。

 太った男がじろりと集まった宿泊客を見まわす。俺はとっさに目を伏せ、数秒経った後にもう大丈夫だろうと思ってそっと顔を上げた。だが、その瞬間何故か俺の方を見ていたらしい太った男とばっちり目が合ってしまった。

 男は俺と目が合うと、にやりと下劣な笑みを浮かべた。

 やばい、何かやらかしたか……?

 慌ててまた顔を下に向けたがもう遅い。こちらに近づいてくるような足音がしたと思ったら、ぐい、と顎を掴まれ無理やり顔を上げさせられた。


「おい、貴様…………来い!」


 男は気色悪い笑みを浮かべ俺の全身に視線を這わすと、強引に俺の腕を掴んで引きずり出そうとした。


「や、やめ……」

「喜べ、貴様は特別に私の巫女にしてやろう! もうこんなさびれた村で暮らす必要はないぞ」


 男はそう言うと、俺の腰のあたりををねっとりとした手つきでなぞった。気色悪さに一瞬で全身に鳥肌が立つ。

 男はその様子を相変わらずにやにやと下卑た笑みを浮かべて見ていた。

 ……どう考えても、このままこの男について行ったらロクな事にならないことだけはわかる。掴まれた腕から感じる体温が吐き出しそうなほど気持ち悪いし、今すぐ逃げ出したい。

 でも、この状況から逃げ出すのは絶望的だ。ヴォルフにも今は言う通りにしろと言われてるし、たぶんこの男について行くしかないんだろう。

 

 それで、その後は…………?

 

 頭をよぎった嫌な想像に俺の体は固まった。

 ……嫌だ、行きたくない。

 動かない俺に焦れたのか、太った男は無理やり腕を引っ張って俺を連れ出そうとする。

 それと同時に、背後にいたヴォルフの舌打ちが聞こえた。

 

 次の瞬間には、太った男の左胸に深々とナイフが突き刺さっていた。


「なっ!?」


 男は信じられないと言う目でナイフの刺さった自らの胸を見下ろしたが、それまでだった。

 ナイフが急所を突いていたのか、男はそのまま絶命し床に倒れ込んだ。

 きっと、何が起こったか理解する時間もなかっただろう。

 ヴォルフはまだ俺の腕を掴んだままだった男の手を引きはがすと、呆気にとられている他の兵士に向かってナイフを投げつけた。ナイフが刺さった入口の兵士たちが悲鳴を上げる。


「今のうちに!」

「えっ!?」


 それだけ言うと、ヴォルフは俺の手を掴んでそのまま入口へと向かって走り出した。そして、兵士たちがひるんだ隙に俺たちは宿屋の外へと飛び出す。

 村の中は、俺が窓から見た時よりも火の勢いを増していた。多くの人々が逃げ惑い、地に倒れ、あちこちから悲鳴が上がっている。ひどい状況だ。

 そんな中を、ヴォルフはどんどん人気のない暗い方へと走っていく。


「ど、どこ行くんだよ!?」

「追手が来ないうちに遠くまで!」

「この村の人は!?」


 俺は強くヴォルフの手を引っ張って立ち止まった。ヴォルフが怪訝な顔をして振り返る。

 だって、まだ宿にはたくさん人がいたし、村の中にも逃げ遅れた人がたくさんいる。その人たちを放っておいていいのか……?

 そう必死に訴えたが、ヴォルフは強く俺の肩を掴むと言い聞かせるようにはっきりと告げた。


「二人だけじゃどうにもならない」

「……っ!」


 俺は何も言えなかった。きっとテオがいたら必死にこの村の人たちを救おうと、いくら無謀でもあの教団の奴らに立ち向かっていっただろう。

 でも、テオはもういない。

 俺たちには、あいつらをどうにかできるような力はない。


「……今は耐えてください。いつかきっと…………何だ?」


 少し離れた所から、また大声が聞こえた。だが、悲鳴や怒号という感じではない。

 俺を説得しようとしていたヴォルフも怪訝そうにそちらへと視線を向けた。

 村の中心部の方から、多くの人の声が聞こえてくる。

 そして、逃げ惑っていた村人たちが歓喜の声を上げたのが聞こえてきた。


「解放軍だ、解放軍が来てくれたぞ!」

「私達、助かるの!?」


 さっきまで村を襲撃していた教団の兵士たちが何かに追われるように逃げようとしているのが見えた。そしてその向こうから、大勢の武装した人間が現れた。


「あれが、解放軍……?」


 確かに、話に聞いた通りに統一感のない集団だ。

 教会の人、冒険者のような風貌の人、どこにでもいそうな普通の町人っぽい人。男も女も、若い人も年を取った人も、それぞれ武器を手に持ち教団の兵士達へ立ち向かっていた。

 あれが、噂の解放軍か。

 人数的には、この村を襲撃した教団の兵士よりもやってきた解放軍の人数の方が多いようだ。すぐさま劣勢を悟ったのか、教団の兵士たちが次々に村の外へと逃げていく。

 もしかして、助かったのか?


「まずい……」

「え?」


 ヴォルフがぽつりとそう呟いた。

 どうみても事態は好転してるのに、何がまずいんだろう。


「早くここから逃げますよ!」

「え、何で? 解放軍ってどっちかっていうと俺たちの味方だろ?」


 ヴォルフも解放軍に加勢していたと言っていたはずだ。何で逃げる必要があるんだろう。

 怪訝に思う俺を、ヴォルフはやたらと慌てた様子で引っ張った。その顔は、何故か教団の兵士が宿屋を襲撃しに来た時よりも焦っているように見える。


「何でそんなに……」

「おい、そこの二人! 大丈夫か!?」


 不意に背後から声を掛けられた。振り返ると、冒険者のような恰好をした若い男が俺たちの元へと走ってこようとしていた。

 教団の人間でも、この村の人間でもなさそうだ。

 ……ということは、解放軍の人なんだろう。


「卑劣な教団の奴らは俺たちが追い払って…………ヴォルフリート!?」


 勝ち誇ったように話していた男は、ヴォルフの姿に気づいた途端驚いたように目を丸くした。


「おまえ! 今まで何して……!」

「いや、これはその……」


 詰め寄る男に対して、ヴォルフは言葉を詰まらせている。ヴォルフが攻撃しないってことは、やっぱり俺たちの敵ではなさそうだ。


「知り合い?」


 そう問いかけると、解放軍の男が俺の方へと視線を向けた。そして、何故か驚いたように目を見開いた。


「金髪、蒼い目……君はまさかっ!!」

「ひゃいっ!?」


 男は俺の姿を見ると、突然両肩を掴んできた。

 いきなり何なんだ!? 

 俺はこの男に見覚えはない。こいつは誰だ!?


「おい、べたべた触るな!」

「ヴォルフ! お前遂に……!!」


 ヴォルフは俺の肩を掴む男の手を引きはがそうとしたが、男は興奮したように俺の肩を揺さぶってきた。ぐわんぐわんと頭が揺れ目がまわる。

 そんな中で、俺の耳に女性の鋭い声が届いた。


「ダリオ! こんな時に何を遊んでるんだ!!」


 その声が聞こえた途端、男はぱっと俺の肩を掴んでいた手を離した。すぐに、一人の女性がこちらへと走ってくる。


「待てアニエス! 別に遊んでるわけじゃないんだ!!」

「そうじゃなきゃ村人にカツアゲでもしてたのか!?……済まない、どこか怪我は……」


 俺の様子を確認しようとした女性が固まる。俺もその姿を見て驚いた。

 

 なんとなく聞き覚えのある声だとは思っていた。

 でもまさか、こんな場所で会えるなんて。


「…………クリス?」


 信じられない、といった声で女性が呟いた。

 ……良かった、俺の見間違いじゃないみたいだ。


「アニエス! アニエスだよな!!」


 俺は嬉しくなってそう呼びかけた。

 そこにいたのは、以前フォルミオーネの街で出会った冒険者の少女――アニエスだったのだ。


【補足】

アニエス……第一章20~24話あたりに登場。

ミルターナ聖王国フォルミオーネの街に住む少女で、亡き兄のような立派な冒険者を目指している。

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